Part7:特撮の戦闘は5分が基本
立ち上がった瞬助は、何かを背負っているのが見えた。
ロケットの形したものに、飛行機の翼のようなものが付いている。
「ちょっと瞬助、片桐さんが下にいたら危ないでしょ!」
「派手にぶっ壊したでござるなー」
上から小夜と透の声が響く。
瞬助と同じものを背負っており、ロケットを吹かしながら瞬助の隣に降りてくる。
彼らが背負っているのはSFの漫画などに登場する飛行装備、ジェットパックのようだ。
どういうわけか、彼らもまた非現実的な装備を持って現れたのだった。
『会長達が突入したのだ! 目の前の倉庫なのだ!』
「近ぇよ!? 猫衣、しっかり捕まってろ!!」
「お願いね!!」
ガシャアアアン!!
彼らの着地と同時に、倉庫の大きな窓が派手に割れ、そこからバイクが飛び込んできた。
フルフェイスのヘルメットを被った男女が乗っており、どちらも制服を着ている。
顔は見えずとも、どちらも体型に見覚えがあった。というか、後ろに乗る女子のプロポーションには見覚えがありすぎた。
2人を乗せたバイクは華麗なドリフトをしつつ、瞬助達のすぐ隣に停車する。
「猫衣、さん……皆さん……」
「兎ちゃん!!」
停車するやいなや、奈々はバイクを飛び降り、ヘルメットを投げ捨てた。
操縦者の凱もバイクのエンジンを止め、2人は瞬助達の横に並ぶ。
生徒会の一員6名(一人は見覚えが無い)が、5体の怪物に対峙したのだ。
「てめぇら、うちの生徒に何手ェ出してんだ?」
生徒会長の怒気をはらんだ声が倉庫内に響く。
「リザードマンに、狼男、烏天狗に鬼に……なんでしょう、あれ?カマキリ男?
ともかく、見事に異形系揃いですか。
先ほども思いましたが、どうにも荒っぽい奴が多いようですねぇ、最近は」
先ほど一戦交えた理緒が、敵となる5人の怪物を分析する。
情報を聞いた瞬助は、背負っていたものを脱ぎ捨てると、戦闘態勢を取る。
透と小夜もまたジェットパックを外し、足元に置いた。
「あの……会長さん」
「大丈夫だって」
異形の存在を前にしても、まったく恐れを見せていない。
一歩前に出ると、仲間たちに号令をかけた。
「猪宮、亀井、やるぞ」
「おうっ!」
「って、会長もやるでござるか?」
「当たり前だ、生徒会長としてこいつらに一発ぶちこまなきゃ気がすまない。
小夜、奈々。片桐さんを頼む」
「はい!」「おっけー!」
「理緒はまぁ、適当に」
「はいはい」
余裕そうにやり取りをする生徒会の面々。
その様子に、リザードマンたちもイラ付くたようだ。
「オイオイオイィ、俺らの姿見て何も思わんわけぇ?」
(そ、そうだよ!
助けに来てくれてテンション上がってたけど、相手は本物の化け物なんだよ!)
