Part11:創造主と異能者

「わぁぁ……」


(本当に秘密基地じゃん!!特撮ヒーローみたいな!

あ、でもこの味気ない白いライトだけの通路はSF映画みたいだ!

あれだ、スターウォーリアーズの帝国軍っぽい!

この辺の装飾とかもう少し気を使ったほうがいいんじゃないかな!)


保健室の奥にあった物々しい扉。

その先は、いかにも隠し通路といえる無機質なライトが光る通路だった。


生徒会から『異能者』のことについて詳しく教えてもらうことになっていたのだが、その場所は兎にとっても想定外だった。

学校の中にある秘密基地。そこへ案内されることになったのである。

本当にアニメか映画の世界に入り込んだような気分になった。


「あ、瞬助も来たね」

「おぉ、よかった。無事につけたか保健室」


通路の途中で十字路になっているところがあり、反対側から瞬助が歩いてくるのが見えた。兎がいなくなったのに気付いて、男子達が教室外へ目を向けた隙に自力で脱出した瞬助は、迂回してほとぼりが冷めてから外へ行き、人気のない物置にある隠しエレベーターから秘密基地へと入り込んだのだった。


「にゃはー、よかったよかった。いやー、予想通りというか、騒ぎになったねー」

「アイドルが転校してきたんだ、そりゃみんな見に来たくなるだろ」

「はぁ……びっくりしました」

「アイドルって、やっぱり絶大な人気があるんだね」

「それを言ったら、烏間さんも。本当に、女子に人気があるんですね」

「あんまり言わないで……ちょっと悲しくなる」


無事に合流した4人は、ひときわ広い通路を進んでいく。途中、いくつかの扉があったが素通りし、やがて通路の先のいかつい扉の前にたどり着いた。


(わぁぁ、いかにもな扉!!

ヒーローとかが乗り込んだら、ボスが待ってる感じだよね!

でも、その扉に描かれたロゴはどうなの?)


扉にはでかでかと、『真・生徒会室』と描かれていた。

実に分かりやすい表記だが、なぜに書道で書いたように墨の字なのだろうか。


そんな兎の疑問をよそに、その扉は自動的に開かれる。

部屋の中には、中央に大きな円形テーブルが存在し、奥にスクリーンが置かれている。

きっと、作戦会議室なのだろう。


「よぉ、さっきの教室ぶりだな」


(へっ、桧山先生…?

担任の先生が生徒会の顧問ってのはちょっと聞いたけど、もしかしてこの謎な組織の幹部とかだったりするのかな?)


スクリーンの前で椅子に座っているのは、今朝のホームルームで挨拶したばかりの担任、桧山だ。


「ま、適当に掛けてくれや」


ぶっきらぼうに勧められるまま、兎はテーブルにあった椅子に座る。

周りを見てみると、凱と透、理緒が既に来ていた。

更に、モニターの付近でノートPCをいじっている、おかっぱで眼鏡を掛けた女子がいた。

彼女は見覚えが無いが、この場にいるということは彼女も生徒会の一員なのだろう。


「あ、空里にちゃんと会うのは初めてだよな」

「昨日は気絶しちゃってたからね。寮に帰ってこなかったし」


瞬助と小夜が、鶴美を手招きする。空里と呼ばれた女子は白衣を着ていた。気絶した時に会っているということは、ひょっとしたら保険委員とかなのかもしれない。

挨拶しようと兎も立ち上がるが、近づいてきた鶴美の姿を見てぎょっとなる。

白衣の袖に通した2本の腕の他に、さらに2本の腕が白衣の中から飛び出してきたのである。


「おー、転校生。はじめましてなのだ!

小生は空里 鶴美。見てのとおり、宇宙人なのだ!」

「…いや、お前を見てすぐに宇宙人だと思う奴はいないと思うぞ」


がばっと4本の腕を広げて自己紹介する鶴美。

瞬助が突っ込みを入れるが、少なくとも普通の地球人類ではありえない体の形だ。

機械の腕かとも思ったが、それにしてはあまりに生々しい手だ。

それらがワキワキと指を動かす。なぜか手つきがいやらしい。


「あ……ど、どうも」

「むふふふ、超能力者でアイドルとわ!

