始動編9  刷新の余波

「……逃がしちゃ駄目でしょう? 捕まえなかったら。相手は、札付きのテロリストなんですよ?」

「はい……」


 本部舎に戻ってきたサイは、指令室でセレアから説教を食らっていた。

 下を向き、ただ黙ってそれを聞いているサイ。

 言われてみれば、確かにその通りであった。

 襲撃してきたリン・ゼールのCMDを撃退こそしたものの、結果的にその搭乗員を取り逃がしてしまったのである。

 サイはセキュリティシステムを破壊して施設内に侵入してきた賊機を屋外に引き摺りだして八つ裂きにした後、駆けつけてきたその一味をもことごとく大破させるという目覚しい働きをして見せた。

 しかも、ただ単に迎撃して叩き潰したというだけではない。

 続く二機に対して先手部の格闘仕様装甲強度を試すべく平手突きとストレートパンチをお見舞いしてあっけなく沈め、残りの二機には機体の瞬間出力を計測するといって組み合いすら試みたのである。そのまま賊機の腕脚を力づくで圧し折りもぎ取り、ほぼバラバラにしてしまった。

 MDP−0はといえば、かすり傷の一つすらついていない。


「――ショーコさーん! こんなもんでどうすか? 大体、必要な稼動部出力値は記録できたんじゃないですか?」


 言いつつ、手にしていた賊の脚をポイと投げ捨てた。

 彼の問いかけに、親指を立てて見せたショーコ。


「オーライ! 概ねいいわよー。……強いて言うなら、継続加速歩行も欲しいところだけど、そろそろバッテリーが限界でしょ?」


 その傍で、ユイとリファが目を輝かせている。鮮やかなMDP-0の活躍にすっかり魅了されていた。

 技術者達はといえば、呆然としている。


「おい、MCOSS要らないだろう、あんなんじゃ」

「DG-00の稼動記録を因子変換しただけのプログラムで、なんであんな動きができるんだ?」


 そんな彼等の呟きを耳にしたショーコは


「……それだけ、彼の稼動記録には無駄がなくて応用価値の高いものなのよ。MCOSSも大事だけど、機体に動作の判断を任せるようになっちゃえば、そのうちドライバーが呆けてきちゃうかもしれないわね?」


 片目を瞑って見せた。

 新しい技術はドライバーに代わるのではなく、ドライバーを助ける役割をなすべきものだと暗に批判したつもりである。


「――あ? あれ、何でしょう!?」


 ユイの声に、皆がはっとしたようにそちらの方向へ視線をやった。

 正門口から、一台の黒いワゴン車が猛スピードでやってくる。

 治安機構でも警察機構のそれでもない。どう見ても、不審な車両である。


「……賊!? こりゃあ、ヤバいわ! みんな、避難なさい!」


 工作員であるとすれば、見られた瞬間に命はない。


「やれやれ……。一難去ってまた一難、か」


 ぼそりと呟きつつ、サイはMDP-0を搬出口を背にして立たせると、そのまま重心を落として膝を付かせた。搬出口付近にいるショーコ達を庇うようにしたのである。


「サンキュー、サイ君!」


 彼女らは、施設の奥へと駆け去っていった。

 が、走りこんできた黒いワゴン車はこちらへ寄ってくることなく、最初に破壊された賊機の上半身が転がっている辺りで急停止した。

 止まるや否や、車の前後左右から大量の黒煙が放出され始めた。

 煙はあっという間に前庭一帯に広がっていき、たちまち視界を閉ざしてしまった。


「……煙幕だと? 煙に紛れて襲撃してくるつもりか?」


 MDP-0の頭部やボディには、簡単な送風ファンが取り付けられている。

 しかし、もはやそういうもので散らすことが出来ないほどに、煙は充満している。

 動くに動けない。

 せめてショーコ達が奥にいるこの搬出路だけは守ろうと、サイは、足元の気配に注意し続けた。

 が、賊の工作員が再侵入してくることはなかった。

 やがて煙幕が薄れていき――サイが目にしたのは、賊機のコックピットハッチがどれもオープンされてもぬけの空になっている光景であった。当然、あのワゴン車はいなくなっている。

