始動編11 恋は土壇場で

 その様子は、遠く離れているショーコ達にも見えている。


「――サイ君!!」


 危険だと言われていたことをすっかり忘れて、彼女らは思わず装甲車を飛び降りていた。


「――サイ君!! 」


 信じがたいその光景を目にしたショーコが、繰り返し絶叫していた。


「サイさん! ですよね? あれ……」


 そうショーコに問いかけつつユイは


「なんてことを――!」


 ほとんど泣いている。


「……サイ、君?」


 その背後で声も出せず、ただ呆けた表情で呟いたサラ。

 ややあってドドーンともっとも凄まじい大音響があり、爆炎が天を衝いて立ち上った。

 彼女らからのアングルで眺める限り、どう見てもMDP−0が爆発したようにしか見えない。


「サイ君……」


 彼女はやがて声もなく、地面にがくりと膝をついた。

 顔が上がらない。目の前が次第にぼやけていく。


(私は――何ということを……大切な隊員を……)


 サラの背中が震え始めた。

 その背後で、どうすることも出来ずに立ち竦んでいるリファ。

 轟々と燃え盛る炎の音だけが、静まり返った5L通りに響いている。赤々と照らされながら、ただその光景を見守っているショーコ、そしてユイ。


「……畜生が! 手前らの自己満足のために、罪もない人間を!」


 ショーコの握りしめた拳が、わなわなと震えている。

 道路にぺたりと座り込み、しくしくと泣き始めたユイ。

 そんなやりきれない間がどれだけ続いたであろう。

 ふと、生気を失った表情で3C通りの方角を見つめていたショーコが


「――え? え? ちょっと! 何よ、あれ!? あれって……」


 声が裏返っている。


「あ、あれ……MDP−0、ですよね……? あの形――」


 ユイも泣き止み、ショーコと同じ方向を注視している。


(……? MDP……0?)


 涙に濡れた顔を起こしたサラ。

 遥か通りの向こう側、激しく燃え猛る炎の中、確かにその影はあった。

 すらりとしたボディに長い手足。

 そして、片方は見えなくなっていたが、頭部に突き出た長いセンサー。

 こういうシルエットを持つ機体は――MDP−0しかない。


「――あっ! そういえば!」


 ハッとして振り返ったショーコ。


「昨日、スティリアム研究所から、なんたらいう訳のわからん装甲シートをつけてくれって頼まれて、装着したよね? あれって――」


 そこでサラも頓悟した。

 あれだけの爆発を受ければ、いかに新素材装甲のMDP−0といえども致命的なダメージをくって再起は不可能であろう。

 しかし、昨日やってきたスティリアム物理工学研究所の作業員達はMDP−0の全身に透明なシートをてきぱきと圧着しながら、こんなことを言っていた。


『これはですね、対衝撃緩衝性が高いというお話はさせてもらったと思うんですが、単純に銃弾だけのことではないんです。多少の打撃、あるいは爆発による衝撃なんかにも有効でして、特にこの効果は絶大です。――ま、このファー・レイメンティル州にいる限りにおいて、そういう爆発を受けることなんかないと思いますが。はははは――』


 それが、現実に起きてしまった。

 作業員は笑い飛ばしたところの大爆発を受けながら、この怪しげな装甲シートは本当に機体を守ってしまったらしい。ショーコは散々に罵ったが、やはり専門の研究グループが開発した製品ならばそれなりに重大な効果を得られるということなのか。

 そして、そのきっかけを作った張本人は――。


「あははは、リファ! あんたってば!」


 いきなりがばと彼女に抱きついたショーコ。


「ただのバカだと思ってたけど、幸運の持ち主だよねー! あんたがキリギリスだかの話に無断でOKしなかったら、サイ君は死んでいたのよ! いやー、あんたってコは!」


 狂ったように喜んでいるショーコは、自分でも何を言っているのかわかっていない。


「……え?」


 突然抱きつかれた挙げ句、訳の分からない褒め方をされているリファも、さっぱり状況を理解していなかった。

 そういう騒ぎが繰り広げられているとも知らず、当のサイは


「……やってくれるぜ、スティリアム研究所。天晴れな衝撃緩衝効果だ」


 半ば眩暈を起こしつつも、何とか機体を起こした。

 この男は、爆発の衝撃をもろに受けている最中、MCOSSの切り離しを試みていたのである。完全なシステムアウトとまではいかなかったが、数十パーセントまで分離することは出来た。MDP−0が立ち上がれたのは、そのお陰である。

