Part8:空の旅はドキドキしっぱなし
『会長~、そのことなんだけど聞いて欲しいのだ~』
瞬助のスマホから音声が聞こえてくる。
学校で待機している鶴美だ。
万が一の時のため、スマホの通信アプリを常にオンにしていたので、状況はきちんと把握できているはずだ。兎を救出したことで、彼女の出番は特になく終わったはずだったが。
「なんだ、空里?」
『さっき桧山先生から連絡があったんだけど、片桐さんの住む場所、寮になってるのだ』
「は? 寮って、俺らが住んでる、あそこか? そんな話聞いてないぞ?」
『さっき荷物が届いたようなのだ』
(そうだった。私、今日から寮に住むんだった……
…………あ)
兎は、スポンサーの力によって、茨木高校の寮に入れてもらえることになっている。
だが、この春休み。昨日まで仕事続きで、各地のホテルを転々としていたのだ。
ゆえに、肝心なことを忘れていた。
「片桐さん、今日はどっから学校に来たんだ?」
「えっと……ホテルから、直接。大きな荷物は、事前に送ってたけど……」
誘拐されるという一点ばかりに気が向いてしまい、救出された後のことをまったく考えていなかった。マネージャーの離反という予想外の出来事が起こったことで、ひとつ問題が発生したのだ。
「あーもしかして、まだ行ったことなくて、場所分かんない?」
奈々の質問にこくりと頷く。
彼女の言うとおり、まだ寮の場所がどこか、どんな寮なのかを知らないのだ。
これもマネージャーが把握していたものだ。無意識のうちに、その日に教えてもらえるだろう、そんな考えで過ごしていたのだ。
どこまで他人頼みにしていたのだろうと、自分自身に嫌になる。
「どのみち、攫われた場所から帰るなんて無理でしょ。
あたしも寮生なんだ。帰る場所が同じなら、一緒に帰ろうよ」
「お……お願い、します」
小夜が助け舟を出す。どうやら彼女も寮暮らしらしい。
他人に頼ってばかりだが、ここは素直に助けてもらうことにした。
「はぁ……しょうがねぇ。ちょっと歩くけど、みんなで帰るか」
「いやいやいや~、瞬助。そうではないでしょう!」
瞬助の言葉に真っ先に反応したのは、理緒だった。
もう幽霊であることを隠す必要もなくなったので、ふわりと瞬助の横に飛んでくる。
「誘拐され、暴行もされ、肉体的にも精神的にも疲れてる女の子を、まさか歩いて帰らせるとでも?」
『そうなのだー。そこ、学校からも結構距離があるのだ。もちろん、寮からも』
「う……だからって、それ以外にあるのか?
凱のバイクに乗せてってもらうってのもあるけど」
「そーじゃない、そーじゃないでしょう、瞬助!」
理緒は瞬助の肩を叩く(叩けてないけど)。
何かを察しろと言わんばかりに瞬助をマジマジと見つめるが、なぜだろう。
理緒の表情がどこか楽しげなのだ。この表情はどこかで見た事がある。
あぁ、そうだ。
あの表情は、イタズラを仕掛ける時の奈々と雰囲気が似てるのだ。
何かを期待してニヤニヤしてるのを必死に抑えている顔だ。
「あ、そっか。にゃるほどねー」
「…まぁ、それが一番ラクだよね、確かに」
奈々と小夜も何かに気付いた。
2人の視線の先には、この倉庫に来た時に瞬助および他2名が装備していたもの。
瞬助が脱ぎ捨てたジェットパックがあった。
そして、兎の最後の試練が始まる。
「あの……これは……」
兎の声は、これまでで一番か細い。
いろんな意味で緊張する。心臓が破裂しそうになる。
今朝、緊張のあまり気絶までしたというのに、それ以上に緊張するイベントが同日内に起ころうとは。
(いやイケメンだしね、こういうの似合うとは思うよ!?
でもこれって恋人とかそういうのにするものであって!?
とにかく顔が近いって!!!!)
