Part9:奥様は男装秘書?
「うっし、到着だ」
約30分ほどかけての空中飛行を終え、目的地に到着したジェットパック組。
真下が目的の寮だと説明した瞬助は、体勢をまた直し、ジェットパックの推進力を弱めて、ゆっくりと地上へ降りていく。
ゆっくりとはいえ、やはり落下することには抵抗を感じ、着陸体勢中の間の兎は目を瞑ったまま、ぎゅっと瞬助にしがみついたままであった。
無事に着陸し、瞬助の手から開放されて、兎はようやく生きた心地を取り戻したのだった。
「地上って、素晴らしい…」
「大袈裟だね」
「にゃはは、そのうち慣れるって」
(慣れるほど飛ぶ機会なんてあるの!?)
兎のつぶやきに、無事隣に着陸した小夜と奈々が突っ込むが、その言葉に兎は内心だけで突っ込み返す。
しかし、既にあたりが暗くなっているとはいえ、こんなに堂々と着陸していいのだろうか。
「まー、この辺の人達は慣れてるから大丈夫でしょ」
兎の疑問には、奈々が笑いながら答えてくれた。周辺住民も慣れるほど、飛ぶ機会は多いらしい。
着陸した場所は、学生寮の裏庭だという。
そこそこの広さがあるので、軽いスポーツをしたり、いろんな発明品の実験を行ったりするのに丁度いいのだと説明された。
「待って……発明品?」
「あー、このジェットパックとか、いろんなのを作りまくるヤツが寮生にいるんだよ。
ほら、さっきスマホから声聞こえてたろ」
どうやら、学校だけでなく寮も変わり者がいるらしい。
瞬助達に案内されて学生寮の正門へと回ると、立派な建物の全形が見えてきた。
門には『時雨荘』と書かれてある。
「……寮というより、お屋敷?」
「はは、実際その通りなんだけどよ。
昔のお偉いさんが元々使ってた屋敷らしい。それを買い取って寮に改装したんだとか」
まるで郊外に佇む洋館、といったところか。
寮と言えばアパートみたいな建物を想像していただけに、予想以上に立派な建物に思わず萎縮する。
ここは本当に日本なのか、イギリスの学生寮とかと間違えてはいないだろうか。名前だけは見事な和風だったが。
「何十人も入るような規模じゃないけどね。定員は確か15名だったかな」
「まー、寮っていうより、ちょっと大き目のシェアハウスっていった方が正しいかもしれないねー。キッチンとかお風呂とかも共同だし」
「さっそく入ろうか。ようこそ、時雨荘へ」
小夜が先導して入り口の扉を開き、それに続いて兎達も中へと入っていく。
中には立派なロビーがあった。奥にソファやテーブル、テレビが置いてあるのが見える。あそこがラウンジだろうか。
入り口のすぐ傍には受付と思しきカウンターがあったが、誰もその場にいなかった。
「あ、管理人さんまた不在かー。ちょっと書いてくるねー。
…おっと、兎ちゃん。管理人さんから伝言メモがあったよ。
キミの部屋は302だってさ。もう、荷物は運んであるっぽいね。はい、カードキー」
奈々はトテトテと受付へと歩いていく。受付に置いてあった紙に何かしら書き込むと、その横にメモとカードキーが置いてあることに気がついた。兎への伝言と、彼女の部屋のカードキーだ。
メモには兎が話したとおりの内容が書かれている。カードキーには、部屋の番号が書かれていた。建物の外見は年季が入ってたように見えたが、扉のロックは割と現代的らしい。
「それじゃ、いったんカバン置いてくるわ。ジェットは後で返しに行きゃいいし」
そう言って、瞬助はラウンジを通り過ぎて、さらにその先の階段から上へ上がっていく。
「…ん?」
あれ?
