Part4:超能力のイタズラといえばとりあえずコレ

「さて、実を言うと予定が大幅に狂ってしまっている。

本来であれば午前中のうちに学校を案内して、ご飯食べて終了って予定だったんだが、

現在午前11時半。思ったよりも片桐さんが寝ちゃってた」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、それはもう構わねぇよ。俺達も用事は特にないから、午後に改めて学校をまわっても構わない。いくつかの部活が顔を出してるハズだから、時間があれば見学してもいいかもな」


保健室を出て、廊下にて瞬助達は今後の予定を話し合う。

学校案内を改めて行うことにはなったが、少し問題があった。


「ただ、さすがに昼食の時間はズラせないだろう。

今日はまだ春休みだから、購買部も食堂もやってないしな。

一応、近くの弁当屋に頼んでおいたものがあるんだが、食べるか?」

「やったー、シュンのおごりー!」

「おごりじゃねぇよ。いや、学校のおごりになるのか、この場合」

「遠慮しなくていいからね。学校に請求できるから」

「あ……じゃあ、い、いただきます……」


瞬助は最初に生徒会室で会議を行った時、兎を含む4人分の弁当を注文しておいたのだ。

もちろん、ちゃんと学校行事の一環なので学校側に請求できる。

せっかくなので、ここぞとばかりに少し高いものを注文した。

たぶん、巡り巡って桧山の煙草代にダメージが行くことになるだろう。


「てなわけで、俺はちょっとひとっ走りして、弁当を受け取りに行ってくるわ。

悪いけど、どこか適当にまわっててくれ」

「りょーかい。どこで食べる?」

「教室……は新学期前だから掃除したばっかだろうし、職員室……わざわざあそこで食うのはなぁ……会議室は閉まってるだろうし。やっぱ、生徒会室になるかな」

「おっけー。じゃあ、教室棟のあたりうろついてから向かうわー」


会長・副会長コンビは手短に打ち合わせを行い、瞬助はすぐに別れていった。

残された女子2人に連れられて、兎は校舎を歩き出す。

「そんじゃ、簡単に案内してくよー」


廊下の端に来たところで、さっそく奈々が説明を始めた。

廊下の端は屋外に繋がっていた。一段高くなった通路と、簡素な渡り廊下があり、反対側に別の校舎が建っている。


「とりあえず位置だけざっくり説明しとくねー。

今いるのは西教棟。下駄箱とか保健室とかあるのがここ。

あとは生物室みたいな、特別教室なんかもこっちにあるよ。

で、あの渡り廊下を渡っていくのが東教棟。

ウチらの教室は大体あっちにあるから教室棟なんて呼ばれたりもするね。

ちなみに、生徒会室もあちらだよ」


その渡り廊下は途中でT字路になっている。

教室棟とは別方向にも通路が伸びていた。


「あっちの通路は体育館と部室棟に繋がってるの。

今日も部活で何人か来てると思うから、あとで見てまわろうね」


そして、渡り廊下からは、グラウンドも見る事が出来た。

広々としたグラウンドには、サッカーゴールや野球ベースも設置されている。

割と本格的なグラウンドだ、と感想を抱いたところで、兎は気になるものを見つけた。


「あの……あれは、なんでしょう……?」


グラウンドの向こうに、林が茂っているのだが、その中に見慣れぬ建物があるのだ。

木々に覆われていて見えにくいが、小屋のように見える。

だが、建物の上部になにやら怪しげなものが立てられているのだ。

巨大なアンテナ、というべきか。奇天烈な形の装飾が、今にも木々から飛び出さんとするかのように突き出ているのである。

兎の指摘に、奈々の目がキラリと輝いた。


「ふっふっふ、あれこそまさに我が校のスペシャルスポット!