「別に不思議じゃねぇだろ」
瞬助は何の気もなく言う。
それに合わせて、凱と透が一歩前に出た。
最初に動いたのは凱だ。
腕を斜め上に伸ばし、そこから動きをつけてポーズをとり、最後に腕時計に触れる。
(あれ、なんとなく見覚えがあるような……
確か、日曜日の朝とかで……)
「変っ身!!」
まごうことなき、特撮ドラマの変身ポーズ。
直後、凱の身体は光に包まれ、一瞬のうちに姿が変わった。
戦隊もののリーダーを思わせる赤の全身スーツをベースに、簡単な装飾が入ったボディと手足のアーマー。ベルトには武器と思わしき剣の鞘と銃のホルスター。フルフェイスのマスクは、炎をあしらった形のペイント。
「町の心は正義の心! 住み込み超人イバラキア!! 見参!!」
決め台詞と共に決めポーズ。
紛れも無い、変身ヒーローが目の前に現れたのだった。
続けて透も動く。ゆったりとした動作で帽子を脱いだ。
「DESTROY MODE ACTIVATE」
透の両腕、肩に四角く穴が開き、そこからガコンという音と共に重火器が出現した。
まるでエアバッグのように、明らかに物理法則を無視した巨大な武器の出現。
右腕にガトリング砲、左腕にアサルトライフル。肩にはミサイルポッドとレーザーキャノン。おまけに右目には、俗にスカウターと呼ばれる片目のゴーグルが付いていた。
「TOLL SYSTEM CLOCK UP! でござるよ」
全身に武器を装備した物騒なロボット、いやサイボーグが現れたのだった。
新たなトンデモ存在の出現に、兎も怪物たちも目を見開く。
そんな彼らの様子を見ながら、瞬助はあっけらかんと言ってのけた。
「超能力者やら怪物やらがいるんだ。
正義のヒーローに悪のサイボーグがいても、何もおかしくないだろ」
怪物たちに明らかに動揺が走る。
瞬助はすぐさま指示を出した。
「5分以内に制圧するぞ」
「「2分で十分だ!!」」
まず動いたのは凱のほうだ。
足のアーマーにあるバーニアから炎が吹き出る。
爆発的な炎の噴射を推進力にしてダッシュする!
「おらぁっ!!」
説明しよう、猪宮 凱は炎のヒーローである!
全身に炎の因子「フレアキア」を宿す凱は、変身の掛け声と共に「イバラキアスーツ」を0.03秒で展開し、炎のヒーロー、「イバラキア」へと変身するが出来るのだ!変身中は身体能力が大幅に向上し、最大時速250キロの速度で疾走することが可能だ!
両手両足に装着したブーストギアから炎を出し、全身に炎をまとって戦うことが出来る!この炎は爆発させることもでき、ギアからロケットのように噴出させることで推進力とし、さらなる加速を生み出すことも可能となるのである!
足から炎を出し、ほとんど飛ぶように加速した凱は、そのまま勢いよくカマキリ男に向かっていき、着地と同時に腹に拳を入れ込んだ。
一瞬で間合いを詰められて鳩尾に一撃を喰らわされたカマキリ男は、「ごあっ……」とうめき声をあげて地に沈む。自慢の鎌も、振るえなければ意味が無い。
気を失ったカマキリ男の姿が、だんだんと元の人間に戻っていった。
「まず一人っ!……あぁ、ちゃんと手加減してるぜ。
本気出したら、腹に穴が開くくらいじゃ済まないからな!」
雑魚を倒し、ヒーローは一人満足げに笑うのだった。
続けて透が、宙へと飛んでいく烏天狗に狙いを定める。
亀井 透は、殺人サイボーグである。
金属で出来た身体には確実にターゲットの息を止める為の武装が内蔵されている。特殊な金属である「ソー合金」により作られた武装は、透の身体の外に出ると本来の形状を取り戻す形状記憶合金であり、透の意思一つで様々な武装を取り出すことが出来るのだ。一人格納庫と言われるほどその種類は数多いが、それを効率的に稼動させるのが、脳内にあるリミッターを解除する「TOLL SYSTEM《トール システム
》」である。
通常、ソー合金の武装は重量の関係から一つしか取り出すのが限界とされている。しかし、帽子を取ることでリミッター解除が可能になり、システムが起動しているその間は、最大4種の武装を同時に装着が出来るようになる。さらに、全身もソー合金でコーティングされ、身体の頑丈さに磨きがかかるのだ!