ここまであまりに自然に行動したので気付くのが遅れてしまったが、兎はここで違和感に気が付いた。
なぜここに、男子である瞬助もいるのか。
「あ、あれ…?」
「どうしたの、片桐さん?」
「いえ……会長が……」
兎がしどろもどろになっているうちに、奈々は『ああ!』と気が付いた。
そして、あっさりとその疑問に答える。
「この寮ね、男女共用だからさ。
サヨっちだけじゃなくて、シュンもここに住んでるんだよ」
「…………」
そういえば、俺らが住んでる~とか言ってたような……
あまりにも自然に、ここまで一緒に行動してきたので気付かなかったが、つまり……
(え、え? えーーーーーっ!?
つ、つまり男子と……会長さんと、一つ屋根の下ですかぁーーー!!?)
どうやら、本日の驚きはまだ終わらないらしい。
☆★☆★☆★☆★
兎の部屋は302号室。
小夜が住む303号室の隣が宛がわれていた。
カードキーを開けて部屋に入ってみれば、ベッドとデスク、小さな棚、クローゼットが置かれた部屋に、自分の荷物が入ったダンボール箱が数個。それ以外がガランとしている。
まさに入寮直後の部屋だ。
兎は小夜と奈々と共に、さっそく荷物の整理に取り掛かった。
もう時間も夜になっている上、明日は朝から始業式である。
あまり時間もないことから、ひとまず着替えや日用品など、すぐに使うものを優先的にしまうことから始めていた。
ちなみに、瞬助はこの部屋どころか、寮にもいない。やはり手伝いを申し出てくれたのだが、さすがに男子をいきなり部屋に招き入れるのには抵抗があった。
その様子に気が付いた小夜が、瞬助の肩を掴むなり――
「女子の部屋に軽々しく入るものじゃないよ?」
「お、おう……そうだな、すまん。つい、な」
「ただでさえ、キミはそういうところは気が回らないんだから。
奈々や鶴美は気にしてないけど、あたしは結構神経使ってるんだからね?
あんまり不埒なことすると、シメるよ?」
「わ、悪かった……だから、ポッケのナイフに手を伸ばすのはやめような?」
といった感じで脅しつけた末、手伝いから手を引かせた。
その上小夜は、ジェットパックの返却のために学校まで飛んでいかせ、更にその帰りで夕飯の材料を買ってくるように命令したのである。
さすがにご飯まで買いに行かせるのは忍びないと思ったのだが、奈々曰く――
「男が女を使うように、女も男を使うものなんだよ。男は使い潰してなんぼだからねっ!」
とのこと。
瞬助の方も「分かった分かった、買ってくるよ」と早々に諦め、玄関口に置いていたジェットパックを抱えて、再び外へと出て行ったのだった。
「なんていうか……奥さんに逆らえないお父さん、って感じでしたね……」
「う……」
「にゃはは、言うね~兎ちゃん」
瞬助の様子を思い出して思わず口に出た兎のつぶやきに、小夜は顔を赤くし、奈々は苦笑するのだった。
その後も、部屋の片付けをしながら色々なことを教えてもらっていった。
まず、現在この寮に住んでいるのは、瞬助・小夜・兎、そして空里 鶴美という女子の4人だけであること。
(会長、ハーレムじゃん!? どこのギャルゲーだよっ!?
実はここは女子寮で、会長だけ特例で住まわせてるとかじゃないよねっ!?)