 一昨日に交戦したときには、彼は誰に言われるともなく賊機のコックピットハッチを潰して搭乗員の逃走を不可能にした。その行為は、見ていたSTRの上官をも感心させた。

 ところが今日に限って、MDP-0の動作試験に熱中する余り肝心な逃走支障処理を忘れてしまった。そして、五機の賊CMD搭乗員は全員、まんまと逃げおおせている。

 これが治安維持機構であれば、懲罰ものであろう。

 しかし幸いなことにStar-lineは民間の一警備会社であり、そうした被疑者確保に努めなくてはならないとはいっても専念義務などはない。

 後から駆けつけてきた治安維持機構Bブロック中隊の指揮官も事情を聞いて苦々しい顔をしたが、かといって真っ向から面罵できなかったのは、そういう背景に因る。しかも、二度にわたって立て続けに危機を救われているStar-lineに対してはどんな苦情の言い様もなかった。

 セレアは言う。


「機体の性能試験くらい、後からでも出来たでしょう? 賊に襲われている真っ最中に実戦で性能を試してやれだなんて、私はそういうことをさせるためにセカンドファクトリーへの出張を許したのではありません」


 確かに――と、サイは反省せざるを得ない。

 あの時の自分を一言で言えば、間違いなく図に乗っていた。

 ろくなプログラムも入っていない機体を操ってみせることで、見せつけようとしている自分がいた。開発した技術者達の度肝を抜いてやれ、といわんばかりに。最初の一機を退けたまでは良かったが、その後の行為はどう考えても蛇足である。そういう余計な考えを起こさなければもっと手早く、そして完璧に賊全員を確保出来ていたであろう。

 ただ、それが普段どおりの思考と心理の延長線上としての行為であったかどうかといえば、実はサイは自信がなかった。前夜の何事かが胸中に蟠っていて、それを忌避すべく気分が昂揚する方へと自分を態と仕向けたような気がせぬでもない。

 しかし、それを彼女に伝えたところでどうにもならない。ゆえに、黙って叱られているよりないのであった。


「とはいえ――」


 言うだけ言った後、セレアは仕方なさそうな表情を浮かべて


「今日のところは仕方がありません。賊が目くらましを使ったということもありますし。スティーレイングループとしてはグループ警備会社が正当に警備行為を行ったものであると、治安維持機構と警察機構にはそう報告しておきます。――話のついでにお知らせしておきますが、今日の相手がどういう者達であったか、ご存知でしたか?」

「いいえ……」


 かぶりを振るサイ。


「ファー・レイメンティル州で活動しているリン・ゼール組織の中でも、相当のやり手が仕掛けてきたらしい形跡があります。ここのところ同志の逮捕が相次いでいる状況からして、次第に焦ってきているようです。使われていたCMDも、カイレル・ヴァーレン共和国のセルバスというメーカーが製造しているCQPという軍用CMDのカスタム機だったとの情報ですよ。どうやってそんなものを手に入れたかは分かりませんが」