 ゆっくりと立ち上がるにつれ、爆発による衝撃と熱を受けてボロボロになった装甲シートがパラパラと剥がれ落ちていく。その下から現れたのは、無傷の真っ白なMDP−0のボディそのものであった。

 驚いたのはヴィオである。

 粉微塵に消し飛んだとばかり思っていたMDP−0が五体満足で立ち上がっている。


「ば、バカな――」


 彼の表情から、余裕が消えた。


「……何たる機体だ! あれだけの爆発を受けて無傷とは」


 その鋭い目に殺気が漲った。

 いたく自尊心を傷つけられたヴィオは怒気もあらわに


「いいだろう! 機体の強奪などと悠長なことは言ってられないようだな。貴様はやはり、この俺の手で直々に潰してやるわ!」


 ズシリと一歩踏み出したGFE六式。


(やれやれ……立ち上がったまではいいが、これじゃあな)


 MCOSSが完全分離出来ない以上、制御信号電導率は通常レベルまで回復に至らない。そういう不完全な状態で、この殺人鬼とやりあうには相当無理がある。

 その時である。


『――サイ! サイ! あたしよ! 聞こえてる!?』


 集音マイクが、聞きなれた人の声を拾っていた。

 サイは一瞬、耳を疑った。

 声の主は、ナナである。


『ナナ!? ナナか! 何で、ここにいるんだ! 早く、逃げろ!』


 彼女は構わずに叫び続ける。


『サイ、聞いて! ジャミングよ! あっちに、ジャミングを発生させる機械がトラックに積まれてあったわ! きっとそのコ、思うように動かないでしょう!?』


 驚いているサイ。

 どうしてそういうことが、ナナにわかるのか。


『そのコ、センサーがたくさんついているじゃない! 五感を奪われているようなものよ! あたし今、機械を止めてくるから、ちょっとの間だけ――あっ!』


 パァンと、乾いた銃声が轟いた。

 同時にナナの声が途切れてしまい、サイは顔から血の気が引いた。

 モニターを細かく操作して彼女の姿を探すと――破壊されたスティリアム研究所の南側の塀付近に辛うじて見つけることはできたが、しかしぐったりと倒れていた。


「……ナナ?」


 彼女から血が流れている。


「ナナ――」


 それを目にした瞬間、サイは度を失った。


「……ナナ? ナナ、おい! ナナっ!」


 彼女の元へ駆け寄ろうと機体を向けると、GFE六式が立ち塞がった。


『そうはさせん。貴様の相手は、この俺さ――』

「いいからどきやがれ!! 邪魔するんじゃねェ!!」


 完全に何かが振り切れたサイ。

 コックピットにいる今の彼の動きを見た者がいたとすれば、その神がかった操縦に度胆を抜かれたに違いない。

 右手でMCOSSを完全にシステムアウトして切り離しつつ、不器用ながら自由を得たMDP−0を左手の操縦だけで躍進させるや、ヴィオのGFE六式を跳ね飛ばしてナナの元へと突進した。

 突如として動きの見違えたMDP−0。


『……ぐわあぁ!』


 ヴィオは派手に突き飛ばされ、F地区側の建築物に派手に突っ込んでいた。


「――ちっ! もう少し、粘りやがれってんだ」


 ライフルを構え、再度ナナに照準を合わせたグロッド。

 ナナを狙撃したのは彼であった。

 再びトリガーを引こうとしたその時、彼は異様な気配を感じた。

 はっとして見上げると、斜め前方から飛来してくる巨大な影があった。

 影はグロッド目掛けてみるみる迫ってくる。

 よく見ればそれはなんと、CMDのシールドであった。


「な、なんだと!? うわぁ!!」


 ガギィン! と彼のすれすれにそれが突き刺さり、衝撃でコンクリート片がばらばらと落下してきた。それのやや大きなものを頭や背中に受けたグロッドは、半身埋まったような状態のまま失神していた。