と心中で思ったのだが、昨年度はちゃんと男子も複数名在籍していたらしい。みな先輩で卒業してしまい、結果的に残る男子が瞬助だけになってしまったのだという。
ちなみに、今年度からの新入生で入寮する1年生は今のところいない。というのも、この寮自体がそこまで知られているものではないようなのだ。兎がスポンサーの支援を受けて入寮できたように、何らかの事情を持つ者しか入寮できないのだという。
なにその訳アリ物件、と心中で突っ込むが、その上で気になる点があった。隣にいるポニーテールの女子、瞬助の幼馴染で副会長である奈々が寮生でないことが意外に思ったのだ。
「あ……じゃあ、猫衣さんは、その資格がないの?」
「いやー、ウチは普通に実家暮らしが出来るからさー。資格は一応あるっぽいけど、わざわざ移り住む必要がないかな」
「その割には、ちょくちょく遊びに来たり、朝ご飯作りに来たりするよね」
(なんですかそれ、通い妻ですか)
「泊まりに来ることもあるよー。その辺は割とゆるくてありがたいよねー、この寮」
道理で勝手知ったる様子で寮の内部に詳しいはずである。受付で奈々が書いていたのは、入館管理表だったのだと知った。
部屋の片付けにひと段落がついたところで、兎は奈々と小夜に、寮の中を案内してもらうことになった。
兎が住むことになる3階は寮生の部屋が並んでおり、廊下の奥に洗面台スペースとトイレがある。
2階の廊下はほぼ同じ作りをしていた。2階と3階が住居スペースで、一応2階が男子・3階が女子と区分けはしているが、特に進入禁止というわけではないらしい。
今でこそ人数が少ないものの、昔は常に定員いっぱいで男女比も変動するので、厳密な区分けが出来なかった時の名残だとか。
「てなわけで、シュンの部屋に遊びに行ってみようかー!」
「それは……さすがにっ……!」
「えー、アイツ普段から鍵掛けないんだよー。家探しし放題なんだよ?」
「奈々、それは別の機会にしようね」
興味がないと言えば嘘になるが、さすがに本人もいないのに、いきなり乗り込む勇気はないので遠慮した。ちなみに瞬助の部屋は202号室。兎の部屋の真下であった。
さらに階段を下りて1階に向かう。
ロビーやラウンジの他、扉を開くと食堂があった。奥にキッチンまである。
「管理人さんが食堂の料理人も兼ねてるんだけど、用事でいないことも多いんだよね。
だからあたし達は大体自炊しているよ。厨房の食材は自由に使っていいし、冷蔵庫とか後ろの保管庫とかも自由に入れていいって」
「管理人なのに、いいんでしょうか…?」
「まー、学生の自主性に任せるって感じみたいだよー?
ちなみに、コンビニもスーパーも、徒歩10分圏内にあるからね。買出しなんかもすぐ出来る優良物件ですわよ」
「瞬助が戻ったら夕飯作るから、もう少し待っててね」
その後、ゴミ捨て場や駐輪場、先ほど通った裏庭などを案内してもらう。
そして、最後に1階の一番奥へと案内された。
そこにあったのは浴場。風呂場である。
だが、ここにもとある問題があることに兎は気が付いた。
「もしかして、ここも、男女共有…?」
「イェース!」
兎の疑問に、奈々は実に楽しそうに答える。
元がひとつの家族が使っていたお屋敷。男女別の風呂場なんてものがあるはずもなく、大き目の浴場がひとつあるだけだ。
かつては男女で入る時間を分けたりもしていたそうだが、今は人数も少ないのでほとんど形骸化しているという。
「だから、今はあれを使ってるんだよね」
「あぁそっか。すぐに片桐さんの札を作らないとね」
浴場の入り口にはフックが付いており、傍の棚にある小籠の中には、寮生の名前が書かれた、紐付きの木札が入っていた。
「あれの紐をを入り口のとこに掛けておけば、誰が入っているか分かるってわけ。異性が入ってたら待てばよし、同姓ならご一緒しても良し。何も掛かってない時は、誰も居ないから自由に入っていいんだよ」