なかなか面白いサンプルなのだ! ぜひとも血液採取をして細胞解析したいのだ。

これで我がエルシダ星特製アンドロイドが、エスパーアンドロイドとして~」

「あー、メカは亀井がいて間に合ってるからな」

(こ、これはアレだー!!

漫画とかでこんな秘密組織があったら、絶対に一人はいるマッドサイエンティスト枠だ!

色々突っ込みたいところはあるけども、きっとこの人は『こんなこともあろうかと』が決め台詞に違いない!!)


かろうじて挨拶を返したところ、鶴美が興奮した様子で実験に迫る。その鬼気迫る様子に、無表情な表面を保ったまま、しかしやはり表面とは一致せずに、内面で激しく妄想を繰り広げる。

その様子を見ていた桧山がクツクツと笑い出した。


「くくっ、空里のこれを見て悲鳴を上げないか。昨日の誘拐で肝が据わったか?

なんにせよ、いい傾向だな」


怖いというより、どこから突っ込みを入れていいのか分からなかったのだが。

確かに、昨日散々な目にあった上に、今は瞬助達が傍にいるのである。生徒会の一員でもあるようだし、いきなり本気で人体実験なんてするとは思えない。きっとこの人なりのジョークなのだろうと思っていた。


桧山もまた立ち上がり、昼とは違う肩書きを名乗り出た。


「俺もちゃんと名乗らねぇとな。

『異能者』庁特別査問管理局『異能』審査管理部~……長ぇな、当局でいいぞ。

茨木地区担当局員の桧山 麒麟だ。

真・生徒会室へようこそ、転校生」



☆★☆★☆★☆★



「さてと、じゃあどっから説明するかね」


どかりと椅子に腰を下ろした桧山が、おもむろに煙草を吸おうとする。

それを目ざとく見つけた瞬助がすぐに止めた。校内は全面的に禁煙なのだそうだ。確かにこんな密閉空間で吸ってほしくない。

しぶしぶ取り出した煙草をしまう桧山だが、兎にも分かるほど目に見えてやる気がなくなった。


「ったく、しょうがねぇな。えーと、まずは『異能者』ってのはだなー。

あー……ま、普通じゃねぇ奴らのことだ」

「先生、ざっくりしすぎです」


瞬助は突っ込みつつ、理緒に説明を促した。

やれやれ、といった表情で理緒が喋り出す。


「はは、まぁ先生が匙投げたくなるのも分かるんですけどね。

『異能者』と、一言で言っても色々あるんですよ。

たとえば、昨日片桐さんを攫った奴だけでも、リザードマンに狼男、烏天狗、鬼、カマキリ男。

僕たち生徒会でも、ヒーロー、サイボーグ、サキュバス、宇宙人、幽霊といった具合ですね」

「サキュバス……?」


思わず聞き返してしまった。

サキュバスってあの、男を誘惑する悪魔のことだろうか?


「あぁ、小夜さんのことですよ。なかなか外見からは想像がつかないと思いますが」

「喧嘩売ってる?理緒」

「いえいえ、小夜さんはいつでもエロ可愛いですから」

「あんまり脱線させないでくれ、理緒、小夜」


小夜がサキュバスというのは気になるが、とりあえず話は一通り聞いてからの方がよさそうだ。

兎はそのまま沈黙し、小夜も理緒を睨みつつも瞬助の言葉どおり口を紡ぐ。


「まぁ、漫画とか映画でしかいないような人間、と思ってくださって大丈夫です。

明らかに普通の人間の常識を超えた力を持つ者の総称ですね。

言うまでもありませんが、片桐さんの超能力も立派な『異能』といえるでしょう。

普通の人間には、テレパシーやテレポーテーションなんて出来ませんからね」


普通の人間じゃない、と改めてはっきり言われるとちょっと堪える。

だが、それは今更だ。この力と数年間付き合ってきたのだから。


理緒はいったん言葉を止め、兎に向き直る。


「ですが、僕らが『異能者』と呼んでいる人間には一つ、共通してるルールがあるんです」

「ルール、ですか……」


どうやら、本題に入れそうだ。


「時に片桐さん、貴女は夢を見たことはありませんか?

