Part3:副会長は気にしない
「いやー、参った…
まさか初対面の相手に気絶されるとは思わなかった」
保健室のベッドですうすうと寝息を立てる兎を見て、瞬助はまたしてもため息を吐く。
気絶してしまった兎をひとまず保健室に運んできた瞬助達。
保健室の主は出勤していないが、昨日の瞬助の呼びかけに応えて、この部屋に入り浸る生徒会の仲間が待っていた。
「悪い、空里。手間かけさせたな」
「ふふふ、問題ないのだ」
丈の長い白衣に身を包んだ女子がニコニコと笑う。
おかっぱ頭に縁の濃い眼鏡、白衣を着た女子生徒、
諸事情で保健室に入り浸ってばかりの彼女は、手馴れた様子で兎をベッドに寝かせると状態を確認。単にショックで気絶してるだけ、いったん寝かせて落ち着かせれば大丈夫と鶴美は診断した。
「ふむふむ、理緒に聞いていたとおりだったのだ。片桐さんは極度の人見知りらしいのだ」
「いや、人見知りって言っても限度があるでしょ。芸能人やってて大丈夫なの?」
「普段はマネージャーさんが色々とサポートしてたらしいのだ」
「てか、理緒の奴知ってやがったな……他にもなんか聞いてないか、空里」
「小生は特に何も聞いてないのだ。てか、あのアホに直接聞けばいいのでわ?」
「呼びましたか~?」
兎が眠る奥の寝室から出て、診察室で状況を確認する。
小夜と瞬助が鶴美と話していると、名前を呼ばれた理緒がまた唐突に現れた。
変態の出現に瞬助と小夜が顔を曇らせる。
「また音に無く現れるねー」
「てめぇ、どうせ一連の流れを見てただろ」
「いやいや、さすがに僕も気絶まで行くとは予想外でした。
テレパシーがバレたことが思った以上に堪えたようですね」
「なんか、それ以外のこともありそうな気もするけど…桃源郷とか切腹とか聞こえたけど」
小夜は先程のやりとりの中で出た物騒な単語を思い出す。その単語が出た後あたりから瞬助が苦しみだしたので、何かよからぬことを送っていたのではと疑っていた。その横から、鶴美は興味津々と言った表情で聞いてくる。
「会長はテレパシーでウサちゃんの声直接聞いたのだな?なんて言ってたのだ?」
「えっ!? あー……えーと」
当の瞬助は、どう答えるべきか迷った。
頭に直接大音量で聞かされていたので苦しかったのだが、話の内容をまとめるところ、彼女の妄想による物凄い勘違いなのだ。
どうも彼女は自分の事を、女子生徒をはべらせる生徒会長だと思っているらしい。しかもよりによって奈々と小夜を愛人にしていると思っているようだ。こっ恥ずかしい勘違いも甚だしいので全力で否定にかからねばならないのだが、この場でそれを言えば、この場にいるメガネ2人が嬉々としてネタにするのは想像に難くない。自分はともかく、転校初日、もとい前日から兎に深刻なトラウマを与えかねない。
どうすっぺか、と迷ってると……
「大方あの子に、サヨっちとウチがシュンの愛人だとか思われたんじゃないのー?」
副会長、2度目の爆弾全力投球。
「ちょっ、おまっ!?」
「あ、やっぱそうなんだー?」
顔を赤くして慌てる瞬助の態度を見てからからと笑う奈々。
「やー、ウチが『シュンに惚れちゃった?』って言った辺りから兎ちゃんの様子がおかしかったからね。同時にシュンがおかしかったから、多分あの辺でパニクってテレパシー出しちゃったのかなって。
で、桃源郷がどうのって言ってたから、イケメン生徒会長が女子生徒をはべらせる桃源郷を想像したんじゃない? 小夜ちゃんもクールビューティだしさ。で、そこに自分みたいな女の子が入り込んでいいのかって思ったところにテレパシーがばれて余計にパニックになった、そんなところじゃない?」
「な、お、おおぉ、お前、なんで」
「あと、この場で話したら、このネタでリオやクーリがイジってくるだろうから今は言わないでおこうかとか考えてたでしょ。さっき一瞬、クーリとリオの方を見たしさ。シュン、顔に出やすいんだから丸分かりだったよ」
「おぅふ……」
爆弾は瞬助だけでなく周囲も一瞬で沈黙させる威力を誇っていた。
かなり正確に考えが読まれてしまい、瞬助は幼馴染の洞察力に改めて敬服する。
「す、凄いね奈々。そこまで分かっちゃうもんなんだ」
「まー、付き合い長いしね~」
小夜もまた奈々の推理に感心してしまう。幼馴染にして副会長、自他共に認める長年の相棒というのは伊達ではない。
「いやはや、大した洞察力ですねぇ。
これで『異能者』ではないと言うのだから驚きです」
「あれなのだ、副会長さんは恋人というよりは、オカ……」
「何か言った?」
「なんでもないのだ!」
有無を言わせぬ笑顔を向けられ、思わず敬礼してしまう鶴美。
恋人だ愛人だと噂されるのは平気でも、その肩書きはなんか嫌らしい。
「それにホラ、シュンは女難の塊みたいなのを背負ってるし」
「うぐ……それは」
「あー違う違う、サヨっちのことじゃないってば!
