Part10:保健室への道
翌日。4月6日。
快晴の中、兎は瞬助、小夜と共に学校へと向かった。
時雨荘から茨木高校へは徒歩で約30分ほど掛かる。
新学期最初の日ということもあって、少し早めに寮を出ると事前に瞬助達に知らされていたので、それに合わせてきたのだ。
通学路の途中で奈々とも合流し、4人で学校にたどり着いた。
昨日と違い、今日は校門前でたくさんの学生を見かけた。入学式が明日である以上、今見掛けているのは同じ2年生か先輩の3年生。そのほとんどが、瞬助達を見掛けるたびに挨拶してくるのだった。
「おぉ会長。おはようございます」
「おはよう、今日からまた頑張ろうな」
「おっす、相変わらず美女はべらしてんなー会長!」
「なら代わるか? 大変なんだよ、これでも」
「副会長もおはよー!」
「にゃはー☆」
「烏間様ぁ、おはようございますー!!」
「お、おはよう。あんまり様付けはしないでほしいかな?」
代わる代わる挨拶をしてくる学生たちに、兎は毎度ながらに緊張する。とはいえ、昨日は初対面の人と話して気絶してしまうという失態をしてしまったので、同じことは繰り返すまいと必死に自分を奮い立たせる。
(うーーー、やっぱり緊張するーー!!
けど、やっぱり会長さんたちみんな人気者なんだなー、次々と挨拶してくるよ~。
私、一緒でいいのかなぁ……猫衣さんとかが横にいると安心するから助かるけど)
「あれ、そっちの子、誰?」
「あぁ、今日からの転校生だ。俺たちと同じ学年」
「ふーん、まぁよろしくねー」
時折、兎について聞いてくる生徒がいたものの、瞬助達が答えたことでそれ以上の興味は示さなくなっていった。兎自身も極力目立たないようにしようと、奈々の後ろについて歩くようにしていたし、表情もなるべく表に出さぬまま、たまの挨拶も軽い返事くらいしかしないようにしていた。
(そうじゃないと、心臓持たないしーー!!)
緊張のあまり心臓は常にドキドキしているが、顔だけは鉄面皮のままで校門をくぐり、昇降口へとたどり着いた。
昇降口脇に人だかりが出来ている。どうやら、クラス分けの紙が貼られていたようだ。
この学校では1年ごとにクラス替えが行われる。1学年に4クラス、1クラスに30人ほどの組み合わせだ。自分や友人のクラスについて悲喜交々なリアクションをする学生たちがごった返していた。
「あ、俺らは4人とも2組な」
「なんで知ってるの?」
「昨日の夜、桧山に聞いた。ついでに言えば、担任は桧山だ」
「うぇ~」
「まぁ、予想はしてたよ」
瞬助が昨日の外出時に、クラスを把握しておいてくれたらしい。人混みを回避して教室へと向かう。2年2組の教室の扉にも名簿が貼ってあった。確かに、自分たち4人の名前が書いてある。
教室内では既に生徒たちがいくつかのグループに分かれて談笑していた。自分の席はどこかなと教室を見回したその時。
「来やがったな、アイドル野郎っ!!」
(うげっ!?)
教室に入るなり、いきなり罵声を浴びせられた。昨日出会った不良少女、瀬見だ。どうやら彼女も同じクラスらしい。兎が教室に入ってくるのに気付くなり、ずかずかと大股開きで歩いてくる。
「昨日はよくも恥をかかせてくれたな!!」
(ひえええ、ごめんなさいーー!!)
「もう、瀬見さん。昨日のは風のせいでしょ、兎ちゃんに当たるのは筋違いじゃん」
(ひええ、猫衣さんなんでそんなサラッと受け流せるんですかーー!)
「うっせ! てめぇ、昨日はよくもテレキネシスとか使いやがったな!?」
(バレてるーー!?)
「兎ちゃんの超能力はインチキだーと息巻いてたのは誰だったかにゃ?」
「けっ、インチキに決まってんだろ!どうせ昨日も、こっそり糸とか仕掛けやがったな!」
(バレてなーい! けどやっぱり別な方向で思い込んでるーー!?)
瀬見が怒鳴り散らし、奈々が受け流す。そのやり取りの間、兎はひたすら無表情で、しかし内面ではひやひやしながら眺めていた。瀬見が騒ぎ出したのを見て、周囲のクラスメイト達も、転校生の存在に気付く。
「あれ、もしかして超能力アイドル・ウサギ?」
「えっ、マジで!?」
「見慣れない名前があると思ったら……」
周りからもだんだん注目され出した。早いところ穏便にこの場をまとめなければ、新たな高校生活に支障が出かねない、そんな気がする。
「けど、こんだけ注目浴びてりゃ、トリックもまともに使えないだろうよぉ?