具体的には、超能力に目覚める前に『貴女の役は超能力者だ』って囁かれる感じの」

「!……あります」


理緒の言葉には心当たりがあった。

かなり鮮明に覚えている。

まだ超能力者としての力に目覚める前。まさにその前日の夢での話だ。


「中学に上がったばかりの時に……真っ暗な部屋の中にいて、どこからか声が聞こえてきて、『君の役は超能力アイドルだよ』って囁かれる夢でした……

その翌日に……予知夢を見て……テレパシーやテレキネシスが使えることに、気付きました……」


やはりそうですか、と理緒がつぶやく。

他の人たちも予想通りだったのか、頷いたり、難しい顔をしている。


「僕たちが『異能者』と呼んでいる人間は、みな似たような夢を見ているのです。

何者かに、貴方の役はこうだ、とね。

その直後に、みな不可思議な力に目覚めたり、事件に巻き込まれてしまったりして、おおむねその役どおりの力や立場を手に入れてしまう。

僕たちはその役を与えてくる何者かを、『創造主クリエイター』と呼んでいます」


(クリエイター……それが、私を超能力者にした人物……)


その言葉には聞き覚えがあった。

昨日自分を痛めつけたリザードマンが、その言葉を口にしていたのだ。


創造主と来たか、まるで神様か何かだ。

しかし、確かに神の力といわれても不思議のない超常的な力が働いているのかもしれない。


「『創造主クリエイター』の囁きによる影響力は絶大です。

例えば、凱やトールは分かりやすいですね。凱は夢を見た翌日に交通事故に巻き込まれ、とある組織に拾われてヒーローとして改造されました。トールの方は悪の組織に拉致されたんでしたか」

「うむ……『殺人サイボーグ』って役を与えられて、その直後に拉致されたでござるよ。

実際に拙者を殺人兵器てんこ盛りのサイボーグにしたようでござったな。

最も、最終調整途中で目覚めた拙者は、殺人なんて御免だと、基地を適当に破壊しまくって脱出したでござるが」

「…とまぁ、役を与えられても、必ずしもその通りに進むわけでもないようなんです。

実際、トールはとんでも性能のサイボーグですが、人を殺したことは一度もないそうですし」

「ちなみに、その時の調整が不十分なせいで言語回路が異常をきたしてるようなので、こんな喋り方しかできんわけでござる」


初めて会った時に言っていたのは、冗談ではなかったのか。


「こんな感じで、『創造主クリエイター』に役を与えられた者というのが、僕たちが『異能者』と呼んでいる者の定義です。

逆を言えば、この役を与える夢を見ていない者は、多少人間離れしていた身体能力を持っていても、常人離れした勘の持ち主でも、『異能者』ではなく『普通の人間』に分類されます。

