Part6:犯罪に巻き込まれたときに大事なこと

「なにぃっ!? 片桐さんが攫われたぁ!?」


生徒会室で桧山への報告メールを済ませ、帰り支度を始めていた瞬助は、突如掛かってきた奈々からの緊急連絡に思わず声を上げる。

同じく帰り支度をしていた小夜も手を止める。


「くそっ、初日どころか、転校前からかよトラブル!!

それで、状況は!?……あぁ、理緒がいるのか!

……ああ……ああ!」


奈々の横に理緒がいると知り、改めて目撃したものを聞いた。

理緒は攫われる直前から見ており、誘拐犯の車の特徴もしっかりと見ていた。


「よくやった、理緒!

ナンバーと車種が分かればやりようはあるだろ!

こっちも動く。『異能者』絡みには『異能者』の力を借りるさ。奈々、後は任せろ!」

『うぅ……本当にごめんね、シュン』

「気にすんな、ってのも難しいかもだがな。

お前が片桐さんの様子がなんかおかしいって思ったから、こんなに早く気付けたんだ。

理緒、いるんだろ? そのまま片桐さんを探してくれ!見つけたら連絡頼む!」

『無茶言わないでほしいですねぇ。どこにいるかの見当もつきません。

それに、僕は携帯持てないんですよ?』

『ウチが一緒に行くよ! ひょっとしたら……!』

「あぁ、例のアレがあったか。

理緒、そのまま奈々と一緒に探しにいってくれ!

こっちより早く見つけたら、うまいことフォローを頼む!」

『仕方ありませんねぇ。まぁ、やれるだけはやってみますよ』

『シュンも急いでね! 転校生が転校前になんか傷を負うなんてヤだよ!』

「当たり前だ!よりにもよってうちの生徒に手を出したことを後悔させてやる!」


並々ならぬ気迫を放ちながら、瞬助はスマホの通信アプリを開く。

すぐさま、生徒会のとあるメンバーに連絡を取った。


「空里か!

ちょいとマズイことになった!!

大至急、調べてほしい事がある!!」


☆★☆★☆★☆★


「ほうほう、まーた命知らずな阿呆がいたものなのだ。

うちの学校の生徒に手を出そうっていうのだな。

しかも、よりにもよって今日、瞬助と仲良しになった女の子なのだ」

『おい、俺が疫病神みたいな言い方やめろや』

「ウサちゃんじゃなくて、誘拐犯にとってはそうなのだ。

とにかく、その車の場所を突き止めればいいのだな?」


カタカタカタカタ………

カタカタカタカタ………

カタカタカタカタ………

多数のキーボードを叩く音が部屋に響く。

片手にはスマホを持って耳に当て、残る手で複数のキーボードをする。

空里 鶴美の前には多数のモニターが置かれ、そのうちの大モニターの中で、目まぐるしくウィンドウが入れ替わる。


『あと、場所が分かったらそこに飛ぶ。

俺と小夜はもちろん、猪宮と亀井にも行かせるからそっちも準備頼む!』

「人使いが荒いのだー」

『こういうときくらい、その4本の腕を使ってくれよ!』

「了解なのだー、というかもう大体場所は分かったのだー」


3つのキーボードを3、残る1本で電話を持ち、難なく電話を続ける。


空里 鶴美は生徒会の一員であり『異能者』だ。

4本の腕を持つという、目に見えて分かりやすい異形をしているために、普段は周囲を混乱させないよう、特殊な部屋に入り浸っている。それが、秘密基地と称されるアンテナつきの小屋だ。

物置となっている小屋の中には隠しエレベーターが存在している。それで地下へと下りれば、現代の文明水準を逸脱したオーバーテクノロジー満載・特撮ヒーロー番組顔負けの秘密基地が広がっているのだ。常人離れした頭脳と腕を持つ彼女が、生徒会が受け持つ非常事態のため用意した特別な場所。ちなみにもう1箇所入り口があり、それが保健室の奥にある開かずの扉である。普段から授業には出ない鶴美だが、時折保健室に出ては保険医や生徒と談笑している。僅かではあるが、鶴美の人外ぶりを知っている生徒もいるのだ。


