Part12:私に出来るコト、私のやりたいコト
「悪いな片桐さん、結局手伝ってもらっちまって」
「いえ……これくらいは……」
抗議する間もなく桧山は真・生徒会室を出て行ってしまった。
無視すると後が面倒なことになりそうなので、結局手伝うことを了承する瞬助。
逃げようとするメンバーの首根っこを掴んで、生徒会全員で向かうことになった。
そこへ兎も協力を申し出たのである。
第1体育館では、年配の先生が一人で準備しようとしてた。
昨日の学校案内の最後で、書類整理を手伝ってくれた先生だ。
助っ人が来てくれたことに大いに喜ぶと、椅子の配置を手伝うようにお願いして職員室に戻っていってしまった。
なんでも、新入生用の資料整理を別の学生グループにお願いしているらしい。その確認の為だ。
「よいしょっと……これで、この列は完了……」
渡された図面を参考に、体育館にパイプ椅子を並べていく。
入学する新入生に加え、在校生の分、そして保護者の分も並べなくてはいけないのだ。
数にして500は必要だ。それを体育館のステージに隠された収納スペースから引き出して並べていく。
結構な労働である。
「小夜さーん、もう少し右ですー。はい、おっけー!」
ステージ上で理緒が声を上げている。
図面を見ながら、仲間たちに配置場所の指示を出していた。
「理緒さん…出歩いて大丈夫なんですか……幽霊なのに」
「アイツ透明度を自由に変えられるんだよ。パッと見だと生者と変わらないだろ?
誰かに触れられなければ分からないから大丈夫だ。
まあ、物が持てないから、ああして見ることしか出来ないんだけどよ」
あまり戦力にならない理緒に対してつっけんどんな瞬助。
兎は横を眺めると、パイプ椅子を運ぶ鶴美に目が行った。
「うーん、腕2本だと重いのだー……」
「嘘付け、パイプ椅子くらい持てるだろ」
パイプ椅子2個を抱えながらうめく鶴美に、10個まとめて運びながら凱が突っ込みを入れる。
凱と透は変身抜きでもそれなりに力がある。一度に多数の椅子をまとめて運んでいくのが見えた。
「空里さん……白衣で腕を隠すんですね……」
「まぁな。普段授業にも出ないから、たまにはこうやって運動させねぇとな」
鶴美は常に丈の長い白衣を着ているが、今は前のボタンを閉めており、2本の腕は白衣の内側で、ピシッと気をつけの姿勢で静止状態である。すると、袖を通した2本だけが自然と出しているように見えるのだ。
4本腕の感覚は分からないが、気をつけの姿勢で動き続けるのは地味に辛いのではないかと思う兎であった。
「会長、ちょっと入り口見るでござるよ」
「ん?」
運んでいた椅子を並べ終えた透が、瞬助達の元に寄ってきた。
兎も釣られて体育館の入り口を見てみると、思わず手を止めてしまう。
何人もの男子がいて、こちらを見ているのだ。
「おい、なんだあいつら!?」
「あ、もしかしてみんな兎ちゃん目当てじゃない?」
「はわわ……!」
そういえば、体育館へ来る時は保健室から普通に歩いてきてしまった。
ホームルームから結構な時間が経っているはずだが、まだ残ってる生徒はそれなりにいたのだろう。
アイドル・ウサギがまだ残ってることを知った野次馬がやってきたのだった。
さすがに15人ほどと人数はだいぶ減ったものの、それでもただアイドルを見に、わざわざ体育館に見に来るとは、物好きもいたものである。
「どうすんだこれ……てか、見てるんなら手伝えよ……」
瞬助が溜息をつく。
彼らはやはり遠目で見ているだけだ。
こちらは体育館での作業中の身、邪魔こそしないが見てるだけというのは正直イラつく。
一方、兎にとっても、後ろの男子たちの態度は苦い思い出だ。
アイドルだからぜひとも見てみたいとやってくるのは分かる。だが、いざ仲良くしようとしても何をすべきか分からず、結局ただ見てるだけ。
そんな人間は今までにもいたが、学校内でされると疎外感しか感じない。前の学校では、結局、遠巻きに見てくる人ばかりで、自分の居場所を見つける事が出来なかった。
だが、兎の心にはある変化が起きていた。