うちの生徒会では瞬助と猫衣さんが該当しますね」


理緒は瞬助と奈々の方を向き、当人たちは揃って肩をすくめる。

そういえば昨日の戦いの時、瞬助は自分が『普通の人間』だと言っていた。が、あの怪物たちと渡り合えるほどの力を持ちながら、普通であるというのか。

奈々の方も『異能者』ではないというが、その割には随分と馴染んでいる様子。

『普通の人間』という言葉の意味が分からなくなりそうだ。


『ここまではいいですか?』と理緒の質問に、兎はこくりと頷く。

とりあえず、今は『異能者』について全部聞こうと考えた。


「ただ、この『創造主クリエイター』が与える役というのが、なかなか無茶苦茶な時もありまして。

その分かりやすい例が小夜さんですね」


理緒の言葉に、小夜が溜息をつく。


「彼女はサキュバスの力に目覚めてから、身体が人よりずっと頑丈になったり、傷が異様に早く治ったり、ちょっとした魔法なんかも使えたり出来るのですが……

役を与えられる夢を見た時に、自分がサキュバスであることを思い出したそうなんです」

「うん……急に頭の中に、過去の記憶とも言えるようなものが浮かんできた。

思い出したって感覚が一番しっくり来たよ」

「ところが、彼女の両親は普通の人間なんです。

現在もご健勝で、せっせと共働きしています。もちろん、身体能力は普通の人並み、魔法なんて使えるわけもなし。

小夜さんだけが一家の中で突然、サキュバスの一族であるという自覚を持った。

そして、そのサキュバスとしての記憶は、両親とは共有していない」

「それって……」

「えぇ……力に目覚め、身体を作り変えられた。

それだけならまだしも、過去の記憶すら書き換えられた可能性すらある。

創造主クリエイター』の指定した役にさせるために」


背筋がぞくりと来る。


「まるでこの世界は『創造主クリエイター』なる者の落書き帳のよう。

好き勝手に人の設定を追加して、それで世界が面白くなればいいなと笑っている。

……そう錯覚するくらいには薄気味悪い話でしょう?」

「それは……」


理緒の語りを聞いて、背筋から冷や汗が流れているのを感じる。

もしや自分も、過去を書き換えられたりしてしまっているのだろうか。

あるいは、何かに操られたりしていたりするのだろうか。


「もっとも、薄気味悪いというか、悪趣味なのはここからと言いますか……」


まだあるのか。

兎はそのまま黙り、理緒に続きを促す。


「『創造主クリエイター』は、役は与えます。ですが、それだけなのです。

脚本を与えるわけでもなし。基本、放置なのです」

「それは…………どういうことなんでしょう?」

「えぇ、まさにこれが僕たち『異能者』全員が抱える問題でして。

夢で囁き、役を与えられれば、確かに『異能』に目覚める。

だけどその後は何もしてこない。

突如『異能者』になったあとにどう生きていくかは、それぞれに委ねられているのです」


「今までにも、『正義のロボットパイロットな忍者』なんて役を与えられながら、銀行強盗やらかして捕まったやつもいれば、『タイムトラベラーなマフィアの首領』なんて役を与えられながら、日本の保育園で園長をしてるやつなんてのもいたなぁ」


桧山が補足として、これまでに会ったことのある『異能者』を例に出す。

もはや突っ込む気も失せるが、少なくとも『異能者』界隈では実際に起こったことらしい。


「『異能者』として得た能力や立場を、どう活かすかは自由だ。

世界を引っ掻き回すのも、能力隠しての隠居暮らしも、お好きにどうぞってわけだ」


桧山の言葉に理緒が目を細める。


「ですが、なにぶん普通じゃない能力や立場を、突然手に入れてしまうのですからね。

当人はもちろんのこと、周囲も大いに戸惑います。

結果、生活が激変してしまい、心身共に多大な影響が出てしまう。

片桐さんも、身に覚えがあるんじゃないですか?」


理緒の指摘に頷く。確かにそうだった。


超能力アイドルになった過程で、周囲の態度は一変した。

超能力という力への恐れや、アイドルという偶像を傷つけないために、遠巻きに見るばかりの同級生や先生たち。常によそよそしい態度で接する人たちを見て、まるで学校の中に自分の居場所などないと言われているような気がした。

結局、それから逃げるように仕事に没頭し、特にやる気もないのにズルズルとアイドル活動を続けてしまってきていたのだ。


「まぁ、昨日の連中なんかはまさにそうだろうさ。

突然化け物に変身する力を付けちまい、それが周りに受け入れてもらえなくてグレちまったパターンだろうさ」


桧山の指摘でようやく納得する。

昨日のリザードマン達の態度、超能力アイドルである自分に対する憎しみの理由が分かったのだ。

自分の場合は、超能力を使ってアイドルデビューし、世間にも華々しく認知されている。一方、彼らはまさに化け物と呼ばれる姿に変化する。きっと周囲に恐れられてきたのだろう。