『もうかよ、早いな!』

「小生の小型衛星のカメラに映っていたのだ。攫われた時間を調べたら1発だったのだ」

『……なんだって?』

「ほら、こないだも拉致事件あったから、この学校周辺をまとめて監視できる人工衛星を打ち上げといたのだ。って言っても超小型だから、周囲50キロくらいしか見れないのだ」

『……今はそのカメラがあってよかったと思うことにする』


勝手に人工衛星打ち上げて、政府とか宇宙開発団体から突っ込みが来たりしないだろうか。そんな疑念はとりあえず置いておく。


「片桐さんが攫われた時間に変な光が出てるのが確認できたのだ。これが理緒の言うところの魔法陣なのだな。同じ時間帯で、まったく別の場所でも光ってるのがあったのだ。これが多分、転移先なのだ。人気の無いところだけど、堂々と出現しちゃってるのだ」

『誘拐犯も宇宙から監視されてるとは思わなかったろうよ。で、場所は?』

「街外れにブルーボックスって呼ばれてる倉庫街があるの、分かるのだ?

あの近くに現れたようなのだ。どうやら、倉庫のどれかをアジトにしてるっぽいのだ。

でも困ったのだ」

『どの倉庫までは分からないか?』

「倉庫街に霧がかかってるのだ、すごく濃いの。このカメラを持ってしても、どうなってるのか見えないのだ。物凄く不自然なのだ!」

『やれやれ、まるでファンタジーの小説か何かだな』


こんな時期に霧がかかるなんてまず無い。衛星カメラからも確認できないほどの霧となれば、明らかな異常事態。これも『異能者』の仕業と考えるべきだ。


『やはり現地に飛ぶしかないか。その霧、害は無いか調べられるか?』

「すぐにドローンを派遣するのだ。裏方は小生に任せるのだー。

それより、現地に行くとしても奈々はどうするのだ?」

『出来れば一般人のアイツは大人しくしてて欲しいんだけどな……』

「それを言ったら、会長だって『異能者』じゃないのだ。ここで蚊帳の外は可愛そうなのだー。というわけで、ガイくーん」

『おう、話は大体聞いてたぜ』

『おまっ、いつの間に!』

『空里特製の会話アプリだよ、こないだ全員にインストールしてただろ』


突如会話に乱入してきた猪宮に驚くが、そういえば複数人と会話が出来るものだったと思い出す。似たようなアプリは現代にも存在するが、『小生ならばもっと便利なものにしてやるのだ』と、勝手に作ってインストールしたのだった。


『で、猫衣の方だけど、オレがバイク出すから途中で拾ってく!理緒はまぁ、勝手についてこれんだろ。会長達はトールと一緒に行けばいい』

『分かったよ……空里、保健室の方が俺たち近いから、開けといてくれ』

「もうとっくに開けてるのだ。さっさと来るのだー」


開かずの間の鍵は既に開けている。すぐに瞬助達はこの秘密基地内に来るだろう。


「さてと、射出装置の具合を確かめておくのだ」


鶴美はキーボードを操作する。

モニターの中は基地内の一角が映されており、瞬助達がこれから使う装備と使用する装置が、出番を待って佇んでいたのだった。


☆★☆★☆★☆★


「ん……」


頭がぼんやりとしている。

自分はどうなったんだったか……なんか、今日は既に似たようなことがあったような……

寝てしまっていたのか、どれくらい寝ていたのだろうか。

それに……


「ここは…………っ!?」


自身の異常に気付き、急激に頭が覚醒した。


手足が縛られてる。

縄で後ろ手に縛られ、両足も縄で縛られ、身動きできない状態で床に横たえられていた。

コンクリートの床が冷たい。無造作に置かれているにもほどがある。

ここはどこかの倉庫だろうか?

結構な広さがあるが、ものがほとんど何も置かれていない。


「よぉ、お目覚めかよぉ、アイドルさんよぉ?」


男の声がして顔をあげた。

いかついスキンヘッドの男だ。ギラリと睨む目が怖い。

なんとなく爬虫類、ワニとかを連想させる。


(うぅ……なんでこんなことするんだろ……

それに、この状況……すごく、嫌な予感しかしない)


いつもならば緊張して妄想が始まるところだが、今は恐怖の方が勝っている。

思考が追いついていない。


「…………目的は、何?」


なんとか震える声を絞り出した。


「目的ぃ? 女の子攫ってすることなんて、決まってんだろぉ?」


嫌らしく笑うワニっぽい男。

なんとか周囲を見回してみると、全部で5人の男が自分を囲んでいることに気がついた。

いずれもぐへへ、といやらしい笑みを浮かべている。


(ここまでコッテコテの悪役とかそうそう拝めるものじゃないけど、マジで貞操の危機?)