「SHOOT!!」
右腕のガトリング砲がうなり、恕等の連射を浴びせる。
明らかに重量級である武器を軽々と動かし、飛び続ける烏天狗を狙い撃ち続ける。
いかに広く天井が高いとはいえ、所詮は倉庫という室内。
逃げ切ることは出来ず、ついに弾が命中する。
「あだっ、あだだだだだだ!!!」
一発当たればもう終わり、次々と弾が飛んできて、容赦ない連打が烏天狗を襲う。
そのまま50発は命中しただろうか、烏天狗はそのままふらふらと墜落。
地上に落下するとそのまま気絶し、やはり元の人間に戻っていった。
「安心するがよい、峰討ちでござる」
「いや、峰ないだろ。ただのゴム弾だろ、それ」
余裕のやり取りを見せる凱と透だが、2人には共通の弱点がある。
凱のヒーローの源である「フレアキア」因子は、使用すると身体に熱を持ってしまう。因子の影響が大きい変身状態を長時間使用すると身体が内部から焼け焦げてしまい、身体に重大な影響が出てしまうのである。
透の「TOLL SYSTEM」はソー合金を過剰に使用するためのリミッター解除であり、長時間使用するとオーバーヒートを起こして、身体に重大な影響が出てしまうのである。
ゆえに、この2人はそれぞれの力を「一日最大5分までしか使えない」のである。
なので…
「てめぇら、余裕こいてんじゃ」
「「うっさい!!」」
残る敵はさっさと倒すことに決めた。
2人に襲い掛かる鬼の豪腕をあっさりと回避し、そのままカウンターで鬼の巨体に殴りかかるのだった。
その横で、瞬助も動く。
「アンタがリーダーだな? アンタは俺が倒させてもらう!」
「ほざいてろ、ガキが!!」
瞬助は空手の構えでリザードマンと退治した。理緒が最初に名前をあげたことから、この男がリーダーだと直感していた。
リザードマンもまた荒々しく叫ぶ、だがうかつに瞬助に飛び掛ったりはしなかった。
仲間を一瞬で倒したヒーローとサイボーグも脅威だが、目の前の男子はそんな脅威の人物たちに指示を出していた。明らかにこの学生集団のリーダーであるこの男も、どんな力を隠し持っているか分からない。
互いのリーダーはお互いに睨みあいを続けていた。
「片桐さん、大丈夫?」
「ちょっと、怪我してるじゃん!女の子殴るとか最悪なんだけど!!」
同じ頃、奈々と小夜は戦いの場を大きく避けて、兎の元に駆け寄った。
小夜はポケットに忍ばせていたナイフを取り出し、すぐに兎を縛っていた縄を切る。
奈々がハンカチを取り出し兎の顔に当てる。そういえば鼻血を出していたんだったか。
みっともない姿を瞬助達に見られてしまったと急に恥ずかしくなってくる。
と同時に、そんなことを考えられるほど余裕が出てきたことに嬉しくなる。
だが……
「メスゥゥゥウッゥゥ!!!」
ひどい内容の雄叫びが聞こえる。
見れば、狼男が猛スピードで駆けてくるではないか。
他の男たちに目もくれず、一目散に向かってくる。
「奈々さん……!」
「うわっ!?」
狙いは自分たちだ。
いや、おそらく狙いは奈々のほうだ。視線がそちらに向いている。
確かに色々と美味しそうではあるが、一番恐れていた事態だ。
このままでは巻き込んでしまう。
「どけっ、奈々!!」
即座に小夜がナイフ片手に2人の前へ飛び出す。
「ウォォォン!!」
狼男の鋭い爪が、小夜の腕を引っかいた。
「いった……!」
「小夜さん…!」
ガリッと音を立てて、小夜の腕に痛々しい傷が出来る。
引っかかれ、抉られた傷はまるで刀で斬りつけられたかのようだ。
それでも小夜は、持っていたナイフを投げつける。
とはいえ、別に小夜は暗殺者のようなナイフ投げが出来るわけではない。
素人同然の投げ、くるくると力なく回転しながらナイフが飛んでいく。
だが、さすがに顔面にナイフが飛んできたのにはひるんだようで、狼男は避けると同時に距離を取る。
興奮状態だった狼男も、その怯みで少し冷静になった。
その瞬間が命取りになる。
「ちょっとそこのお方」
突然足元から声が聞こえて、狼男がうろたえる。
低く、暗い、芯が凍るかのような声だった。
見ると足元に、首があった。
しかも、その首は若干透けているのだ。
(うわっ!? なにあれ!?)
