始動編7  転機

 R地区北エリアにあるスティーレイングループ企業「スティケリア・アーヴィル重工株式会社」。

 朝、三十階にある社長室のホットラインの呼び出しベルが鳴った。

 携帯端末で一日のスケジュールやら資料に目を通していた社長イーファム・ヘッズマンは、手を伸ばして通話スイッチを押した。


「イーファムですが……」

『お早う、イーファム君。こんな朝早くから、済まない』


 相手の声を耳にしたイーファムは、辞儀をあらためた。

 スティーレイングループのトップ、ヴォルデから直々の電話である。


「こ、これは会長、お早うございます。ハドレッタ・インダストリーとの共同開発の件でございましたか?」

『いや、その件に関してはイーファム君の裁量に任せる。思う通りにやって欲しい。それよりも、別件だ。――昨日、セレアの方から話をさせてもらったと思うのだが……』

「ああ、MDP-0の件でございますな。伺っております」


 彼は、机上の片隅によけておいた資料をちらりと一瞥した。

 MDP-0試験導入におけるテストパイロットの素質、と題された報告書があり、そこにサイ・クラッセルの顔写真と簡単な履歴、そして稼動実績のデータが詳細に記されている。

 スピーカーの向こうでやや間があった後


『……報告書は届いているだろう? 君としてはその書面でしか確認することができないと思うが、私は二度ほど彼の稼動現場をこの目で実地に検分している』

「それは会長、危険を冒されましたな。少しはご自愛いただかないと」

『良い人材を得るためにトップが必要な努力とは、そういうことなのだよ。……それはともかく、一方的に私達から供出を強いるわけにもいくまい。それでイーファム君が少しでも納得がいくようにと、資料を用意させてもらったのだが』


 空いている手で資料を手にとったイーファム。

 七十まであと幾つかを数えるだけになった彼にしてみれば、字の細かな書類はどうも苦手であった。かといって、目を通していない訳ではない。


「会長、正直な話として、このような優秀なドライバーを用意していただけたことで、私としては異存ございません。Star-lineがたった一機のカスタムメイドDG-00でリン・ゼール機を八機も屠ったのも、このサイとかいう若者の働きに拠るとか。機体稼動時間が合計で十三分というのも、まったく驚くべき実績ですな。しかも相手は、エリートのA中隊をすら潰滅させていたというのに――」


 フフフ、とヴォルデの声が笑っている。


「それはあくまで、実績の話だ。私が訊きたいのは、そういう正規訓練を経ていないドライバーをもってこられることに対して、イーファム君がどう思うか、という点なのだよ。そこは、正直に腹を割ってもらいたい。他にテストパイロットを当てる動きがあるのなら、私も無理にねじ込むことは避けたい」


 彼は暗に、貧困層出身の一青年をいきなり搭乗させても納得できるか、ということを尋ねている。それはヴォルデがそう思っているのではなく、イーファムの本音を試しているのである。

 しかし、イーファムも大企業の社長にまでなった男である。

 いささかも躊躇することなく


「これは会長。私も長いことドライバーをやっていた身でございます。ドライバーに必要な天性の感覚は決して訓練などで養成出来るものではないということは、不肖ながら、私がこの身をもって感じたところでございますが……」

『これは、悪かった。私としたことが、君という男に対する理解が少し不足していたようだな』


 回線を挟んで二人は笑った。

 笑いを収めるとイーファムは再び声色をあらため


「いや、会長。お話の件、私は全く了解です。このドライバーであれば十分なデータも取得できましょうし、MDP-0は丁度、昨日で一通りのFOPテストと稼動部伝導試験を終了しております。トライアルは実施しようと思えば可能な状態にはあります。ただし――」


 彼は別の書面を手に取った。


「MCOSSにまだ幾つか懸念があるとのことで、まだ搭載に至っていないとの報告がきております。……いかがでありましょう? この機体の大きな特徴はMCOSSをメインとした対外障害物検知機能連動式制御にあります。MCOSSを載せない状態での稼動はもしかするとドライバーの負担が増幅する可能性が大――」