「掛け忘れると大変なことになるからね~。
サヨっちは1回やらかしたんだっけ?シュンも美味しいところいただいちゃってるよねー」
「うぅ……」
奈々の余計な説明に、小夜の顔が真っ赤になる。
お風呂場といえば、なハプニングを過去に瞬助とやってしまったらしい。よく今でも一緒に暮らしていられるものである。
というより、いかにもハプニングを起こせと言わんばかりのルールだ。
「でもこれじゃ、女子が入ってるってのが、バレバレじゃ…」
「…瞬助はそういう人じゃないから大丈夫だよ。
それに、異性が入ってると分かってて乗り込むような人がいれば、管理人が粛清するから」
「にゃはは、まぁその気があるならわざと掛けないってのも出来るけどねー」
「絶対に、忘れないようにします……!」
ちなみに、何故か奈々の名前の札も置いてあった。ちょくちょく泊まりに来るからって、馴染みすぎである。
ヴーッ、ヴーッ。
風呂場の案内を終え、食堂へ戻ってきたところで、スマホのバイブレーション機能の音が聞こえる。
どうやら小夜のスマホに着信があったようだ。画面に表示された名前は、石猿 瞬助だった。
「もしもし、烏間です。瞬助?」
『おぅ、小夜。ついさっき、学校に着いてジェットパック3つ返却してきた』
「ご苦労様」
『ただ、ちょっと桧山に捕まっちまってな。報告とか、明日の打ち合わせとかもあるから、帰るのにもう少し時間が掛かりそうだ』
「そっか。今日はまぁ、濃かったもんね」
『濃かったっつーか、ここまで忙しくなるとは思わなかったよ。なんか凱と透も何かしでかしたらしいし…。てなわけで、もし腹減ってるなら、先に飯食べてていいぞ。食材はあんだろ?』
「あるけどいいよ、待ってる。っていうか、キミが買ってこないとパスタが足りない。
あと、さっき言い忘れてたけど、卵もちょっと足りないかも。明日の朝の分」
『あー分かったよ、なるべく早く戻る。
あぁそれと、空里のヤツはまた泊まりだってさ。飯はもう食べたからいらないってよ』
「またー? ちゃんとお風呂には入るように言っといてよ」
『もう言った。じゃ、後でな』
電話で気安いやり取りを行う小夜。
それを眺めていると、奈々がこっそりと聞いてきた。
「兎ちゃん、キミが今何を考えてるか当ててみようか?」
「…何ですか?」
「シュンとサヨっち、熟年夫婦みたいな会話してるなーってところ?」
「…………あたり」
「だ、誰が夫婦だ、誰が!! ボクらはそんな…!」
奈々の声が聞こえたらしく、小夜は顔を赤くして抗議をする。
やたら勇ましい口調なのに手を振って抗議する仕草は可愛らしい。
その不思議な印象を持つ女子の突然な抗議に驚いたが、それよりも今の一言に気になることが。
「……ボク?」
「あ……」
「にゃははは!」
思わず口に出して聞いてしまったが、それに小夜は固まり、奈々は笑い出す。
突然に小夜が一人称を変えたのだ。いや、変えたというよりは、思わず素が出てしまった、といった感じだ。
当の小夜は『しまった~………』と声に出して、頭を抱えている。
「うぅ、もう少しおしとやかな女子でいたかったんだけど」
「いやー、怪物からウチら庇ったり、理緒ぶった斬ったりしてたし、今更でしょ~」
奈々はからかいながら、目に見えて落ち込む小夜の頭を撫でる。
(この人も何か普通じゃないって言ってたっけ?
そういえば烏間さん、時々男らしい言葉遣いしてたり、すごく勇ましかったり……
ハッ、まさか女装男子!?
このカッコよさと可愛さを兼ね備えた姿は、男の娘だから!?
それなら会長さんと仲がいいのも頷ける、実は同姓同士ならば気安さも分かる。
でも女子フロアの3階に部屋あったし……
ま、まさか元・男子!? 身体を変化させてしまったのか!?)
「あ、兎ちゃん。サヨっちは正真正銘、生まれたときから今まで女の子だからね」
(考えがバレた!? テレパシー使ってないよね私!?)