単にシュンは、いつだって女の子の相手ばっかりしてるよねーって話。
やっぱ、『結論:シュンはエロ少年』なんだねー」
「さらりとひどくねぇ!?」
瞬助に流れ弾を放ってから、奈々は理緒に向き直る。
「ついでに聞いとくけどリオ~、兎ちゃんのテレパシーってもしかして、名前を知らないと効果がないとか?」
「よく分かりましたねぇ、その通りですが」
「や、勘だったんだけどね。
あの時なんか兎ちゃんがウチらにも訴えかけてるような表情してたからさ。
もしかして、ウチと小夜ちゃんにもテレパシー使おうとしてたんじゃないかなって。
で、シュンとウチらの違いは何かと思ったら、性別以外なら名前を名乗ったかくらいだからね」
理緒はまた改めて、奈々に感心してしまう。
僅かな情報だけで推理を組み立てられるのは彼女の特技だ。もういっそ探偵とか名乗ったほうがいいのではないか、と思っている。
加えて彼女はずっと自分のペースで喋り続けた。おかげで瞬助達をからかうタイミングも逃してしまっていた。どうも自分では彼女をからかうことは出来ないらしい、と痛感する。
「まー、ここはいったんウチに任せてよ。
怖がらせちゃったのを謝りたいし、多分ウチ一人なら余計な混乱させずにやれるからさ」
「……分かった、任せる」
転校生が目覚めた時、また緊張でロクな話が出来ないままではたまらない。
そこでひとまず、兎が起きたらまずは奈々が話すことに決まった。
瞬助が了承し、他のメンバーも頷く。
あとは転校生が目覚めるまで、少しの間待つだけだ。
が、その前に。
「リオとクーリも、今は兎ちゃんに会っちゃまずいんでしょ?
奥に引っ込んでた方がいいんじゃない?」
「それもそうですねぇー」
「うむ、基地に引っ込んでるのだ」
奈々の言葉に、理緒と鶴美は頷いた。
『異能者』であり、且つ見た目からして『異形』である2人は、普段からあまり人と接しないようにしている。わざわざ怖がらせるような真似はしたくないので、素直に裏方に戻ることにした。
理緒はまた音も無く姿を消し、鶴美は立ち上がると奥にある扉へと向かう。
保健室は入り口から入ったところに診察室があり、部屋の奥に二つの扉がある。片方は今も兎が眠っている寝室への扉。もう一つは、ひどく頑丈に作られた鉄製の扉だ。生徒間の間で『開かずの扉』と噂される扉だが、扉横の端末にパスワードを入力すると難なく開かれた。涼しげな風が奥の通路から吹いてくる。
「それじゃ、後は任せたのだー」
通路の奥へと進む前に、鶴美は2本の右手を振って奈々たちを激励したのだった。
☆★☆★☆★☆★
「あ……れ……」
片桐 兎は目が覚めた。
ベッドに寝かされていた。知らない天井だ。若干薄暗く、何か薬品の匂いがする。
「やっ、気がついた?」
横を見ると、女子が覗き込んでいた。
(女の子……っていうか、愛人さん?)
まだ頭がはっきりしない。
ぼんやりとしたまま、勘違い妄想が暴走しだす。
(ここどこ?
研究室? 実験室?
この人、実はめっちゃマッドサイエンティストだったりする?
改造される? 会長の愛人に改造される?)