兎も驚くが、その首はゆっくりと起き上がる。
いや、首だけではない。身体が見えた。
身体がすぅっと、床から現れる。死んだ人が着る、いわゆる白装束だ。
まるで床をすり抜けるかのように、身体の透けた白装束の人間が現れたのだ。
床から現れた男は、ゆったりと狼男に近づいていく。
不気味な人物の登場に、狼男は大いに狼狽する。
その不気味な人物は、顔をギリギリまで近づけて言い放つ。
「美人を傷物にするとか、マジ呪いますよ?」
近づいた男、理緒の顔がぐにゃりと歪む。
ただ笑うだけではない、顔が本当に歪んでいるのだ。
目玉が無くなり、口が裂け、生気の感じられない顔が、間近で笑いかけた。
その不気味な姿に、狼男は言葉を無くす。
生徒会の一員・理緒は、幽霊である。
普段から身体が透けており、その身体に質量は一切無い。その身体に触れられるものは無く、どこへでもすり抜けて入り込む事が出来るうえ、攻撃されようが一切効果が無い。
さらに、身体の透明度は自由に変える事が出来る。透明度0%で透けを一切無くし、まるで生きている人間のように見せることも出来れば、透明度100%になって完全に姿を消してしまうことが出来る。
足が地に付いていないので常に宙に浮いており、行き場所に制限が無い彼は、あちこちへ自由自在に入り込んでは情報を集める、諜報戦のエキスパートなのである。
加えて、彼の特技が変身だ。自分の姿をある程度自由に変化させることが出来る。普段は茨木高校の学生の姿をしているが、必要とあれば今しているように、服装も髪型も顔の形も変化させられるのである。もちろん、人を脅かすのは十八番だ。
「てな感じで余所見すると危ないですよ~」
狼男を脅かした理緒だが、突如顔を元の飄々とした男子学生のものに戻し、暢気な声を放つ。
「へぶらっ……!!」
あっけに取られた狼男は直後、ぶん殴られて吹き飛んだ。殴ったのは理緒ではない。
いつの間に現れたのだろうか。
リザードマンと対峙していたはずの瞬助が突如、狼男の前に飛び込んできてぶん殴ったのである。
「てめぇオラァ!!!」
瞬助はそのまま、自分がぶっ飛ばした狼男に向かう。
その様子を見た理緒は、自分の仕事は済んだとばかりに変身を解き、元の男子生徒の姿になって兎達の元に寄ってきた。
「すみませんね。小夜さんに怪我させてしまうとは」
「もうちょっと早くあいつらびびらせてよ~」
「いやいや、僕が戦闘ダメなの知ってるでしょ。あんなの止められないの分かってるでしょ」
興奮状態にあった狼男は、女性陣にしか目が行っていなかった。
あの状態では幽霊で現れても効果はないだろう。
小夜がナイフでひるませた一瞬が唯一のチャンスだったのだ。
「てかリオー、片桐さんが殴られたりしたの見てたんでしょ! 助けなよ!」
「だから無理ですって。そもそも、僕が到着した時のはもう殴られた後みたいですし!
本当ならすぐに皆さんを呼びに戻るつもりだったのに、あのままでは危険そうでしたからね。皆さんがここを探し出すまで、一芝居打つ羽目になりましたよ」
幽霊である理緒にも弱点はある。
あらゆるものは彼に一切触れられないということは、彼もまたあらゆるものに一切触れることが出来ないのである。
例えば、施設に侵入する事は出来ても、内側から鍵を開けたりすることは出来ない。例えば、戦闘で一切ダメージを負わずに回避することは出来ても、逆に自分からは一切攻撃をを与える事が出来ない。例えば、目の前で女の子が傷つけられていても、自身で直接助け出すことが出来ず、別の誰かに助けに来てもらうしかない。
脅かすことは出来ても、手を差し伸べることが出来ないのである。
「そもそも奈々さん、無理にここまでついてこなくても」
「兎ちゃん放っておくわけにはいかないでしょ!!
