フィリッポ・マルローニ、ネロになる

ネコ エレクトゥス

第1話

 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。


 俺は今我が家の研究室でちょっとした実験をやっている。まず容器の中に試薬を入れる。それに前もってビーカーに用意しておいた溶液を加える。そしたら混ぜる。とにかく混ぜる。するとどうだろう。全体がゼリー状になってきたではないか。柔らかそうでまるで食べ物のようだ。食べてみたい!いや、止めとけ。でもやっぱり食べてみたい。危険だ。えい、食べちゃえ!

 こうして俺の朝ごはんは終わる。ちなみにビーカーの中の溶液とは牛乳であり、試薬とは『フルーチェ』である。自ら手間暇かけた食べ物はうまい。

 しかし『フルーチェ』も悪くないのだがたまには別の朝ごはん、それも豪勢なやつを食べたいものだ。そのためには大事件を解決せねばならない。だがもしかすると俺のところに大事件の依頼が来ないのは俺が犯罪について知らなすぎるからではないか。そこで今日は犯罪について考えてみることにする。


 まず犯罪について知りたいのなら犯罪者について知らねばならぬ。犯罪者について知りたいのなら小物の悪党を知るよりも大悪党を知る方がいいだろう。世界的に有名な大悪党といったら誰か?母親を殺し、奴隷に獅子をけしかけ、意向に沿わないローマに火を放ったローマ皇帝ネロ。そこで俺はネロの知性に成り済ましてみることにする。かつて我等が師であるシャーロック・ホームズがそうしたように。だがこの場合モリアーティー教授のような高度な知性を想定する必要はないだろう。(「モリアーティー教授に成り済ませるのか?」という愚問には答えないでおくことにする。)


 さて、俺はローマ皇帝になってしまった。

「すげぇ!俺何でもできるんだ。」

 しかし俺の横には教師でありお目付け役でもあるセネカが控えている。

「分かったよ。いい子にしてればいいんだろ。うるせーな。」

 俺の周りには世界中から様々な人が集まってくる。

「おっ、いい女!(ん?この場合『いい男!』か?)」

 見る物触る物目新しい物が多い。

「俺もあれやってみたい!」

 そんな俺のもとに「死にたがっている狂信者」と呼ばれたキリスト教徒の情報が入ってくる。

「望み通りにしてやればいいじゃん。」


 ……。間違ってはいないと思うんだが本当にこれでいいのだろうか。なんだか恐ろしくなってきた。早いとこ一般市民に戻ってまた『フルーチェ』でも食べるとしよう。


 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。

 しかし俺は考えるのであった。もし俺のところに大事件の依頼が来たらいったいどこから手を付けるべきなのか?世界中の男を片っ端から調べてみるか。どうせ暇だし。

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