月光編3 再会
久しぶりに夜の街へと出かけたショーコは、Q地区にあるバーにいた。
都市機能の周辺部に該当するこの地区は商業施設や娯楽施設が多く密集し、夜ともなれば仕事帰りの人々が多数集まるオアシスとなっている。当然、様々な居酒屋も無数に軒を連ね、そこにお気に入りを発見したショーコが寝酒を飲みにくるようになっていた。
(あー、こうしていい酒飲むのは幸せなんだけど……。あと、いい男がいれば、ほんっとベストなのよねぇ)
カウンター席に座ってウイスキーのグラスを傾けながら、内心でぼやいているショーコ。
ほんのりと薄暗い店内を見渡せば、いるのは男女のカップルばかりである。独り身で来ているような客はショーコくらいなものであって、虚しい気持ちになっても決しておかしくはない。勘定を済ませて席を変えようかと思ったりもしたが、この店はいい酒のラインナップが多い上に、他の店よりも格段に値段が安い。そこは飲兵衛の悲しい性で、どうにも立ち去る決心がつかないのである。少なくともあと三杯ほど、飲んで帰りたい銘柄の酒がある。
ここは一つ、カウンターの向こうに並んでいる高級酒のラベルだけを視界に入れながら飲んでいるしかない。そうすれば独り身の寂しさから逃れられ、ついでに酒も進むというものである。
(あたしだって、それなりに見てくれは悪くないと思うんだけどねぇ……。なぁにが悲しくて、こんなにも男運に恵まれないのかしら? ……もしかして、酒のせい?)
その可能性は否定できないものの、かといって酒のない自分など想像もできない。
軽く酩酊し始めた頭で他愛もないことをあれこれ考えていると、ふと背後から
「……あら? ショーコ? あなた、ショーコじゃない?」
声をかけられた。
振り返り見れば、かなりの美人である。
胸元がド派手に空き丈が短いワンピースを着ていてメイクがやや挑発的だが、ともかくも顔立ちが整っている。
「……?」
咄嗟に思い出せないショーコ。訝しげな顔をしていると、女性は人差し指を立てて自分の顔を指しながら
「あたしよ、あたし! カ・レ・ン。ほら、スレイブ・メカニックで研修を受けていた頃一緒だったでしょ? 覚えてないのォ? 悲しいわぁ」
そこまで言われてみてようやく、記憶の古い引き出しが開いてきた。
確かに、いた。
カレン・シュライツァー。
――今から四年前の十七歳の時、二人はとあるCMD整備工場へ研修に来ていて知り合った。
当時ショーコは治安維持機構の整備部門に職を得るため、独学でCMDについて学んでいた。近所の小さな整備工場に好意で出入りさせてもらっていたところ、彼女の熱心さに心を動かされた工場主がさらに大きなメーカーに研修生として入れてもらえるように推薦状をしたためてくれたのである。運良く話はまとまり、ショーコは「スレイブ・メカニック」なるCMD専門の中堅整備会社に通えることになった。
スレイブ・メカニックでは進んで研修生の受け入れを行っていたらしく、ショーコと同じタイミングで新入りの研修生が数名いた。そのうち、女性の研修生はショーコとカレンの二人であった。カレンは無名の専門学校生で、成績が優秀であったために実地研修の機会を得ることができたのだという。歳はショーコと同年、才色兼備でいて見るからに非の打ち所がない女性であった。彼女もまた、将来的に治安維持機構の整備部門就職を目指していた。
当時多少控えめであったカレンと開けっぴろげで男勝りのショーコは何となく馬が合い、一日の研修を終えた夜はよく二人で遊びに出たものであった。
一年近く経ち、二人は共に治安維持機構整備部門職員の採用試験を受けた。
筆記試験の出来が良くなかったショーコは不採用になるものと思いこんでいたが、どういう弾みか、その彼女が採用となり、逆にカレンは不採用となった。治安維持機構への入隊手続き等々ドタバタしているうちにカレンとは会うタイミングがなくなってしまい、それきりであった。しばらくして落ち着いてきた頃、ショーコはふと思い出してスレイブ・メカニックに問い合わせてカレンの所在を確かめようとしたのだが、その矢先――つまらぬ内部の嫌がらせに怒り狂ったショーコが、大暴れした挙げ句辞表を叩きつけるようにして治安維持機構を辞めてしまったのである。
カレンのことはStar-line入隊後の多忙さですっかり記憶からデリートしてしまっていたが、思い返せばあの頃が楽しかった時代であることに変わりはない。
ショーコは一転、破顔して
「あ! なぁに、カレンなの? やっだ、そんなお祭りメイクしてるから、全然気付かなかった! 髪型だって、すっかり変わってるし。ほんっと、久しぶりね。もう何年会ってないのかしら?」