男子全員、ちゃんと守ってくれなかったんだから、あとでペナルティね!」
「ひどいー」
あまり悲壮感を感じない理緒のつぶやき。
だが、奈々の言うとおり、小夜はあの男に怪我をさせられたのだ。
「小夜さん、大丈夫……!?」
「平気…だよ」
「でも傷が……あれ……?」
兎は慌てて小夜の方を見た。小夜の腕には痛々しい爪の跡が残っている。
…が、さっきより小さくなっている気がする。
いや、よく見ると徐々にではあるが、目に見えて傷が塞がっていっている。
まるでスローで逆再生しているかのように、傷がどんどん治っていっているのだ。
「へへ……あたしも、ちょっと普通とは違う体質だからね。
簡単には死なないし、あれくらいの怪我ならこうやってすぐに治せるよ」
「でも痛かった、でしょう……?」
「あー、うん……まぁね。痛かった。
でも、片桐さんや奈々だったら、こんなものじゃ済まなかったろうから」
「にゃー……ごめんねー、サヨっち」
「大丈夫だって」
小夜が怪我をしていない方の腕で奈々の頭をなでる。にゃふーと声を上げて奈々が微笑んだ。
『いいですね~百合百合しいですね~』と理緒が茶化す。
「ありゃ、そういえばシュンは?」
「さっきからあの調子ですよ~」
思わず和んでしまったが、彼女に怪我をさせた狼男は…
いや、さっき割り込んできた瞬助はどうなったのか。
理緒が指差した方向に目を向けると、倉庫の奥から鈍い音と声が聞こえる。
兎は思わず目を逸らしたくなった。
「てめぇ……よくもうちの大事な秘書に傷つけやがったなオラァ!!!」
「ぼべらぁ……!」
瞬助は狼男の胸倉を掴んで持ち上げていた。
そのまま何度も殴りつけると、壁に向かって投げつけたのである。
「オラァァ!!」
叩きつけられた壁からずり落ちた狼男が体勢を直す前に、顔面にドロップキック。
「オラァァ!!!!」
続けて倒れた相手の顎を掴んで頭を床に叩きつけ。
「オラオラァァ!!!!」
尻尾を掴んで背負い投げ、狼男の顔面が床に叩きつけられる。
そのまま返しでもう一回背負い投げで床に叩きつける。
「ぐぼらっ……がはっ……」
「まだだオラァ!!!!」
顔が血まみれになろうと止まる事は無い。完全にヤがつく男の所業である。
「あの……止めたほうが、いいのでは……」
「ちょっと、シュンー! やりすぎ、やりすぎぃ!」
「死んじゃうってば!」
「狼男の同僚なんていりませんよ~僕は~」
ずっとひたすらにぶちのめし続けていたらしい。
奈々と小夜と理緒の言葉に瞬助は反応し、ようやく攻撃の手を止めた。
「ふしゅ~……」
瞬助は狼男を地面に落とすと、構えを解いて深呼吸。
狼男は気絶しており、ほどなくして元の人間に戻っていった。
「おいおい、オレらより半殺しにしてねぇか?」
「無理も無かろう。小夜殿と奈々殿は会長殿にとっても大事な人でござるからな」
一方、凱と透が戦っていた鬼もまた、元の人間に戻っていた。
実は鬼の人が意外とタフだった為に2人はちょっとした必殺技を放って勝利したのだが、瞬助の凄まじいぶち切れっぷりに気を取られていたので、兎達は見逃してしまっていた。
「なん、なんだよ……?」
唖然としていたのは誘拐犯リーダーのリザードマンだ。
自分と対峙していたはずの男は、いつの間にか自分を無視して、圧倒的な迫力で仲間を叩きのめした。
他の仲間も、得体の知れないヒーローとサイボーグによって、瞬く間に制圧された。
気がつけば、自分は完全に孤立してしまっていたのだ。どうしてこうなった。
「てめぇら、いったいなんなんだよぉっ!!?」
リザードマンが叫ぶ。
そこへ、一仕事終えた生徒会長が戻ってくる。
今度はある程度は冷静なようだ。この倉庫へ現れたときと同じ、イケメンモードだ。
「決まってるだろ、生徒会だ」
ニィっと不敵な笑みを浮かべ、そのままリザードマンへ向かう足を早める。
「ただし、ちょいと訳アリだがなぁ!!」
言うが早いか、勢いよくダッシュ!