「あ……私……」
一人内面で妄想を繰り広げる兎だが、それが表に出る事は無く。
ぼんやりとした表情で、わずかに言葉を搾り出す。
ポニーテールの女子はそれを、気絶して状況がつかめないのだと受け取った。
「にゃはー☆ ここは保健室だよー。
覚えてる? 校門前で気絶しちゃったこと」
「あ……う……」
(保健室?
あ、そりゃそうか、学校だもんね。普通にあるよね。
私、気絶しちゃったんだもんね、そりゃ運ばれるよ。
てか、あれ?
なんで私今、ここが研究室だとか思ったんだ?)
女子の言葉で、自分にブレーキがかかる。
いったん寝たことで、少しだけ冷静になった心が「待った待った」と声を掛ける。
(てか、愛人さんが看病してくれるっておかしくない?
っていうか、普通に優しいし。
あれ? そもそもなんで私、この人のこと怖がったんだっけ?)
なんだかとんでもないことをした気がする。
そんな心配をよそに、ポニーテールの女子が続ける。
「緊張して疲れちゃったんでしょ。
ウチらも時間あるから、ゆっくりしてて大丈夫だよー」
(緊張して……………………あ)
緊張した自分が何をしでかしたか、思い出したくなかったけど思い出してしまった。
「あ……ああ……」
(ああああああ、またやってしまったぁぁぁ!!!
イケメンを前にして、とんでもない勘違いをぉぉぉ!!!)
いったん寝たことで、ある程度冷静な心は取り戻せたらしい。
そのせいで、また別な意味で心が乱されまくっているのが。
ここにいたり、ようやく兎は自分の勘違いに気がついた。
初対面の人と出会い、緊張したことで悪癖が出てしまったのだ。
自分は緊張すると、とんでもない方向へ妄想が走っていってしまう。
以前にも、とある男性アイドルと共演した際に一人で妄想を突っ走った結果、その相手を魔王様と呼んでしまった事があるのだ。その場は共演者たちのフォローもあってうまく笑いに昇華されたが、マネージャーからも緊張による妄想癖を治すように指摘された。もっとも、依然として人見知りは改善されず、この欠点もまたそのままになってしまう。
(うわーーー、初対面の人たちの愛人関係を妄想するとか最低だ私……
いくら美男美女ぞろいだからって……
しかも、自分も愛人にされるんじゃないかって考えるなんて、変態じゃん……
おまけに、この人については勝手に怖がって気絶までしちゃうなんて……
みんな訳分からなかったろうなぁ……うぅ、私はホントにダメな女です……)
いつもであれば、初対面の人と共演する際は、打ち合わせを密にして慣らすようにしている。もちろん、マネージャーによるフォローを交えてだ。そうでないとロクに活動が出来ないからだ。
今更ながら、今日のマネージャー抜きでの行動が無謀であったと痛感する。
穴があったら入りたい。というか、このまま冬眠したい。
凄まじい罪悪感にさいなまれ、布団で顔を覆いたくなる。
とはいえ、何も言わないわけにもいかない、しかし何を言えばいいか分からず。
「はぅ……ごめんなさい。ご迷惑おかけして……」
結局、これしか言葉を出せなかった。
「にゃはは、大丈夫大丈夫。ちょっとは落ち着いた?」
「はい……すみません」(ほんっとうにすみません!!)
おそらく、この女子の『落ち着いた?』は、私が緊張してたことに対してのことだろう。
実はとんでもない勘違いをしてたのに、本当に申し訳ない。
「やー、謝るのはこっちの方だって。ほら、『会長に惚れちゃった?』ってやつ。
ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、予想以上の反応だったから焦ったよ。
びっくりさせちゃってごめんね?」
「あぅ……」
そうだった。まさにその一言で、全部崩壊したのだった。
自分の理性も、テレパシーの制御も。実に恐ろしい人だ。
「ウチの会長、見た目はイケメンだからびっくりしたでしょ」
「あ……その…………ハイ」
うん、カッコよかった。
いつかのアイドルの時でも、あそこまで緊張しなかったと思う。
「うむ、素直で宜しい。
まー、アイツが女の子と仲良くなるのは今に始まったことじゃないからね。
本人は朴念仁だから、とんだ女泣かせでもあるんだけどね」
「あぅ………」
あ、やっぱりそうなんだ。なんとなくそんな感じはしたけど……
うぅ……あの人にめっちゃテレパシー使っちゃったんだけど……
かろうじて、あの会長にテレパシーを使ってしまったことまでは思い出せた。
何を発してしまったかまではよく覚えていないが、おそらく自分の勘違いでとんでもないことを叫んでしまっただろう。
どうやって謝ろうか、そもそもテレパシーが本物だとどうやって信じてもらえるのだろうか……
「あ、テレパシーのこと、ウチらはある程度は聞いてるよ」
なんですと……?