なんとあそこは、宇宙人の研究が行われている秘密基地なのだよっ!」

「えっ……!?」

「奈~々~……」

「にゃは☆」


奈々の自信満々な紹介にあっけに取られた兎だったが、直後に小夜がジト目で睨んでいた。


「あの建物自体は物置になってるよ。あの変なアンテナみたいのは……よく知らない。

卒業生が残した芸術作品らしいよ」


溜息をついてから、小夜が説明した。

確かにあんなに目立つ代物だ。生徒間でも色々な噂が立っていそうだ。

奈々が茶化したように、宇宙人と交信する為のアンテナと言われても納得してしまうような、不思議な存在感があった。


(まぁ、ただの高校にそんな変なものがあってもびっくりだけど。

そういうロマンがあってもいいよね。

っていうか、猫衣さんこういう噂話も好きなのかな)


そんなことを考えながら、渡り廊下を渡ろうとする。

ところが。



「おやー?」


奈々が不意に足を止めた。

東校舎から一人の女子生徒が歩いてくるのが見えたのだ。


「オイオイ、生徒会じゃねぇかよオイ」


現れたのは、髪を茶髪に染めた女子だった。

制服を着崩し、スカートもやたら短い。耳にピアスもつけている。

柄の悪そうな態度から、全身でいかにも『不良です』と主張している子であった。


(うわーーっ、うわーーっ!!

茶髪のいかにもヤンキーな人が!!

もしかして生徒会に因縁持ってたりするのかな!

族を潰されちゃったりしたのかな!

……いやいや、妄想はもういいってば、私のバカ)


初対面の人間が現れたことで、兎の緊張が高まる。

あやうくまた妄想でトリップしかけたが、傍に奈々と小夜がいたことで先の失態を思い出せた。

そんな兎の動揺をよそに、奈々は不良女子の絡みに答える。


瀬見セミさん? なんでここに?」

「なんでここにだぁ? そりゃこっちの台詞だっつーの!

かったるい始業式出ようって気になって来てみりゃ、教室どころか学校中に人がいねぇじゃねぇか!

なんだよ、ついに学校全体丸ごとボイコットでもしたかぁ?」

「いや、始業式は明日だよ?」

「てか、もうお昼だよ。始業式あったとしても終わってるよ」

「なんっ……だとっ………?」


(あ、バカだこの人)


兎の感想は実にシンプルだった。

奈々と小夜の指摘に、瀬見と呼ばれた女子はかなり動揺したらしく、わなわなと震えている。


「くそっ、トシコの野郎、騙しやがったな!

スプラインで慌てて始業式は今日だぞーなんて送ってきやがって!!」

「普通に日程表を確認しなよ」


小夜が冷たい目で突っ込みを入れる。

遠慮がない物言いに、彼女らの普段の関係性が見て取れた。

一方、奈々は生暖かい目で瀬見を見て、そのまま彼女の肩に手を置いた。


「でもそっかー。始業式だと聞いて、遅刻だと分かっててもサボらずに学校に来てくれたんだね☆」

「あぁ? わざわざ怒られにくるようなバカが………あ?」


(あ、目が合った。なんか凄く嫌な予感がする)


「……見ねぇ顔だな。新入りか」

「そだよー。転校生の片桐さん。今日は学校見学に来てもらってたの」

「あ、あの……よろしく、お願いします」


(よかった、今回はちゃんと挨拶できた。

猫衣さん達が横にいてくれたからかな。ちょっと安心)


心強い味方がいることで、どうにか問題なく答えられた。


「ん~~~~~?」


一方、瀬見は兎の顔をマジマジと見る。

じっくり10秒は眺めて、そろそろ居心地が悪くなってきたところ、突如瀬見の目が見開いた。


「あっ!? てめぇアレか!?

あのイカサマアイドル・ウサギか!?」


(イカサマ……まぁ、たまにそう言われるけど)


片桐 兎は超能力アイドルとして知られている。

その能力が本物かヤラセか、彼女がテレビ出演するたびにネット上で議論が交わされるのが常だ。彼女の力が本物であることは当人及び番組制作側の守秘義務にあたるので、当然一般には知られていない。

大抵の人間はあくまでもエンターテイメントの一環として楽しんでおり、本物だと信じている者は少ないだろうとは思っていた。いわゆるアンチと呼ばれる人が、イカサマアイドルとして騒ぎ立てるのも一種のお約束になっているのも知っている。だが、まさか面と向かって言ってくる人がいるとは思わなかった。


「くくっ、マジかよ!