 そして彼女はふっと表情を崩し、子供を見る母親のような顔をした。


「次回からは、速やかに賊の身柄を確保することに努めてください。――よろしいですか?」


 物言いも柔らかくなっている。


「はい。……申し訳、ありませんでした」


 深々と一礼をして、部屋を出ようとした。

 ドアの前まで来た時、サイは瞬間的に妙な気配を感じ取った。


「……」


 ひと呼吸分ばかり間を外してから、ガチャリとドアを開けた。

 途端に、ショーコとユイが足元になだれをうって転がり込んできた。


「え、えへへ……」


 ごまかし笑いをして頭を掻いている二人。

 どうやら、盗み聞きをしていたらしい。


「ショーコさん、ユイさん。ちょっと、お話があります……」


 セレアが険しい顔をして言った。

 サイと入れ替わりに、今度は二人が説教を食らう羽目になった。

 廊下に出たサイ。

 そこへ、リファがやってきて


「あ、サイ君。ショーコちゃん、見なかった?」

「ああ、ショーコさんなら――」


 指令室の方を親指で指し


「……ヤキはいってますよ」

「あ、そうなんだ。ふーん……」


 何故かリファは嬉しそうに笑った。




「くそっ! くそっ! くそっ! ……この俺が、この俺が、何てザマだ!」


 静かに金属筒を磨いているグロッドの横で、壁を蹴ったり卓を叩いたりしてヴィオが随分と長いこと悔しがっていた。

 グロッドは手を停めると


「……少しは落ち着けよ。新型機の全容が見れただけで、大収穫じゃねぇか」

「そんなことは、どうでもいい!」


 ダーンと素手で卓を叩き付けたヴィオ。


「この俺様がだ、手も足も出せなかったばかりかたった一撃でスクラップにされちまうなんて、こんな恥辱は初めてだ! その上、その上にだ。あと四機も従っていながら、どいつも同じザマだったんだぜ!? 何の手伝いにもなりゃしてねェ」

「……手ェくらい、出しただろう。それに、手伝いは要らねェって、お前さん言ってたじゃないか」


 暢気そうなグロッドの言葉に、ヴィオはキッと彼を鋭く睨みつけた。


「俺はな、どんな新鋭機だろうが、この手で沈めてきたんだ! 搭乗者もろともな! 俺にとっちゃ、上からの指示なんざどうだって構わねぇんだ! ただ権力の手先になっている奴等を、片っ端から潰す。それだけだ」

「ほう……」


 再び手を停めたグロッドは、すっと腕を上げた。

 手には拳銃が握られている。


「お前がそういう魂胆であるとすれば、俺はお前を撃たなきゃならんなァ。お前のような思想の人間が組織にいれば、組織はそこから腐ってしまう。同志にも危険が及ぶ。……どうだ? 上からの指示云々、言わなかったことにしとかねェか?」

 静かなだけに、グロッドの言葉にはハッタリが感じられない。

 銃口はヴィオの胸にピタリと狙いを定められている。手が微動だにしないあたり、グロッドがそういう物品に扱い慣れた人間であるということはすぐにわかる。


「き、貴様ァ……俺を、この俺を、撃つというのか?」


 顔を引きつらせながら、呻くヴィオ。


「もう一回だけ、言ってやる。上からの指示云々、言わなかったことにしとかねェか?」


 あくまでも、グロッドは冷静である。目だけが細く光っている。

 ヴィオの頬を、汗が一筋流れていった。

 少しの間二人はその体勢のまま固まっていた。

 やがて


「……お、俺もそこまで物分りの悪い男じゃねェぜ。何となく、虫の居所が悪かったからなァ。つい、その――」

「……助かるよ。この隠れ家で死人が出てもらっちゃあ、居心地が悪ィ」


 ゆっくりと肘を曲げて銃口を上に向けたグロッド。


「あんまり、自分の手柄と見栄に拘っているモンじゃねェ」


 彼は銃をエプロンのポケットに収めると、再び金属筒を磨く手を動かし始めた。


「――お前さん自身も、とっ捕まらなかっただけでも拾いモンだよ。もしコックピットハッチをやられていたら、お前さんは今頃檻の中だったろうな」

「……」


 しばらくグロッドは自分の作業を続けた。

 手持ち無沙汰になったヴィオは、椅子に腰掛けて壁にもたれていた。

 一つ、二つと鏡のように磨かれた金属筒が足元に増えていき、やがて四つ目をコトリと床に置いたとき、


「――まあ、方法はわかった。要は、目も耳も鼻も塞いでやればいいだけさ。そこまでわかるのに大分金がかかっちまったがな」


 不意に口を開いたグロッド。


「……どういうことだ?」


 グロッドは卓の引き出しから資料の束を取り出し、ヴィオに渡した。

 そのうちの何枚かには、例の新型機の画像が入っている。


「お前さんをギタギタにしたそいつ、妙に動きが良かっただろう?」

「あ、ああ。まるで、先を読まれているかのようだった。単に新型機としての動きだけじゃねェようだったぜ」


 と、腕は確かなだけあって、ヴィオは平凡ならぬ相手の機能を感じ取っていたのであった。


「動きがいい筈さ。その機体、体中に高感度センサーをもってやがる。恐らく、な」

「高感度センサー?」


 鸚鵡返しに問うたヴィオ。

 グロッドは頷き


「が、ただセンサーをやたら備えているだけじゃあ、いい動きにはならない。感覚だけじゃなくて、それが素早く運動機関につながればこそ、状況に合わせた機敏な動作が可能になる。そいつの一番の売りは、恐らくそういうことだろう。開発が厳重に秘匿される筈さ。世界中で、そんな機能をもったCMDなんぞ一機たりとも存在しないからな」


