Part2:転校生は人見知りである

4月5日、午前8時45分。


片桐 兎は、茨木高校の正門前に到着していた。


予定の時間より少し早かっただろうか。

芸能人として早め早めの行動を心掛けてはいるのだが、時として約束の時間より早く来すぎてしまい、相手方に気を遣わせてしまうことがあるのだ。さすがに15分前ならば文句もないだろうと思いながらも、なんとなく時間通りに入った方がいいんじゃないかという謎の葛藤を抱えながら、兎は目の前の校舎を眺めていく。


今日から、厳密には明日からだけど、ここの生徒になるんだ。


突然転校することになっても、彼女の心は落ち着いていた。

両親が亡くなったあと、親戚間をたらい回しになり、最終的に事務所のスポンサーだという人が援助を申し出てくれた。一種の援助交際になってしまうのかとも考えたがそんなことも起こらず、学校の寮に入れてもらえることになった。


ここでの私は、どんな生活を送るんだろう。


正直なところ、自分の高校生活というのがあまりイメージできていない。

前の学校では、授業に出てはすぐに学校を出て仕事ということも多かった。

ロクに友達も出来ず、芸能人だからといって遠巻きに見てくる人ばかりだった。

漫画は人並みに読んでいるが、例えば少女漫画のような友情とか恋愛とかを自分が経験出来るとは思わなかった。


またずっと、流され流されで生きていくようかな…


「お、いたいた」


校舎内から人が出てくる。制服を着ているということは生徒だろう。

そういえば生徒会の人が春休み返上で案内してくれると聞いている。私のために申し訳な……



そこで、思考が止まった。




「どうした、ぼーっとして?」

「へぁっ、へっ!?あ……す、すみ、ません……」

「大丈夫?」



(男子!!!!!物凄く緊張する!!

心配してくれてありがとうでも今の私は金縛りにあったみたいに動けない!)



「片桐 兎さん、だよね。茨木高校へようこそ。

生徒会長を務めている、石猿 瞬助だ。よろしくな」

「かっ―――!!」

(カッコイイ……!!!

なにっ、なにっ!?イケメンーー!!?

え、うそっ、高校生でこんなイケメンっているの!?

運動やってるのかな、パッと見は細身だけど身体がしっかりしてそう!

野球!? 卓球!? あぁ陸上かも!?)


「か?」

「い、いえっ、その……か、片桐 兎…です」

(ふぁぁぁぁ、声が出ない~~~!!

全然声が出ないーー!!)

「だ、大丈夫か? なんか、声震えてるけど」

「ぜ、ぜんぜぜん、大丈夫……です」

(やばい、近いーー!ふぉおおーー!?

なんとか返事出来たけど自分でも分かるくらい声が裏返るー!!)


「ほ、本当に大丈夫?」

「す、すみま、せん……ちょっと緊張、して……!」

(会長さんの横にいた人が声を掛けてくれたけどひょおおお!?

こ、この人もカッコいい!!あ、でもスカートってことは女子!?

ショートカットでボーイッシュ!? 学ランとか超似合いそう!!

ぜひとも着せてみたい!!応援団長やらせてみたい!!)


「にゃはは、そんなに緊張しなくてもいいよっ!

シュンもウチらもみんな2年だからね。よろしくねー!」

「あ、こちらこそ…………」

(はぁ…はぁ…女子が声をかけてくれたおかげで、ちょっとは落ち着いてぬぉぉ!?

も、もう一人も美人……!!にゃははって笑った!? 猫神!? 

っていうか、でかい!! 張りのある身体、グラビアアイドルなの!?

羨ましい!! でもカワイイ!! ポニテ巨乳とか漫画でしか見たことないのに!!)


(なに、なにっ!?

この学校は美男美女しかいないとかっ!?

ホスト部とかあるの!? いやこの場合ホステス部か!?

美人秘書を2人連れた生徒会長!? しかもタイプが正反対な感じの!?

実はどっちも恋人で略奪愛の真っただ中なのに仕事上は普通に接しているとかー!?)



