始動編8 ゼロの眼差し
その頃。
スティケリア・アーヴィル重工セカンドファクトリーでは、Star-line一行が開発主任ロイ・マッケンリーの出迎えを受けていた。
技術畑一筋できたらしいこの初老の技術者は、やってきた新進気鋭の警備部隊員の半数以上が若い女性であることに驚いたようであった。
「いやいやいや、時代は既に女性へ主導権を渡したようですな。頼りない男性連中への、時代の鉄槌なのでしょう。ようこそ、お越しくださいました」
穏やかそうな好々爺を思わせるロイは、そんな大袈裟な表現で自分の驚きを伝えた。
「Star-line隊長サラ・フレイザです。この度は、私どもの無心を受け入れていただいて、感謝の仕様もありません」
そう言って差し出した手をロイは握り返し、
「いやいや、貴方達の目覚しい活躍は、会長はじめ各方面からも聞いております。一昨日は、A地区のスティリアム物理工学研究所を襲った賊を、十分かからず仕留めたとか。――それで、そのドライバーは……」
サラがちらりと後ろを振り返ると、サイがぼんやりと建物を見上げていた。余りに立派な普請を目にして、度肝を抜かれていたらしい。
「……サイ君! サイ君ったら!」
小声で呼びかけると、彼ははっとしてこちらへやって来た。
「彼が、当隊フォワードドライバーのサイ・クラッセルです」
「ど、どうも……」
ぺこりと頭を下げると、ロイは彼にも握手を求め
「いやいや、大変素晴らしい稼動記録を見させていただいたよ。ああまで機体のスペック、そして性能に配慮した操縦ができる人を、私の長い研究歴の中で初めてみたよ。君になら、MDP―0を託してもおかしくはない。いや、望むところだ」
「はあ……」
このしきりと感心癖を発揮する老技術者が、サイはなんとなく可笑しくなった。
一同は厳重にセキュリティで守られた工場の中へと通された。
南側にある入り口からみて、右手東側に生産ライン、左手西側に研究開発施設が位置している。一流ホテルのように豪華な吹き抜けのロビーを進み、エスカレーターで二階へ上がった彼等は、右手の一面がガラス張りになっているのに気が付いた。
「ふあぁ……」
その向こう側で延々と広がっている巨大なスペースを目にしたユイが思わず驚愕の声を上げていた。
大きなトンネル形状の穴から、規則的にCMDが流れ出てくるのである。そこで工程上のチェックを受けた装甲を取り付けられていない内部機関剥き出しの機体は次のトンネルへともぐっていく。そうした幾つもの過程を経て、完成品として出荷されていくのだとロイは説明した。
「今、皆さんがご覧になっているのは、当社の主力商品、土木作業用GTN−03です」
言われてみると、完全な人型の機体ではない。下重心安定型のずんぐりした形態のそれであった。
「……DG型は、ここでは生産されていないんですか?」
ユイが無邪気に質問した。
はっはっはとロイは愉快そうに笑いながら
「DGタイプは既に市場シェアから殆ど消えていこうとしています。従って、ここのような大規模生産ラインからはもう外れています。ごく僅かな需要のために、I地区のサブファクトリーで細々と生産と受注部品の製造を継続しておりますが、それがストップするのも時間の問題でしょう。何しろ、我々には起死回生の切り札がありますからね、お嬢さん」
MDP-0のことを指しているらしい。
生産ラインの見学はそこまでとして、一同は左手の研究開発棟へと案内された。
空港待合室のように広く機能的な研究スペースには、大勢の技術者達がいた。顔を見る限り若者が多く、男性もさることながら驚いたことに女性の姿が目立っていた。
一向が部屋へ足を踏み入れると、あちこちにいる技術者達が、一斉に視線を向けてきた。
特に、男性技術者達の反応が大きいあたり、サラ達若い女性隊員の存在が気になるのであろう。ついでに言えば、その格好である。ユイは作業着姿だからまだいいとして、ショーコは作業着の胸元を暴力的に開けっ広げにしており、サラの制服は両肩から先がないタンクトップ状のものである。そしてリファに至っては素足が大胆に露われていて、すらりと美しい。皆それなりに整った容貌をもっていたから、男性技術者達が目を奪われるのも無理はないかも知れなかった。
彼女らは何となくその視線に気が付いていたが、後ろからのこのこついてくるサイとリベルは、ただ施設の立派さに見とれっ放しだった。この冴えない若者と親父の取り合わせでは、女性技術者達が反応しようもないであろう。
さっと一望したサラはロイに向かって
「……若い人たちが多いですね。とても将来性を感じます」
「ありがとう。これも、ヴォルデ氏の将来戦略の一つでしてね。……ま、とはいっても簡単に育つものではないですが」
それでも、男と年功序列社会の治安維持機構などとは比較の対象にもしてはいけないとサラは思った。十分に、各自が能力を発揮できる体勢が整えられているではないか。ヴォルデという経営者の手腕をまざまざと見たような気がした。
小奇麗なミーティングルームに通されたStar-line一同は、MDP―0専門開発チームという数名の技術者から自己紹介と、MDP-0スペック概要についての簡単なレクチャーを受けた。
この段階で、すでにリファの頭上には「?」がはっきりと点滅を繰り返している。
そのうち首がゆらゆらし始めたため、隣にいるショーコはさりげなくわき腹に肘打ちを入れた。
「……!」
目が覚めたばかりか、やや痛そうなリファ。
わき腹をそっとおさえ、恨みの目でショーコをじぃっと見つめている。
それに冷たい視線で応じるショーコ。
(こんな重要な席で居眠りするからだ、バカ! バカ! バカリファ!)