「あなたが治安機構に行ってしまって、あれがお別れだったから……かれこれ、三年ぶり、ね」
カレンはショーコの隣のチェアに腰掛けつつ
「マスター! グランド・クラッシックをロックで二つね!」
「随分といい酒飲むじゃないの。いま、何やってんの?」
「今? ま、事務仕事みたいなものかな。ショーコは? まだ、治安機構に――」
カレンはそう言いかけて、ポンと手を叩いた。
「そうだった! あたし、テレビで観たわよ! ショーコったら、あのStar-lineにいるのよね! すっごい活躍だったじゃない。ショーコがテレビに映ってたからびっくりしちゃった!」
どうやら二ヶ月前にあったA地区でのスティリアム研究所襲撃事件のことを言っているらしい。
そういえば、テレビ局が来ていたような気がせぬでもない。事態は相当緊迫していたから気にも留めていなかったのだが――あの必死な形相を国中に放映されたのかと思うと、ちょっと憂鬱な気がした。
グラスに残っていたウイスキーをぐいっと飲み干し
「いろいろあって、ね。治安機構は辞めちゃったのよ」
気だるそうに言うと、カレンは不思議そうな顔をして
「なんでまた? 黙っていれば一生安泰だったのに。いい男だって幾らでもいるでしょー?」
「そういうコトでもないのよ。あそこはね……どいつもこいつも、女は男の下僕くらいにしか考えてないみたい。あたしの先生だった人だけね、いい人だったなぁって思えるのは」
ショーコは氷だけになったカウンターの上のグラスをじっと見つめながら、片手で左右に揺らしている。
「ごろごろしていたら、たまたまスティーレイングループ系列の会社で求人があって、上手い具合に採用されたの。で、新しく警備部門を設立するっていうから、それも面白そうだと思ってね」
「へぇ……。天下のスティーレイングループに採用されるなんて、ショーコったらよっぽどの強運なのね。っていうか」
カレンはふと、視線を反らした。
「ショーコはもともと腕が良かったしね。あなたを採用しない会社があったら、それこそどうかしてるわ」
「そうでもないわよ。CMD関係の知識ならカレン、あなたの方に一日の長があったと思うわ」
率直な思いである。
スパナを握っての機械いじりならショーコは負けない自信があるものの、カレンはCMDのシステムから駆動部や機関に至るまで全般的に深い知識をもっている。研修先のメーカーで「専門書が服を着て歩いている」とまで揶揄されていたのをショーコは思い出していた。
が、カレンはそのことには強いて触れようとはせず
「まぁ、その話は飲みながらゆっくりとしましょうよ。今夜は時間、あるんでしょ?」
「ええ。さもなきゃ、こんな店に一人で座っていないわ」
苦笑いしているショーコ。
「寂しい身はお互い様ね。それだけは二人とも変わっていないみたいだけど」
カレンは笑いながら運ばれてきたグラスを取り上げ
「まずは久しぶりの再会に、乾杯!」
「乾杯!」
かちりとグラスを合わせた。
その数秒後には、二つのグラスは空になっていた。
「あーっ! やっぱ、おんなじグランドでもクラシックは違うわね! オールドもいいけど、酒の深さがまるで違うわ」
ロックのウィスキーを一気に飲み干しておきながらけろりとしているショーコを見て
「ショーコったら、相変わらずの酒豪ぶりね。だからモテないんじゃないの? 少しは考えないと」
そういうカレンもまた、顔色一つ変えていない。
――その後、二人は次々と杯を重ねていき、結局店を出たのは深夜の閉店時刻だった。
「――ただいま。ちょーっくら、遅くなったわね」
ドアを開けると、部屋の中は目が利かぬほどに暗い。
奥の方で若い女性が一人、チェアに持たれて雑誌を読んでいた。そこだけ天井からスポットライト的に照明が当たっているのだが、照度は十分でない。
彼女はカレンの姿をちらと一瞥してから
「カレンたら、こんな時間までどこに行って――って、酒くさい! あんた、また飲み歩いて……」
苦情を述べ始めた。キツめの眼鏡をかけているから、どこか小うるさい学校の女教師に見えなくもない。
が、酩酊して気が大きくなっているカレンは大して気にする風もなく
「いいじゃないのよ、今日の今はオフなんだから。オフにも酒飲んじゃいけないなんて、ボスから言われてないわよ。それにねぇ、今日はさぁ……」
傍らにあったチェアにどっかと腰をかけると、両腕を天に向けて突き上げ