「お、おい、本当に大丈夫か? 実は、体調悪いとかじゃないよな?」

「だ、だいじょぶです……い、いつも、こんな、感じ、な……で……」

(ああーーー頭は超興奮してるけど身体はガチガチに緊張してまともに喋れない!!

初めての人と喋るのとか、超絶苦手なんだよーーー!!!

っていうか緊張してるんだ私!!しょうがない、イケメンだもの!!!

でも待って、男性アイドルと話した時でさえここまで緊張したことないのに!!

まさか、これが男の魔力!? 本気で狙う狼の気配!?

私はこのイケメンに3人目の恋人として篭絡されようとしてるのか!!

狙ってるの!? 狙われてるの!? 助けてマネージャーーー!!)



「な、なんか顔面蒼白のまま固まっちまったが、俺なんか怖がらせるようなことしたか?」

「さ、さぁ?」


瞬助達は、目の前の転校生の事態に困惑する。声を掛けたとたんに委縮しまくり、声がだんだんか細くなっていき、まるで幽霊でも見たかのような表情をする転校生は、とても人気アイドルとして活動している芸能人とは思えないでいた。彼らのそんな心配をよそに、兎は完全に固まってしまっている。


……片桐 兎は、人見知りである。

人と話す、という行動自体が苦手であり、初対面の人に対しては極限まで緊張し、何を話せばよいのか全く分からなくなってしまう。芸能人としては致命的なほどの口下手、俗にいうコミュ障である。超能力アイドル・ウサギは公の場ではほとんど喋らない、それが彼女の超能力という特技と合わさってミステリアスな魅力となっているのだが、実際は喋らないのではなく、“喋れない”のである。ゆえに、挨拶や打ち合わせでも大抵はマネージャーが話を進め、現場では用意された台本の僅かなセリフだけをひたすらに演じることでどうにか活動してきたのである。打ち上げ?無理無理。

加えて彼女は人見知りをこじらせた結果、思考……否、妄想が常人より遥かに逞しく、出会った人がどんな人間なのかを勝手に妄想しだしてしまう。頭の中では大興奮して叫んでいるのだが、しかしそれが表には出てこない。震えが止まらず声が出ずにいても、ただ緊張しているだけと捉えられ、それが実は“妄想で興奮してるから”ということに気付く者はまずいない。彼女はとことん、考えをアウトプットさせるのが下手な人間なのである。

いつもならばマネージャーが「彼女は極度の人見知りなので」とツッコミを入れてくれるのだが、今日はいない。さすがに学校くらいは自分で行けるようになろうと思ったこと、例の夢のこともあったので今日は同行を断ったのだが、まさか最初からこんな難関が待っていようとは。


(――お、落ち着け、落ち着け私。

状況確認。敵は3人。助けはいない。

でもいくら私が芸能人だからっていきなり変なことはしてこないはずだ。

っていうかさっきから私が黙っちゃってるからみんな困っちゃってる。

そうだ、今の私は転校生、挨拶してるだけ、挨拶してるだけ。

ステンバーイ、ステンバーイ……)


自分の言動に困惑しだした生徒会の面々を前にして、なんとか冷静にしようと心を落ち着けようとする兎。一度気持ちを切り替えようと深呼吸をしようとする。


だが。




「もしかして、シュンに一目惚れしちゃった?」




猫ポニテが爆弾を投げた。



「ーーっーーーーっ!!!」≪私、目をつけられたーーー!!?≫


にこりと笑ってるけど、あれは旦那に近づく女を射殺す目に違いない!!


副会長の投げた爆弾は、ギリギリで踏みとどまっていた兎の緊張の防波堤をたやすくぶっ壊した。

口からは声の無い悲鳴が上がり、頭の中では生徒会長の恋人と思われる人間への恐怖で叫ぶ。その叫びは……


「うおぉっ!?な、なんだぁ!?」

頭の中で考えていただけのはずの叫びは、生徒会長に直撃した。


≪うわああああああ、うわあああああ!!!