口に出せないから、内心でしこたまバカ呼ばわりしてやったのであった。
「――不審車両?」
正門脇の警備室で、施設の異常を報せる警報ランプが点滅した。
モニターに3Dで施設全景を表現したCGがぐるりと展開し、真上から眺めた状態になって停止した。西側と左側、両方に赤い点が二つづつ点滅している。
中年の警備員は一瞬躊躇ったが、すぐに場内警備室への通報スイッチを押し、電話の受話器を手に取った。
「……こちら、正門警備室。東西に不審車両がつけていると思われる。すぐに警備隊を回してくれ。……そう、CMD班がいい。東と西へ――」
言いかけた時である。
正門前の大通りを西から東へ、大型のトレーラーが疾走してくるのが見えた。
真っ黒である。ナンバープレートも確認できない。
警備システムがそれを不審車両と認識したらしく、モニターにもその存在が現示された。
大型トレーラーといえば、積荷は殆ど限られる。
CMDしかない。
「おい、警備室! CMD班を正面にも回してくれ! CMD搭載と思われる不審なトレーラーが――」
言い終わるか終わらぬうちに、鉄製の頑丈なスライド式門扉がバァンと弾け飛んだ。
スッと黒い影が通り過ぎたまでは見た。
が、次の瞬間。
「……うわぁっ!」
吹っ飛んだ鉄の門扉が小さな警備室を直撃し、たちまち半壊させた。中にいた警備員は壁と壁に挟まれて気を失っていた。
「……脆い、脆いぞ! 一流を気取るCMDメーカーがこういう脆弱な警備体制しかとっていないとは、笑わせてくれる!」
正門から中庭に通じている通りを駆け抜けていく一機の黒いCMD.
完全な人型をもつその機体は、両肩や肘、膝部分が大きく尖って伸びていた。頭部の目にあたる部分は左右に薄く開かれていて、内部では眼球のような赤いメインカメラが光っている。チィッと音を立てながら細かく両側へ動き、そして中央でぴたりと停まった。
夕刻の日差しを受けて黒光りしているその機体は、いかにも凶悪さをイメージさせるに十分なフォルムであった。
百メートル近いその通りを数秒で駆け終えたほどに、機体は速かった。
「フフ、なかなかではないか、CQP。グロッドの奴、大したおもてなしだよ」
と、ディスプレィにチチチと機影発見のサインが点滅した。
キュッと機体を停止させて左手を見ると、ずんぐりした警備隊のCMDが二機確認できた。白と黒で塗り分けされたその機体は清潔感こそあるものの、動きが鈍重そのものである。細い腕とも呼べないアームの先に、申し訳程度の警棒を握っている。
『そこの不審なCMD! 停まりなさい! これ以上狼藉をはたらくと――』
ニヤリとヴィオが歯を見せた。
「……バカめ」
その直後である。
突然凄まじい速さでダッシュしたCQP。
ギョンギョンギョンと地面を断続的に蹴りながら、一気に警備隊CMDに迫っていった。
『な、何をする!? 停まれ! 停まりなさ――』
が、ヴィオは勢いを緩めない。
一歩前に位置していた警備隊のCMDのボディに体当たりを食らわし様、CQPは右足を踏み出した。
正面から打撃をもらったそのCMDは、ボディを大きくへこませつつ後方へと吹っ飛んでいった。
CQPの流れるような動作は終了していない。
突っこんだ勢いを体当たりで緩和しつつ、右足を軸としてくるりとバレエの様に機体を回転させた。
振り回された左脚の先には、もう一機の警備隊CMDがいる。
『うっ、うわぁ……』
バギャッという破砕音とともに、粉々になったパーツが宙を舞った。
見事な回し蹴りは正面から警備隊CMDをとらえ、あたかもカンフー映画のように蹴り飛ばしてしまった。しかも飛ばされた方角には、体当たりを食らった同胞のCMDが転がっている。
ゴオン!
鉄塊同士が凄まじい勢いをもって衝撃した。
中庭のアスファルトを削りながら後方へ滑っていき、ようやく停止した二機の警備隊CMD。どちらも原型を留めておらず、装甲が砕かれてガラクタ同然の姿である。
やや間をおいて機体全体がブブブッと震えた後、ガクガクと痙攣を起こしたようになった。そのうち、ボディ中央下部の電装部がショートしたらしく、バンッと小さく爆発した。
もはや、動けるものではない。
腰部や脚間接部が火花を散らして弾け飛び、あちこちから煙が噴き出し始めた。
この間、ほんの数秒の出来事である。
「……フッ」
左脚を宙に舞わしたままの体勢で動きを停めていたCQP。
やがてゆっくりと脚を下ろすと、一瞥をかますように赤いカメラがキュイッと左側へ素早く動いた。
「雑魚などは俺の前に出てくるな。……死ぬだけだぞ」
ヴィオは残忍そうな笑みを浮かべ、舌でペロリと唇を舐めた。
「――わぁ……」
「おおー……」
「……やるじゃん」
一同、大きなガラスにへばりついたまま動こうとしない。
ガラスを隔ててその向こう側の大きなスペースには――一機の人型CMDが静かに佇んでいた。
すらりと伸びた手足にボディ。
白地を基調に、ところどころワンポイント的にグレーが配されたカラーリング。
そして、DG−00とは全く異なり、額の辺りが細長に盛り上がり、その下に細くメインカメラが見える。細いマスク部分の両横、頬の辺りに小さく形の良いセンサーが備えられていて、そこから耳の方へとパーツは連続している。さらには発達した動物の耳のように、頭部両横に大きな突起が後方へ向かって伸びていた。
全体的に精悍でスマートなシルエットを有しているこの機体こそ、
「……みなさん、これが我が社の最新鋭CMD、Mulch actionable Direct Progress 0型、通称『MDP-0』です」