 ナナを狙っているグロッドの存在に気がついたサイの反応である。

 当たれば即死かも知れないというMDP−0のシールドを、躊躇いもなく投げつけたのである。

 もはや、彼の行く手を阻む者は何もなかった。


『ナナ―ッ!!』


 滑り込みよろしく空いたスペースへ突っ込んでいくサイ。

 MDP−0に片膝を付かせると、システムを停止させずにハッチをこじ開け


「ナナ! ナナ! ナナ! 大丈夫なのか!? 怪我、怪我、怪我はどこだよ!?」


 コックピットから飛び降りて駆け寄っていった。

 ナナはぐったりと倒れていたが、狂ったように叫びまくっている彼の声にぴくりと反応し


「――何よ、サイったら。そんなに慌てて、格好悪いわよ?」

「あ! ナナ」


 傍に屈みこみ、そうっと彼女の身体を抱き起こした。 

 が、手も足も身体もがくがくと震えていて、この世の終わりがきたように動顛しまくっているサイ。

 そんな彼を見て、ナナは痛みを感じながらもくすりと可笑しそうに笑った。


「……落ち着いて、サイ。あたしは、大丈夫よ。弾が、擦ったのよ。軽い傷だから」

「本当に、本当に、本当に……? だってさっき、ナナ、倒れたから、俺、俺、俺――」


 サイは、完全に歯の根が合っていない。よほど精神の平衡を失っているらしく、見ていて気の毒になる程である。

 普段滅多にそんなことがないだけに、勝手に慌てふためいている彼の姿は、ナナにとって滑稽であった。

 だが――自分の安否を案ずるあまりサイがそうなっているということに、彼女は妙な幸福感を感じている。


「撃たれた、って思ったら、一瞬気が遠くなったのよ。でも、この通り。後で手当すれば」


 サイは曖昧に頷いた。


「心配しないで。サイったら、小さい時からいっつもそうね。あたしが転んで怪我すれば、あたしより先に泣いていたものね。自分が怪我したんじゃないのに」

「だって、だってさ……」


 そう言って彼女の目を見たサイの視線は、恐ろしい程に真剣であった。


「――俺、ナナがいないと、やっぱり、駄目なんだ。どうしても」


 衝撃の発言であった。

 ハッとして思わず固まるナナ。

 サイは訥々と、どもりながらも続ける。


「だから、だから、俺の全てを投げ打ってでも頼みたいんだ。……俺と一緒に、来て欲しい。もし、ナナが嫌なら、俺もStar-lineは辞める。ナナがいないなら、上手く働けやしない、絶対」


 もはや思いだけが勝手に先行して、サイは自分で何を口走っているのかわかっていなかった。ただただ、胸の内から思いが言葉の形をとって溢れ出してくるのを止められない。


「サイ……」


 そして、サイは大きく息を吸った――。


「俺は、ナナのことが!」


 溜めに溜めた想いが、この危機を経て今、彼の胸中から一気に解き放たれた。


「――好きなんだ!!!  誰よりも!!  だから、一緒に来てくれ!!  頼む!!」


 彼の全力の叫びであった。

 目を大きく見開いていたナナはやがて


「……ありがと、サイ」


 今までに見せたどんなそれよりも、嬉しそうな微笑みを見せた。

 しっとりと潤った優しげな眼差しで、サイの目を真っ直ぐにとらえた。


「でもね――」


 しかし彼女は、気持ちとは逆のことを言いかけた。


「今あたしがいないと、お爺ちゃんもウェラさんもこま――」

「もう、駄目なんだ! あそこでは、住めないんだ!」


 再びサイが咆えた。

 驚いた表情で固まったナナ。


「住めない……? あそこに住めないって、どういう――」

「みんな、重要保護指定市民になってしまうんだ。だから、これからはここで住むことは出来ないし、住まなくてもいい! もう、一緒に来るしかない。社長もウェラさんも、ナナも!」