超能力なんて胡散くせーもん使ってのし上がったアイドル様が転校生とはなぁ!」

「あちゃー……」

「これはおもしれぇ!

お前のイカサマ見抜いてネットでリークしたら、てめぇはどうなるかなぁ?」

「あ……」


瀬見は面白い玩具を見つけたとばかりに挑発してくる。

奈々も頭を抱えるが、兎もまた困惑していた。


(非常にマズイ展開な気がする。だってイカサマじゃないもん。

こういうタイプの人ってなんかしつこそうだし、本物の力見せても信じないだろうし。うぅ、このまま学校で付きまとわれたらやだなぁ)


早くも厄介な者とエンカウントしてしまった。

見かねた小夜が前に出て諌めようとする。


「ちょっと、いきなり突っかからないでもらえる?」

「ハッ、会長様の愛人様はおやさしゅうございますねぇ?」

「あ、愛人とかじゃないから!!」

「いつもそっちの牛猫さんに会長の横を取られて、枕を濡らしてんじゃねぇの?」

(牛猫……

まぁ確かに、猫衣さんが恋のライバルとかだったりしたら、勝てる気がしない)


瀬見の挑発に若干意識が別の方向へ行きそうになった、その時だった。


≪ねぇ、兎ちゃん?≫

「ふぁっ……!?」≪び、びっくりしたぁ……!!≫


奈々がテレパシーを使って話しかけてきたのだ。

確かに兎が有効範囲にいればテレパシーを使うことは可能であるが、自分以外の人間のほうからテレパシーで話しかけられるというのは初めてだった。


「くく……転校生には刺激強いかぁ?

いや、ゲーノージンなら案外、関係持ったプロデューサーとかいるんじゃねぇ?」

「やめなって、そういう話は!」


兎の動揺は、瀬見には小夜への挑発に対する動揺に映ったらしく、さらに嫌らしく言葉を続ける。

小夜が突っかかる中、奈々はテレパシーを続ける。


≪ちょっとイラついたでしょ?≫

≪まぁ……ここまで露骨な人は初めて見ました≫

≪あの子、いつもあんな感じなんだよねー。

ウチらも生徒会でちょっと関わったことあるんだけど、まー懲りないんだわ。

でさ、兎ちゃんの超能力でちょっと懲らしめてみない?≫

≪えっ……!?≫

≪今から言うこと……考えること? まぁ、それが出来るかどうか教えてよ≫


そのまま奈々は、とある攻撃を提案する。


≪えええええええっ!!!?

……で、出来るけど、そんなことやっちゃっていいの!?

色々問題になったりしない!?≫

≪大丈夫、ウチが許可する!

てか、別に超能力がバレたらカエルにされちゃうとか、そんなルールはないんでしょ≫

≪何その魔法少女アニメみたいなルール!? いや、ないけども!?≫

≪じゃ、やろう! タイミングは指示するから!

さくせん:おもいっきり、でよろしく!≫


「オイ、副会長さんよぉ、さっきからシカトこいてんじゃねぇぞ?」

「やっ、ゴメンゴメン! ちょいと考え事しててさっ!」


テレパシー中はさすがに無言になってしまう。

瀬見が突っかかってくるが、奈々は即座に笑顔になって切り返した。

そして、そのまま反撃に転じる。


「ところでさ、瀬見さんがボケて今日学校来ちゃったのは分かったけどさ」

「あぁ!? 喧嘩売ってんのか!?」

「やっ、喧嘩売ってるのはむしろ瀬見さんの方じゃん?

ウチはそこまで気にしないけどさ、これをシュンが知ったらなんて言うかなっ」

「いっ!?」


変化は劇的だった。

瀬見は一瞬にして固まり、顔が赤くなる。


「……ひょっとして会長、来てんのか?」

「むしろいないと思ったほうが不思議じゃない?

愛人なんて噂が立つくらい一緒に行動することが多いウチらだよ?」

「ぐっ……てめぇらなぁ……!!」

(あれー、この人ってもしかして……)


「あれ、瀬見じゃねぇか。どうしたよ?」


不意に男子の声が掛かる。

兎達の後ろから、ビニール袋をぶらさげて、生徒会長・瞬助が現れた。


「か、会長……」


瀬見の声が震える。明らかに動揺している!