『イーファム君』


 ヴォルデの声は、揺ぎ無い自信に満ちていた。


『MDP-0の元々の開発コンセプトは、将来的に国軍もしくは治安維持機構への導入を見据えた格闘戦特化仕様だった筈だ。その第一コンセプトがクリアされるなら、例えMCOSSが完成しなくとも、第二次開発プロジェクトにおいて搭載が実現すれば良いと思う。その間、サイ君が蓄積してくれた稼動データが、次期スペック見直しの際に重要な参考データになってくれることは間違いない。……どうだろう? 決して悪い話ではないと思うのだが』


 そこまではっきりと確信を持って言われる以上、イーファムにはどういう反対意見もなかった。将来性を見据えた経営ビジョンのあり方については、彼はヴォルデに及ぶところではないと自分の器量を測っている。


「委細、了解でございます。つきましては、トライアルはいつ頃にいたしましょうか?」

『Star-line側としては、すぐにでも取り掛かれる用意でいる。あとは、スティケリア側の受け入れ準備次第だが』

「承知しました。では、本日の午後以降にでも可能なように、指示をしておきましょう。機体は現在、G地区のラボにて調整中ですので」

『了解した。苦労をかけるな』


 そう言って、回線は切れた。

 やれやれ、といった表情をして首を動かしたイーファム。

 高級ホテルのVIPルームほどに広い社長室には、彼以外に誰もいない。

 大きく見晴らしの良いガラス張りの窓から、朝の新鮮な光が燦々と差し込んできている。

 彼は椅子の大きな背もたれに身を任せると、くるりと反転して窓に向かった。

 会長のヴォルデからの打診に対して、ホットラインで話した通り、彼自身に異論はない。ただし、とイーファムは懸念があった。


(しかし、いかに優秀なドライバーでも、こいつはどうか……。Most Dead-line Products、最も危険な製品とまで言われた機体だからな――)