「本物の超能力者だって事は、テレビスタッフとかは知ってるけど、一般には秘密なんでしょ?
ウチらも秘密は守るから安心してね」
「あ………はい」
知られてた!? マネージャーさんが事前に教えてたのかな!?
っていうか、もしかして配慮されてた!? うぎゃああ!
「あの……会長さん……大丈夫、でしょうか。
急に……テレパシー……使ったから」
「大丈夫、ピンピンしてる。あっちも驚かせちまったかと反省してるから」
「いえ……その、すみません」
すみませぇぇん!!
驚かしたのはこっちなのにすみませぇぇん!!
「ふふ、アイツはなんだかんだでトラブルに巻き込まれ慣れてるからね。
超能力者が一人増えたくらいじゃ動じないよ」
「そう……なんですか」
どんな精神力ですか。神ですか。
「うん。アイツにとっては超能力者だろうと何だろうとさ、友達が増えることが何よりも嬉しいことみたいで。たぶん、今日のことも簡単に笑い話にしちゃえるよ」
「あ……」
友達、かぁ……
そっか……ちゃんと考えてなかったけど、私はちゃんと友達できるかな……
今まではアイドルだからって、遠巻きに見る人ばっかりで。
偶然、超能力が本物だって知った人は、怖がって遠ざかる人ばっかりで。
そういえば、この人はどうなんだろう?
本物の超能力者だって知って、怖くないのだろうか。
っていうか、まだこの人の名前を知らない。
「あ、ごめんごめん。ちゃんと名乗ってなかったね。
ウチは猫衣 奈々。生徒会の副会長も務めてるの。
ちなみに、会長のシュンとは幼馴染ね」
「あ……はい、よろしく、お願い、します」
副会長さんだったんだ。そして幼馴染っ!
凄い、なんか羨ましい!
やっぱり会長と深い関係なんじゃないかなっ……と、いかんいかん。
ついさっき妄想で暴走したばっかりじゃないか。
5分も経たずに同じ過ちを繰り返すつもりか、落ち着け落ち着け私。
「おしおし。今度はちゃんと落ち着いたね。
テレパシー、暴走とかしなかった?」
「あ……」
あれ……そういえば、もうテレパシーは発してない。
というか、最初の緊張が嘘のように無くなっている。
それどころか、自分の失態で落ち込んでいたことさえ忘れかけていた。
「……はい」
「おっけー。他も呼ぶけど、大丈夫だよね?」
「はい……大丈夫、だと思います」
「ん。ちょい待ってて」
奥の扉に向かっていくポニーテールの女子。
扉の奥に消えていったのを見た兎は、一度溜息をつく。
(はぁーー……凄いな、あの人。
たぶん、私が落ち着くまでずっと気を遣ってくれたんだよね。
さっきはずっと猫衣さんの方が喋りっぱなしだったし)
落ち込んだりしたときは、人と話すことで和らぐと聞いた事がある。
きっと自分の失敗をずっと気に掛けてくれたんだろう。
本来、テレパシーは自分で制御できる能力なのだ。
自分から放とうと思わなければ発せない。
少なくとも、自力でテレパシーを制御できるくらいには緊張が解けていた。
「よっ、大丈夫か?」
「顔色、だいぶよくなったね」
扉が開き、3人の男女が入ってきた。
校門で会った時と同じだ。副会長が、会長ともう一人を連れて戻ってきたのだ。
わずかに緊張するが、少なくとも校門のときほどではない。
「さっきは悪かったな。なんか、驚かしちまったみたいで」
「いえ……こっちこそ、すみ、ません……」
(会長さん……シュンさん、って言ってたっけ?
いかん、あとでちゃんと名前を聞きなおしておかないと。
あぁでもやっぱカッコいいなぁ……じゃなくて!)