 とんでもないでたらめである。

 そんな話はない。

 辛うじて、STRが独自に彼女の身辺を警戒していたということはある。しかし、それはヴォルデの指示であって、重要保護指定市民云々とは何の関わりもない。

 ナナは困惑の表情を浮かべた。


「え、でも、そんなこと……。お爺ちゃんもウェラさんも、別に狙われてなんか――」

「駄目だったら、駄目だ! とにかく、そういうことなんだから!」


 もはや、彼女の言い分などは全く聞いていない。

 この冴えない男のどこにそんな強気が秘められていたのであろう。


「いいから、一緒にきてくれ! くれば、わかる! どうしても嫌なら、今すぐに俺は、Star-line辞めてくるよ!」

「……」


 サイの気迫に完璧に圧倒されたナナ。

 これ以上どう言い逃れしようと、サイは退かないであろう。

 彼女は観念したようにそっと視線を逸らし、


「……馬鹿。自分でなに言ってるか、わかってるの?」


 その目に涙が浮かんでいる。


「あたし、どうしてもスティーレインが許せなくて、でも本当はサイと一緒にいたくて、あの夜からずっと辛かった。もう、会えないかも知れないと思って」


 涙がこぼれ、頬を伝っていく。


「でも、会えて嬉しかった。本当は、来ちゃいけなかったかも知れないけど、STRの人から、今はStar-lineしかいないって聞いて、サイが心配だったから、無茶してここまで来ちゃった。ちょっと、怪我したけど」

「……」

「でも、こんなに想っていてくれる人が傍にいるのに、自分のつまらない拘りに引っかかってちゃ、駄目よね。サイがこんなにもあたしを必要としてくれていて、だけど、あたしに出来ることって何にもなくって……」

「違うんだ!」


 必死なサイは、なおも叫ぶ。

 ぐっと険しい顔になって、


「いて欲しいんだ、俺と一緒に! それでいい。それだけだ」


 駄目押しの一言であった。


「……そう」


 ナナは静かに微笑み、頷き、そして言った。


「そこまで言うなら、もう、あたしには何もいうことはないわ」


 ちょっと視線を落とし、それからすぐにサイのそれに合わせて


「――あたしも、一緒に行ったげる。それで、いいでしょ?」


 彼女の、承諾の言葉である。


「……!」


 ただただ、首を縦にぶんぶんと振っているサイ。男はこういう時、リアクションが下手くそになる。


「だから、そんなに騒いじゃ駄目。みっともないわよ?」


 可笑しそうにしている。

 切ない想いの果てに、今かけがえのないものを手に入れたサイ。

 彼はやっと表情を緩めて


「――みっともなくてもいいよ、別に。ナナを失わないで済むなら、俺、幾らでもみっともなくなるよ」




 爆発にも耐え抜き立ち上がったと思いきや、突然膝を付いて停止したMDP-0。

 遠く離れて見ているショーコ達には、その理由がわからない。


「――な、なにやってるのよ、サイ君? いきなり停まっちゃったりして」

「やっぱり、MCOSSが作動不良起こしてるんじゃ……」


 ユイが不安そうに言うと


「だけど、さっきはいきなり動きがよくなりましたよね?」


 小首を傾げているリファ。

 すると。


『――こちらSTR機動班! Star-line、聞こえるか!』

 突然、通信が回復した。


「は、はい! こちらStar-line! 通信が回復したんですか!?」


 サラが慌てて応答した。


『リン・ゼールの奴等、やってくれた。強力なジャミングの機器を至るところに隠してやがったんだ! 今、片っ端から止めているから、もう大丈夫だ! 研究所の方も工作員がいたが制圧に成功している。大分、怪我人を出してしまったが』


 こっちは死人を出すところだったと言い掛けて、ショーコは黙った。

 STRも必死なのである。余計なことは言うべきではない。


『そっちはどうだ? 4L通りに回った突撃班の一部が、CMDの不意打ちを食らって負傷者が出ている。賊CMDは5L通り、そちらの方へ向かった筈だが?』

「ええ、5L通りでリン・ゼールCMD5機と交戦中です。まだ賊の制圧に成功していません。こちらの機体が途中で停止しておりまして――」


 そんなサラの報告を横で聞いていたショーコははっとした。


「そ、そうよ! 通信が回復したんなら――サイ君! サイ君! 聞こえてる!?」




 ナナの左腕は真っ赤に染まり、服のあちこちに血が飛んでいる。

 急いでサイは制服のネクタイをほどき、彼女の傷口に巻き付けた。


「……!」


 痛みに顔を歪めつつも、ナナは耐えていた。

 応急処置を終えると、


「……行こう、ナナ。まだ、賊は全部生きてやがるんだ」

「うん」


 彼女を支えつつ立ち上がろうとした時。

 二人の周りの地面や壁がドドッと弾け飛んだ。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 砂埃の中で顔を上げると、3C通り側から賊機が迫りつつある。