にこにこと、ロイが紹介した。
「かれこれ、ここまでの開発に大分時間を要しましたが、こいつ以上の性能を発揮できる機体など、わが国をはじめどこを探してもないでしょう」
「へぇ……」
新しい乗り物を見た幼児のようにあどけない表情で眺めているユイの横で、リベルがグフフフと一人笑いを漏らしている。
「ふーん……」
どういう表情もなく、ただ静かに新しい相棒を見上げているサイ。
その後ろから、
「……どう、サイ君? このコが、これからのあなたの機体よ」
ショーコが言った。肩にそっと手を置いている。
「ええ、そうですね……」
正直、どういう感想もなかった。
強いてというなら、どこか冷たいような印象を受けなくもない。
機体を眺めたままいつまでも動こうとしない一同に、サラは
「さ、早速、駆動プログラムの調整から始めましょう? ロイさん、DG−00の稼動データは原則的に移行可能であるとは聞いているのですが?」
「そうですな。我々の方でもダミープログラムで試験を行っていますが、エラーは起きていません。恐らく、ちょっと修正する程度で大丈夫でしょう」
一同はガラス向こうの機体があるスペースに出た。
ショーコやユイは機体に接続された簡易端末を使ってチェックを開始し、リベルはパーツ関連の話をしにどこかへ行ってしまった。
サイは何をする訳でもなく、じぃっと機体を見つめている。
するとサラが
「……サイ君? チームの方に質問があるなら、今のうちにしたら?」
と、促した。
彼は向き直り
「サラ隊長、俺……コックピットの仕様を見ておきたいんですが」
意外な希望にサラがどうしたものかとロイの方を見ると
「いいでしょう。これから乗るのに支障がないよう、可能な範囲で触っていただいて構いませんよ?」
と、好意を示してくれた。
すると、傍で端末を叩いていたショーコが
「じゃあ、サイ君。一度、直起動させてみて貰える? 持ってきたプログラムを放り込んだ状態でちゃんと動くか、確認したいのよ」
直起動とは、コックピットから正規に電源を立ち上げて起動させる操作である。
「わかりました。じゃあ、準備出来たら合図しますので」
ヘッドレシーバーを片手に、搭乗用の梯子を伝ってコックピットへ潜り込むサイ。
どっかと座ると、新しいシートの匂いがした。
内装はまだ仕上げられておらず、ケーブル類があちこちにだらだらと垂れ下がっていて、制御機器も剥き出しの状態である。ディスプレーも簡易モニターがいい加減に取り付けられた程度のものであった。
(なかなか、こういうのも悪くない……)
メンテ慣れしている彼だけに、そういうことを思える余裕がある。
サイはヘッドレシーバーを頭に引っ掛け、
「――ショーコさん、聞こえますか? いきますよ」
呼びかけた。
ショーコ達は機体の足元、左側にいるからコックピットの様子が見えないのである。
『――OK! いつでもどうぞ、サイ君!』
起動に必要なキーカードを差込み「Stand-by」と表示された電源スイッチを押した。
たちまち、目の前の幾つものディスプレィがパパパパッと光った。粗末なディスプレィに「Mulch actionable Direct Progress」の文字が左から右へ表示されていく。
それからほんの一、二秒して、機体全体がヴゥンッと唸りを上げた。末端部まで伝導接続されていく音である。
やがて画面に「ALL CONECTED」のサインが表示された。手足頭胴体の各駆動系全てが操縦系と接続され、動かせる状態が整ったことを意味する。
早い。
従来のリレー伝導方式から、新しい短縮伝導方式が採用されているためであろう。これにより、末端部へ運動指示信号がより速く到達するため、機体の運動性能も大きく向上するという訳なのである。
そして――頭部額の辺りのセンサーがチカチカと点灯した後、メインカメラがギィンと赤く鋭い光を放った。
MDP-0は起動した。
レシーバーから、ショーコの嬉々とした声が届いた。
『よーしよしよし、いい感じよ、サイ君! ひとまずは受け入れてくれたようね、このコ。そしたら、次は――』
言いかけた途端である。
ヴィーッヴィーッと警報がけたたましく鳴り響いた。
誰もがハッとして手を停めた。
ややあって、大きなボリュームで女性のマシンボイスが喋り出す。
『……緊急警報、発令。当敷地内に、侵入者、確認。C、M、Dを所持している、可能性あり。……繰り返す。緊急警報、発令――』
一瞬間をおいて、たちまち工場内は騒然となった。
「侵入者だと!? 警備隊はどうした?」
「おい! 正門を破られているぞ! 賊は、賊はどこにいる!?」
「治安機構に通報は? 早くしないと、危ないぞ!」
あれだけ整然としていた研究開発棟の研究スペースは、もはや大混乱である。
右へ左へとドタバタ走って行く技術者や研究員達を尻目に、すっかり冷めた表情のユイとショーコ。
「……なんかあたし達、こーゆーのが多くありませんかぁ?」
「さぁね。少なくとも、狙われているのはあたし達じゃないことだけは確かよ」
端末の画面を下から上に流れていく膨大なデータに目を落としたまま、ショーコは顔も上げない。
(ありゃ……)
シートに座ったまま、サイは騒ぎを高見している。
根拠は何もなかったが、もしかするとこの機体を狙っているのではないかという気がした。だとすれば、やってきたのは新技術の強奪を常としているリン・ゼールであろう。
が、彼は構わずにテスティングを続行しようとした。すると
『――こちらサラ! ちょっと、みんな聞いて!』
彼女のやや焦り気味な声が聞こえてきた。