 ヴィオはヴィオで、写真を見ただけでそこまで推測したグロッドの観察眼とCMDに対する造詣の深さに驚いた。


「成る程……。それなら、合点がゆく。あんな出来立てでテストもろくにされていない新型機をホイホイ動かせるようなドライバーなんか、いる筈がないからな」

「それは、どうか分からん。――で、こいつの出番だ」


 足元から金属筒を取り上げたグロッド。


「こいつはただの筒じゃない。特殊波長の電波を当ててやれば、上手い具合に増幅させることができる代物でな。主に海向こうの軍隊さんが大分注目しているようだが、電波といっても別に無線の聞こえを良くするってんじゃねェ」

「……と言うと?」

「……妨害にうってつけさ。通信はもちろんだが、センサーだって結局は何がしかを放出してその反射によって物体を認識する。そこにこいつで増幅された強力なジャミングを仕掛けてやれば――いい加減、ここまで言えば分かるだろ?」


 耳を傾けていたヴィオがゆっくりと笑いだした。


「そうか! それならあの新型とて、タダじゃ済まないってことだな! こいつは面白いことになりそうだ。決行はいつにする!?」


 気負いこんでいる彼を宥めるようにグロッドは


「まあ、待て。追加でCMDを確保せにゃならんからな。これの完成にも、もう数日かかりそうだ。――それから」


 グロッドが胸ポケットから一片の紙を取り出した。


「指示が来ている。Star-line関係者と思われる娘が一人、A地区にいるそうだ。これを消さねばならない」

「娘? 何だ、それは?」


 ヴィオが怪訝な顔をした。

 卓の上に金属筒を置きながらグロッドは


「ロデリー精密機器から制動集約チップの運送を依頼された一般人の若造がいて、その知り合いらしい。港湾のアジトを嗅ぎ付けられた挙句、Star-lineに通じているらしいってんで消しにかかったんだが、悟られて逃がしちまった。スティリアム研究所襲撃の日だよ。で、その後研究所の襲撃現場にいたっていうから、この娘もStar-lineに通じているとみていい。それに、数日前からどうもSTRの警備がついているようだしな」

「すると、何か? 娘を消すのと新型の強奪と、合わせて決行するってのか?」

「もう、新型の強奪じゃない。Star-lineの抹殺さ。娘も関係者なら、上手い具合にやりようはあるってものさ」


 彼の表情がそこで険しくなる。


「ただ、この間から既に十機以上のCMDを失っている以上、俺達はそろそろ失敗を許されない時期にきている。ちょっと手の込んだ方法が必要だ。二、三日、手を貸してもらうぞ。CMDはその後で好きなだけ乗せてやる」


 グロッドの眼差しが、グッと鋭くなった。

 その異様な殺気にさすがヴィオも気圧され、それ以上何も言わなくなった。




 セカンドファクトリーの一件から二日後のこと。


「――きましたよー! とうとう!」


 いかにも嬉しそうに、ばたばたと駆け込んで来たユイ。

 と、オフィスの空気が何かおかしい。

 見れば、ショーコとリファが立ったまま向かい合って、何やらやりあっている。


「どーしてあんたは! セレアさんにもサラにも、あまつさえこのあたしにも相談なく、勝手にOKしちゃう訳? そんな海のものとも山のものとも知らないモン、機体に取り付けなんかさせられないわよ!」