なんならこの場で超能力見せてみるかよぉ、本物ならよぉ?」
「ふーん、じゃあ、ここで本物の超能力を見せちゃえばいいんだね?」
(猫衣さーーーん!?)
奈々があまりにあっさりと承諾して、兎は内心で焦りまくる。
慌てて奈々の顔を伺うと……笑っていた。
あ、これ昨日と同じ、イタズラを考えてる顔だ。いやな予感がする。
「兎ちゃん!
透視で瀬見さんの下着の色を教えて!!」
「へっ!?………え、えと…紫……」
「なああっ……!?」
ビシィっと指差す奈々のあまりに唐突な指示に、思わず正直に答えてしまった。
透視能力はテレビ番組でちょくちょく使うので慣れっこだ。視界に入る特定の物体を3つまで同時に『透かして』見る事が出来る超能力。スカートを透かして見れば、奈々のオーダーは丸分かりである。慣れてるがゆえに、あっさりとこなしてしまった。
そして、兎の言葉に思わず胸に手を当てたのが瀬見だ。
その反応を見た奈々の目がキラリと輝いた。
「ふふふ、その反応……ひょっとして図星なのかにゃ?」
「な、なにを言ってるっ、そんなワケが…!」
「じゃあ、確かめてみる?」
ニヤニヤと笑いながら近づく奈々だが、その手つきワキワキといやらしく動く。
「兎ちゃんの今の透視が本物かどうか、キミがこの場で脱げばはっきりするよ?」
「ば、馬鹿かてめぇ、そんなことするわけが……!」
「えー、だってみんなも気になるよねー?」
奈々は輝かんばかりの笑顔で周囲に笑いかけた。周囲のクラスメイトは戸惑いながらも、瀬見の方に注目する。
(ひ、ひどいけど凄い……周囲の注目を全部逆手に取った!)
瀬見の狙いは、兎がインチキ超能力者であると証明することだ。周囲の注目を浴びている今ならば、トリックを使っても誰かが気付くだろうと考えたのだろう。
だが、奈々の指示によって出した透視の結果は、瀬見本人には分かっても周囲には本当かどうか分からない。周囲の注目を浴びてる瀬見自身が恥をかかねば、周りに証明できないのだ。ついでに言えば透視は本物なので、恥をかいても兎の超能力が偽者だと見せ付けることは出来ない。実にひどい話である。
「ねー、シュンも気になるよねー?」
「お前、ここで俺に振るのかよ……」
奈々は、後ろで様子を静観していた瞬助に声を掛けた。それに気付いた瀬見の顔がみるみる赤くなる。
「か、会長……なぜここに……!?」
「いや、さっきからここにいたから。同じクラスだぞ?」
「名簿にもちゃんと載ってたのに、気付かなかったんだ」
(やっぱり馬鹿だ、この人)
瞬助と小夜の突っ込みに、瀬見の顔がさらに赤くなっていく。
その様子を見て、奈々の笑顔はさらに悪い笑みに変わっていく。そのまま瀬見に近づき、両肩に手を置いた。
「ふっふっふ、兎ちゃんの超能力が本物かどうか、会長も気になるってよー。
さぁ!! いっちょー、バサーって、脱いでみようか?」
「ぬ、脱ぐかアホぉおぉおおおおぉぉおぉ!!!!」
瀬見は絶叫しながら奈々の手を振り払い、教室を飛び出していってしまった。
「にゃっはっはっは! 悪霊退散!
兎ちゃんをいじめる奴は、恥ずかしい目に遭うのだー!」
「……で、結局合ってるのか?」
「企業秘密~♪」
(会長さん、私の力が本物だって分かってるでしょ!!)