 朝のミーティングまでまだ時間があった。

 休憩室でユイがお茶を飲んでいると


「――お、おはよー……」

「あ、ショーコさん! おは――って、なんですか!? その顔!」


 振り向いた彼女は驚いた。やってきたショーコの顔色が、漂白したように真っ青だったからである。

 ふらふらと漂い歩きつつ


「……よ、四時まで、飲んでた」


 傍にあったソファにどさりと沈んだ。よほど辛いらしく、そのままぴくりとも動かない。

 つーんとアルコールの匂いがユイの鼻をついた。


「くっさぁー……。今日は火の近くに行かない方がいいですよ。うっかり呼吸したら、燃えちゃいますよ」


 眉をしかめている。


「へいへい、どうもすみませんですねぇ……」


 そこへ


「おっはよーございまーす!」


 能天気なリファがやってきた。彼女は戦闘不能なショーコを見つけると


「あれ? ショーコちゃん、どーしたの? 具合悪そう」

「た、頼むからその耳障りな声で話しかけないでくれる……? 脳みそに響くから」

「なーによぉ、それ!? 勝手にお酒飲んで勝手に酔っ払ったの、ショーコちゃんじゃない! あたしのせいじゃないよーだ!」


 ――勝者リファ。その通りである。

 口を利く気にもならず、しばらく悶絶していたショーコはふと


「……ところで、サイ君、来た?」


 ユイがカップを手にとりながら


「結構早くから出てきてましたよ。昨日のトライアルで、右脚膝間接部の伝導がちょっと気になったって。ハンガーでDG−00をいじっていると思いますけど」

「そう……」


 あれだけ飲んでいたのに、もう普通に活動しているサイ。

 が、ただ単純にサイの体質ではないであろう。どれだけ酒を食らおうと、全く作用しないような体調、精神状態というのも時として人間にはある。

 彼の心の動きが、ショーコには何となく分かるような気がした。


「さて、今日の運勢はっと」


 ユイが、テレビの電源を入れようとした。


「へぇ。この時間にも運勢やっているのねぇ。あたしはいつも七時四十五分の選択占いを観ているんだけど」


 リファも見かけによらず、そういうことが気になるらしい。


「そうそう。誕生月でその日の運勢を占うっていうコーナーがですね……」


 ブッとテレビに電源が入り、ユイがリモコンでチャンネルを回し始めた。

 運勢などこれっぽっちも関心のないショーコは痛む頭を抱えながら切り替わっていく画面をぼーっと眺めていたが


「――ちょっ、ちょっとストップ!」

「はいはい」


 ある番組のところで、チャンネルを止めさせた。

 ニュースの特集であった。

 画面左下には小さく『問われる治安維持機構の体制』とテロップが入っていた。

 キャスターと記者がなんだかんだと喋っていたが、そこで地図が映し出された。国家の主要都市の位置が○で示され、順番に吹き出しで数字が表示されていく。


『――これが、主な州都における治安維持機構機損害の状況です。昨年下半期から先月に至るまで、クレイザ州で十六機、シェルヴァール州で十一機、ネガストレイト州で十五機という損害が報告されております。このうち――』


 各州における治安維持機構所属CMD損害数の下に、更に赤字で数字が出てきた。


『搭乗者損害数はご覧の通りです。クレイザ州で五名、シェルヴァール州で三名、そしてネガストレイト州では約半数の七名というCMD搭乗員が、テロ組織との交戦中に命を落としている、という報告です。これについてリベンズさん――』


 三人は運勢のことなどすっかり忘れて、食い入るように画面を見つめている。


「……わ、割と、お亡くなりになられているんですね」


 ユイの口調がおかしくなっている。


「こわーい……。もしかしたら、あたしも、運が悪ければあの時……」


 二日前の港湾地区への出動時を思い出したのか、リファが身震いした。


「でも、ここにうちの州が出ていないわね? 何でかしら」


 ショーコがそう言った時、画面の中のキャスターが


『さて、ファー・レイメンティル州についてですが、テロ組織との戦闘行為における機体損害は同じ期間で四十七機、と数は多いんですが、このうち稼動不能に陥ったものは六機、しかも搭乗員損害はまだ報告なしという、他州とは違った結果が出ています。これについてリベンズさん、何か理由があるのでしょうか?』


 じっと固唾を呑んで記者の言葉を待っている三人。


『そうですね、一つに、非常によく訓練されたAブロック大隊の存在があると思います。彼等独自でのテロ行為鎮圧率は実に七十七パーセントと非常に高く――』

「ぶーっ。この前なんか、ボロボロにやられていたじゃない」

「結局は、ね。でも、彼等が意地で足止めしてくれたから、サイ君が乗り込むことが出来たのも事実ね」


 その時、一人あさってをうろうろしていたリファには、その話の内容がわからない。


「とどのつまり、A大隊のおかげってことかしらね――」


 ショーコがソファに踏ん反り返った。彼女としては、多少面白くない気持ちがある。

 すると、リベンズという男性記者はこんなことを言い出した。


『もう一つ、これは未確認情報なのですが、最大組織リン・ゼールに、アミュード・チェイン神治合州同盟から流れてきた腕利きのドライバーがいるとされています。性別、年齢等はわかっていませんが、リーラン教分派抗争の際に見られたのと同じ手口が、搭乗者損害を出した前三州でも報告されています。脚部を破壊した後コックピットを搭乗者ごと潰すという残忍な手口で――』

「げーっ! 最悪じゃん! 何で、そこまでする訳?」

「ちょい! 静かに聞きなさい」


 ショーコがたしなめた。


『――なお、動作解析においても同じドライバーである可能性が非常に高いという分析結果が出ております。このドライバーが今後、ファー・レイメンティル州に移って活動を行う可能性もありますので、同州の警察機構、ならびに治安維持機構は十分警戒が必要なのではないでしょうか』