兎は小夜の一人称から妄想を繰り広げるが、その思考は奈々によって中断された。
どうやら自分が妄想したような事実は無いらしい。
しかし、それならなぜ小夜はここまで落ち込んでいるのだろうか。
「はぁ……」
「まーまー、ウチらの前でくらい、素でいてもいいんじゃない?」
「そうは言うけどさ。ボクがこの喋り方をすると、片桐さんも危ないんじゃないか?」
「んー、大丈夫じゃない? 多分」
小夜の声のトーンが少し低くなり、喋り方もどこか男っぽくなった。
憂いを帯びた表情は、どことなく色気さえ感じる。
「あの……猫衣さん。烏間さん、どうしたんですか」
「あはは、まーちょっと。サヨっちは最近、女の子らしくなろうと必死なのさ」
「そう、なんですか……こんなにカッコいいのに」
「うぅ……」
ず~んと効果音が聞こえそうな勢いで、小夜がへこんでいく。
「あはは、やっぱり兎ちゃんもカッコいいって思ったんだ?」
「は、はい……最初に会った時、会長さんと並んでて、美男子が2人いたのかと」
「あぅー……」
ず~ん。更に部屋の端で縮こまっていく。
「うんうん、しょうがないよ。サヨっちは本気出すと、そこらの男子よりカッコよくなるからね。さっき理緒をぶった斬った時もそうだったでしょ?」
「はい、なんだか少年剣士みたいでした」
「うぁぁ………どうせボクは、落ちこぼれ――――だよ」
さらにずーんという音が聞こえ、黒いオーラが出ている……気がした。
男らしいとか、少年という言葉に、明らかに反応して落ち込んでいる。
ブツブツとつぶやきだしたが、最後には何を言っているか聞き取れなかった。
「あー、うーん…どう説明したもんかなー」
珍しく奈々の歯切れが悪い。
少し考えてから、奈々はスマホから写真アプリを使い、過去の写真を見せた。
「とりあえず、コレを見てみて。こいつをどう思う?」
「あっ、奈々それは…!」
「ぶふぉっ!? こ、これはぁっ!?」
小夜の静止も聞かずにその写真を見た兎は、思わず噴出した。
写真に写っていたのは、とんでもない美少年だ。
カジュアルな男物の服を着こなし、帽子も見事に決まっている。男性モデルと言われても納得出来る写真だった。
が、よくよく見ると、その顔はまさしく小夜のものだ。
(か、カッコいい……!男の娘はこっちだったか!
いや意味が違う、えーとこれは男装令嬢だね、うん!
ここまでバッチリ男装出来る女子って凄くない!?
くはあああああ、この生徒会イケメン揃いでズル過ぎる!!
会長さんに先に会っていなければヤバかったかもしれない、凄いドキドキが止まらない!)
「これねー、去年の文化祭で男装コンテストやったときの写真なんだけどね」
「何ですかその神イベント…!」
「にゃはは、まぁその時サヨっち、本気出しちゃってさ。ご覧のとおりってこと。
本職のアイドルにも通じるところを見ると、効果は抜群みたいだねー」
「で、でも、これ本当に凄いですよ……これデビュー行けますよ…!
……なのに、なんで落ち込んじゃうんですか?」
小夜はいまだにへこんだままだ。顔も赤いので恥ずかしさもあるのだろう。
しかし、それを抜きにしてもかなり落ち込んでいるように見えた。
「あはは、まぁね。これやった時の反響は凄かった。うん、凄すぎたんだよね」
「は……?」
「これ以来さー、サヨっちは女の子にモテモテなんだよね。ファンの子はもう、近づかれるだけで惚れ込んでなんでも言うこと聞いちゃう、みたいな具合に」
「それは……まぁ、分からなくもないです」
「まーそれだけならよかったんだけどねぇ。だんだん、ファンの女子たちが過激なことし出してね」
「は、はぁ……」
「日夜張り付いてきたり、毎日手紙送りつけてきたり。しまいにはサヨっちに近づく人に片っ端から殴りかかる始末だった。シュンも大変そうだったよ、学校行くたびに女の子が殴りかかって来るんだもん」
「そ、そこまでですか……」
「まー、それ以来、サヨっちは必死こいて、カッコいい女から可愛いオンナノコらしくあろうとしててね、色々研究してたんだ。
例えば、キャピキャピしたガングロギャルっぽくなってみたりね」
奈々の言葉に思わず想像してしまう。