倉庫の外で、兎は瞬助に抱きかかえられていた。具体的には、肩と膝を瞬助に持ち上げられている状態だ。
俗にいう、お姫様抱っこである。
「おい、本気でやるのか?」
「これが一番早いのは事実だからしょうがないよ」
「助け出したヒロインを連れて華麗に脱出、そして帰還! 主役はやはりこうでなくては、ですね」
ジェットパックでお姫様抱っこ。
それが、理緒が提案した最速の帰還方法であった。
『うちの発明をちゃんと回収してもらわなければ困るのだー』という鶴美の言葉によりジェットパックはそのまま使用して学校まで戻ることになったのだが、数は3つしかない。凱のバイクは後ろに人を乗せても定員が2名だ。空を自力で飛べる理緒を除いても、この場にいるのは6人。数が足りない。そもそも兎にジェットパックの操作方法なんて分からない。
凱のバイクに乗せてもらうのはどうか。その案は早々に奈々に潰された。
「あ、トール~!ウチはキミのジェットパック使うからねー」
「はぃ!? なんででござるかっ!?」
「当局の人が来るまで、怪物たち見張らなきゃいけないでしょ? 逃げられでもしたら困るしさ。ちょみーと一緒に待っててね」
「待て待て、よりにもよってコイツとか!?」
「万が一奴らが暴れ出したら、止められるのは2人だけでしょ」
「「会長は!?」」
「ひやっちに報告しなきゃいけないし、寮の案内もしなきゃいけないでしょ?」
「帰りはどうしろというでござるか!?」
「ちょみーに乗せてもらえば万事おっけー、でしょ☆」
バイクに乗せてもらう案は却下。
兎は操作が出来ない以上、ジェットパックを使うのは瞬助・小夜・奈々で確定。
当然、誰が兎を運ぶのかとなれば。
「さすがにウチも人ひとり抱えたまま飛ぶのは自信ないなー」
「あたしも、ちょっと難しいかな」
「お前ら、俺だって大変だぞ?」
「瞬助は経験あるでしょ、前に」
「大丈夫だって兎ちゃん! ウチも抱かれて飛んだ経験あるから!」
一番力がある者が使命を帯びるのが世の真理。
やはり歩いて帰ればいいのでは、と言葉を搾り出すも。
『そこから寮まで50キロくらいあるのだー。その辺はバスも通ってないから、少なくとも7~8キロは歩かないといけないのだー。もう夜なのに、歩いてたら朝になっちゃうのだ』
鶴美がモニター室から正確な順路を教えてくれたおかげで断念。
結果、最も合理的判断により、瞬助が兎を抱えたまま空を飛ぶという無慈悲な決断が下されたのである。
もちろん、ジェットパックは背中に背負うものだから、必然的に兎を前に抱えることになる。正面から抱き合うハグか、お姫様抱っこか。究極の選択を迫られ、さすがに抱き合うのは抵抗があり、結局お姫様抱っこを選択したのである。
「思ったより軽いな。持つことはなんとか出来そうだ」
「あぅぅ…………」
「片桐さん、しっかり瞬助に掴まっててくださいね。もう抱きつくぐらいの勢いで」
瞬助に持ち上げられた兎は唸る。緊張と羞恥でまったく声が出せない。
そんな彼女の様子に理緒は実に楽しそうであるが、そのアドバイスは実に合理的なものだ。
(確かにお姫様抱っこは乙女の憧れだけども!
ちょっと今日は急展開が続きすぎなんじゃないかなっ!?
てか怖い、お姫様抱っこされるのって本当に怖い!!
うぅ、恥ずかしいけど言われたとおりやらないと、無理!)