 彼等の発砲であった。


「畜生、乗り込んでいる余裕がねぇ!」


 MDP-0はすぐ目の前なのだが、そこまでたどり着く間に撃たれてしまうであろう。

 四機の賊機は二人の方へずんずんと近寄ってくる。

 万事休したかとサイは一瞬思った。しかし。

 ドンッドンッと不意に銃声がして、賊機の一体が膝から崩れ落ちた。


『――そこ! その不細工なCMD達! とっとと止めなさい! 止めなきゃ、命の保証はないわよ!』


 若い女性の声である。

 賊機が一斉に動きを止め、声のした方を向いた。3C通りのF地区側かららしい。

 何が起こったのかは分からなかったが、サイは天佑だとばかりに


「……今だ、ナナ。機体のところまで行こう!」

「うん!」


 ふらついている彼女を脇から支えるようにして、サイはMDP-0へと急いだ。

 ちらと横目で見ると、見知らぬ人型のCMDが乱入してきており、頼みもしないのに賊機と格闘戦を演じつつあった。

 が、MDP−0に戻ることに無我夢中のサイは、その状況に構っている余裕はなかった。

 そうして無事辿り着いた二人。

 コックピットに戻ると、サイは膝上にナナを乗せた。

 負傷している左腕を庇って、彼女に右を向いて座らせている。


「行くぜ。傷に触るかも知れないけど、ちょっとだけ、こらえてくれ」


 彼にぴったりとくっついているナナは、無言でこっくりと、可愛く頷いた。じっと、サイを見つめている。時々、子猫のようにあどけない仕草と表情をする娘である。

 バシッとハッチが閉じ、メインカメラがキラリと光を放つ。

 静かな唸りと共に、MDP−0は立ち上がった。

 取り合えず目の前の賊機を静めようと思っていると


『――貴様! 今度こそ許さんぞ! 八つ裂きにしてもまだ飽き足らぬわ!』


 ヴィオである。

 壁に突っ込んでいた状態からようやく復旧して、MDP-0に復讐の念を燃やしていたのであった。

 しかし、サイは腕に蚊が止まったほども気にしていない。

 賊機は確かに頑丈そうであったが、動きが先日のそれほど機敏ではないのである。


「……あの人、さっき爆弾投げてよこした人ね?」


 サイの耳元で、ナナが囁いた。彼女は目撃していたらしい。

 うん、と頷いた彼の頬に、彼女の額が触れている。


「じゃ、きつーいお仕置きしなくちゃ。ああいう野蛮な事をする人には」


 ナナは傷ついていない右腕を伸ばすと、サイの右側にあるサブモニターを、稼働データ表示に切り替えた。流れていくデータを目で追いながら


「……センサー、切ることができたのね?」

「ああ。というか、センサーの感知結果を稼動部に強制干渉させるシステムを切り離したんだ。センサー自体が進んで悪さをした訳じゃない」


 頷くナナ。


「そう。ジャミングが効いていたから、このコには悪影響だと思ったのよ」


 その時、ザザザと通信装置が反応し始めた。


「――ィ君! サイ君! こちらショーコ! 状況を報せて! サイ君!」


 返答しようとしたサイのレシーバーに手を伸ばし、マイクだけを自分の方へ向けたナナ。


「……こちらMDP−0。サイは無事です」

『……その声、ナナちゃん!? どうしたのよ? 何で、MDP−0に――』


 サイは苦笑しながらマイクを取り


「ショーコさん、こちらサイ。ナナがこの騒ぎに巻き込まれて負傷しています。ついては――!」


 喋りながらGFE六式の攻撃をするりとかわしていた。


「……保護の上、治癒を待ってStar-line入隊を許可されたく。以上!」

「は……?」


 マイクを握り締めたまま、固まっているショーコ。

 サラ、リファ、ユイがその周りで耳を傾けたまま動かない。


「……」

「……えーと」

「これって……」


 ややあって、ショーコがぽつりと言った。


「……どさくさに紛れて、口説きやがったな。サイ君」


 不思議そうな顔をしているユイ。


「口説いたって……どういうことですか?」


 何とも言えなさそうな、しかし可笑しさを含んだ表情で、ショーコは彼女の帽子のつばをぐっと顎のところまで下げてやった。


「愛と入隊を、よ!」

 