「だーい収穫! 思いがけない人に会っちゃったのよねぇ。いーい情報を色々聞いちゃったのよ。報告したらきっと、ボスが褒めてくれるに違いないわ。あんたも少しは外に出た方がいいわよ、エラ」
「……そのボスから、次の指示がきているのよ」
エラといったその女性は表情も変えず、ポケットから携帯端末を取り出して画面を示した。
カレンは大袈裟に身を乗り出し
「やだ、もう次の仕事なのォ? なになに――」
画面をじっと睨みながら声に出して読み上げ始めた。
「……計画の第一段階は成功裏に終了した。これも諸君のお陰であると思っている。休息中のところ申し訳ないが、今から計画第二段階に移ってもらうことにする」
そこまで読み上げてから、カレンは途端に嫌な顔をした。
「えーっ!? もう、次の仕事なのォ!? 全然休んでないじゃん! あたし、まだ二回しか飲みに行ってないのにィ」
するとエラは
「二回も飲みに行けば十分でしょ。……それに私達、十分過ぎるくらいの報酬はもらっているんだから、そう文句言わないの。世間様はどん底不況で仕事の口なんかどこにもないんだから」
そうたしなめつつ、酒臭さを嫌ってカレンから離れると
「キャスとノイアに連絡をとってもらおうと思ってたけど、その酔いっぷりじゃ無理そうね。私から伝えておくわ。――言っておくけど、カレン」
「え? 何?」
「ミッション遂行期限は三日間のうちよ。明日を準備に当てるとして、明後日に決行ってことにしとくわね。酔いが醒めたらG-シャドゥの方、チェックしておいて頂戴。初陣でしくじったら何にもならないから」
チェアの上でだるそうな顔をしていたカレンは、途端に目を大きく見開いて立ち上がった。
「うっそ!? G-シャドゥ、きたの!? そうならそうと、早く言ってくれれば良かったのに! ……ああっ、こんな時間まで飲んでるんじゃなかった!」
すっかり酩酊していた様子はどこへやら、すぐにも部屋を飛び出そうとしている。
そんな彼女を、エラは人差し指を立てて制し
「だーめよ。酒が回った状態で触らないで頂戴。あんたのその、アルコールの混じった酒臭い吐息なんか吹きかけたら、グラス・コーティングの性能に影響が出るかもしれないでしょ? 早く触りたいんだったら、今はさっさと寝ること。いいわね? これからキツいミッションが続くんだから」
親が子供に約束を守らせるような口調で言い残すと、部屋を出て行った。
暗い部屋に独り残されたカレン。
つまらなそうな顔をして、再びどさっとチェアに腰掛けた。
そのまま所在無げにしていたが、エラが置いていった雑誌を目にして手を伸ばしかけた。
と、そこでふと真面目な表情になり
「……『光を閉ざせ、ただし消すな』か。難しい注文ね。一手、細工してもらう必要があるかしら?」
呟いていた。
時刻はもう二十三時を回ろうとしていた。
「隊長、それじゃ、お先に失礼します」
サイとナナが並んで礼をした。
デスクで書類を眺めていたサラは顔を上げて微笑を浮かべ
「はい、お疲れ様。今日もありがとう。ゆっくり休んでね?」
労いの声をかけた。
最近の彼女は以前の彼女とは打って変わってすっかり物腰が柔らかくなり、ちょっとしたことでも隊員達を労わったり礼を言ったりするようになっていた。ただし、多少問題行動の多いティアだけは別だったが――。
「ありがとうございます」
二人はオフィスから出て行こうとした。
すると、ナナが思い出したように足を停め
「いけない、忘れるところだった。――隊長、歓迎会のお店ですけど……」
バッグからごそごそと折りたたんだ紙を取り出し、サラに差し出した。
「幾つか、ピックアップしておきました。隊長が言うようなお店だったら地区内にはたくさんあるんですけど、ショーコさんとリベルさんの希望まで反映させるとなると、なかなかなくて……」
「どだい、無理な話ですよ。その辺りのパーティハウスで、クラシックとワールドの銘柄を飲み放題に含めている店なんかありゃしませんよ。さんざん調べてみて、あるにはあったんですけど、やっぱり飲み代がいい金額になっちゃいますね」
サイが補足を加えた。
よほど骨の折れる作業だったらしく、眉をしかめている。
Star-line新体制発足記念とセカンド三人娘およびナナの入隊を歓迎するパーティを開いてはどうかというセレアからの打診があり、サラはサイとナナに場所の選定を依頼していた。彼女としては、若い娘が多いのでただ酒を飲めるだけでなく、何か楽しめるところがいいという条件をつけたのだが――悪いことに、たまたまその場にショーコとリベルがいた。この二人はStar-lineきっての飲兵衛である。
「ちょーっと待った! せっかく飲むからには、やっぱり美味しい酒が飲みたいものだわ」