漫画やアニメでよく見るお姫様抱っこといえば、肩または背中と膝裏を持って身体を持ち上げるものだ。抱っこされる女性はそのまま、抱っこする男性の両腕に身を任せる。頼れる男子に身を任せる、実に美しい愛と信頼の形である。
しかし、実際にこれをそのままやると、実は結構怖いのである。
なぜなら、肩と膝裏だけを持たれると、重心がかかる腰が宙ぶらりんになってしまうのだ。
人間は重力には逆らえない。ゆえに、姿勢を安定させる為に、重心に力がかかっても安心するものを無意識のうちに欲する。立っている時は足に、座っているときは尻に重力がかかる。
しかし、お姫様抱っこは腰に重力がかかり、しかもそれが常に宙に浮いた状態になる。日常ではまず感じることのない、常に宙に浮いて静止する感覚に近いといえるのだ。しかもそのまま、腰から落ちようとしている感覚が常に感じられる。慣れない人間では楽しさや嬉しさよりも怖さが先に来る代物なのである。
では、そんな状態から安定させるにはどうすればいいか。単純だ。
抱っこされる側が、抱える側に抱きつくのである。もう、身を預けるほどの勢いで。
すると、身体にかかる重力が抱える側に分散され、姿勢が安定し、さらに重心が身体を預けられるものを見つけたことで安心するのである。
また、これは抱っこする側にもメリットがある。漫画でよく見るあの光景は、女性の全体重を両腕だけで支えなければならないのだ。これは相当な力の持ち主でなければ難しい。が、相手が抱きついてくると、その分の力が抱っこする側にかかり、身体を通して足の方へ力を流すことが出来るのだ。
お姫様抱っこが乙女の憧れと呼ばれる所以は、お互いに身体を密着させなければ、それを許せる相手でなければ、まともに成立しない代物だからなのである。
以前、共演したとある女優がお姫様抱っこについて熱弁していたのを思い出す。
あの時は軽く聞き流していたのだが、自身が体験する側になってようやく実感した。
なるほど、男性に身体を委ねるドキドキより、身体が常に宙に浮くこの感覚の方がドキドキする。怖い。
ちなみに、実は抱っこされる側が、相手の肩に手を回して掛けるだけでかなり安定するのだが、残念ながら兎は知らない。
(そういえば、レビテーションってやったことないなぁ…)
自分の超能力で試したことない能力があるなぁ、と現実逃避を始めた時だった。
「いつまで愚痴っててもしょうがないか。さて、それじゃあ行きますか!」
「………っ!」
兎の緊張はさらに高まる。
既に気絶しそうなほどだが、ここで気絶したらそれこそ本当に危険だ。
何せ、これからこの体勢で、本当に宙に浮かなければならないのだから。
もちろん、命綱なんて気の利いたものはない。
瞬助のことは信頼しているが、一歩間違えれば命の危機だ。
もはや羞恥心なんて関係なく、兎はしっかりと瞬助に抱きついていた。
「リフトオフ!」
掛け声と共に、ジェットパックから炎が上がる。
「ひゃああああああ……」
勢いよく打ち上がる瞬助と兎は、あっという間に上空へと飛んでいく。
「じゃ、あとよろしくねー!」
「任せた」
「では、お先に失礼しますね」
奈々と小夜も、さっさとリフトオフして飛び上がっていった。
理緒もまた彼女たちについて空へと舞い上がっていった。
後に残された凱と透は、空高く上がっていく一行をぼんやりと眺めていた。
「白だったな」「白でござったな」
ジェットパックのロケット噴射は勢いが強い。周囲に強い風くらい起こす。羞恥心の薄いヤツのこと、きっとやらかすだろうと思ったが案の定だった。
夜中に野郎二人で居残りさせられるのだ、これくらいの役得はあってもいいだろう。