その差は、『創造主クリエイター』に与えられた役が違うから。ただそれだけ。

ただそれだけで、人生に大きな差が出来てしまう。

もしも、自分が逆の立場だったとしたら、どう思っただろうか。


「あぁ、言っとくがあいつらのこと可愛そうとか思うのは筋違いだぞ。

どんな理由であれ、八つ当たりで人攫いなんてアホなことやったんだからな。

普通の人間の尺度で見りゃ立派な犯罪。そりゃ、あいつらの責任だ」


桧山はあくまでドライに言う。


「役は人生そのものじゃねぇ。『異能者』ならば、そこはよく覚えとけよ」


桧山の口調が真剣になる。

きっと、今までにも多くの『異能者』が役に翻弄される姿を見てきたのだろう。

もしかしたら、表向きは教師なんて立場を取っているのは、そんな現状に少しでも対抗する為なのかもしれない。


「ま、そんな訳で『創造主クリエイター』に翻弄されてる奴ってのは、それなりにいるんだよ。

で、『創造主クリエイター』が及ぼす混乱に対抗しようと、『異能者』の存在を探し、監視し、場合によってはフォローする組織が出来上がっていった。

それが俺達、当局ってわけだ」


当局……『異能者』を監視する組織。

話を聞く限り、かなりの規模を持った組織のようだ。

そこで、ふと思った疑問をぶつけてみる。


「……私のことは、知ってたんですか?」

「もちろん、お前さんがデビュー間もない頃から『異能者』だって認識はしてた。

だがまぁ、人に害を与えるどころか世間を盛り上げてくれてたからな。変にちょっかい出して問題が起こるよりはってことで、当面は静観することにしてたんだ。思った以上に有名人になっちまったがな」

「あの……私の転校や入寮は、当局の影響なのですか?」

「いや。手伝いはしたが、こっちからは特に何も打診はしてないぜ。

むしろ事務所側からだったな。お前さんとこの所長は『異能者』についてもそれなりに知ってるぞ。

どうにもお前さん、有名人になった割に危なっかしいって思われてるみたいだな。

ずっとマネージャーの言いなりにしてて、本人のやる気は感じられないってよ」

「う……」

「あんまりなもんなんで、うちのツテを頼って『異能者』がいても大丈夫な学校を見つけたようだ。まぁつまり、ここだが」


どうやら、流されて生きてきた自分は、相当に危ない人に見えていたらしい。

この学校に入れたことには、きっと様々な手回しがあったのだろう。

今後のこともあるし、あとで事務所に連絡を入れなくては。




「ところでよ。

全ての元凶と思われる『創造主クリエイター』、どんなヤツか気になってこないか?」


桧山の声がまた低くなる。


確かに。

話を聞いている限りだと、まさに神のような存在。

この世界に与える影響が、あまりに大きすぎる人物だ。

しかし、これはどういうことなのだろうか。


突拍子もない役を与えて、そのまま放置する。

特別な力を好きに使っていいとも取れるし、不幸な境遇をあざ笑っているようにも取れる。


それに、もしこの世界が『創造主クリエイター』とかいう人が作った物語なら、『異能者』のジャンルがあまりにもバラバラで、まるで一貫性がない。

この世界が一種の劇と例えるならば、一体どれだけカオスな劇を演じさせているのだろうか。

役を与えるといいながら、シナリオの整合性も取れないような設定が次々と現れる。

これはまるで……


「まるで素人の作家みたいだろ?