「だってだって、イリスちゃんのところから来たお話だもん。いいって思ったの。それに――」


 怒りで形相が一変しているショーコと、怯えつつも必死に反論しようとしているリファ。


「……ねぇねぇ、何があったんですかぁ? またリファさん、ショーコさんの逆鱗に触れるようなこと、やったんですか?」


 入り口近くのデスクで静かに自分の仕事を続けているブルーナに近寄っていき、ユイはこっそりと尋ねた。

 ブルーナは書類を書いていた手を止め


「私も、よくはわからないんですけど――」


 彼女いわく、きっかけは昨日リファに届いた一本の電話らしい。


『あ、リファ? あたしよ、イリス』

「ああーっ、イリスちゃん! どーしたの?」

『うん、ちょおっと、頼みがあってさ――』


 彼女の頼みとは、こうだったらしい。

 うちのチームで、新素材のCMD用装甲圧着式シートを開発したのよ。対衝撃緩衝性が高くて、ちょっとした銃弾ぐらいなら、貫通させることはないし、機体本体にも傷つかない。うちのテストでは好成績だったのね。でも、実戦着装となると、なかなかそのチャンスがなくて。治安維持機構も、そういうものは簡単にやらせてくれないし。それで、リファのところのStar-lineを思い出したのよ、どうかなって――。

 相談する相手が悪かった。

 リファには、そういうCMDの装甲に関する専門知識は欠片もない。あるのは、親友のイリスが言うことだから大丈夫だろうという頭だけである。


「うん、いいよ」


 あっさりと返事をした彼女。

 イリスもそれが正式に引き受けるという回答かどうかを疑うべきであったが、技術者というのはときにそういう発想をするらしい。リファが返事をした以上、Star-lineとしての返事であると認識してしまったのである。

 そして今日、作業時間の確認についてスティリアム研究所の作業班から電話があり、全く心当たりのないサラやショーコが大騒ぎして犯人を突き止めた。


「――ということみたいよ」


 仕方なさそうに、ブルーナは笑っている。


「ふーん……」


 またこれか、とユイは冷ややかにリファを見つめている。

 全く彼女の往くところ、何かしら問題が起こっていくような気がしてならないのであった。

 ショーコはなおもキレ続けている。


「イリスだかキリギリスだかなんだか知らないけど、何だってあんたみたいな物知らずにそーいう重大な相談する訳!? アタマおかしいんじゃないの!? 相談持ちかける筋道ってモンが分かってないわよ! ――そーいえば、このド迷惑娘を格闘現場の真ん中に放り出しておいて、いいだけ経ってから連絡寄越してきたのも、そのなんたら言う人だったのよね!」

「ひどいひどーい! あたしもイリスちゃんも、そんなにヘンじゃないもん! ショーコちゃんこそ、大魔王みたいな顔して怒ってばっかりいるの、おかしいよぉ――」

「何ィ! このバカリファ! あんたみたいなバカに文句言われる筋合いないわよ!」


 確かに、キレている瞬間の彼女は大魔王に見えなくもない。

 ユイがくすりと笑いかけると


「――そこ! ユイちゃん、何笑ってんのよ!」


 目ざとく気が付いたショーコから叱責が飛んで来た。


「す、すいません……」


 もう、埒が開くものではない。

 デスクに着いて黙って話を聞いていたサラ。顔の前で手を組んだまま


「ショーコも落ち着いて。罵り合っていたって仕方がないでしょう?」


 今度はリファに視線を移し


「リファも、どうしてそういうことを独断で返事しちゃうの? CMDに何かを取り付けようとすれば、それだけ機体に負荷がかかるのよ? よしんば、その特殊シートがいい効果を持つものだったにせよ、経費がかかっちゃうじゃない? 経費の話は、セレアさんに相談しないことには、どうにもできないわ」


 大魔王と隊長から重ねて責められ、すっかり竦んでしまっているリファ。

 彼女は半分泣きそうになりながら、小さな声でやっと言った。


「だってだって、ぜぇーんぶタダでいいって言うし――」

「何ィ!? タダ……? よし、許す!」


 費用不要と聞いた瞬間、あっさりと認めたショーコ。


(それでいいんですか……)