あっという間に間合いを詰め、そのまま相手の顔面を殴り飛ばした。
「へぶらっ……!」
殴られたリザードマンはきりもみ回転しながらぶっ飛んでいき、壁に叩きつけられる。
「ぐ……うぉぉぉぉ!!?」
だが、リザードマンもすぐさま起き上がり、瞬助に向かって襲い掛かる。このまま何も出来ないままで終わってたまるか、そんな意地があったのかもしれない。
しかし、瞬助は動じない。
爪の攻撃は手で払い落とし、尻尾で払おうとすれば踏みつけて止め、噛み付こうとしれば懐に潜り込んで腹にパンチをラッシュ!
仕上げにボディブローを打ち込んで、リザードマンは再びぶっ飛ばされる。
「こはっ……がっ…………てめぇも、『異能者』なのかよぉ!?
なんでこんなに強ぇんだよぉ!?」
「バーカ、俺は『普通の人間』だよ!」
どこか楽しんでさえいるような口調で、自分はただの人間であると宣言する瞬助。
リザードマンからすれば、それが逆に恐ろしく見えた。
「うぉおおおあああああ!!!」
恐慌するリザードマンは、半狂乱状態で瞬助に迫る。
「いいから、いい加減そのデカイ口閉じてろ!」
瞬助は再びリザードマンの懐に飛び込む。
そして、思いっきり腕を振り上げる!
強烈なアッパーカットは見事リザードマンの顎を打ち、その身体が宙を舞う。
だが、相手の目がまだ気絶していない。
それに気付いた瞬助は、すかさずブレザーの内ポケットに手を入れる。
取り出したのは……拳銃。
デザートイーグルと呼ばれる大型自動拳銃だ。
これにはリザードマンの目も見開かれた。だが、打ち上げられ宙に浮いている身では、もうどうにも出来ない。
「トドメッ!」
パアァァン!
ためらいなくトリガーを引き、一際派手な音がなる。
瞬助の撃った弾は、見事リザードマンの額に命中した。
「が……」
額を打ち抜かれ、そのまま落下してきたリザードマン。どさりと地面に落ちた彼は気を失い、他の怪物たちと同様、元の人間の姿に戻っていく。
その横で、BB弾が1つ、コロコロと転がっていた。静かになった倉庫の中で、その音は妙に響いて聞こえた。
「うっし、終わったか」
最後の怪物が倒れたことを確認すると、瞬助は得物を懐にしまう。
戦闘終了だ。ようやく倉庫内も静かになった。
一息ついた瞬助の傍へ、男子たちが集まっていく。
凱は既に変身を解いて元の姿に戻っており、透も武器をしまって帽子を被り直していた。
「微妙に2分オーバーしたでござるな」
「会長に任せずに、さっさとオレらで仕留めちまえばよかったかな」
「いやいや、ここはヒロインを助けに来た役どころとして、おいしいところは主役に譲るべきでしょう」
「おい、また俺を主役に仕立て上げようとしてねぇか?」
「「他にぴったりな人がいるのか(いるでござるか)?」」
「ほら主役、早くヒロインに声掛けてきてください」
「うっせ」
他の男子たちにからかわれながら、瞬助は兎達の元へと歩いてくる。
もう怒気は孕んでいない。昼間学校を案内してくれた時と同じ、生徒会長としての顔だ。
「あーなんだ、片桐さん、大丈夫だったか?」
「あ……えっと、はい」
「悪かったな、すぐに助けに来てやれなくて」
「いえ……あの、その……」
(つ、強ーっ!!
なんなの、この人達!?
っていうか、さっきの暴れっぷりといい、拳銃といい!!
ヤなの!? 実はヤーさんなの!?