ちなみにもう一人の女子は上がる前に気付き、わざわざ距離をとってからリフトアップした。とはいえ、あちらは多分今頃、幽霊のほうに空中で覗かれて慌てているに違いない。操作ミスで墜落しないことを祈るばかりである。
手持ち無沙汰になった凱と透は、暇つぶしに雑談を始める。
「つかよ、会長はこの倉庫突入する時、どうやってあんな大穴開けたんだ?」
「普通に上空から蹴りでござるよ」
「アホかあいつは!!」
「本気出すと拙者たちでも手を焼くでござるからなぁ……で、どうでござった?」
「何がだ?」
「奈々殿を背に乗せたでござろう、どんな感触でござった?」
「あぁーうん、なんだ。さすがだった」
「スケベでござるなぁ、ヒーローのくせに」
「今時のヒーローは無償じゃやってけないんだよ、正義の味方にもリターンは必要だ」
「世知辛い世の中でござるなぁ」
「お前こそ、いきなりな話題を振ってくるじゃねぇか、悪のサイボーグ」
「拙者だって、たまには会長のおこぼれに預かりたいところでござるよ」
「ひでぇな。気持ちは分かるけどよ」
「おまけに今日はアイドルをお姫様抱っこでござるよ? 禿げろでござる!」
「まぁなぁ。アイツの何が恐ろしいって、あれで『異能者』じゃねぇってとこだよな」
「世の中、不公平でござるよー」
「それを言ったら、てめぇも空里と毎週密接なお付き合いじゃねぇか」
「ただのメンテナンスでござるよ! 随分な言い方でござるな!」
「そもそもそっちが最初に突っかかってきたんじゃねぇか? おぉ?」
「……やるでござるか?」
「いいぜ、やってやるよ! どうせ暇だしな!!」
正義と悪が出会えば、ぶつかるのは必然。
いつでも戦う運命にある2人は、いつもしょうもない理由からぶつかり合う。
結局、当局の人間が現れるまでに2人は戦い続け、代償として瞬助が開けた倉庫の穴はさらに広がり、天井がボロボロになってしまい、倉庫として使い物にならなくなったのは2人の仕業ということになってしまったのだった。
☆★☆★☆★☆★
居残り2人の所業をよそに、上空400メートル地点を、4つの影が飛んでいく。
上空まで打ち上がった所で、ウィングを展開。体勢を整えて、モードを上昇から飛行に切り替える。上昇の時にかかる負荷はきついが、ここまで来ればもう大丈夫。あとは目的地までそのまま飛んでいけばいいだけだ。
「大丈夫か、片桐さん」
「は……はぃぃ……」
「しばらくはこの体勢のままだ。怖かったらずっと目を瞑ってていいからな」
「はい……大丈夫、です」
やはり力があるのだろう、しっかりと抱きかかえられているのが分かる。
相変わらず瞬助に抱きついたままであるが、高度が落ち着いたおかげか、身体にかかる負担はなくなっていた。
安全圏になったと感じた兎は、恐る恐る目を開けてみた。
「わぁぁ……」
目を開けた兎の目の前には、幻想的な光景が広がっていた。
美しい星々と綺麗な三日月が浮かぶ夜空。
地上では町の明かりがイルミネーションのように光る。
こんな夜景を直接見る事が出来るとは。
「にゃはは、やっぱりね。兎ちゃんなら、こういう景色好きだと思ったんだー」
瞬助の横へ、奈々が並んで飛んでくる。
手を振ってくる奈々に手を振り返すと、奈々は突然テレパシーで話しかけてきた。
≪ホラ、兎ちゃんは結構なロマンチストなんじゃないかなって!≫
≪はぅぅ、いいじゃないですかっ!!
人は妄想という糧を得て、明日に希望を託すんですから!≫
≪にゃはは、まぁ気持ちは分かるよ!
この景色を好きな人と一緒に見られたら、そりゃもう胸アツですよ!身体中が火照るしかないんですよ≫
≪す、好きな人って、別に私は会長さんのことは…!≫
≪おやぁ、誰もシュンとは言ってないですよ~?
にゃはは、こんな古典的なのに引っかかるなんて、やっぱり初心だねー≫
≪きゅーーーっ!?