 ユイが内心でツッコミを入れていた。

 いきなり態度を翻したショーコを心配そうな表情で見ているサラ。


「ショーコ、いいの? 僅かとはいえ、装甲重量比率に影響するんでしょ? そうなれば、当初のスペック通りの稼働想定値にならないんじゃ……」


 ショーコは大魔王の表情から一変し、自信満々といった強気な顔をし


「いいって。あたしが保証する。それに、機体が傷つかずに済むんだったら、それくらいのリスクは安いものよ。着装から何から、全部タダでいいって言ってるし。不具合があったら、修理費からパーツ代から全部、あちらさんに請求してやればいいのよ」


 あれだけリファをバカだ何だと責めていた癖に、急に着装に対して積極的になっている。

 機体関係では彼女に一日の長があると思っているサラは、それ以上突っ込もうとはせず


「……わかりました。あとはショーコの判断に任せます。ただ、各部の稼動時計測指数データだけは、後であたしに回して頂戴。セレアさんに説明しなきゃならないから」

「オーケーオーケー、モノを見た上で、問題なければすぐに着装作業にかかってもらうわね。――で、ユイちゃん! サイ君の相棒が来たのね?」

「は、はい! リベルさんがぼちぼち作業を始めたいって……」


 それを聞いたショーコは、


「ちょーっと待った! あたしを抜きでやろうなんて、そうはいかないわ! ――いらっしゃい、ユイちゃん!」


 ばたばたと足音を立ててオフィスを飛び出して行った。

 慌ててユイも後を追っていく。


「……だって、さ」


 やれやれといった顔をして、サラはリファに声をかけた。

 彼女はショーコの豹変がよく理解できず、目をばちくりさせて突っ立っていた。

 書類に目を落としたまま、フフ、とブルーナが小さく笑った。




 とっぷりと陽も暮れ、ハンガー内は闇に満たされている。

 届いたばかりの新鋭機・MDP-0と並んで佇立しているDG-00。両機の白さが暗い中でもぼうっと浮かび上がって目立っている。

 しかしこの機体は、明日になればメーカーが回収していってしまう。こうして眺めていられるのも、この夜が最後であった。

 機体に負荷をかけまいとして心配をしたつもりが、思いがけなくもこういう展開になってしまった。止むを得ないことかも知れないが、サイとしてはDG-00に対して申し訳ないという思いがある。

 折角活躍の場を得られたというのに、もうこのStar-lineを去っていかねばならない。

 余りにも短い「配属」期間であった。

 その足元に立って一人静かに機体を見上げているサイ。


(ほんと不細工だよな、お前)


 内心苦笑しつつ、労わるような思いが止め処なく沸き起こってくる。

 誰がこういうデザインにしたのか、お世辞にもハンサムとはいえない。工事用ヘルメットを被せたような坊主頭で、装甲を強化したために完全人型でありながら全体的にずんぐりとした観がある。隣にいるMDP―0と比べれば、どうしても一シーズン前の機体であるという印象は拭えない。

 サイとしても「彼」と仕事をしたのは2回だけ、しかもどちらの搭乗も偶然のタイミングである。言うことをよく聞く上に動きも上々であったと思う。しかし、サイの早すぎる動作指示は「彼」に相当の負担を強いることになってしまった。頭脳は理解していても、体がその無理についていけないのでは、近い将来に重大な故障に発展してしまうであろう。

 それが万が一テロリストと交戦中などであったら――。「彼」の勇退は、将来を厳正に見据えた事実として受け止めるよりない。

 げらははは、とオフィスの方からショーコの馬鹿笑いする声が聞こえてきた。

 彼女達はまだ作業が続くので、夜食を摂っているのである。

 あるいはショーコやリベルは「彼」に対して感傷の思いはあるのだろうか。あろうとなかろうと、各人それぞれの胸の内の問題でしかない。

 サイはDG―00の脛部分の装甲をそっと撫でていた。


(ほんのちょっとだったけど、世話になったな。――ありがとう)


 頭部メインカメラ付近、受信機器に付属したダイオードがチカチカと二度ほど、赤く点滅を繰り返した。

 機体がサイの感情に応じたものか、はたまた偶然か。

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