『以上、特集をお送りいたしました。次のコーナーは――』

「……だって、さ」


 ショーコが二人を見やった。


「えー……そんなアブナい人がきたら、どうしよう?」


 怯えているリファ。ユイも、まずいものを観たという顔をしている。

 しかしショーコは顔色も変えずに


「二人が怖がる以前に、一番危険なのはサイ君なのよ? そういう危険を少しでも避けるために、あたし達が何とかバックアップしなくちゃ駄目じゃない」


 前向きな発言をしながら彼女はふと、昨日セレアに上申した一件を思い出していた。

 日に日に強力になっていくテロ組織のCMDに対抗するためにも、何とか例の試作機を手に入れておきたい。それが叶わなければ、サイをはじめ、彼女らの身の安全も危うくなるであろう。

 三人の間に微妙な空気が流れ始めている。

 と、ガチャリとドアが開いてサラが入ってきた。


「おはよう……って、何この匂い? ショーコ、あなたはまた――」

「色々あるんだってば。そうツッコミなさんな。あと二時間もすれば消えるから」


 据えたようなアルコールの匂いに顔をしかめながらもサラは


「ユイちゃん、サイ君とリベルさんを呼んできて貰える? ちょぉっと、重大な話があるのよ。朝一番で、セレアさんから連絡があって」


 重大と言いながら、彼女の表情は決して暗くない。


「はーい! 今、呼んできまーす!」


 ばたばたとユイが駆け出して行った。




 パステルカラーの楕円形テーブルを囲んで、隊長のサラ、ショーコ、ユイ、リファ、サイ、そしてちょっと後ろ寄りにリベルが席についている。

 窓の外はよく晴れ上がった青空が広がっていて、日差しが心地よい。

 しかし、眠そうな顔をしている者は一人もいなかった。

 さっきまで戦闘不能な顔をしていたショーコも、今は甦ったように目を輝かせている。


「――と、いうことなの。スティケリア・アーヴィル重工からは正式にOKが出た以上、私達としては速やかに導入に向けて動き出したいと思います。……サイ君、大丈夫?」


 彼は熱いスープを一気に飲みこんでしまったような妙な顔をしていたのである。


「あ、あの、それ……つまり」


 ニコリとサラは一笑して


「そう。出来立て新品の試作機を、リアルテイスティング(試験的実地導入)させて貰えるのよ、私達Star-lineが。そして――それに乗るのはフォワードドライバーであるあなたよ、サイ君」

「やったな、坊主。お前さんの実力だよ」


 普段表情を顔に出さないリベルも嬉しそうである。この親父はサイのことを坊主と呼び、自分できちんとメンテをしようと心がけている彼のことを早くも気に入っている。


「は、はあ……。どうも……」


 サイはいまいち状況を呑みこめていなかった。なぜ突然に新型機が降って湧いてきたのか、その経緯がよくわからない。


「すごいすごーい! サイさんが乗るなら、鬼に棍棒ですよね!」

「それを言うなら鬼に金棒、でしょ? ユイちゃん」


 珍しくリファが突っこんだ。たまにはこういうこともあるらしい。

 ショーコはといえば、ただニヤニヤと笑っている。

 吉報にざわめく一同を抑えるようにサラは付け加えた。


「それで、急なスケジュールで申し訳ないけど、本日午後1500、スティケリア・アーヴィル重工のG地区セカンドファクトリーへ調整に出向きます。面子はこの全員。留守中の警備はSTRに警戒レベルサードにて依頼します。みんなには、行く前までに各自に準備をお願いしておくことが――ショーコとユイちゃん」