「あ、あの…なら、手伝ってもらいましょうか……?」
「は?」
「猫衣さん、会長さん…すみません、協力してください」
「後ろのー! 暇なら手伝ってよーー!!」
奈々が後ろにいる男子たちに向かって叫ぶ。急に呼ばれたことでどよめく男子たち。
そこへ奈々は、お得意の爆弾発言を放り投げる。
「手伝ってくれたら、兎ちゃんが握手してくれるってよー!!」
奈々の言葉にさらにどよめく男子たち。
当の兎は落ち着いてゆっくり振り返り、男子たちに向かって微笑んで軽く手を振る。
嫌がる素振りは一切見せない。
「おい、いいのかよ?」
瞬助が近づいてくる。
こくりと頷いてから、瞬助の手を取る。もちろん両手でしっかりと、だ。
ちょっと焦る瞬助を見せ付けるように、アイドル式の握手をする。
そしてチラッと入り口の男たちを見てから、踵を返して再びパイプ椅子運びに戻る。
即興の台本どおりである。
片桐 兎は、ミステリアスなアイドルである。
超能力で人を魅了するが、あまり言葉を発しない。
実際はただ喋れないだけなのだが、それでも彼女が人気アイドルとして認知されているのは、彼女の仕草や態度に秘密がある。
あまり言葉を発せずに、静かに、清楚に、そして時に超能力を使って派手に。ミステリアスな女性を演じ続けることで、アイドル偶像性を高めているのである。
人見知りで、普段は常におどおどしている兎であるが、打ち合わせのもとで演技することにかけては才能があったのだ。
自分のキャラ付けをよくよく理解している兎は、直接頼むよりも、自分の神秘性を利用したほうが効果があると判断した。
奈々と瞬助を巻き込んだ即席劇場を演じ、清楚でミステリアスなアイドル偶像を見せ付ける。
この場を手伝えば、瞬助がしてもらったように、アイドル偶像に触れられるのでは…そんな期待感を煽ったのである。
≪客寄せパンダ上等です。
アイドルという肩書きは、こういう風に人を集めるのに使うものでしょう≫
≪自分の身体で男を釣るかー、ワルだねー≫
≪きわめて健全に、お願いしているだけです!≫
テレパシーで簡単な作戦説明をしたときは奈々にひどい言われようだったのだが、効果ははっきりと現れた。
一人、また一人と体育館に入ってきたところで、奈々や凱がてきぱきと指示を出して巻き込んでいく。結局男子たちは全員手伝ってくれて、入学式の準備は予想よりずっと早く終わったのだった。
ちなみに、準備が終わったところで握手会になるかと思われたが、戻ってきた先生から、終わったならさっさと解散しなさいというお達しによりお流れになった。
男子たちは不満気だったが、兎自身が、『ごめんね……そして、ありがとう』と苦笑いしながら手を振ったところ……
「「「ありがとうございますっ!!」」」
と礼を言って去っていった。生で兎の声が聴けたので満足したらしい。
「終わったかー」
「みんなお疲れー」
残る生徒会の面々も、互いに労いあっていた。
そんな中で瞬助は、真っ先に今日の功労者に礼を言う。
「いやぁ助かったぜ片桐さん、ありがとうな!」
「いえ……大したことは……」
兎がしたことは、ちょっと男子達を誘惑したことだけだ。
しかも、奈々の元気な呼びかけがなければそもそも成立しないものだ。
それでも、兎が手伝いにきてくれたことで人手を確保できたのは間違いない。
(ありがとう、かぁ……)
単なる社交辞令だとしても、やはり嬉しいものだ。
その一方で、兎はひとつ自分の小さな変化に気が付いた。
兎は初めて、アイドルという立場を『利用した』のだ。
これまで仕事でアイドルを演じ続けてきたが、プライベートでアイドルという立場を使うことは決してなかった。無論、芸能人が軽々しく立場を使っていいものではないのだが。
しかし、先ほどはアイドルという肩書きを『使う』ことで、人を集めて仕事を早く終わらせる事が出来た。
―――『異能者』として得た能力や立場を、どう活かすかは自由だ。
桧山の言葉を頭の中で反芻する。
自分の超能力アイドルという立場。
それを使うことで、何か出来るのだろうか。