瞬助の質問に、上機嫌な奈々は秘密と答えた。これで結局、周囲の人間からすれば兎の超能力が本物かどうかはうやむやのままだ。
「おぉ、今のマジか。あの瀬見があっさり逃げ出したぞ」
「猫衣さん、すごく楽しそうだったね」
「てか、石猿~。マジでアイドルが転校生?」
「あぁ、そうなった。けど、あんまりアイドルだって騒がしくしないほうがいいぞ」
「にゃはは、超能力についてもあんま聞かないであげてねー。一応、企業秘密だってさー」
「猫衣ちゃーん、あんな堂々とやらせといてそりゃないぜー」
「でも転校生アイドルかー、なんか漫画みたいだな」
「けどまぁ、ここに来たら同じクラスメイトってことで」
「とにかく、よろしくー。えと、片桐さん、でいいのかな?」
「は…はい……よろしく、お願い、します……」
「あー、やっぱり可愛い~」
「こら男子、いきなり変な目で擦り寄らない!」
「いや、女子の目から見ても可愛い!ぜひあの仕草のコツを教わりたい!」
ガヤガヤと騒がしくなり、その興味は兎に向いていた。が、間に瞬助や奈々が入ったおかげで、超能力についてを隠しつつも、スムーズに彼らの輪に入る事が出来た。相変わらず緊張して兎自身はまともに喋れてもいないのだが。
(と、とりあえず、無難に高校再デビュー出来た…で、いいんだよね?)
少なくとも、超能力アイドルという肩書きで忌避する人間が周囲にいないのはありがたかった。その後、担任の先生が教室に入ってきたことで、この騒ぎはいったん解散となった。
☆★☆★☆★☆★
教室のホームルームで担任の紹介の後、第1体育館で始業式を行い、校長の長話を聞く。
あとは再び教室に戻ってきて、クラスメイト同士で簡単に自己紹介をして、クラス委員を決め、今年度の予定表やら時間割やらを配られれば、今日の予定は終了だ。
「起立――礼」
クラス委員となった男子の礼を以って、2年2組のホームルームは終了となった。
その瞬間、クラスメイトのほとんどは兎に注目する。
転校生のアイドルにお近づきになろうとする人間は数知れず。そんな中、瞬助が誰よりも先んじて兎に声を掛けた。
「あー、片桐さん。ちょっといいか?」
「……はい?」
「放課後、ちょいと保健室まで付き合ってもらえるか?」
「…………………………はい?」
あまりにも堂々としたお誘いに、兎だけでなく周囲も完全に凍りついた。それからいち早く復帰したのは、周囲の男子だった。
「おいぃぃ石猿ぅぅ!!いきなりナンパにしろドストレートすぎだろぉ!!」
「俺たちだって片桐さんと仲良くなりたいってのに!かっ飛ばしすぎだろ!!」
「ただでさえ烏間と猫衣をいつもはべらしてるのに!」
「ま、待て待て!! 生徒会の用事だよ!」
「生徒会で保健室ってどういうことだよっ!!」
「ついに3人目の恋人を作る気か、おまえぇ!!」
「会長、信じてたのに……」
「誤解だっ!!」
瞬助はあっという間にクラスメイトに囲まれてしまう。その様子を見ていた奈々が呆れつつ、兎に近寄った。
「まー、アホな発言は置いといて……昨日、案内した時に保健室に忘れ物したでしょ?」
「…忘れ物?」
そんなものあっただろうかと考える間もなく、続けてテレパシーが飛んできた。
≪そういうことにしておいて。生徒会の用事が保健室であるのはホントなの≫
≪りょ、了解です。このまま保健室に行けばいいの?≫
「うん、だからちょっと寄ってこうか」
テレパシーと口の会話を器用に織り交ぜて、兎を保健室へと誘う奈々。
兎はそれを了承すると、そのまま小夜、奈々と共に教室を出て、保健室へと向かうのだった。
廊下に出ると、アイドル・ウサギが転校してきたという噂を聞きつけて、男子達が集まってきていることに気がついた。しかも、自分たちが移動すると、それに付いてくるのである。得物が逃げれば追いたくなるのが生物の性。せっかくのアイドルとのお近づきのチャンスを逃すまいと注目しているのだが、小夜や奈々と喋っている為に話しかけるタイミングを計れないでいるようであった。
ただ遠巻きに見ているだけ。またこういう態度なのか、と内心冷えた感情をしながら、兎は奈々達と共に廊下を歩いていくのだった。
しかし、ずっと付いてこられるだけなのも迷惑である。
「うーん……あんまり人に付いてこられると困るんだけどなぁ~」
奈々が悪態をつく。これから、この学校の秘密の場所に行こうというのだ。万が一、くっついてきて秘密がばれれば、余計な混乱を生みかねない。
すると、小夜は廊下の途中で談笑する女子の集団に気がついた。
「気が重いけど……背に腹は変えられないし、やっておくか」
「…烏間さん?」
小夜はそのまま女子集団に近づいて声を掛ける。
ただし、今までとは違う口調で。
「やぁ、お嬢さんたち。すまないが少し協力してくれないか?」
(お嬢さん!?)