キャラクター設定だけ書き連ねて、肝心のシナリオが出来上らずに放置してる。

しかも出来る前に飽きて、違うキャラクター作品に手をつける悪癖持ちだ」


瞬助の指摘は、兎の中でかなりしっくり来ていた。


兎自身も覚えがある。

中学の頃、漫画やアニメの影響を受けて、ノートに落書きしてキャラクターを考えた事がある。

今思えばどうしてあんな突拍子もない案が出てくるのだろうと感じるほど、見直すのが憚れる内容。

いわゆる……


「黒歴史ノート……」

「ぶはっ!!」


思ったことを口に出したのだが、瞬助は耐え切れずに吹き出した。

周りも笑っており、理緒に至っては『やはりあなたもそう思いますか』と言ってきた。


世界を巻き込む強大な『異能者』の生みの親。

それは脳内設定を恥ずかしげもなくぶちまける厨ニ病患者。

……あれ、なんだか急にスケールダウンした話になった気がする。


「くくっ、石猿の説はなかなか面白くってな。

この世界が丸ごと、何者かによる黒歴史満載のノート。

そう思うと、怖いっつーよりも馬鹿馬鹿しくなってこねぇか?」

「は、はぁ……」


なんと答えるべきか分からず、間の抜けた声を出すしかなかった。


「さて、大方の説明が終わったところで、ここからが本題だぜ」


桧山が向き直り、トーンが改めて真剣になる。


「片桐 兎。お前さん、この訳アリの生徒会に入る気は無いか?」


兎の目が見開いた。

昨日の様子を見る限り、ここはただの生徒会ではない。

おそらく、『異能者』絡みの事件に対抗することになるのだろう。

今日転校してきたばかりの人間に、いや、今日初めて『異能者』の存在について詳しく知ったばかりの自分に、そんなことが務まるのだろうか。


「推薦する理由はいくつかある。

まず、単純に『異能者』がまとまってくれれば、こちらとしちゃ監視がしやすい。

瞬助達はどうせトラブルに突っ込んでくからな。

ならいっそ、一緒につるんでトラブル解決とかしてくれれば、教師としても当局としても大変に助かる」

「ひでぇ言い方だな、桧山」

「もう一つはお前さんのマネージャーのことだ。

昨日の報告は聞いたが、なんでもそいつが昨日の愚連隊を焚きつけたそうだな。

こっちも追っちゃいるが、未だ所在が掴めていない。

まぁ、間違いなくそいつも『異能者』だろうよ」

「……!」


確かに、昨日突如消えたマネージャーの行方は掴めていない。

昨日暴漢に売り渡された挙句、勝手に休業扱いされてしまったのである。

しかし、長く世話をしてくれた人物が『異能者』であるとは。

もしかして、自分の超能力について、自分以上に知っていたのだろうか。


「確かに昨日捕まえた人たちには、車の転移とか、倉庫街一帯だけ濃霧を出すとか、そんな魔法みたいな能力を使える者はいませんでした。

十中八九、マネージャーさんの仕業でしょう」

「しかも、片桐さんをあのアホどもに売り飛ばすような真似をした理由もわからねぇ」


理緒と瞬助が補足する。

しかしそれで、ますますマネージャーが何をしたいのかが分からなくなってきた。


「で、だ。そんな奴が未だ野放しになってるってのはどうにもよくねぇ。

その点、ここの生徒会は規格外な『異能者』が揃ってるからな。

それは、昨日のお前さんを助けた手際からも分かるだろ。

守ってもらえる上に、うまくいけば自分の手でそいつを引きずり出せるかもしれねぇぜ」

「おい桧山。あんまり危険な方向に誘惑するんじゃねぇよ」

「くく、この学校にいりゃ、遅かれ早かれ『異能者』との付き合いは必要になるだろうよ。

なら、味方は多いほうがいいと思うがなぁ」


瞬助が桧山に苦言を言うものの、桧山は何処吹く風だ。


兎は少し考える。

自分も『異能者』である以上、これからも普通の人としての平穏な日々が訪れる可能性は低い。

ならば、守ってもらうべきなのだろうか。しかし、何かが違う気がする。

では、自分の手でマネージャーを捕まえたいと思っているのか。

確かに、なぜこんなことをしたのかは気になるが、それをなんとしても確かめたいのかと言われれば、それも違う気がする。

そもそも、生徒会は当局の下部組織にあたるのだろうか。

『異能者』を監視し、問題が起きないように奔走するのだろうか。


ぐるぐると頭の中では考えが浮かぶもののまとまらず。