☆★☆★☆★☆★
入学式の準備を終えた生徒会の面々+兎は、互いをねぎらいながら第1体育館を出た。
兎は自分の力の使い方についてぼんやりと考えながら、瞬助達について体育館の入り口を出る。
アイドルという立場であれば、人を集める事が出来る。
人から注目を浴びるので騒ぎの元凶にもなりやすいが、うまく使えば人の助けにもなるのではないか。
では、超能力の方はどうだろう。
自分の超能力は多彩な力を持っている。
今までもショーの一環として使ってはきたものの、これからもショーだけでいいのだろうか。
しかし、超能力を堂々と使えば騒ぎにもなる。
アイドルの立場もそうだが、助けよりも迷惑の方が大きいのではないか。
思考がネガティブな方向へ行きかけた、その時だった。
「みー」
可愛らしい声が聞こえた。
「……ん?」
「猫、でござるな」
確かに今、猫の鳴き声が聞こえたのだ。耳のいい透にも聞こえたようだ。
しかし、何か違和感を感じた。
猫の鳴き声は、頭上の方から聞こえてきたのである。
「あそこでござる」
透が指差したのは、体育館の脇に植えられている並木のうちの一本。
その木の枝に、子猫がいたのである。
「ありゃりゃ、随分高いところに登っちゃったね」
「降りられなくなっちゃったのかな」
「ベタな事してんなー」
「あんな細い枝じゃ、危ないのだ」
兎と透が立ち止まったのを見て、生徒会の他の面々も事態に気付く。
白い子猫は怖がっているのか、きょろきょろとしながら『みー、みー』と鳴いており、細い枝にしがみついていた。
見つけた以上は放っておくわけにもいくまい。
『さてどうしようか』と奈々が口にした、その瞬間。
ぺきっ!
音を立てて、子猫が掴んでいた枝が折れた。
「「!!!」」
子猫の身体は、あっけなく宙に放り出される。
皆が唖然とする中、瞬助は真っ先に動き、子猫をキャッチしようと走る。
「くっ――!」
だが、間に合わない――!
子猫との距離から、瞬助は自分では間に合わないと悟る。
それでも諦めずに手を伸ばすも届かず、子猫を掴み損ねそうになった瞬間。
「止まって……!」
兎は夢中で手を伸ばしていた。
決して目を逸らさず、落ちていく子猫を見る。
ふわりと、子猫の身体が宙に浮かんだ。
その様子に驚きつつも、瞬助は宙に浮かんだ子猫を改めてキャッチする。
猫の種類にもよるが、生後9ヶ月の子猫の平均体重は3キロ前後。
5キロ以下までは手に触れることなく持ち上げられる、テレキネシスの有効重量だ。
「あっぶねぇっ……!!」
「ふぅ~、びっくりしたぁ~~」
「ナイスキャッチです、瞬助」
目の前で惨事が起こらずにほっとする一同。
瞬助の腕には無事、きょろきょろと顔を動かす子猫の姿があった。
うん、可愛い。
兎は手を前に突き出したまま、ぼんやりと子猫に見惚れる。
猫は至高だ。地上の動物の中で、最も敬愛すべき動物である。
全ての人間の足元に猫が寄ってくるだけで、世界は平和になれると信じてる。
にゃふー……
子猫を抱えて戻ってきた瞬助はひとつ咳払いをしてから、ニマニマと見入ってる兎に対して聞いてくる。
「片桐さん、超能力使ったか?」
「え…は、はい……すみません」
我に返り、しまったと思う。
猫の命のためとはいえ、ショーでもないのに、白昼堂々と超能力を使ってしまったのだ。
この学校には『異能者』を知らない生徒や教師も多い。
なるべくなら『異能』はなるべく使わないようにと注意されていたのだが、いきなり破ってしまうことになるとは。
「いや、なんで謝るんだよ。あの一瞬の浮遊が無かったらやばかった」
「でも、テレキネシス、使って…」
「騒ぎにならないようになるべく使わないでってだけで、使うの禁止ってわけじゃねぇさ」
瞬助は子猫を兎の目の前に抱き上げる。
「おかげでこの子は助かった、命の恩人だぜ。お前も感謝してるよな?」
救われた小さな命に語りかける生徒会長。
子猫はそれに答えるかのように『みー』と鳴いた。
(子猫を抱きかかえるイケメン……!
ぐはっ、悶える……!!)