≪今だよっ!!≫

≪え、ええとっ、えい!!≫


すかさず奈々がテレパシーで合図を出し、兎は考える間もなく、超能力を発動する。


発動したのは、テレキネシス。

手に触れることなく、物体を移動させたり、宙に浮かせたりすることが出来る能力だ。

兎の場合、目で見えるものでかつ軽量のものであれば、かなり自由に移動させることが出来る。

兎は表情を消し、少し視線を落として瀬見を見る。その視線の先にあるものを見て、能力を発動、それを移動させる。


「「あ」」


瞬助と小夜の、間の抜けた声が響く。


「…………お、あ……」


瀬見の顔は真っ赤に染まり、声が震える。というか、声が出ないようだ。


「やー、春の風はイタズラ好きだからねぇ。

そんな風に短くしてるからそんな目に遭っちゃうんだよ~。

で、どうシュン? 瀬見さんのをパンツを見た感想は?」

「お、おぉ……って、言うかアホ!!」


いけしゃあしゃあと奈々が瞬助に話を振る。

瞬助もいきなりのラッキースケベに動揺したものの、すぐさま奈々に突っ込みを入れた。


兎がテレキネシスで動かしたもの、それは瀬見のスカートの裾だった。

男子である瞬助がやってきたタイミングで思いっきり持ち上げて、あられもない姿を見せつけてやるという、健全な女子の精神に多大なダメージを与える攻撃である。ついでに男子には回復効果が付くおまけつきだ。


「………見られた」


瀬見の心にダイレクトダメージ。早くも瀕死状態である。


「見られたぁぁ、チクショーー!!

もうお嫁にいけねぇぞクォラァァ!!!!!」


絶叫を残し、猛スピードで退散していった。

戦闘終了、生徒会パーティの勝利である。


「行っちまった……」

「にゃははははははは!!」


不良少女・瀬見を撃退して奈々はご機嫌だが、攻撃者である兎はずっと無表情である。

ただしそれは表面上のこと、内面では自分のしでかした事について気が気ではなかった。


≪あのあの猫衣さん、あの瀬見さんって人ってもしかしてぇ!≫

≪あぁ、うん! ちょっと前に会長が助けたことがあってね。もうね、ベタ惚れ!

あと、見てのとおり悪ぶってても中身が乙女だからね!

あのくらいでも動揺するくらいにはピュアなんだわ!

今後もし絡んできても、適当にセクハラすれば退散するよ、多分!≫

≪すっごい勢いで逃げましたけど! でも気持ちは分かります!!≫

≪にゃはは、いやー超能力でイタズラって言ったら真っ先にこれが浮かんでさ。

でも兎ちゃん優しいねぇ。めくるだけで勘弁してあげるなんて≫

≪さっき言ってたのはやりすぎですっ、私だったら卒倒しちゃいますよ!!≫


ちなみに、本来奈々が提案した攻撃というのは、めくった後にさらに『別のものを下に動かす』というものだ。だが、これを受ければ女子としての尊厳が完全に崩壊しかねない。同じ女子として、その攻撃を放つ勇気はさすがに無かった。


「………………」

「あれ、烏間、さん?」

「あはは、そういえばこっちにもピュアな子がいたね!」


気付けば小夜もまた顔を真っ赤にして固まっていた。

彼女もこうしたイタズラにはあまり免疫がないようだ。


(うん、私も万が一、瞬助さんに見られたらこうなると思う。

この攻撃は危険だ、でも猫衣さんには効かなそうな気がする)


からからと笑う奈々と固まった小夜を見比べながら、学校内ではテレキネシスを封印しようと決めたのだった。



☆★☆★☆★☆★



結局、瀬見とのエンカウントがあったので、教室棟を案内する前に瞬助が戻ってきてしまった。まだ温かいお弁当を冷ますのも勿体無いということで、先に昼食を取ることとなった。


教室棟3階の一番奥にある部屋、生徒会室。

小奇麗な部屋で机を付き合わせ、4人は向き合って弁当を食べていた。

その最中に、瞬助は奈々に問いただす。


「そういえば奈々、さっき瀬見になんかやったのか?」

「いやー、絡んできたからちょっとお仕置きをね」

「どうせお前のことだから、片桐さんの力借りてイタズラしてみたかっただけだろ」

「ふふー、なんのことかにゃー☆」

「ったく……片桐さんも、あんまりホイホイと奈々のイタズラに乗っからないようにな」

「あ……」(バレてるーー!!)