だ、だって、あんなカッコよく助けに来てくれて、おまけにこんな……
ね、猫衣さんこそっ、この景色を好きな人と見たいとか思ってるんじゃないですか!?≫
≪そりゃそうだよっ、こんな素敵な光景でドキドキしない女の子なんていないよ?≫
≪今してるんじゃないんですかっ!?≫
≪してるよー。エロカッコいい親友に頼りになる幼馴染、そして新しく出来た可愛いお友達。大好きな人達と一緒にこの景色見れて、ウチすっごく嬉しいもん≫
≪はきゅ……≫
テレパシーで乙女会話を繰り広げる奈々と兎。しかも、渦中の男子に抱きかかえられながら、目の前で堂々と秘密通信である。まさか聞かれていないだろうかと不安になる。テレパシー盗聴器とか作られていないだろうか。
手玉に取られてばかりの兎だが、会話の途中で気になるワードがあった。
≪…ん? エロカッコいい親友?≫
≪あぁ、アレ≫
兎の疑問に対して、奈々が指差した方向には。
「はははははは~」
「待てっ、貴様ッ!今日という今日は!!」
「口調が完全に男前ですよ~小夜さん」
横を見ると凄まじい速さで飛び回る2つの影があった。
気の抜けた笑いをしながら逃げる理緒と、それを追って曲芸飛行をする小夜だ。小夜の手にはナイフが握られている。
「この変態ッ……一発斬らせてもらう!」
「はははは~、って早っ!!」
「斬ッ!!」
「ぎゃあああっ!?」
小夜のジェットパックからロケット噴射が強くなり、急加速して理緒に追いつく。
そのまま通り過ぎると同時に、躊躇い無く理緒を斬り捨てた。
理緒は身体が真っ二つになり、そのまま霧散する。
(き、斬り捨てたー!?
いや、少年剣士っぽくてカッコよかったけど、大丈夫なのアレ!?)
「ふーっ、ふーっ……」
「なんちゃって。気は済みましたかー?」
「うぅー……」
速度を落とし、鼻息荒く呼吸する小夜の横に、再び理緒が現れる。
分かっていたことだ、無駄なことであると。それでも一発かまさなきゃ気が済まなかった。
まったく反省する様子の無い理緒を恨めしく睨む小夜。
≪あの、アレなんですかー!?≫
≪そりゃー、こんなスカートで空を飛べばねー≫
≪はぅっ、それって!?≫
思わず自分もスカートを抑えようとするが、しかしこの高度で瞬助に掴まる手を離すのも怖いのでそのままだ。
高度を取れば、もちろんそれだけ風が強くなる。ひらひらしたものがどうなるかなんて想像するまでもない。
≪それなりに高度を取ってるから地上からじゃ分からないよー。
でも、空を自由に飛べるやつからしたら別だよねー、見放題だもん≫
≪ほわーーーっ!??≫
≪堂々と後ろに回って覗いて来たら、そりゃ刺したくもなるんじゃない?≫
≪刺すどころか、思いっきりぶった斬ってましたけどっ!?≫
≪幽霊だから斬っても無駄だけど、やらずにはいられなかったんじゃない?
いつもエロい目にあってるけど、いざって時はカッコいいんだよ、サヨっちって≫
≪確かにやたら決まってましたけど!?≫
「いやはや、眼福でした。追いかけっこも楽しかったです」
余裕そうに理緒が瞬助と兎の横へと飛んでくる。
兎は思わず身構える。
油断をすればこの男は、女子にとって最大の敵となるのだと感じ取ったのだ。
しかし理緒は、小夜をひとしきりからかって満足したのか、3機のジェットパックの前へと出る。後ろ向きに飛ぶという器用なことをしながら挨拶をしだした。
「さて瞬助。僕はこれからやることがあるので、そろそろ行かないと。
ここで失礼します。片桐さんも、明日からの学校を楽しんでくださいね。
瞬助、ちゃんと送り届けるんですよー」
理緒は空中で礼をすると、身体を翻して高度を下げていく。
やがて段々とその姿は薄れていき、そのまま消えていった。
「あいつ、いつか必ず冥土に送ってやるぅ……!」
「あのアホ、そろそろシメた方がいいか?」
「う……」
「サヨっちもシュンも、兎ちゃんが怖がるからそういう言い方はなしねー」
(仕事だっ、消される!?
でももし、私のも見られてるんだったら処刑してほしい!)