待ったをかけたショーコに、リベルもおっかぶせて
「そうだねぇ。いい集いにはいい酒、なーんて格言もあるしな。俺も嬢ちゃんの意見に賛成だな」
と、自分勝手な格言を述べ始めた。
困った顔のサイに、冷たい視線のナナ。目が「いい加減にしろ」と言っている。
そんなものは各自席を変えたうえで飲んでくれ、と言いたいところだが、この二人はStar-lineを支えている功労者である。たかがパーティとはいえ、要望を無碍に却下するわけにもいかないではないか。
そこでサラは苦笑しながら
「わかった、わかりました。じゃあ、いいウイスキーなんかも飲めるお店だとありがたいわね。――サイ君にナナちゃん、申し訳ないんだけど、できればその点も考慮しつつ……」
「できれば、じゃなくて必須条件でよろしく! クラシックとワールドは譲れないわ!」
「おお、いいねぇ。欲を言えばまあ……腹いっぱい、飲み放題なんかだと嬉しいなぁ」
酒は嗜む程度のサラに、その要望がどういう難易度であるかは想像もつかない。反対の仕様がなかった。
そして――翌日から、サイとナナは地区中のパーティハウスを探しまくる羽目になった。
「そぉ、それは面倒かけたわね。ご免ね。なければないで仕方がないかと思っていたんだけど……」
二人に詫びの言葉をかけつつ、店の概要が記された書面に目を通しているサラ。
「うん、じゃあ、これのどれかにするっていう方向にしましょう。予算については、きっとセレアさんからなにがしかの補助をもらえそうだから、気にしなくていいと思うの」
これ以上新たに探すことになっては敵わないと思っていたサイはちょっとほっとした顔で
「じゃあ、店と日取りが決まったら指示してください。予約入れますので」
「わかりました。早いうちに、ショーコに相談をしてか――」
「あたしがどうしたって?」
言いかけたところへ、当のショーコがオフィスに入ってきた。
彼女はそのまま大股でつかつかとサラのデスクに近寄って行き
「サラ、たった今警察機構から入った情報よ」
数枚の資料をサラに示した。
「先日の黄色い警備屋騒動の件なんだけど、蹂躙された賊機はいずれも銃撃を受けていたって話までは聞いているわよね?」
「え、ええ」
「それでさっき、警察機構本庁鑑識局の人が回してくれた分析資料なんだけど」
資料の一枚をめくった。
そこには数枚の画像がプリントアウトされており、いずれも拡大されたCMDの一部が写っている。
「で、当然警察機構はMoon-lightsからも事情聴取して機体の確認をしたんだけど、どうも機体から煙硝の反応が出なかったらしいのよね」
「……まさか! 人型仕様形態CMDによる発砲があった場合、少なくとも利き手側の先手部か下腕部から硝薬の反応が出る筈よ。もしくは収納部にその残跡がなくちゃならないじゃない」
サラが言うところは、国軍や治安維持機構、あるいは専用銃器を取り扱う機関や組織においてはごく当たり前の常識である。発砲した以上、その形跡はどんなに隠そうとしても、機体に必ず残ってしまう。時間が経過すれば消滅するにはするが、かといって証拠となるのはそれだけではない。発砲時の衝撃を吸収しようとして駆動部内機関には微妙な部品の擦れ合いが発生する。威力が大きい銃火器であるほどこの擦れ合いは大きく深いものとなり、部品を交換する以外にこの痕跡を消すことはできない。
「そういう事象があったものだから、鑑識局の方で詳しく検証したんだって。――そしたら、さ」
ショーコはデスク上の資料を人差し指で叩いた。
「弾痕から推定される発射角が極めて不自然で、しかも短距離銃撃じゃない可能性が高いって言うのよ! あの装甲の割れ方からだと、てっきり短距離から撃ち込んだとばっかり思っていたんだけど」
「……別の何者かが強力な銃器で狙撃した可能性があるってことですか?」
サイが口を開いた。
「そのとーり! もう一つおまけに、警察機構が現場付近で目撃者から聞き取りをしているんだけど、黄色い機体の連中が抜いているところを誰も目撃していないのよ。なんか、すっごく怪しい話じゃない?」
「……」
サラは黙った。
例の数件にわたるMoon-lightsの干渉騒ぎは、単に彼等の行き過ぎた示威行為だという結論に傾きかけていたのだが――これは容易ならぬ事態に発展しそうだという気がした。
咄嗟に頭の中で以降自分達が採るべき方策をあれこれ巡らせると
「ショーコ、その情報はセレアさんに伝わっているかしら?」
顔なじみの警察機構職員から直接もたらされた情報である。