獲物を前に舌なめずり、三流悪役丸出しであるが、縛られている自分には十分すぎる。

いくらか覚悟はしていたとはいえ、ここまで露骨に欲望を表情に出せるものなのだろうか。

だが、眠っている間に手は出されなかったようだ。

幸運だ。


予知夢で見た以上、自分はどう足掻いても攫われることは確定事項だった。

だから、マネージャーは自分が攫われた後に救助をすると言っていた。

各方面に顔が効くあの人のことだ、警察と協力して今頃は自分を探し回っているだろう。

どれくらいかかるか分からないけれど、必ず助けに来てくれるはず……

この場をなんとか切り抜ければ、綺麗な身体のまま帰れるかもしれない。

なんとか時間を稼がなければ。


「わ、私が、攫われれば、騒ぎになるはず……今頃、私が現場に来ていないって……」

「あー、今日はお前の仕事がないってことは分かってんだよぉ?」

「……っ!?」


(バレてる…………でも、なんで?)


確かに、今日は一日空いている。仕事は完全にオフ。

だからこそ、学校案内というものに出る事が出来たのだ。

途中で気絶してしまい、案内が午後までかかるというハプニングがあったものの、仕事がなかったから最後まで出る事が出来たのだ。


とはいえ、ただの誘拐犯がなぜそんなことを知っているのだろうか?


「なんで分かったってかぁ? そりゃ、教えてもらったからなぁ?

お前さんのマネージャー様によぉ?」



「…………え?」



うまく頭が働かなかった。


「実は学業に専念するからって、しばらく休業する予定だったんだってなぁ?

今日は学校に行ってるから、仕事もプライベートも一人だろうって言ってたぜぇ?」

「なに……それ……?」


休業?

聞いていない。

そもそも、来週以降にもちゃんと仕事の予定はあったはずだ。


「けけ、随分な野郎だよなぁ?

育ててきたアイドルを売り渡して、好き放題しちゃってかまわないなんてよぉ?

そんで当人は金持ってトンズラだってんだから、大した悪人だよなぁ?」


売り渡す……?

え……?



(マネージャーが……私を、売った?)


頭がその考えを受け入れられない。


だって、あれ……?


昨日まで当たり前のように仕事をしていたではないか。

デビューしてきた時からずっとサポートしてくれたではないか。

自分の人見知りで随分迷惑をかけてしまったけど、それでも笑って助けてくれたではないか。

自分が予知夢のことで悩んでいれば、いつも相談に乗ってくれたではないか。


こんなに突然に、何の前触れもなしに、いなくなるのだろうか。


「けっ、こじんまりしやがってよぉ?

もっと派手に喚けよ芸能人!!」

「ぐあっ……あっ……!」


突如、リーダーらしいワニっぽい男が蹴りを入れてきた。

呆然としていたところへ、鳩尾に重い一撃が入る。

お腹の痛みでようやく、現実味が戻ってきた。

そして重要なことを思い出す。


(夢の事はマネージャーにしか話していない……それじゃあ……)


助けは来ない。



急激に身体から力が抜ける。


これが……絶望するってことなんだろうか。


自分でも気付かなかった。

自分がどれだけマネージャーを信じていたか、助けをアテにしていたか。


ここまでとは思わなかった。

助けが来ないことが、どれほどショックだったか。


「可愛い顔して、余裕かましてよぉ!?

何もしねぇと思ってんのかよぉ!?」

「あぅ……くっ……」


男の方はイライラが治まらないらしく、何度もしつこく蹴りを入れてくる。

腹、足、腕に何度も蹴りが入る。

服が汚れ、腕が赤くなってしまっている。

痛みで目頭が熱くなる。いや、涙が出るのは痛いからだけじゃない。


自分でも不思議だ。

どうしてあそこまで、マネージャーが助けてくれると信じられたのだろうか。


いや、それも自分のせいだ。

ずっと流され、人の言いなりになってばかりだったから。

やれと言われて、出来ることはやってきた。


いつだって、マネージャーの言うとおりにやってきた。

仕事の内容も、プライベートでの予定も、両親の葬式での対応も。


そのマネージャーが、助けに来るから待ってていればいい、そう言ったのだ。

だから、他に助けも求めず、ただ待つだけになってしまったのだ。


「てめぇはいいよなぁ?