中性的な顔でクールな小夜が、突如小麦色の肌に茶髪になり、厚いメイクにルーズソックス、激ミニなスカートで登校する。
別な意味で破壊力があった。
「…それはそれで暴動が起きそうですね」
「うん、起きた。
まぁ、本人もさすがに恥ずかしかったみたいで、一日で取りやめたんだけどね。
その後もいろいろキャラ付けを試して、最終的に今の『少しクールな女の子』で落ち着いたの。
元からそこまで離れてないし、それでも言葉までは男っぽくしないってくらいで。
それでようやく、周りも落ち着いてきたんだよ」
「あたしが色々な格好を試すうちに、周りもやっと『女の子らしくなろうとしてる』って気付いてくれたみたいで。
瞬助も周りの説得っていうか、騒ぎを収めるのをずっと頑張ってくれてた。
瞬助には随分迷惑かけちゃったな」
「あはは、そもそも男装コンテストはシュンの発案だったじゃん。
サヨっちが男装して出れば盛り上がるの確実だってさ。
むしろ責任の一端はあいつだったから、それくらいはやってもらわないと」
(会長さん、いい趣味してるなー。
いや、きっと凄く大変だったんだろうけど。
でもなるほど、女子の暴動を抑えるためとはいえ、いろんなキャラになりながら学校に行く。
きっと烏間さんにとっての、黒歴史って奴なんだろうな。
悪いこと聞いちゃった…)
「あーそういえば、サヨっちは兎ちゃんの番組もよく見てたよ~。
キャピキャピしたのは似合わないけど、こういう清楚でミステリアスなのならいけるかもしれないって」
「ほわーーーっ、奈々それは……!」
「そ、そうなのですか……!」
思わぬ流れ弾に、二人して慌てる。まさかこのモデル顔負けの男装女子が、自分の事を研究していたとは。
「だ、だって、アイドル・ウサギって、喋らなくても仕草だけで可愛いんだよ!
こう、手足の挙動なんかで誘惑するような……あれも超能力なんじゃないの?」
「あわわ、違います……!」(演技なんですーーっ、本物はこんなパニクってばかりの女子でごめんなさーーい!!)
「にゃははは、二人ともからかい甲斐があって面白いにゃー」
からからと笑い出す奈々。
「まぁ、実際のところ、サヨっちが女の子らしくしようとする理由はもうちょっと複雑なんだけど、それは追々ね」
「そっちの理由も、あんまり聞かせたい話じゃないんだけど……」
「どうせこれから一緒に住むんだから、そのうち話すことになるって」
小夜はまだ何か秘密があるらしいが、わざわざ今聞き出そうとは思わない。
むしろ初対面でここまで聞いてしまっていいのだろうかと、少し罪悪感を感じていた。
それに、彼女の態度からなんとなく察してはいた。
おそらく、このカッコよくも可愛らしい人が、女の子らしくしようとしているのは、きっと……
「おいっすー、卵とパスタ、買ってきたぞー」
「あ、おつかれー」
玄関から瞬助の声が聞こえる。
それに答えた小夜は食堂を出て行った、玄関まで迎えに行ったのだろう。
「やっぱり、奥さんっぽい…」
「だよねー」
内心複雑な心境で、顔は無表情のまま発した兎のつぶやきに、奈々は暢気な表情で笑うのだった。
ちなみに、その日の夕食は奈々が特製ナポリタンを作ってくれた。
小夜曰く、奈々は料理が得意らしい。時折こうして寮で食事を作りに来てくれるのだという。瞬助や小夜も料理は出来るが、つい奈々の力に頼ってしまうことも多いのだとか。
奈々は謙遜していたが、兎からすれば女子力の高さに感動してしまう。兎自身は料理がまったくと言っていいほど出来ないのだ。
楽しい団欒の時間が過ぎ、食事を終えた奈々は家へ帰ることになったのだが、もう遅い時間だからと瞬助が送り届けることを申し出たのだった。
「んじゃ、俺は奈々を送ってくるよ」
「もー、別にいいのにー」
「お前…今日誘拐事件があったばかりだろうが。
いい加減、女子高生だって自覚を持てって。いいから行くぞ」
「はいはい。それじゃーまた明日ねー、サヨっちに兎ちゃん!」
こうしたやり取りの末、奈々を引き連れて再び外出する瞬助を見て兎は一言。
「やっぱり、お父さんっぽい…」
「そうだね」
兎のつぶやきに、小夜もまた同意するのだった。
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