「はーい」

「はいよ」

「DG−00の駆動プログラムを因子変換してMDP-0でコネクト可能かどうかテスティングします。その他のデータ類もあわせて、持っていく用意をしておいて欲しいの」


 頷いて見せる二人。


「それからリベルさん。パーツ並びに電装機器発注履歴から、特に交換頻度の高いものをリストアップしておいてください。メーカーには、特にそのリストを中心にパーツ生産をしてもらうよう依頼します」

「……了解。こりゃあ、高くつきそうだな」


 笑っている。この歳になってこれだけ価値のある機体にさわれるようになるのが、嬉しくて仕方がないらしい。


「それから、リファ。特殊装甲車二台に予備簡易端末を接続して、それぞれ拡張メモリを搭載しておいて欲しいの。メインカメラの仮想ビジュアルとか擬似駆動データとか、持ち帰りしてくるお土産がたくさんあるから」

「わかりましたぁ」


 最後にサラはサイの方を向き


「……サイ君については、行くまでにこれに目を通しておいてください」


 相当に分厚いファイルを差し出した。

 その中身が何であるか、彼には察しがついている。

 要は、取扱マニュアルである。


「MDP-0は基本的にDG−00のプロトタイプであるDGP一式をコアベースとして開発されてはいますが、スペックが大きく異なっているとのことです。操縦系の基本インターフェイスは恐らく似ているでしょうが、今度からはMCOSSという操作介入プログラムの影響を受けますから、DG−00のように聞き分けがいい子とはいかないかも知れません。あらかじめそれを眺めておいて、疑問があればどんどん質問してきてください。優秀な技術者の方がたくさんいますから」


 ずしっと重たいファイルを受け取りながら


「……わかりました」


 そこまで指示を出し終えると、サラは立ち上がった。


「そういうことですので、各自準備をお願いします。1455にハンガーにて集合、それから出発します」


 各人が口々に了解、といって席を立っていく。

 皆が部屋を出て行った後に一人、サイだけが残っている。

 絶大な信頼を受けていることについては、確かに嫌な気はしない。

 とはいえ、どんどん抜き差しならない状況に追い込まれていくのが、あやふやに不安であった。

 じっくり目を通すでもなしにマニュアルをペラペラと捲っていると、ガチャリとドアが開いてショーコが入ってきた。


「あ、ショーコさん。すいません、今行きます――」


 それには答えず、彼女はサイの傍までやってきて、彼の頭を優しくポンポンと叩いた。


「あたし、すっごく安心した。心配で仕方がなかったのよ」

「何が……ですか?」

「あの機体で、サイ君を最前線に立たせることが。でも、ヴォルデさんもセレアさんも、わかってくれたみたい。まずは良かった、と思って」


 サイはそこで理解した。

 あの日、彼が何気なく伝えた稼動限界の話がショーコからサラやセレアに伝わり、そしてこういう運びになったのだと。

 彼女だけではなく、その他の人からも彼が知らないうちに守られている。

 守られている以上、守らなくてはいけない。

 余り気持ちが昂揚するような気分ではなかったが、それでも一つ、とりあえず目の前にすべきことが転がり込んできた。

 今はとにかく、そのことに集中しなくては。

 認めたくはなかったが、引き摺っていたってどうにもならないのだから。




 碁盤の目状に配されているファー・レイメンティル州二十五地区のうち、北から二番目、西側から二番目に位置しているのがG地区である。

 都心部に近接する地区でありながら、港湾部や他州へのルートバイパスと反対側に位置しているという地理的条件のため、近年まで大規模開発の手が及んでいなかった。ようやく開発が始まるも、中小工場の割合が高かったためになかなか難航を極めた。工場主や従業員が団結して、立ち退き反対運動を大いに展開したためである。その背景には、A、B,F地区といった貧困層居住区が隣接しており、従業員の多くがそこに住む者達だったという事情がある。しかし結局は都市統治機構を後ろ盾とした大資本の手によって彼等は追われ、跡地には大手メーカーの工場が姿を現したのであった。

