神様の独り言
@Uta_2525
無題
その日、本日何通目か分からない手紙が届いた。
白で彩られた部屋には手紙が山のように積み上がっている。
これを全て数えるだけでも、人間は寿命を使い果たしてしまうだろう。
膨大な紙出来た大海、その中心で男が一人座っていた。
─────♢─────♢─────♢─────♢─────
『僕をなくしてください』
手紙の終わりはそう締めくくられた。
血が滲み、ぐしゃぐしゃに握られたその手紙。
差出人の悲痛な願いが込められた一枚の紙面。
─────全く冗談じゃない。
俺はそれを真っ二つに破り、手近な山へと投げ捨てた。
何故俺がそこまで面倒を見る必要がある。
何故俺が見ず知らずの貴様に目を掛ける必要がある。
全くどいつもこいつも、人間は愚かしい。
─────何故皆が皆、"自分がこの世で最も不幸な存在"だと言いたがるのか。
ふざけるな。
この世で最も不幸なのはこの俺だ。
貴様らの陰鬱な願望をただ聞かされ、叶えさせられるこの俺だ。
出来心でもこんな連中の願いを聞くんじゃなかった。
始めこそあまりにも哀れに思え、俺の幸を分けてやった。
─────だが、幸を吸い尽くされた俺にこれ以上なにを求める。
本当にどうしようもない、自分勝手で傲慢な連中だ。
人間の欲望は果てることなく、後から後から湧いて出る。
ひたすらに願いだけを寄越し、叶えれば称え、無視すれば罵詈雑言の雨を降らす。
─────では、お前たちは俺になにを与えた?
いいやなんにもだ。
結局貴様たち人間は、俺という存在を自己完結で定義付けたに過ぎない。
結局貴様たち人間は、俺という存在を商いの道具にしているに過ぎない。
─────神は人を皆平等に作っただと?
そんな妄言、俺がいつ吐いたというのだ。
大体、貴様ら人間は禁忌を犯し、追放された同朋の成れの果てだろう。
そんな連中の願いを叶えてやる道理など、俺にはない。
─────ああ、もう疲れた。
溢れる倦怠を、苦痛を、憤怒を、哀愁を。
胸の虚構が喰らっていく。
もう見たくない。
もう聞きたくない。
もう感じたくない。
─────そうだ、妙案を思いついたぞ。
それは、無数の手紙で得た知識。
それは、無数の手紙で見た光景。
創造するのは、あまりに容易だった。
─────ああ、これで俺も。
"力"で身体を浮かし、位置を定める。
それはとても簡素な作りで、俺は本当に成功するのか少々不安になった。
だが問題ないはずだ。
─────人間はいつも、この手段で逃避を重ねているじゃないか。
麻縄の輪に手をかける。
ゆっくりとそれに頭を通し、俺は"力"を抜いた。
─────♢─────♢─────♢─────♢─────
白が覆う世界で、一人の男が首を吊った。
骨が砕けて首は伸び、筋肉は弛緩して涎と尿を垂らす。
醜くあるはずのその姿は、しかし殊更壮麗で、その死顔は大層幸せそうであった。
同時刻。
とあるスラムの一角で、飢えに倒れた少年に救済の手房が差し伸べられた。
少年は願いを蔑ろにした神を、生涯呪った。
だがその後の人生はなに不自由なく、彼は最後までその生を全うしたそうだ。
これが少年にとって幸か不幸か。
その答えはきっと、彼自身にも分かり得ないことだろう。
神様の独り言 @Uta_2525
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