「あの、大丈夫でしたか……その」
「あぁ、テレパシーの件か。まぁ、ちとびっくりしたけど、大丈夫だよ。
まぁ、この件はお互い、事故ってことにしておこうぜ」
たぶん、副会長からいくらか話を聞いているのだろう。
(あぁでも、あんな目にあってもこうして普通に接してくれるなんて。
やさしいなぁ……行動までイケメンか、この人。
うぅ、また気を遣わせてしまった。申し訳ない。
後でまた、きちんと弁明しておこう)
そう決意してから、視線をもう一人に移す。
「あ、あたしもちゃんと名乗ってなかったね。
烏間 小夜。生徒会の一員だよ。よろしくね、片桐さん」
「あ……はい、よろしく、です」
(烏間さん、かぁ。
やっぱりこっちもカッコいい人だなぁ。
あ、でも背はそこまで高くないんだ……って、私と同じくらいか)
「役職はねー、会長補佐ってところかな?」
「んな役職ねーだろ」
「や、立場的にそんな感じじゃん? もしくは秘書?」
「奈々、変なこと吹き込まないで」
副会長が横から茶々を入れる。
真面目な人なんだろう、秘書って言葉は割としっくりくる。
てか、書記とか会計とかじゃないんだ。
「身体が大丈夫そうなら、学校案内をしたいが……どうする?
無理せずに、日を改めてもいいが」
「いえ……大丈夫、です」
身体は特に問題ないし、いつまでも保健室のベッドを占領してても仕方ない。
それに、ここでへこたれるわけにはいかなかった。
春休みなのにわざわざ学校に来て、案内をしてくれるという、凄くいい人たちだ。
また別日に案内をするなんて手間をさせるわけにはいかない。
何より、この凄くいい人達と、もう少し一緒にいたい。
兎はいつの間にか、そう望んでいた。
学校案内を続けてほしいと言ったところ、『分かった』と言って瞬助達は、改めて学校案内を了承してくれた。
「あ、ちなみにさ、兎ちゃん」
身支度を整えたところで、奈々は兎に近づいた。
そして、耳打ちする。
「シュンに気があるなら、思いっきりアタックしないと届かないよ」
爆撃機、襲来。
≪猫衣さぁぁぁぁぁん!!?≫
「おっほう、これがテレパシーだね、いやぁ凄いねぇー。頭の中に響くねぇ!
これ、こっちからテレパシー送り返したり出来ないの?」
≪あえ!? ええと、念を送りたい~って思えば、私には届きますけど≫
「ほうほう」≪こんな感じかにゃ?≫
≪そ、そんな感じです、届きました。じゃなくて!!
なんでそんなにすんなりテレパシーに馴染んじゃってるんですか!!≫
≪いやー、男の目を盗んで秘密の会話とかもう、乙女の憧れっぽくない?
これならいくらでもシュンに対しての想いをぶちまけちゃって大丈夫だね≫
「――っ!!――っ!!」
内面は制御不能だが、声にはならない。
≪いやあのですね、別にそういうわけじゃないんですよ!!
確かにカッコいいなぁって思ったりしましたけど、そーゆー感情は私にはまだ早くて!
っていうか、幼馴染なんじゃないんですか!!気にならないんですか、そういうの!!≫
≪「大丈夫、ウチは気にしない」≫
わざわざ口頭とテレパシー、両方で答える奈々。
「おーい、2人だけでテレパシー会話するのやめてくれー。
見てるほうはワケ分からんよー」
「――っ!!」≪ふひぃっ!!?≫
瞬助の声で我に帰る。またしてもテレパシーを使ってしまった。
聞かれてないよね、今のテレパシーの内容!?
≪にゃはは、まぁこれくらいにしとこっか。てか、テレパシーだとよく喋るんだねぇ≫
≪あぅぅ……!!≫
己の心の弱さを痛感する。
というか、いいように遊ばれているだけな気がする。
ここまで手玉に取られる人なんて、かつていただろうか。
「でも、大丈夫だったでしょ?」
そういって奈々はニコっと笑う。
そういえば、今回はちゃんと奈々にだけテレパシーが行ったようだった。
最低限の制御は出来ていたらしい。
おまけに、彼女はそれを平然と受け止めて、あまつさえテレパシーを返すまでしてきたではないか。
もしかして、見抜かれていたのだろうか。
超能力を実際に体験したら、怖がって離れていってしまうのでは、という不安が。
そして、彼女はそれに、まったく恐れることなく答えてみせた。
そんな人間は、今まで一人もいなかったのに。
「超能力者でも、楽しくやってけそうでしょ?
ウチはそういうの、気にしないからさ!」
からからと笑う奈々を見て、兎は呆然となる。
ただ、副会長の笑顔は決して不快に感じる事はなく。
(女神か、この人は)
兎の中で、猫衣 奈々という人物の評価が定まったのだった。
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