『みんな、第一報は聞いてるわね? セキュリティシステムが認識したところ、賊はどうやら全部で五機。東西から二機づつ、正面から一機、来てるわ。特に正面の奴が手強そうよ。警備班のSDF9式二機を一瞬で屠ったあと、駆け付けてきた同型二機も同じ運命になった模様』
『……そりゃー、すっごい、ダサくて、古い、頭文字をとってSDFだからねぇ』
ショーコがぼそっと呟いた。
無論、そういうことはない。彼女のオリジナルである。
そんな茶々を無視してサラの状況伝達は続く。
『ESL(emergency security line)はレベル2へ移行、だけど賊の動きは予想以上に速くて、隔壁の遮断が追いつかなさそうなの。セキュリティシステム自体、破壊されてしまうことも考えられるわ。治安維持機構に緊急警報は発報されているけど、今の賊の動きだと到着までとても――』
『……あのさぁ、サラ』
早口な彼女とは対照的に、のんびりとした口調のショーコ。
『ヤバいってのはわかった。……で、あたし達はどーすんの? 優秀なドライバーはいるけど、機体は担いできてないわよ? 本部舎まで取りに行く?』
一瞬うっと詰まったサラだったが
『馬鹿なこと言わないで頂戴! 今日の出張は導入機体の調整と打ち合わせが目的だから、迂闊に動けやしないわ。ここはセレアさんに状況の報告と指示を――』
『……んなヒマないじゃんよ』
切迫した事態になると、この二人の言い分は微妙にすれ違って埒が開かない。
コックピットでやりとりの一部始終をじっと聞いていたサイ。
そこから這い出ると、身を乗り出して機体の足元にいるショーコに呼びかけた。
「……ショーコさーん!」
「何―?」
ぐりっと顔を上げたショーコ。
「やりますか?」
その一言を聞くと彼女は腰に手を当て、胸を反らした。
「……やるしかなさそうね。この状況じゃあ」
「え……」
傍でユイが怪訝な顔をしている。
「やるってショーコさん、一体何を……?」
「決まってるでしょ! 迎え撃つのよ!」
きっぱりそう断言した彼女は、レシーバーのマイクを口元まで持ってくると
「サラ、聞いて! 黙っていれば、MDP−0は強奪されてそれまでよ。多分、奴らの狙いはそこにあるんだから! 今、この場で立ち向かえるのは――」
親指を立て、くいっくいっと背後を指した。サイと、MDP−0のことである。
「――うちのサイ君とこのコのコンビしかいない。でしょ?」
ショーコの言葉に、サラは通信の向こう側で難色を示した。
『それはそうかも知れないけど……。とはいえ、まだ正式に納品にもなっていない機体を借りて、壊しでもしたら、スティケリアに重大な損失を与えてしまうし……』
しかし、もはや一刻の猶予もない。
賊機はすぐそこまで迫ってきている。治安維持機構の到着を待っても、間に合わないであろう。かつ――期待通りに制圧してくれるとは限らない。
『それにショーコ、今の状態でMDP−0が動かせるかしら? 起動こそしたかも知れないけど、FOPの駆動プログラムのテストはまだ十分じゃないのよ? しかも、機体のメインであるMCOSSだって搭載されてないし――』
そういう懸念を口にするだけ、サラもショーコの主張を真っ向から退けるつもりはないようである。というよりも、その可能性に自信がもてないのであろう。
フフン、と鼻で笑いながらショーコは
「動くだけは動くんだから、どうにかなるんじゃない? ――あたしが勝手に言っているんじゃないのよ。サイ君自身がやりますか、って言っているの」
ほんのちょっとの間サラは黙ったが
『と、とりあえず、ロイさんに相談して、それからセレアさんに指示を仰ぎます! それまでは、現状のまま! サイ君はコックピットにいて!』
通信はそこで切れた。彼女は今どこにいるのであろう。
二フロア分上にある性能試験室のガラスウィンドゥを何気なく見上げたショーコ。
(やるしかないと、思うんだけどねぇ……)
そのまま、また手元の端末に目線を落とした。
騒然とした空気の中で、彼女とユイだけが平然と作業を続けている。
しかし、それからほどもなく。
『第二区画、ファイアーウォール、支障発生、しました。システム、アウトします。侵入者が確認、されました。危険です、ので、直ちに退避、してください。繰り返し、ます――』
誰もが恐れていた通りの事態が発生した。
セキュリティシステムそのものが、どういう手段でか止められてしまったらしい。こうなれば、CMDだろうと工作員だろうと、内部までの侵入に造作はない。セキュリティとしては随分無責任な印象を受けるが、セキュリティの解除がなされずに万が一火災が発生したり侵入者の立ち入りを許した場合、中に残っている者に被害が及ぶ可能性がある。ガードに失敗した場合は速やかに解除機能を作動させて避難路を妨げないというのは、セキュリティシステムとしてごく健全な状態であるといっていい。
「おい! セキュリティが停止しているぞ!」
「早く避難しろ! 早く!」
マシンボイスの無愛想な避難勧告が流れ始めるや、場内はパニックに陥った。
それがまるで習性であるかのように、技術者や研究員達が一斉にこの建物内のどこかにあるらしいセキュリティルームを目掛けて一つ出口へ殺到していく。
「ほれほれ、逃げた逃げた……。怪物に食われるわよ」
目の前で展開されている映画さながらの避難風景を、面白そうに眺めているショーコ。
ユイはユイでそんな先輩を呆れ顔で見ている。
そこへ、MDP−0開発チームの技術者が通りかかった。
「君達、早く避難したまえ! どうやらリン・ゼールの襲撃らしいぞ! セキュリティが停止しているから、ここまで侵入してくるのも時間の問題だぞ!」