異能者って結局なに!? 指定暴力団体『生徒会』ってこと!?)
「ん…? あぁ、これか?
ただのおもちゃだよ。本物に似せちゃいるが、モデルガンを改造したものだ。
弾はただのBB弾だし、撃つと派手な音が鳴るんだよ。クラッカーみたいなもんだ。
本物はこんな軽い音じゃないって」
「は……はぁ……」
視線が胸ポケットに向いていたのに気付いて、瞬助は自身の武器を再び懐から取り出して説明する。
瞬助の持つデザートイーグルはただのおもちゃであり、威力は大した事はない。だが、素手の人間に追い込まれた半狂乱状態だったリザードマンからすれば、突如取り出した拳銃は本物に見えたのだろう。本物以上に派手な発砲音に加え、額に弾を喰らったことで死んだと錯覚し、あっという間に気絶したのだった。
兎は呆然としたまま説明を聞いていた。
聞こえてはいたが、半分以上は混乱と妄想をして聞き流していた。
「奈々と小夜もお疲れ。悪いな小夜、怪我させちまって」
「大丈夫。あたしならすぐに治せるし。奈々や片桐さんに大きな怪我が無くてよかった」
「にゃー、結局ウチが足引っ張っちゃったかなぁ。ごめん、シュン」
瞬助は兎の横についていた仲間たちにも声を掛ける。
奈々は笑っているが、態度はだいぶしおらしくなっていた。
『あれー、僕の時と態度が違くないですか~?』という声が聞こえるがとりあえず無視。
「そうでもないぞ。奈々が片桐さんとテレパシーを成功させてなきゃ、俺らはまだ霧の中彷徨う羽目になってたろうからな」
倉庫街に到着した時、あたり一面が凄まじい霧で覆われていたのだ。
凱と奈々はバイクで霧の中に進入していたが、走り回ろうにも目の前を見ることすらおぼつかない状態だったのである。
常人より耳のいいサイボーグである透の集音機能で探ろうとするものの、相手がどこにいるかまでは正確には分からない。もたついているうちにまた『転移』で逃げられるわけにもいかない。
電撃的に攻め込むために、自由に建物に出入りできる理緒が見つけるか、奈々がテレパシーで呼びかけるかをして、兎の位置を正確に知る必要があったのである。
結果、先に発見した理緒が怪物たちを相手している間に奈々の呼びかけが通じ、兎の声は透たちに届いた、というわけだ。
「ふむ、そういえば外の霧も晴れたでござるな」
「親玉ぶっ飛ばしたから魔法が切れたとか、そんな感じか?」
「うーん……この人たちの中にあの魔法っぽいのが使えそうな人がいるとは思えないのですが」
「まぁ考えるのは後にしようぜ。トール、ネット弾あるんだろ。さっさとこいつら捕縛しとこうぜ」
「うむ。それからとりあえず桧山先生に連絡するでござるよー。後は専門家に任せるでござる~」
男子たちはてきぱきと後始末を始める。
透の指には、人一人包める網になるネット弾が内蔵されている。5人の元怪物な誘拐犯を捕らえると、倉庫の端へと集めていった。その間に凱はスマホでどこかへ連絡を取る。専門家というのがいるのだろうか。
(ひょっとしてあの人達、海に沈められるー!?)
「片桐さーん、おーい」
「はっ……え、と……はい」
妙な想像をしてしまう兎に対し、瞬助が声を掛ける。
瞬助は、今朝気絶させた手前、少しやりにくそうにしながら言葉を続ける。
「まぁ、『異能者』のこととか、色々聞きたいことはあると思う。それはちゃんと教えるよ。
ただ、今日はちゃんと休んだほうがいいぜ。色々あって疲れたろ?」
「あ……その……はい……」
確かに、今日は自分の常識がガラガラと崩れっぱなしの一日だった。
今日のところは早く休みたい。
この人たちはちゃんと教えてくれるだろう、それは信頼できる。
今なら安心して、明日を迎えられる。
やっと休める……
そう思った矢先に、兎には本日最後の試練が待っていたのだった。
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