アイドル様なんて祭り上げられて、チヤホヤされやがってよぉ?」

「かはっ…!」


ひときわ強い蹴りがお腹に入る。

息が出来ない苦しさで、考えが中断された。

そのためか、ふと疑問がわく。


この人、さっきから何でこんなにイラついているのだろうか……


「ちっ、おんなじ『異能者』だってのに、随分な差がついてるじゃねぇかよぉ、えぇ!?」

「くっ……」


(異能者…? 異能者って何……?

私の超能力のこと?)


「あなたも……超能力者、なの……」

「超能力ぅ? はぁん!?

そんな便利なもんあったらよぉ、もっといい稼ぎ出来るだろうよぉ!?」

「うっぐっ……!」


ドゴッと鈍い音がして、今までにない痛みが顔を襲う。

思いっきり、顔に蹴りを入れられたのだ。

ずきずきと鼻が痛む。この感覚、鼻血も出てしまっているかもしれない。


今の言葉は確実にこの男を怒らせたらしい。

だが、なぜここまでの敵意を自分に見せるのだろうか?


「いいぜぇ、見せてやってもいいぜぇ?

俺の『異能』って奴をよぉ!?」


男は笑う。

両手を広げて高笑いをする。


そして、異常事態が起こる。


「ひっ……!」


めきめきと男の身体が、手足が膨らんでいく。シャツとズボンの裾が、音を立てて破けた。

びりびりと破けたズボンからは、緑色の肌が現れた。

否、肌ではない。鱗だ。

まるで爬虫類のような足に変化したのだ。

足だけではない。シャツが破けて、鱗に覆われた腕が姿を見せる。

爪が伸び、ワニを思い起こす手に変形している。

さらに、ズボンからは尻尾が生えてきたのだ。

ワニを連想させる鱗に覆われた太い尻尾が、ズシンと音を立てて床を叩く。

最後に顔も変形していく。

つるりとした顔、ぎょろりとした目、巨大な口。

明らかに人、いや哺乳類の顔ではない。トカゲが近いだろうか、爬虫類の顔だ。


明らかな異常事態だった。


兎の目の前には、ファンタジー小説で見たことのある『トカゲリザードマン男』が現れたのだ。


「俺の役は『血に飢えたリザードマン』だとよぉ!?

『超能力アイドル』とはえれぇ差じゃねぇのかよぉ、えぇ!?

美少女にはいい役で、野郎にはロクでもない役ってかぁ!?」


少し声が聞き取り辛くなっているが、先ほどの男であることは分かった。

確かにこの男は、現代にはありえない怪物に変身してみせたのだ。


兎は目を見開いたまま固まってしまう。

表面も内面も、あまりの異常事態にただただ困惑するのみだ。


「俺だけじゃねぇぜぇ?

ここにいるのはみんな『異能者』よぉ?

創造主クリエイター』とかいうアホのせいで、社会からゴミ扱いされた野郎どもだ!」


リザードマンが高らかに叫ぶ。

それを合図に、周りにいた4人の男たちの身体も異形へと変身していく。


一人は鋭い爪と牙を持ち、狼の顔と尻尾を持った姿に変身した。リザードマンと同じくファンタジーの怪物『狼男ウェアウルフ』だ。

一人は身体が2メートルほどに巨大化し、皮膚は赤く、手足の筋肉が異常に逞しくなっていき、頭から一本の角が生えている。今度は日本の昔話でおなじみの『鬼』だ。

一人は黒い羽毛で顔が覆われ、嘴と黒い翼が生えてきた。着ているのが洋服だからちょっと分からないが、おそらく『烏天狗』だろう。

一人は手がカマのように鋭い刃物になっていき、顔もある虫に変化している。えぇと、なんていえばいいのだろう、『カマキリ男』でいいのだろうか。


(こ、こんなのが、現実にいるの!?)