慌てているのか、言い捨てて行ってしまった。
「あらあら……このStar-lineを何だと思っているのかしらね。それはそれとしても、か弱い女性を二人置き捨てて行くなんて、男の風上にもおけないわね」
「同感でーす」
と言ってからユイは
「……ああ。もう一人、踏み留まっている勇者がいましたね」
MDP−0を見上げた。
周囲にいる人間が次々と施設の奥へと消えていく中、どういうわけかこちらに向かってくる人影が一つある。
「――ショーコちゃーん!」
どう見てもリファである。
余計な奴が来たと言わんばかりの表情で
「……よりによって、一番か弱いのが来やがった」
ショーコがぼそりと吐き捨てた。
ぱたぱたと駆け寄ってきたリファは息を弾ませつつ
「あのね、あのね、壁が壊れたんだって。なんでも、ファイヤーボールっていうみたい。火の玉だって。ヘンな名前の壁ねぇ」
おっとりと、そんなことを言った。
「……」
呆れ果ててツッこみようもない二人。天然なのか、本当に救いようがないあれなのか。
そんな彼女らの様子にはおかまいなく、リファはさらに続ける。
「壁の修理はできないからって、みんな逃げているみたい。ここ、崩れちゃうのかしら?」
不思議そうな顔をして、高い天井を見上げている。
やっぱりこいつはあれか、とショーコはつくづく情けなくなった。
あまりにも滑稽な発言に、その傍でげらげら笑い出したユイ。
建物が崩れるかどうかは別としてとにかく危険が迫っていることに変わりはないのだが、逃げようという素振りを微塵も見せないあたり、彼女らの胆の在りどころは常人と少し違うのかも知れなかった。
「……どうしたのよ、ユイちゃん? あたし、ヘンなこと言った?」
可愛らしく小首を傾げたリファ。
「ひーっひっひっひ――」
ユイはもう、腹の皮がよじれるくらいに笑い転げている。
年上としてちっとも尊敬されていないリファが、ショーコはだんだん哀れに思えてきた。
「……リファ。もう、いいから。とりあえず、そこにいなさい」
「うん。ここなら天井も高いし、安心だものね」
心の底から、そう思っているようであった。
「あっはっはっは――」
ユイの爆笑がヒートアップしていく。
ショーコはそんな彼女を仕方なさそうに見つめつつ
「ユイちゃんも、いい加減になさい。今は非常事態なんだから――」
と言っているその時である。
バゴォン!
凄まじい大音響と共に、搬出路のハッチが見るも無残に破られていた。
外の光が、閉鎖されていた空間に矢のように差し込んでくる。
眩しい逆光に一瞬視力を奪われた三人とサイは、そこに黒い影を見た。
巨大な人型は、明らかにCMDのそれであった。
両肩や肘の辺りが不必要に尖っていて、一見しただけでも一般人が搭乗する様な形状のCMDではないことがわかる。
「――おいでなすったわよ!」
真剣な表情のショーコ。
ユイも馬鹿笑いを止めて、出現した賊機体を見つめている。
コックピットでじっと様子を見ていたサイは、つとレシーバーのマイクに向かって口を開いた。
「……ショーコさん。あとの二人も、ちょっと離れていてください」
使用許可はまだ出ていない。
だが、この状況では多少なりとも格闘戦は裂けられないであろう。彼女らに足元にいてもらっては、間違いなく巻き込んでしまう。
「了解よ!」
ショーコは簡易端末を抱えてそそくさとMDP-0から離れた。
いよいよ来るべきものが来たと悟ったユイ、それによくわかっていないものの怪しいCMDがやって来たと思ったリファは、彼女にくっついて移動していく。
一方、闖入してきた黒いCMD・CQPのコックピットでは、ヴィオが満足げに笑みを浮かべていた。
「ハハッ、こうも容易く見つけられるとはな。あってないようなセキュリティシステムしか設置できない施設で、新型機の開発など百年早いわ」
メインモニターには、彼が奪取を命じられている新型機、MDP-0と思しき開発機が映っている。無論、こんな施設の奥にまで警備隊のCMDはいない。任務の完遂を、ヴィオは疑わなかった。
メインカメラに映る映像を見ると、新型機のコックピットには人がいる。
見たところ、見慣れない制服に身を包んだ若者であった。
「何だ、あいつは。テストパイロットなのか? どのみち引き摺り降ろして――ん?」
さらに、機体からやや離れた位置に三人の若い女性を現認した。
彼女らも、明らかにこのファクトリーの所属員とは異なる格好をしている上、驚いたことにこちらの姿を認めても避難しようとしない。どころか、しきりと何事か話をしている様子である。
「何だ? 何故逃げない? あの機体の開発関係者なのか……?」
チーッとズーミングしてみると、どの女性も美しい。そして、皆胸元に「Star-line」のバッジをつけているではないか。
「ははぁ、そうか。こいつらがStar-lineとやらいう連中か……」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたヴィオ。
彼は外部音声を有効にした。
『おい、Star-lineとやら! 俺達はリン・ゼールだ! 貴様等、我らが同志をいいようにやってくれたようだが、今日の今はそうはいかんぞ! あの憎き坊主頭の機体がないのは些か不満だが、そこの機体は貰っていくから指でも加えて眺めていろ!』
長広舌を振るっている。
(なんだ、こいつ……)
MDP−0のコックピットで、サイは呆れた。