やっぱり恋人なんだ、2人ともこの生徒会長さんのワイフなんだぁ!!≫

「おいちょっと待て!」

≪そりゃそうだよね、イケメンで生徒会長ってだけで許されるもんね!!

恋人の2人や3人いや校内女子全員はべらせてもおかしくないもんね!!≫

「待て待て待て!!」

≪ごめんなさいごめんなさいーーー!!

私みたいなさもしい女があなたの桃源郷に入り込もうとしてすみませんーー!!≫

「何が桃源郷だ!ちょっと落ち着け!!」

「桃源郷…?」

≪ごめんなさいごめんなさいもう切腹するしかーー!!≫

「切腹!? おい、止まれって!

漏れてる!考えがダダ洩れてるから!」

≪ごめんなさいごめんな………≫「……あぇ?」



会長の声に思考がまた止まる。今、このイケメンはなんて言った?


「瞬助、大丈夫?」

「誰もセップクとかいってないよー?」

女子2人は会長の言葉の意味が分からないようだ。

それもそのはず。


「あだだ、急に頭の中に声が響いてきた……

なるほど、これがテレパシーってやつか?」


「ーーーーーーーーーーっ!!!」


やってしまった。

緊張のあまり初対面の人にテレパシーを発動してしまうなんて!

力が本物であることは一般には隠す、それはマネージャーにきつく言われてたのに!!


≪いやああああああああ!!

ごめんなさいごめんなさいーー本物の超能力者でごめんなさいーー!!≫

「うごおおっ!?」

≪そうです超能力は本物なんですでもこの力であくどいことは出来ませんーー!!≫

「うぐぉっ!?」

≪変な妄想してごめんなさいーー私は恋人になんかなりませんーー!!≫

「ごはっ……がっ……!」


片桐 兎は、人見知りである。

人と話す、という行動自体が苦手であり、初対面の人に対しては極限まで緊張し、何を話せばよいのか全く分からなくなってしまう。それはテレパシーでも同じであり、彼女の逞しい内面は、表面とはまったく違う意味でアウトプットが下手なのだ。


兎は声を上げていない。周りへの騒音にはなっていない。

だが、パニックになった彼女は頭の中でだけあらん限りの声で叫んでいた。

その思考は真っ直ぐに生徒会長へと飛んでいき、彼の頭の中に直接届く。

大音量で叫ぶ彼女のテレパシー。

それは常人からすれば、イヤホンから大音量で声を聴かされることに等しい。頭の中にガンガンと響く声に瞬助は悶絶していた。


「瞬助、さっきから何を一人で悶絶してるの?」


パニックになった兎は忘れているが、兎のテレパシーは名前を知っている人間にしか効果がない。いくら3人ともに自分の不手際を訴えようとも、名乗るタイミングを逃した女子2人には届かない。

結果、呆然とする転校生を前にして生徒会長が勝手に悶絶するという不可思議な光景を目にすることになった生徒会女子2名。


だが、『異能者』の存在を知る会長の幼馴染の行動は迅速だった。

瞬助が発した言葉から、目の前の転校生がテレパシーで何らかの影響を与えていると考えた副会長は、呆然とする兎に対してアクションを起こす。

目の前に立ち、ガシッと肩を掴んで。


「ちょっと、落ち着こうか」


にっこりと笑った。

それは、緊張する転校生を落ち着けようという配慮だったのだが。



≪あ、私、死んだ……≫


目の前のポニーテールの女子が、生徒会長の恋人であると勘違いしている兎には。

先ほどからのテレパシーの叫びが届いていると勘違いしている兎には。

旦那を奪われそうになって怒りに燃える鬼嫁にしか映らなかった。


「あふ……」

「ちょ、ちょっと!?」

「片桐さーん!?」


緊張と混乱と恐怖が臨界に達した兎は、そのまま気を失ってしまった。




こうして、人見知りの勘違い兎の学校案内は、保健室からスタートという幸先の悪いものになったのだった。


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