明らかに、漫画か映画かアニメのキャラクターのような、普通ではない人物。

そんな怪物が5人も、自分を取り囲んでいる。

先ほどから現実味をまったく感じない、夢か何かだと思えばどんなにラクか。

だが、兎は思い当たる。思い当たってしまう。


そもそも自分が、普通ではありえないとされている、本物の超能力者ではないか。


(こんなのに……襲われたら……)


身体の震えが止まらない。

目の前の脅威は現実に存在し、そして今まさに自分に襲い掛かろうとしているのだ。


「てめぇを惨い目にあわせりゃ、ちったぁ気が晴れるだろうよぉ?

じっくりいたぶって、存分に楽しんでから、がっつりいただいてやるからなぁ!?

『超能力アイドルは、化け物達に喰われちまいました』ってかぁ!?

クソ脚本に置き換えてやるから覚悟しろやぁ!?」


喰われる……!

性的な意味ではない、本当に肉食的な意味で喰われる……!


(役……脚本……この人が何を言ってるのか分からないけど……

こんな、訳も分からない死に方……)


一度は自分の命さえ軽く見た兎は、本気で怯え、そして懇願する。


(ヤダ……さすがにヤダ……誰か……!)




「っと、さすがにこれはまずいですねぇ」



どこか気の抜けた声が倉庫内に響いた。


「あぁ!?」


リザードマンが声を荒げて振り返ると、倉庫の入り口にいる侵入者に気が付いた。


「てめぇ、どっから入ってきやがったぁ!?」

「普通に入り口から入ってきましたけどねぇ」


リザードマンの怒鳴りにも動揺せず、さらりと答える。

眼鏡を掛けた少年だ。

やや長い髪を後ろで結っており、前髪も目にかかるかというところだ。

どこかだらけた印象の男子だが、その服装には見覚えがある。


(石猿会長と同じ……茨木高校の……制服)


どうしてここに茨木高校の男子がいるのだろうか。

そんな疑問が浮かぶと同時に、少しだけ希望が浮かぶ。

もしかして……と。


「あぁ!? シャッターも閉まってるのに何言ってやがんだぁ?

まさかてめぇも『異能者』かぁ!?」

「ええ、まぁ。『異能者』ではありますよ」


侵入者はあっさりと答える。

どうやったのかは分からないが、この少年も何かしらの化け物じみた力を持っているのだろうか。

自分の中の希望が期待に変わる。


「いやはや参りました。倉庫街一帯が濃霧で覆われていましたからね。

バイクでつっ走るのは少々危険そうなので一人で行動してみれば……

これは間に合ったといえるのでしょうか?

まぁ、犯されてるわけではなさそうなので、ギリギリセーフでしょうか」


貞操どころか命の危機だったのだが、確かに間に合った。

怪物たちもみな侵入者に向いている。

期待していいのだろうか……この人は……


「さて、片桐さん。この制服を見れば分かるとおり、僕は瞬助達の関係者です。

ですがね、実を言うと、僕はあなたを助ける事が出来ません」

「……え?」


思考がまた止まる。

あまりにタイミングよく現れたので、てっきり助けに来てくれたと思ったのだが、そうではないらしい。


「なぁにを言ってんだてめぇはぁ!!?」

リザードマンが半ば突っ込みじみた口調で怒鳴りながら、侵入者に襲い掛かる。

だが眼鏡の少年は、鋭い爪が襲い掛かっても動じることなく攻撃をかわす。


「おっと、危ない危ない」


余裕そうである。それを見た他の怪物たちも次々と侵入者に攻撃する。


巨大な鬼の腕で殴りかかり、カマキリの鎌が襲い、狼男が噛み付こうと飛び掛り、烏天狗が空から蹴りをいれるが、それらをスルスルとかわしていく。


「避けんじゃねぇ!」「くそっ、どうなってる!?」「囲め、囲め!」

「よっと」


最後には5体が一斉に飛び掛るが、少年はふわりと宙に浮かんで回避した。大ジャンプというより、本当に浮遊したように見えた。そのまま空中でゆっくりと回転してから、音も無く床に降りる。


余裕そうだ。

しかし、少年は困ったような顔をして言う。


「本当は華麗にこいつらを蹴散らしたいところなんですがね……

僕は少々特殊な『異能者』なので、戦闘能力がゼロなんです。

ここから貴女を連れ出すことすら出来ない、ごく潰しなんですよ」


これだけの力を見せつけて戦闘能力ゼロとはなんの冗談なのだろうか。

侵入者の飄々とした態度に、少し胡散臭さすら感じ始めていた。

だがそういえば、彼はひたすら避けるだけで一度も攻撃らしいものをしていない。

まさか本当に……

期待が少しずつ薄れていくのを感じる。

その心情を知ってか知らずか、少年は少し真面目な口調になって言葉を続ける。


「ですが、この場を切り抜ける方法はあります。

もちろん、あなた自身の力で、です」


そう言って、彼は自分の頭を指差す。


(あ……)