テロ組織の人間というのは治安組織に把握されないよう、姿はもちろん、声も露わにしない、というのが常識である。ところがこの機体の操縦者は、のっけから外部スピーカーで示威行為を始めたのである。
そういうあたり、相当に自己顕示欲の強い男らしかった。そこにいたのが若い女性ばかりだったために、多少調子に乗ったという風にも受け取れる。
ユイが露骨に眉をしかめながら
「あいつ……バカじゃないですか? 絶対、バカですよね?」
「そりゃあ、バカよ。バカ以外の何者でもないわ。とんでもないバカ」
ショーコが頷いた。
とどめに、リファがにこにこしながら
「あらあら、おバカさんですねぇ。でも、つける薬がないから、仕方がないんですねぇ」
無常にもその音声は全部、CQPのマイクが拾ってしまっている。CMDの外部音声という機能は一方的に拡声するだけでなく、多くの場合は集音機能をも兼ね備えているのである。
『なっ、何だと貴様等! 今、俺をバカだと言ったな!?』
ヴィオが激怒した。自尊心の強すぎる人間は、バカと言われるのを最も嫌うという。
「あれ? 聞こえてたみたいですよ。バカって言われているのが」
「あはは、怒ってる怒ってる。テロリストなんてやっぱ、あんなモンよねぇ。所詮はバカなんだ」
「ねぇねぇ、バカほど地獄耳って言ったっけ? ショーコちゃん」
一人頭三回バカ呼ばわりされ、プツンと切れたヴィオ。
『貴っ、貴様らぁっ! よくも、よくもこの俺を――』
CQPが前に踏み出した。怒りの余り、フットペダルを踏んでしまったらしい。
この場合、正面にいてコックピットハッチを開けっ放しにしているサイには特に迷惑であった。スピーカーからの騒音が、もろにぶつかってくるのである。
『……うるさいな。少し、黙ってろ』
あまりのやかましさに、外部音声を入れて苦情を述べたサイ。
いかにもうざったそうな彼のその一言で、ヴィオはすっかり逆上した。
『この俺を舐めるな! 貴様、その機体から引き摺り下ろしてやる!』
一気に踊りかかっていったCQP。
無序動速の状態からにしては、見事な動きであったといっていい。つまり、いきなり機体にダッシュをかけさせるというのは、並大抵の腕では出来ない芸当なのである。悪くいけば、その場で滑って転倒する場合もある。通常の相手ならば、その瞬息の動きに対応は出来なかったであろう。
が、腕組みをしたままサイは動かない。
今まさにCQPの鋭い爪にかけられようとした無防備のMDP-0――。
その時、サイのレシーバーにサラの声が届いた。
『――サイ君! いいわ! MDP−0の使用を許可します! 直ちに賊機を制圧しなさい!』
それを聞いて、ニヤリと笑ったサイ。
「最初から――」
CQPのマニピュレータが、MDP−0に触れかけた。
次の瞬間。
ガキャッ と短く金属音が響く。
思わず息をのんだユイやリファ、そして上層のフロアから見守っていた技術者達。
「……そのつもり、でしたがね」
『何ィ!?』
懐に飛び込んできたCQPの頭部を、MDP−0は右手一本で事も無げにつかみ止めていた。
すらりと長いその腕は、細い割に予想外の出力を有していた。
『この、この……! 動かないだと!?』
CQPは振り解こうともがくが、びくともしない。
「おお、何てパワーだ。力加減がどうにも――あ゛!」
サイがうっかりマニピュレータ制御レバーをぐっと握った瞬間、バギャンッ! とCQPの顔面はいともあっさり握り潰されてしまっていた。砕けたパーツがバラバラと床に零れ落ちていく。
メインカメラを破壊された本体はバランス制御を失い、ズドーンと仰向けにひっくり返った。
「うわ! 何て固い手の平だよ。どういう意味があるんだ?」
『サイ君、話聞いてた? それ、格闘戦特化仕様機なのよ。多少のコンクリート塊くらいなら、握りつぶせるだけのパワーが――』
「いや、もう既にこいつのヘッド、潰しちゃったんですが……」
ショーコは大して注意も払わず、手元の端末に目を落としたまま
「別にいいじゃない。そいつ、テロリストだし、おまけにバカなんだから」
「すごいすごーい! 機体もすごけりゃ、パイロットもすごいし。これなら、おーいに働けそうですね」
サイが乗っているということに安心しきっているユイが、手放しで喜んでいる。
接続されていた給電用あるいは計測用のケーブルが生き物のように波打って、バシュッバシュッと次々と外れていく。コックピットハッチが閉じ、メインモニターにセーフティサインが点灯した。
MDP−0はあらゆる拘束から解き放たれた。あとは、サイの命令一つである。
軽くフットペダルを踏み込むと、キュインッと一歩前に踏み出した。
(おーおー、流石は新型だ。加圧振動が全然感じられない)
新型機に乗る喜びを、ようやくふつふつと感じているサイ。
そんな彼にサラから指示が届いた。
『――サイ君! 今のうちにそいつを屋外に引き摺り出して! ここで乱闘されたら、とんでもない被害が出るわ!』
『この野郎……!』
ヴィオはメインカメラが破壊されたため、補助カメラに切り替えた。これで視界は確保できるが、いささか範囲は狭くなってしまう。
そして倒れた状態から跳ね起きたCQP。惚れ惚れとするようないい動きである。
サイとしてはそういうことの方に興味がある。
(おー……いい機体に乗っているなぁ。壊したのが勿体ねぇ)
その運動性能に感心しながらも、モニターへの注意は怠らない。
頭部目掛けてCQPの右腕が繰り出されてくる。
それをMDP−0は首を倒して紙一重でかわし、その腕をがしりと掴んだ。
サイは自信に満ちた表情を浮かべている。
「……喧嘩は表でやるものだぜ?」
そのまま、CQPの脇をすり抜けるようにして前進を始めたMDP−0。