「超能力を使うなとは言わないけどさ、あんまりやりすぎるとごまかしが効かなくなるからよ」

「はい……気を、つけます」


怒られてしまった。


「ぷくく……いやでも、あそこまで反応よかったとは思わなくて!」


奈々はあれからずっと笑いっぱなしである。

最初は罪悪感の方が勝っていた兎も、奈々の笑いに絆されたのか、会った時の暴言を思い出したのか、だんだん気にならなくなってきた。

確かに、奈々の切り返しと瀬見の逃げっぷりは痛快ではあった。


「? どうした?」


ぼんやりとしたままの兎に、瞬助は声を掛ける。


「いえ、その……超能力で、イタズラしたの……初めて、だなって」

「そうなんだ? ちょっと意外ー」

「今まで、考えたこと、無かった……」


超能力をエンターテイメントに活かすことは何度もやってきた。

透視も、テレポートも、テレキネシスも。

だが、思い返してみると、イタズラに使った覚えはない。

元々イタズラが出来るような性格でもなかったこともあるだろう。人に恐れられることが嫌で、あまり人と接してこなかったということもあり、人に超能力を向けるということ自体がまずない。せいぜいがテレパシー、それもごく限られた人間に対してだけだ。


改めて考えてみると、人生初の超能力イタズラである。

そう思うと、何故か感慨深いものが会った。内容は低レベルだった気もするが。


「そっかー。それじゃ、今度はもっと壮大なイタズラを……」

「なるべく後始末がラクな方向でな」

「いやそこは止めとこうよ、瞬助」


その後も、賑やかな談笑は続いていく。

主に話題を振るのは奈々だったが、時折瞬助や小夜をいじりながらも、兎に話をし続けていた。兎は相槌を打ってばかりではあったが、不快に思うこともなく、奈々たちとのやり取りに混じっていた。


(なんだろ、こういうの……)


同年代と一緒に食事を取るなんて、いつぶりだろうか。

こんなにお喋りしたりするのは、いつぶりだろうか。


楽しい。


(あぁ、そっか……私、今、楽しんでるんだ。)


こんなに心穏やかに過ごしたのは、いつぶりだろうか。


「あ、やっと笑った」


奈々の声に、ようやく自分の表情が分かった。


片桐 兎は、アウトプットが下手な人間である。

トークが苦手で話す声が小さいことに加え、表情が内面と一致しないことがよくある。内面で興奮していながら、表情は緊張で固まったように。あるいは、内面で友のイタズラに焦りながら、無表情を貫いたり。


しかし、今は自然と笑顔になっていた。

友達と談笑したり、一緒にお弁当を食べたり、イタズラを仕掛けたり。

それは、今まで憧れながらも出来なかったことだったから。

いや、出来なくなっていったことだったから。


心も表情も、本当に自然に笑っていた。


(そっか……私ずっと、こういうのを楽しみにしてたんだっけ)


自分は今、本当に楽しいひと時を過ごしている。








だから。


お弁当を食べ終わった時に、唐突に思い出してしまう。

終わりに一歩近づいたことで、忘れかけていた事を思い出してしまう。

どれだけ楽しいことで誤魔化しても、嫌な現実というのは必ず見なければいけないのだから。


(あの夢のこと考えると、憂鬱だなぁ)


片桐 兎は、予知能力者である。

毎晩夢で見た出来事は必ず起こり、これまで外れた事が無い。


このあと起こるであろう出来事に、急激に不安に駆られる。


それでも、表面は変わらぬ笑顔のままで。

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