気が付けば、シンプルな問いを口から出した。


「あの……皆さんは、『異能者』を、助けようとしてるんですか……?」




「いや」


それを真っ先に否定したのは瞬助だった。


「確かに桧山とかは、『異能者』による事件が起きないよう監視したり、昨日みたいに事件の処理に動いたりする。それは確かに異能者を救ってることになるんだろうさ。

異能者絡みのトラブルを解決するって点じゃ俺たちも似たようなことをやってるけど、俺たちはまったく別の目的で動いてる」


瞬助は腕を組みなおして、堂々と宣言する。


「俺たちは生徒会だ。助けるのは、この学校の生徒や関係者だ。

異能者であろうと無かろうと、この学校の人たちのために出来ることをする。

異能のあるなしに関わらず、俺たちみんなが楽しく高校生活を送れるようにする。

そのための組織だ」


キッパリと言い切った。


一見、関係ない人間は助けないとも聞こえる台詞だ。

だが、昨日一日一緒に過ごしてみて、彼の理想がどこを目指しているのかが分かった。


兎は理解する。

彼は、自分を……『異能者』を対等の存在だと見ているのだと。

彼らは世界を救うとか、『異能者』全てを助けるとか、そんな大仰な組織ではない。


同じ学校の仲間を助けたいという、どこの学校にでもあるものを形にしているだけなのだ。

『異能者』というちょっと非常識な力を持ちながら、大胆で非常識なやり方をしながら、実に『普通なこと』をやろうとしているだけなのだ。


「ま、そういうわけです。

そもそも『創造主クリエイター』がどういう存在か、結局何も分かってませんので」

「役をくれても放置してるもんだからね。だったら、あたし達も勝手に動こうかって」

「ちょうど生徒会の変革が必要だったからな。それに乗っかって、こういう組織になったってわけだ」

「それに、これだけの『異能者』が集まれば、大抵のことはこなせるでござるよ」

「少しずつだけど、小生らのことを知ってる理解者も増えているのだ」

「目安箱とかも設置したりしてさ、ウチらで色々トラブル解決したりしてきたのさ!」


生徒会のメンバーも、それぞれに誇りを持って生徒会に参加している。

彼らは誰一人として、流されて入ったのではない。

自分の意思で入ったのだと感じ取る事が出来た。


「ま、そういうわけなんで、こいつらは俺のいる組織とはまた違った形で、『異能者』と向き合おうとしてんのさ」


『異能者』がそこに存在するとき、そこには必ず何かしらのトラブルが生まれる。

人と明らかに違う能力を持てば、忌避されたり、恨まれたり、いわれの無い中傷をされるのは常だ。

だが、彼らはそれらに対し、ある意味では正面から向き合おうとしているのだ。

『異能者』絡みのトラブルでさえ、一生徒の悩みとして聞き入れて。

異能の有無に関係なく、楽しく学校で過ごせるように立ち回る。

学校の行事を盛り上げながら、『異能者』が起こす事件に立ち向かったりしながら。

実に楽しく青春を過ごしてやろうと息巻いているのだ。


ちなみに生徒会は、当局とはまったく関係ない組織だ。

桧山というパイプを通して繋がりは持っているものの、生徒会はあくまで、この茨木高校にある自治組織に過ぎないということは後で教えてもらった。


「ま、すぐに返事を出さなくてもいいぜ。新学期は始まったばっかりなんだからな。

生徒会メンバーの異能も、おいおい詳しく教えてもらえや。

あと、『異能者』を受け入れてる学校だからって、全員が全員『異能者』を知ってるわけじゃねぇ。大半は何も知らずに過ごしてる奴らばっかりだからな。

なるべくなら『異能』は使わないにこしたことはないぜ」


話を一通り終えた桧山はだるそうに立ち上がる。


「話は以上だ。んじゃ、俺は戻るぜぇ」


そのまま扉から出て行こうとして、ふと振り返った。


「あぁそうだ、お前ら。帰る前に第1体育館寄れ。

んで、明日の入学式の準備手伝ってけ」

「はぁっ!!?」


瞬助がすかさず抗議の声を上げるが、桧山は特に気にせずニィっと笑う。

そして、教師として生徒に指示を出すのだった。


「生徒会だろ。学校行事だ、手伝えや」


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