相手の腕は掴んだままである。
右半身を踏み出している不安定な体勢のCQPにはたまらない。
「何ィッ!?」
右足を軸にくるりと向きを変えされられていた。
構わずサイはフットペダルを踏み続ける。
女の子が恋人の手を強引に引いていくような格好で、MDP−0はCQPを連れてずんずんと屋外へ向かって進んでいく。あるいは、父親に折檻されている不良息子という観がなくもない。
とにかくも、一方的なのである。
CQPは振り解きもできず、前のめりになってガシャガシャと足を動かすのがやっとである。振り放そうにもMDP−0のパワーが強すぎて、動かせない。
「――くそっ! なんて無茶をする奴だ! 畜生! 離しやがれ!」
コックピットで騒ぐヴィオ。
しかし、組み合いつかみ合いになった場合、出力の優劣は絶対である。パワーで劣る方は、やがてねじ伏せられざるを得ない。
サイが賊機を連れて行ってしまうと、ラボは随分と静かになった。
「……なんか、あっさり持って行っちゃいましたね、サイさん」
狐につままれたような顔で、搬出路の方を眺めているユイ。
リファも
「おバカさんのCMDも凄い動きでしたねぇ。ピカピカと黒光りして」
「あの黒い奴、かなりいい機体だわ。――でも、乗っている人間の重みが違えば、ああも動きに差が出るものね。サイ君を越えることはできないわ」
しんみりとそう言って、彼女は携帯端末をパタリと閉じた。
「あたし達も、外に出るわよ! MDP-0が折角動いているんだから、動作解析をしてやらないと勿体無いわ!」
「りょーかい。……って、外にテロリストがいるんじゃないですかぁ?」
「隠れてりゃ、見えないわよ!」
搬出路を目指して駆け出したショーコ。
「あ! 待ってくださいよぉ!」
ユイとリファも、慌てて後を追っていく。
――一方。
力ずく同然でCQPを屋外まで引き摺り出したMDP-0
ぐいっと前に突き出すようにしつつパッと手を離した。
どんなCMDも、この状態から姿勢制御などできたものではない。
CQPはそのままよたよた二、三歩泳ぎ、どしゃりと胸部から地面に突っ込んでしまった。
地面を向いた体勢のヴィオ。
ぎりぎりと歯軋りしている。
「……おのれ、Star-lineめ! こうも俺を愚弄しやがって――絶対に許さん!」
地面に両手を付くと、CQPはがばと上体を起こした。
起こしたとも思えない素早さで膝を使って腰を浮かすと、機体は右に百八十度くるりと向きを変えた。動作が一続きのようで区切りがなく、流暢な流れである。
旋廻した勢いを駆って、右腕がMDP―0目掛けて振り回されてきた。
いつ抜いたか、刃渡りの大きな震刃ナイフを握っている。
しかし、MDP-0の高性能センサーは、賊機右腕の旋廻半径を即座に計算してサイに報せていた。MCOSSが未搭載だから、解析結果を知らせるだけに留まっているのである。
(……ふんふん。優秀なヤツだ)
彼は左脚を半歩だけ下げさせ、いきなりそこに自重をかけた。
かくっ、と下に落ちるような感覚があり、ごく自然な軽さでMDP-0はスイと仰け反るような動きをした。
そのすれすれを、震刃ナイフが切り裂いていく。
「――何ッ! かわされた!?」
ほとんど外しようのない間合いであった。
ナイフが相手の機体をとらえるだろうと、ヴィオは僅かも疑わなかった。
しかし、外された。
それも、思いっきり勢いを乗せた状態である。
虚しく空を切ったCQPは、悪いことによろっとバランスを崩した。
そこを、サイは見逃さない。
「……ほれ」
左脚でバランスを支えているから、右脚は自由が利く。
右回りに勢い余ってよろめきかけたCQPに、ちょっと押すような軽さで右側から蹴りを入れたMDP-0。
結果は知れている。
CQPは右半身から地面に突っ込んで行き、ガガガガとアスファルトが削り取られていった。
「――あー、痛い痛い痛い……。折角の光吸収コーティングが台無しじゃない」
こじ開けられて開閉ギミックが駄目になったらしい搬出口は開きっ放しである。
そこへ急ぎやって来たショーコは丁度、地面と仲良くしているCQPの姿を目にしていた。遅れてユイ、リファも息をきらせつつ追いついた。
さらに、数人の若い技術者達も現れた。
「逃げなくていいの? テロリストに襲われてんのよ?」
ショーコがぶっきら棒に尋ねると
「逃げようとしてたんですが……。MDP-0が動き出したのを見てしまったのでその、つい。やっぱり、気になるじゃないですか」
技術者魂と呼ぶものか、どうか。
状況が状況だけに問題はあるが、それでも機体を見学するためにやってきた彼等の冒険心と行動を、ショーコは好ましく思っている。
MDP-0の動きを注視していたもう一人の技術者。
「……何てぇドライバーだ。いきなり手足のように動かしてやがる」
「あのドライバーには、FOPなんて然程必要はないのよ。制御部からの伝導が素直でありさえすれば、どんなCMDでも上手に動かしてみせるわ」
大袈裟なようだが、ショーコは決して誇張しているとは思っていない。サイの力なら、その通りにやってのけるであろうと彼女は少しの疑いもなく信じている。
「しかし、MCOSSの搭載はまだなんですよ?」
その若い技術者は、搭載前提のシステムなしに稼動しているということに引っかかっていた。
その答えは、ショーコがたった今口にした筈であった。
「普通並みの操縦センスなら、無理ね。でも、彼は違うのよ。独自で一から学んで、叩き上げられた実力とセンスがある」
この開発施設にそういう人はどれくらいいるかしら、と言い掛けて止めておいた。