 MCOSSの呪縛から完全に解き放たれたMDP−0。

 GFE六式は執拗に攻撃を仕掛けるが、MDP−0は水中に戻された魚のように、動きが瞬息で無駄がない。ひょいひょいと余裕でかわしていく。

 というよりも、完全に翻弄していた。

 次第にイライラし始めたヴィオは、ついに拳銃を抜かせた。


『貴様、舐めた真似を! これでもくら――』 


 MDP-0はすっとGFE六式の懐に飛び込むや、振り向けられた拳銃を払いのけざま、ガシリとその咽喉元をつかんだ。


「……さっき、神がどうとか、大国主義がどうとか、言ってたよな?」


 外部音声で、その言葉はGFE六式のヴィオに届いている。


「そっ、それがどうした! 貴様等如きに、我々アミュード・チェインにいる虐げられた人間の苦しみがわかるものか!」

「……知るか、馬鹿野郎! それが他人を傷つけていい理由になるのか!」


 MDP−0の腕が上に向けられていき、同時にグググとGFE六式が持ち上がっていく。

 ヴィオは腕を振り回させた。

 ガギーンとMDP−0の横面にヒットしたが、微動だにしない。 

 MDP-0の眼が、赤く発光した。


「神だの主義だの、そんなもの! お前のようなアタマでっかちなヤツに――」


 次の瞬間。

 GFE六式は背後の壁にめりこんでいた。


「――貧乏庶民の気持ちがわかるのか!」


 衝撃でぱらぱらと壁が崩れ落ちていく。

 機体のあちこちから煙が出始めた。ボディの電設部でジジジとスパークが散っている。明らかに伝導系を損傷しており、これ以上は動けないであろう。

 が、サイの怒りは止まらない。

 既に作動停止しているGFE六式を壁から引き抜くと、うつ伏せにして地面に叩きつけた。 これではもはや、自力で脱出は不可能である。


「……」


 が、既にヴィオは失神している。

 勝負はあった。

 後は、残敵掃蕩である。

 3C通りの方を見やると、なんと残りの四機は無力化して地面に転がっていた。

 傍に、見慣れぬ機体が三機ばかり、こちらを向いて佇立している。

 どれもカラーリングはイエローの人型機で、MDP-0のそれほどではないがすらりとしたシルエットを有している。目の位置にあるメインカメラのガードレンズがなんとピンク色になっていて、何とも風変わりな機体であった。

 胸のあたりのハッチには、三日月を模したロゴマークが入っている。


「……月? なんだ、あれ?」


 訝しげな顔でサイが呟くと


「もしかしたら、アルテミス・グループの関係機関かしら?」


 耳元でナナが言った。


「……アルテミス・グループ?」


 サイには聞き覚えがない。


「シェルヴァール州に本拠がある精密機器のメーカーよ。急成長して色々グループ会社をもつようになったみたい。……スティーレインと似ているわね?」

「なんでそんなこと知っているんだ?」

「……仕事を探しているうちに、知ったのよ」


 そんなやり取りをしていたサイとナナ。

 すると中央の一機が、手にしていたGFE六式の頭部をひょいと前に放り投げた。それは宙を飛んでゴロンとMDP−0の足元に転がった。


『――初めまして、Star-lineの皆さん』


 若い女性の声で、ちょっとトゲが感じられる。

 サイは外部音声のスイッチを入れ


「支援は感謝する。それはそれとして聞かせてもらいたいんだが、あんた達はどちら様だろう?」

『フフ、あたし達? あたし達は――』


 ギョンと機体が一歩前に踏み出した。


『Moon-lights。アルテミス・グループ専門警備会社。以後、よろしく!』


 言い捨てて、3C通りをF地区側へと消えていった。


「……あれ、放っておいていいの?」

「ああ。今日のところは、別に悪いことをした訳じゃないし」


 物憂げに言うサイ。

 追って行ったところで甲斐はない。

 どうせおいおい、警察機構から事情聴取があるのだから。

 彼にはナナの怪我の方が気になって仕方がなかった。




「……あれ、何だったんでしょうね?」


 ユイが首を傾げた。

 Moon-lightsのことを言っている。その乱入の様子は、彼女らにも見えていた。


「さあ? 取り敢えずは加勢してくれたみたいだけど」


 言ってからショーコは


「……何だって、この騒ぎを聞きつけたのかしら?」


 サラも頷き


「アルテミス・グループだって言っても一民間警備会社よね。それが進んでテロ事件に介入してくるってのも解せないわ。戻ってから調べてみるわね。セレアさんにも報告しておくから」