 従って開発の進行が遅れたことによって地区自体の地理的有効性にも変化が起こり、大手企業の中でも特に最大手のメーカーが、生産強化のために第二工場的な機能の施設を建設した例が多い。

 生産性を第一としてその機能に特化された他地区の工場と比較して、第二工場と称されるそれらの施設には生産ラインだけではなく、研究開発機能も付属しているケースが目立っていた。新規に開発された製品を即座に生産ラインにのせるという、傍目には単純な意図なのだが、CMDについてはこれがどれだけ開発競争に火をつける結果になったか、その功罪は計り知れない。国内の世情不安に伴い、治安維持機構のCMDスペックに対する関心度が高くなったというのが、その最たる理由であろう。はたまた、再開発の進むファー・レイメンティル州にあっては、より高性能な土木作業用CMDの需要が高かった、という面も見逃せない。

 そういう新拠点としてのG地区は、都心周辺部の地区の中では特に景観も考慮されている。不健康な灰色の工場ではなく、白く近代的な外装を義務付けられており、また敷地やその外周には緑化スペースも確保しなくてはならなかった。

 しかし、そういう配慮が一体誰のためになされているのか、それを知るような市民はどれほどもいないに違いない。


「――ふん。開発、開発、か。愚劣なものだな、都市機構のお偉いさん奴は。結局は税収対策と企業誘致しか頭にないんだろうが」


 腕組みをして、ヴィオがぼやいている。


「まぁ、そういう仕組みになっちまってんだよ、この社会は。本当に困っている人間が声を出せなくされて、一握りの特権奴が上手い汁を吸えるように日々改造されていっている。もうちっとマシな社会だったら」


 窓を僅かに開け、短くなった煙草を放り投げたグロッド。


「――俺も、テロの片棒なんか担がないで済んだろうよ」


 それを聞いたヴィオが、その鋭い眼差しを彼に向けた。


「お前がリン・ゼールにいる動機は、それか?」


 グロッドは前を向いたまま、思い出したように時々ハンドルを動かしながら


「……さぁな。今となっては、よくわからん。所業が所業だ。もう、どういう大義名分も通用するまい。ただ社会の鼻つまみ者でしかあるまいよ」


 自嘲気味にそう呟き、あとは黙った。

 ヴィオはそんな彼に対して不満そうに


「だからここの連中には覚悟が足らんと言うのだ。宗教対立で明け暮れしているアミュード・チェインの奴らは、自分が信じる神のために平気で命を投げ捨てている。そういう自己懐疑にとらわれているヒマなんかはない。生きるとは、常にそういうことだ。違うか?」


 多少興奮気味に問いかけてきたが、グロッドは興味なさげに


「……神は、同胞同士で殺しあうことを命じたもうた、か?」

「貴様ァ……まだ俺の言うことが――」

「そろそろ、ポイントに着くぜ。乗っておきな」


 持て余し気味に、グロッドは促した。

 ヴィオは忌々しげに彼を見ていたが、やがて


「……フン!」


 座席の背もたれを水平に倒すと、くるりと後転するようにして後方へと消えた。

 横目でそれを見送ると、グロッドはちょっと声のトーンを上げて叫んだ。


「1615スタートだ。迎えは1630! 準重点警戒特区だからな、遅刻したらそれまでだ! わかってるな!」

「――わかってる! お前こそ、ヘマをするなよ!」


 背後でヴィオが叫ぶ声が聞こえた。


(妙に自分を信仰しやがる……。お国柄なのか?)


 内心で呟きながら、グロッドはヘッドレシーバーを頭からかけた。


「……各車、聞け。一度だけ言う。1615をもって作戦を開始する。ナンバー二と三は西側、ナンバー四と五は東側にて待機。ナンバーワンが正面から突入次第、各機行動を開始せよ。目的は新型MDP-0の奪取。スティケリアのセカンドにあることは確認済みだ。手段は問わない。……以上だ!」

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