声のトーンを落とし、口調もどこか男らしいというか、王子様モードになる。
小夜の突然の変化に兎も戸惑う。が……
「「「きゃあああっ、烏間さまぁ!」」」
(烏間さまっ!?)
女子集団の方も黄色い声を上げて小夜に答えたことに、兎は目を丸くする。
目がハートになっている気がする。小夜に惚れ込んでいるのだろうか。
そんな彼女たちに対して小夜が言葉を続ける。
「実は見てのとおりちょっと追われててね、足止めをお願いできるかな?」
「あっ、アイドル・ウサギ!? なぜ烏間さまと共に!?」
「彼女を保健室に連れて行きたいんだ。あの騒ぎで少し疲れていたようだったから」
「なんとお優しい!! えぇ、えぇ、お任せください!!」
「烏間さまのためならば!!」
そう言うが早いが、女子たちは男子達の前に向かっていき、彼らの前に立ち塞がった。『ちょっと男子―!』って声も聞こえる。ちょっとしたバリケード役になってくれているのだ。
その隙に、小夜は兎の手を引いて走り出した。そのまま渡り廊下を渡り、西教棟へと進んでいく。女子達が足止めをしてくれたおかげで、追ってくる男子はいなくなったようだ。
周囲に人気が無くなったところで、兎は小夜に聞いてみた。
「あの……さっきの人たちは一体……」
「あー、昨日ちょっと話したでしょ。男装コンテストの後、過激なことし出した人がいたって」
「あー……」
つまり、彼女たちこそ小夜の熱烈なファン、というわけだ。
小夜はその人たちに、『お願い』をしたことになる。
「あの……大丈夫でしょうか? 過激な人たちって、言ってましたけど……」
「うーん、気が重いけど…まぁ後でなんとかなるでしょ」
「まー、殴ったりしなかったら、大丈夫じゃない? 教育の甲斐があったって感じ?」
(教育って、何したんだろ……)
そのまま小夜達に連れられて、兎は西教棟の中を進んで行く。階段にたどり着き、さらに1階に下りればゴールである保健室だ。途中すれ違った男子がこちらに注目したこともあったが、追ってくる様子は無かった。保健室にたどり着いた時には周囲に追ってくる男子の姿は無く、静かな保健室へと入る事が出来たのだった。
ちなみにこの一件で、小夜と奈々が兎を保健室に連れ込んだという噂が流れてしまい、その影響でひと騒動起きるのだが、それはもう少し先の話である。
「あらー、お疲れ様~」
保健室に入るなり、気の抜けるような声で兎達に声を掛ける人がいた。白衣を着たお姉さん、この学校の保険医である|孔雀橋 美琴《クジャクバシ ミコト
》だ。
「美琴さん、すみません。『秘密基地』、開けてもらえますか。あと、人払いを」
「は~い、了解よ~」
小夜の言葉を聞いて、美琴は奥にある扉へと向かっていった。
その様子を眺めながら、小夜は待合用の椅子に座り込んだ。その隣に兎も座り込む。
「いやー参った。ホントに大人気だね、片桐さん」
「す、すみません……まさか、これほどとは……」
アイドルを一目見ようとファンが押し寄せる可能性はあったが、まさか教室から廊下までで、ずっと注目されていようとは。幸い、保健室に乗り込んでくるほど恥知らずな人たちではなかったのが救いだ。
しかし、瞬助が教室に取り残されてしまったが、大丈夫だろうか。
それに、初日からこの調子で、今後もこの学校でやっていけるのだろうか。
様々な不安が押し寄せるものの、その思考はガチャンッという大きな音で中断された。
「は~い、開かずの間、開けたわよ~」
「へ……?」
保健室の奥から気の抜けた声がする。その声につられて部屋の奥を見たとき、兎は思わず間の抜けた声を出してしまう。
奥には保健室にしては場違いなほど機械的で頑丈そうな扉があった。開いているその扉の先には、僅かなライトで照らされた薄暗い通路が続いていた。
「『秘密基地』への入り口だよ。生徒会の用事はこの先だね」
「秘密基地……そういえば、用事って、なんなんですか?」
「うん。昨日あったことについて、ちゃんと話しておこうと思ってね」
昨日のこと。
つまり、『異能者』と呼ばれた存在について、説明してくれるということだろうか。
小夜は扉の前へ進むと、兎を手招きする。
「片桐さん、この学校に来て色々思うところがあると思う。
あたし達も、もちろん力になるつもりでいる。
けどね、その前に……片桐さんには色々と知っておいて欲しいんだ。
…キミやあたしのような、『異能者』のことを」
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