何をやっても絵になるのだ、まったく羨ましい男子である。
相乗効果で、見るだけで精神力がすべて吸い取られてしまいそうだ。
「しかし、その猫どうすんだ? まさか生徒会で面倒見るわけにもいくまいよ」
「このあたりは猫がいっぱい住んでるんだよー、ホラあそこ」
凱の疑問には生物部の奈々が答えた。
奈々が指差した方向には、自分たちの方へトテトテと走ってくる2匹の猫が居たのだ。
もう立派な大人体型。おそらくはこの子猫の両親なのだろう。
瞬助は抱きかかえていた子猫を地面に下ろしてやる。
子猫はもう一鳴きすると、親猫の方へと走っていった。
猫たちは生徒会の面々を一瞥すると、踵を返して去っていく。
首輪も何もつけてなかったが、野生の猫が親子揃って行動するところなんて、珍しいものを見た気分だ。
(はっ、せっかくの猫さんなのに、撫でることすら出来なかった…)
「にゃはは、あの子達はこの辺に住んでるから、また会えるって」
(考えが読まれた!? そんなに分かりやすい顔してたかな……)
片桐 兎は、猫好きである。
普段はあまり感情どおりの表情が出てこない彼女だが、その表情を崩せるものが2つある。
一つは甘味、もう一つが猫である。
猫を見るだけで頬が緩み、鳴き声が聞ければ心が揺れ、撫でることが出来ようものならもはや中毒者のごとく夢中になる。兎自身に自覚は無かったが、猫を前にしているときは感情と表情がきっちり一致するのである。
子猫を前してデレデレと顔が緩みまくっているのは、誰の目に見ても分かった。
今度、猫の溜まり場に連れて行ってあげるという奈々の言葉に、飛び跳ねんばかりで喜ぶ兎は、ミステリアスなアイドルでも、おどおどした女子高生でもなく、ただ猫に熱中する少女であった。
そして、体育館から真・生徒会室へと戻る途中で冷静さを取り戻した兎は、先ほどのはしゃぎぶりを恥ずかしがりながらも、胸中で一つの決心を固めていたのだった。
(超能力を使って、助ける、かぁ……今回は猫だったけど……)
☆★☆★☆★☆★
一行は真・生徒会室へと戻ってきた。
突如入学式の準備をすることになり、荷物を置きっぱなしにしてしまったのだ。
思えば普通に体育館へと持っていけばいいだけの話だったのだが、兎にとっては都合がいい。
この話をするのに、これほど絶好のタイミングはない。
「あ、あの……!」
帰り支度を済ませて帰ろうとする生徒会の面々に、おずおずと手を挙げながら声を掛ける。
「どうした?」
メンバーの注目を集める中、精一杯の深呼吸をして、一大決心を口にした。
「私……決めました。生徒会に、参加します」
確かに、兎はそう言ったのであった。
驚いたのは瞬助達だ。
参加するにしろ、しないにしろ、もう少し時間を掛けて考えるだろうと思っていたからだ。
瞬助達からすれば、あまりにも早い決断に思えた。
「いいのか?」
瞬助が聞き返すが、兎はこくりと頷く。
頼りなさげな風貌でも、その目に迷いは無い。
「昨日、助けてもらったお返しもしたいし……
みんなと一緒なら、楽しいだろうなって……。それに……」
まずは本音を言う。
友達の少ない兎にとって、生徒会の面々と過ごしたこの2日間は実に濃密だった。
そして、何より居心地がよかったのである。
超能力者であることを忌避したりもしない、変に持ち上げたりもしない。
対等な存在と見てくれる人たちがいるのが何よりもありがたく、そんな彼らの力になりたいと思った。
もちろん、惚れた人物が所属している、というのも理由ではある。
だが、それだけではない。兎は言葉を続ける。
「昨日の誘拐……私、分かってたんです。
予知夢を見て、あの時間に連れ去られるの、分かってたんです。
でも、それが分かってても、何にもしなくて……
今まで、ずっとそうだったんです。
夢で起きたことはそういうものだって、それで構わないって、ずっと流されてばっかりで。
アイドルの仕事も、マネージャーに言われたことをずっとやってきただけで……
何もかも、周りに流されてばかりでいました……」
思い出すのは自分の過去。
『超能力アイドル』という『異能者』となったことで変わった周囲の態度。
それに対して心を閉ざし、何もせずにただ流されていくだけだった自分。