彼の意図はすぐに分かった。


テレパシー。

半径100メートル以内で、且つ名前を知っている人間ならば、直接頭に声を届ける事が出来る。

今日、珍しく使いまくった超能力。


もしかしたら、彼らが近くまで探しに来てくれているのかもしれない。

それならば、テレパシーを飛ばせば、助けを求められるかもしれない。


けど、そんなことをすれば……

目の前にいる異形を相手にすることになってしまう。

いくらなんでも……


≪兎ちゃん!!≫

≪!!≫

≪近くにいるの!? お願い、聞こえてるなら応えて!!≫


奈々からのテレパシーが聞こえる。

そういえば彼女はテレパシーのコツを掴んだのか、自分に向かって念を飛ばすことが出来るようになっていた。

間違いなく、彼女は近くに来ている。


≪テレパシーだけじゃなくて、声を上げて!!

今、この辺の倉庫街がおかしなことになってるの!!

でも、貴女の声があれば場所が分かるの!!

お願い、聞こえるなら応えて!!≫


必死な声で呼びかけてくる。

助けに来てくれた。それは凄く嬉しい。


だけど、目の前の異常事態が、答えるのを躊躇わせる。

ただの人間がどうにかできるものとは思えない。


「大丈夫ですよ。彼らは今日、なんて言ってました?」


少年の声が柔らかくなる。そして。


「困った事があったら、遠慮なく生徒会に助けを求めてくれ」


わざわざ口調まで真似して。

はっきりと彼の言葉を口にした。


「てめぇ、何をごちゃごちゃ言ってやがんだぁ!?」

「おっと……!」


リザードマンの爪が背後から襲いかかる。

兎と話していた少年は気付くのが遅れてしまう。


「あ……!」


リザードマンの爪が、少年の身体を貫いた。


だが、血が吹き出るわけでもなく。

リザードマンの身体はそのまま少年の身体をすり抜けてしまう。

身体を通られた少年の身体はゆらりと揺らぎ、まるで蜃気楼のように霧散して消えてしまう。


「大丈夫。彼らの言葉に、嘘なんてありませんから」


消える寸前に、その言葉を残して。



「あぁくそっ、なんなんだよぉ、アイツはよぉ!?」


リザードマンが叫ぶ。いらつき度はMAXだろう。

もしその怒りが自分に向けられれば、今度こそ命は無い。


状況確認。敵は5人。味方はいない。

でも外には助けが来ているかもしれない。

そのためには、テレパシーで言われたことをしなければならない。


「……けて」


大きな声を出すのは苦手だ。それでもやるしかない。


「助けてください!! 私はここです!!」


兎は、自分の人生の中で最大級の声を発したのだった。


「お願いです!!生徒会のみなさん、助けてください!!」




「音声確認! この1個先の倉庫でござる!」

「思ったより近かったね!」


聞き覚えのある声がする。天井からだ。


「ここかああぁぁぁぁ!!!」


ドゴォォォォン!!!


「きゃあっ!?」


何かが爆発したかのようだった。

天井から轟音が響き、直後に何者かが降ってきた。

見上げると屋根に穴が開いており、そこから突っ込んできたようだった。


「ふぅー……」


倉庫内に突撃してきた人物は、着地体勢から立ち上がる。

何かを背負っているが、その人物には見覚えがあった。

確かに、期待したとおりの人物である。

イケメンだとは思っていたが、こんなおいしい役までこなせてしまうのか。


「会長…さん……」

「待たせちまって悪いな、片桐さん」


茨木高校・生徒会会長、石猿 瞬助。

彼が助けに来てくれたのだ。


さらに、いつの間にか彼の横には、先ほどの眼鏡の男子もいた。


「身の危険を感じたら、大声で助けを求める。犯罪抑制の基本ですよねぇ」


眼鏡の少年・理緒は緊張感の無い声で、生徒会の到着を茶化すのであった。


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