軽く苦笑いをもらしつつ、ショーコはふと思った。
(MCOSS……要らないんじゃないかしら? あった方が、却ってサイ君の邪魔になるかも知れないわね)
そのMDP-0とサイは、転がっているCQPにじっと注意をむけている。
メインモニターの隅っこに、MDP―0のコンピュータが計算した賊CMDの予測ダメージが表示された。
「……右上半身から上腕にかけて軽い作動障害、と。いやいや、お前は賢いねぇ」
頭部へ登っていってよしよしと撫でてやりたいような愛着を抱いたサイ。見た目の姿形こそ必要以上に鋭いものの、今のMDP-0は彼にとってどういう不足も不満もなかった。
やがてギギッと耳障りな音をたててCQPは起き上がった。
MDP-0の推測通り、今の衝撃で右半身の稼動部に多少のダメージを受けたようである。
「くそっ、くそっ! いいようにやりやがって!――だが、これには敵うまい!」
CQPがいきなり腰から短銃を抜くや、MDP−0目掛けて立て続けに発砲した。
パァンパァンという乾いた銃声が響いた。
「きゃあっ!」
リファやユイが悲鳴をあげ、その場の誰もが凍り付いた。
銃声はすぐにフェードアウトしていき――前庭の広いスペースに沈黙が訪れた。
うっすらと硝煙が立ちこめている。
飛び道具が回避される筈のない距離である。ヴィオは討ち取ったことを疑わなかった。
が――薄れゆく煙の向こう、赤く残忍な目がキラリと光るのを、彼は見た。
「……何ッ!?」
モニターに映し出されたのは、あり得べからざる光景であった。
何と、突き出されたMDP−0の手の平が、銃弾をことごとくはじき返していたのである。硬度装甲でカバーされたそれには、傷一つついていなかった。
「そんな、バカな! 銃弾が効かないだと!?」
サイは、どこか気持ちに安定を欠いている。
「……そんな危ないもの、こんなところで――」
驚いている間もなくいきなり、ガシッと銃身ごと、CQPの手が掴まれた。
が、掴んだとも思われない早さで手前に引き寄せられた瞬間。
「――使うなよな!」
前のめりになったCQPの腰関節部が弾け飛んでいた。下からMDP−0が膝蹴りをかましていたのである。
その一撃は腰間接部を軽く突き破り、CQPの胴体を上下真っ二つに裂いた。脊椎部を構成する部品が背中から飛び出し、辺りに派手に飛び散った。
そして、胴体から引き千切られた下半身が、無数の部品やパーツを撒き散らしながらスクラップ同然になって転がった。
一瞬の間のことである。
「……」
もはや口を利く心地も無くなったヴィオは、激しく点滅するエマージェンシーサインを呆然自失の体で眺めていた。
見るも無惨な姿に変わり果てたCQPの上半身を、腕を掴んでぶら下げているMDP−0。そのスクラップのあちこちから、電設部のショートによって生じた煙があがっている。
ショーコには、その姿が鬼神か悪魔のように思われた。
「……何てパワーなの。CMD一機、膝蹴りだけで八つ裂きにしてしまったわ」
そうであろう。
幾らウイークポイントであるとはいえ、並みのCMDの膝蹴りなどで裂断できるものではない。胴体だけにそれなりの厚みや強度があり、例えば震刃ナイフのような鋭利な武器で切り裂きでもしない限り、力技では物理的にほぼ不可能であった。人間が辞書を膝蹴りや突きでは真っ二つにできないのと、原理として一緒である。
しかし、一点に集約されたパワーをもってごく特定された箇所に衝撃を与える場合、パーツの組み合わせで出来ているCMDはその衝撃を吸収しきれず、結果としてダメージをくった部分が分解に至ってしまうことがある。ごく特定された箇所とは、装甲で鎧われてなく、部品構成が大きい、そして部品の組織密度が高い部分を指す。つまり、腰部がその条件に合致する。
が、その様子を見ていたメーカーの技術者達の驚き方は違っていた。
「おいおい、あれ、MCOSSがまだ起動されていないんだろう? なのに何だ、あの鮮やかなガードは?」
「賊の動きをすっかりよんでたんじゃないか? まさか、先手部装甲を使って銃撃を防ぐとはなぁ……」
皆、機体の動きよりも、それをやってしまった操縦者の方に関心があるらしかった。
『ショーコさーん』
長閑なサイの声がした。
『――こいつ、大分運動神経いいですよ。きっちり言うこと聞いて、しかも余裕こいてやがる』
「安心した」
ショーコは大きく息をついた。
「……そいつなら、あなたにとって不足はないでしょう?」
『ないんですけどね……。一応は』
彼はつかんでいたCQPの上半身のスクラップを、ポイと放り投げた。
『――うわぁああぁ!』
ヴィオの哀れな悲鳴を引きつつ鉄塊は地面にどすんと落ち、ごろりと転がった。
このスクラップの搭乗者がまさか海向こうや他州で恐れられた殺人ドライバーであったとは、無論その場の誰も気が付く筈もない。ユイやリファには単に「騒がしいおバカさん」として記憶されたに過ぎなかった。
「さて――」
サイは踵を返した。
ディスプレーにはさらに他の機影が現示されている。警備隊は既に無力化しているから、それは間違いなく賊の一味であろう。
位置を確認するまでもなく、施設の西側と東側両方から接近しつつある黒い機体が目視できる。
(両側から二機づつ……同型機、だな。どっちか片方をやり過ごして、背中を守った方がいいな)
そう判断すると、駆動レバーを引いてフットペダルを踏んだ。
MDP−0は彼の指示に了解するかのように、その赤い目を鋭く光らせた。
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