あるいは別ルートでヴォルデやセレアに届いているかもしれなかったが、確証はない。
「多分、まだね。聞いている可能性もあるけど、なにせ鑑識局の方でも現場レベルの情報だし」
「わかった。じゃあ、すぐにセレアさんに連絡を――」
言いかけた時である。
『――Star-line、応答願います。こちらSTR指令、緊急発報を受信しました。繰り返します――』
通信コンソールの受信ランプが点滅している。
近くにいたナナが駆け寄って通信スイッチを押すと、ディスプレイにSTR指令室にいるオペレーターの顔が映し出された。
「はい、こちらStar-lineです。状況の説明をお願いします」
こちら側の通信者の姿も、カメラ機能によって向こう側のモニタに映るようになっている。
対応したのがナナだったせいか、STRの若い女性オペレーターは一瞬安堵の表情を見せた。これがリファやティアでは話がややこしくなってしまうせいであろう。ショーコなどはそういう不手際を嫌う余り、最近はリファに通信を禁じているほどである。
ついでながら、先日発生したMoon-lights騒ぎの折、スティーレイングループでは新しい警備システムを導入した。STR警備保障に指令室を設置して二十四時間体制でグループ各社の安全監視を実施するとともに、より高性能な自動警備システムを各社に配備した。通常時の周辺状況を機械が記憶し、万が一不審な車両や人物をとらえて危険性を予測した場合、機械が自動的に指令室へ緊急発報するという仕組みである。これは同時に警察機構や治安維持機構へも発報されるものの、これまでとは異なりSTR側の人間にも間違いなく伝達されるため、状況の判断によっては警察機構や治安維持機構が無駄な出動をせずに済むのである。Moon-lightsなる傍若無人、自己満足な警備屋のやり口に手を焼いた末の応急処置ではあるものの、そもそもグループ内部では警備システム自体の老朽化が問題視されていたところであった。グループ会社各社の設立年次によって警備員常駐体制だったりあるいは機械のみであったりと警備体制がばらばらだった上に、緊急時の通報もSTRに飛んだりStar-lineに直接流れたりと、混乱を招いてもおかしくないような仕組みだったのである。ヴォルデの指示一過、これらは大きく改善されることとなった。
しかしながら、Star-lineにおいては約二名ばかり、その扱い方をまったく理解していない隊員がいたのだが――。
女性オペレーターは落ち着いた調子で
『発信報を転送しますので、あわせて確認をお願いします。――本日推定2258、R地区ストゥルエン証券本社付近にて不審な機影の接近を自動警備システムが感知、緊急発報した模様です。不審機の数、接触の有無については現在のところ追加受信されていません。警戒レベルセカンドと判断されますので、Star-lineにおかれましては直ちに現地へ出動されたく、STR指令より要請いたします』
STRとStar-lineはあくまでも別組織だから、こういう言い方になるのである。
ちらりとサラの方を見やると、彼女は大きく一つ頷いて見せた。
ナナはモニタの中の女性に向かって
「了解しました。Star-lineはこれよりR地区ストゥルエン証券本社へ出動いたします。緊急の際は通信コード500123にて発報しますので、そのように願います」
『500123、了解しました。お気をつけて!』
通信はそこで終了した。
ナナの背後では、すでにめいめいが動き出している。
「サラ! 装備はサイ君がE-WS、シェフィちゃんがE-WSPMだけど、どうする!?」
「それで許可します! 念のため、予備電源を積んでおいて頂戴! ――もしもし、こちらサラ! ミサちゃん? 起きているわね! 2305に出動しますからそのつもりで……って、ティアがいない!? どこへ行ったの!? 見つけたらそのままハンガーへ連れてきて! 着替えてなくてもいいから!」
受話器を握り締めて叫んでいるサラを背に、サイとナナはオフィスを出た。
二人とも、ニヤニヤしている。
「……ティアのヤツ、さっき風呂入るって言ってたよな?」
サイがこそっと囁くと、ナナは可笑しさを堪えながら
「そうね。あのコ、長風呂が好きだもの、まだのんびり浸かっているんじゃないかしら。――裸で出動なんかしなきゃいいんだけど」
「だな。Star-line設立以来の不祥事になりかねない」
Star-line 神崎 創 @kanazaki-sou
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