ひとまず兎は、理緒に対する警戒レベルを上げる。
いくら瞬助達の仲間でも、女子として譲れぬ一線はあるのだ。
変態が去っていったのを見て、瞬助と小夜も溜息をこぼす。
「片桐さん、申し訳ないけどあいつには気をつけてね。
襲ったりはしてこないけど、てか出来ないけど。
あいつは油断すると、すぐにあたし達の懐に入り込んでくるから」
「はい……なんとなく、危険度が分かりました」
「あんまりひどいときは言えよ?
少なくとも俺は、あいつへの対抗手段があるからよ」
女子たちが結束を固めているのを見て、瞬助が苦笑する。
幽霊をシメる手段があるとは、実に頼りになる会長である。
「まぁ、あいつのこともそうだがよ。たぶん、うちの学校って色々大変だと思うんだ。
これからも、普通じゃない事態になることはままあると思う」
瞬助がおもむろに口を開く。
確かに、転校前日からトンデモ経験の連続だ。
あの学校はいったいどんな魔窟になっているのだろうか。
明日からの学校生活は、どれだけ混沌とした日々が待っているのだろうか。
「だけどよ、そのために俺たちがいる。
『異能者』だろうとなかろうと、楽しく学校生活を送る権利は誰にだってあるはずだ。
だったら、俺はそのための手伝いがしたいし、自分も楽しく過ごしたい。
一生懸命勉強もして、友達とバカ騒ぎもして、大事な思い出を作りたい。
あの学校で過ごしてよかったと、みんなでそう笑っていられるようにさ」
「あ……」
「だからよ、今後も困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれ。
俺たちが『生徒会をやってて良かった』と思えるようになるためにもな」
瞬助の言葉を聞くうちに、いつの間にか明日以降についての不安が消えていった。
彼の言葉を聞くと安心するのは今日だけで何度もあったが、その理由がようやく分かった。
この人は、きっと本気で思っている。
どんなに困難な事態になっても、どんなに異常事態が起きても。
生徒会として、困ってる人を見逃さないつもりだ。
現に、自分はこうして助けられたのだから。
掛け値なしの本気の言葉。だからいつも、聞いていて安心してしまうのかもしれない。
「―――っ!!」
さっきから緊張しっぱなしで頭が働かない、言葉が何も出てこない。
しかし、そんな彼に、せめて何か言葉を返さなければ……
「あの……!」
そういえば。あまりに急展開が続きすぎて、肝心なことを忘れていた。
だから、ちゃんと言わなくては。
「その……助けてくれて、ありがとう、ございます……!」
「おう!」
たどたどしい兎のお礼の言葉。それに瞬助は満面の笑顔で返す。
(かあああああっ、やっぱりカッコいい!!そして近いぃぃ!!!)
こんなロマンチックな夜景の中で、こんな顔を見せられたら…!
「あふ……」
「うおぉい、片桐さんっ、しっかりしてくれ!?」
「気絶はダメだよ、危ないから!」
「はっ……!」
≪にゃはは、勉強も遊びもそうだけど、恋愛も楽しく頑張ろうね!≫
≪あぅぅ~~~!
もう、本当に今日はとんでもなかったよっ!!≫
気絶一歩手前でどうにか踏みとどまったものの、かつてないほどドキドキしながら、夜の空中散歩を過ごすのであった。
片桐 兎は予知能力者である。
その晩に夢で見たことは、翌日に必ず起こる。
しかし、夢で見る事が出来るのは3分だけ。
その前後に何が起こるかまでは分からない。
夢のおかげで、『誘拐される』なんて非日常な事態が起こると分かっていた。
だが実際には、それを遥かに上回る非常識な事態がいくつも起こってしまっていた。
怖い思いもした。痛い目にも、恥ずかしい目にもあった。
しかしそれ以上に、嬉しい出会いがあった。
改めて思う。
自分の予知能力は、まるでアテにならないと。
夢で見た事がその日の全てではないと、この日にしかと心に刻んだのである。
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