「でも、昨日皆さんと会って、今日も皆さんと話してて……
私も、何か出来ることをしたいなって、そう思えるようになったんです……」
『異能者』という、非常識な存在を知った。
それでも、その力に溺れずにいる人たちを知った。
「私も、超能力アイドルとして、人の役に立ちたいって、思ったから」
アイドルという肩書きを使って、手伝いの人を集めた。
テレキネシスで子猫を助けた。
きっかけとしてはかなり小さなものだったかもしれない。
だが、それでも、今まで流されてきたばかりの自分を変えるきっかけとしては十分だった。
「流されてばかりの自分を、変えたいから……!」
超能力という力と、アイドルという肩書き。
その力を使って、人の役に立つ。
今まで考えた事の無かった使い方が出来るのではないか。
その力を振るうことで、何かを救うことが出来るのではないか。
まだまだ具体的な目標はぼんやりとしている。
それでも、今ここで前に踏み出さねば変われないと思った。
「逃げたマネージャーのこともあります……ご迷惑をおかけするかもしれません……
でも、お役に立てるよう頑張ります!よろしくお願いします!」
自分の意思と参加理由を一気に話し終えると、兎は勢いよく頭を下げた。
瞬助は、周囲の仲間たちを見る。
誰一人、否定の意思を示す者はいない。
全員が頷いたのを確認した瞬助は、生徒会長として宣言する。
「……よし、キミの気持ちは分かった。
片桐 兎、キミを茨木高校生徒会の一員として迎え入れる!」
兎が顔をあげた先には、相変わらずイケメンモードで笑う瞬助がいた。
小夜も、奈々も、理緒も、凱も、透も、鶴美も、笑って迎えてくれた。
「これから、よろしくな!」
「……はい!」
これに対し、兎もまた、笑顔で返すことが出来たのだった。
「よーしっ!
せっかくだしこのままどっか食べに行こうよ! 歓迎会!!
兎ちゃん、どっか行きたいところある?」
「あ……それじゃあ……」
さっそく奈々が提案し出す。仲間を迎え入れての歓迎会。
買い食いとか、実に学生らしいではないか。
今までならば、何でもいいと答えたことだろう。
だが、兎は昨日から一つ望みがあった。
「クレープ……食べに行きたい……昨日、行けなかったから」
兎は素直に自分の欲を提案した。
誘拐犯に攫われるというイベントのために、自ら蹴ってしまった昨日の奈々の提案。
よくよく考えれば、自分から攫われるために甘味を我慢したという、理不尽極まりないことをしたのだ。
それに気付いた時から、自分の甘味欲を抑えられなかったのである。
実を言えば、兎は昨日の予知夢で自分たちが今日、クレープを食べに行くことは知っていた。
きっと何も言わなくても奈々あたりが提案してきたことだろう。
けれど今は、自分から提案するべきだと思ったのだ。
彼らの仲間になるのなら、自分の意志で動くべきだと思って。
流されてきた自分を変えるための、第一歩として。
「もっちろん!!行こう行こう!!」
「あ、やっぱり甘いもの平気なんだ。よかった」
「よっしゃ会長、みんなの分おごりな!」
「なんでだよっ!? 片桐さんのはともかく、お前らは普通に自分で払え!」
「ほほー、ウサちゃんはいいのだ?」
「あ、僕はチョコバナナでお願いしますね」
「あんたは食べられないでしょ!」
「ウチはストロベリーカスタードかなー、無難に。兎ちゃんは?」
「…モッツァレラチーズ&抹茶アイス黄粉添え」
「なにそれっ、罰ゲーム!?」
「さすが芸能人、積極的でござるな」
「無理に笑いを取りに行ったりしなくていいからな!?」
わいわいと騒がしくなる真・生徒会室。
さっそく移動だと騒ぐ奈々たちに連れられ、兎は秘密基地を後にした。
訳アリのメンバーが一人増え、生徒会はまた賑やかになっていく。
片桐 兎は、生徒会の一員となった。
『超能力アイドル』という役を持ったまま、自分に出来ることを探しに。
『異能者』として、生徒会の一員として、様々な事件に巻き込まれることも承知で。
今はただ、新しい仲間と共に、新しい道を歩むことを決意するのだった。
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