 そこへSTRの指揮官が駆け足でやってきた。


「……賊のCMDは制圧できたようだな?」

「え、ええ、まあ……」


 結果として制圧したのは一機だけにとどまったが。


「そこに潜んでいた工作員の連中は風を喰らって逃げたらしい。と言っても、我々の増援部隊が背後から密かに包囲していたから、どうせ逃げ場はない。すぐ網にかかると思うから、少しだけここで待機していて欲しい」

「わかりました。その通りにいたします」


 指揮官が行ってしまったその後へ、戦傷痛々しくもあれだけの攻撃を耐え切ったMDP-0がゆっくりと戻ってきた。

 頭部や肩にあるセンサーやアンテナは幾つか失われていたが、機体自体は健全そのものであった。スティリアム物理工学研究所から試供された装甲シートのお陰であったといってもいい。

 少し離れた位置で、膝をついて停止したMDP−0。

 サイがハッチを開こうとすると、ナナは


「……ちょっと待って、サイ」


 悪戯っぽく笑っている。


「何?」


 問い返すと、ナナは片手で通信回線のスイッチをきりながら、いきなりサイの唇に、自分のそれを押し当ててきた。


「……」


 しばらく、ナナはそのまま離れなかった。というより、いよいよ押しが強くなってきて、シートのヘッドレストと彼女の情熱に押し付けられながら、サイはぼーっとその感触を受け続けていた。傷ついていない方の腕を回してきて、いよいよナナは情熱的になっていく。

 が、サイもそのうち、しっかりと彼女の身体を両腕で抱きしめていた。

 かつてないほどの安らぎと安堵感に、彼の胸中は満たされている。

 やがてゆっくりと離れたが、二人の額は触れたままの距離である。


「……勇気を出して、あたしを助けてくれたお礼、ね。――続きは今度、ちゃんとサイの方からしてよね。あの時みたいに、勇気をもって」

「……うん」




「……なかなか降りてこないわね、サイ君とナナちゃん」

「そうね……怪我してるからねぇ」


 生返事を返しながら、ショーコはニヤニヤしている。

 状況支援を役回っているショーコには、実はサイとの間に個別回線が繋がっていたのである。拡張回線の方はナナが一方的に切ってしまったが、個別回線には気が付いていないから、そこだけは繋がったままであった。

 であるから、コックピットの中の様子が、ショーコにだけは伝わっていたのであった。


(ま、大目にみてあげるわね。おめでたい話だし、ね)


 ようやくコックピットハッチが開き、二人が降りてきた。

 負傷しているナナを庇って、サイが傍でしっかりと支えている。

 その寄り添っている光景を見て


「いいなぁ……。ちょっと、うらやましいかも」


 ユイがぼやいた。

 隣で、ショーコが何度も頷いている。


「……まずは一つ。これでよし、と」


 何がよしなのか、ユイにはよくわからなかった。




 公共物破壊行為、破壊活動、殺人、殺人未遂、その他諸々の容疑により、リン・ゼール工作員グロッド・ベーダとヴィオ・ハイキシン、並びに配下数名が、即日警察機構によって逮捕された。

 数日後、グロッドの供述により、スティーレイングループ関係施設への一連の襲撃については新規開発中の技術ならびに機体の強奪、加えてStar-lineへの報復を目的としたものであることがわかった。

 他州で多くの治安維持機構ドライバーを死に追いやった殺人ドライバー・ヴィオは黙秘を続けているという。

 リン・ゼール組織重要指名手配工作員逮捕のニュースは各都市を駆け巡り、同時にStar-lineの存在も一躍その名を知られることとなった。

 しかし。

 テロ組織リン・ゼールに大打撃を与えることに成功した一方で、Star-lineは新たな強敵との戦いに巻き込まれていくことになるのであった。


 <始動編 了>

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