Part1:『異能者』といえども学生に過ぎない

アニメ、漫画、ゲーム、映画、小説、ドラマ、その他諸々。

地球では様々な娯楽が生まれ、その中では様々なキャラクターが生まれていった。


超人的な肉体を持つスーパーヒーロー。

魔界からやってきた悪魔。

異世界からやってきた魔法使い。

秘密組織に作られたロボットに、遥か彼方の星からやってきた宇宙人。

神様、改造人間、錬金術師エトセトラ。


数えきれない娯楽が生み出され、数えきれないキャラクターが生み出された。

体系化しようと試みても出来ないほど多種多様な、“普通じゃない”人たち。

少しでも娯楽に触れた人ならば、一度はこう思ったことがあるはずだ。


『こんな人たちが現実にいればいいのに』


多くの人は、それが子供じみた願望であり、現実離れした妄想だと考えている。


が、その願いに対して、ごく一部の者達にとってはこう思っている。


『君のすぐ隣にいるんだけどね』と。



“普通じゃない”人たちは、およそ普通の人には持ちえない能力を持っている。

しかし、“普通じゃない”者は、社会から弾かれてしまうのが世の常。

歴史が証明したように、あるいは様々な創作物で語られている通りに。


やがて彼らは『異能者』としてひとまとめになり、社会にひっそりと溶け込むようになった。

何も知らない普通の人と、共に暮らしていくために。


力を隠し、しかし超常的な力を持つ者は、今も町にいるかもしれない。

ひょっとしたらすぐ隣にいるかもしれない。


「世界というのは、案外“普通じゃない”やつで溢れている」


それが、『異能者』の存在を知る者たちの共通見解である。


-------


4月5日、朝8時。

今日は春休み最後の日であり、本来であれば生徒たちは休みである。

そのガランとした校舎の廊下を歩く男子生徒の姿があった。

茨木高校生徒会長・石猿 瞬助。

『異能者』の存在を知る一人である彼は、不機嫌さを隠さずに廊下を歩いていた。


「俺に押し付けるだけ押し付けといて、桧山は急用だぁ?

ったく、次会ったらあいつの煙草、全部握りつぶしてやる!」


本来は職員室で桧山と合流し、一緒に転校生を迎える手筈だったのだが、肝心の教師は急用で来れなくなったらしい。メールには急用の連絡と、学校案内の簡単な予定、転校生に渡す書類についての言及が書かれていた。その連絡を受けた瞬助は、転校生に渡す書類を受け取りに職員室へ向かう。幸い、明日の始業式に向けて準備をしに来た先生がおり、事情を説明して書類を受け取った。


「お前さんも大変だな……案内、手伝うか?」

「いえ。どの道、生徒会が引き受けたことですから。締めの挨拶の時だけお願いします」


別の教師が手伝いを申し出たが、元々学校の案内は生徒会で引き受けるつもりだった。

とはいえ、さすがに全行程を教師抜きでするわけにはいかないので、最後の書類整理や確認のときだけ手を貸してもらうようにお願いした。


「さてと、早いとこ残りと合流して……」

「にゃはー☆ おはよーさん、シュン!」

「うごっ!?」


生徒会室へ戻る途中で、突然のバックアタック。後ろから女子生徒が飛び掛かって抱きついてきたのだ。危うくすっ転びそうになるも気合で耐え抜く。


「あ、あぶねぇ……オイ、奈々!

書類持ってんだからあぶねーだろ!」

「にゃはは、ごめんごめん!

つい、いつもの癖でやっちゃうんだよねぇ~」


ホールドを外してもなお笑う女子生徒。

今回のミッション:転校生の為の学校案内を遂行するために瞬助が呼び出した人物の一人。

彼女は生徒会の仲間であり、副会長も務めている猫衣 奈々ネコイ ナナだ。


「やーしかし、シュンも相変わらず人がいいね~!

ひやっちの無茶振りにいつも応えてさー」

「今回は普通に学校行事だからまだマシな方だろ。お前も手伝ってくれよ?」

「りょーかい、任せてよん」


快活で人懐こそうな笑顔で応える奈々。

いや、実際に人懐っこい。


「…あと、いきなり抱き着くのはそろそろ勘弁してくれ。

もう少し、女子高生って自覚を持ってほしい」

「んー? いいじゃん、減るもんじゃなし」

「俺の理性メーターが減る。押し付けてるだろ、毎回」

「にゃはは、ウチは気にしないから」


健全な男子なら思わず目が行く抜群のプロポーションを持つ仲間の、人懐っこすぎる笑顔に呆れながら、瞬助は奈々を連れ立って生徒会室に向かう。

幼馴染であり長い付き合いになっているが、彼女の瞬助に対する接し方は子供の頃から変わらない。気兼ねなく接する事が出来ると言えば聞こえはいいが、思春期真っ盛りの高校生には少々不健全な接し方のように思える。が、そんな常識なんて知らんとばかりに、彼女は昔と変わらぬ交流を続けるのである。

入学初日も同じようなことして周囲を引きつらせたことは、苦々しい思い出として瞬助の記憶に刻まれている。もうクラスメイト全員を敵に回すようなことは避けたい。

1年前の封印されし記憶が洩れ出てきたのを慌てて封印しなおし、瞬助は生徒会室の扉を開ける。


「あ、来た。おはよう、瞬助、奈々」

「うっす。小夜も悪かったな、急に呼び出して」

「問題ないよ。瞬助の頼みとあらば、即参上」


生徒会室では、一人の女子生徒が机に座って待っていた。

烏間 小夜カラスマ サヨ。彼女もまた生徒会の一員だ。

ショートカットに整えた髪、キリッとした印象を持つ眼を持つ美少女。中性的な容姿を持つ、と表現すればよいのだろうか。背はそこまで高くないものの、見た印象は可愛いよりもカッコいいか凛々しいが先に来る。校内で男装が似合う女子ランキングとかやったら即トップ3にランクインしそうな女子だ。いや、実際に男装させたら、あまりにハマりすぎたために一騒動起こしたこともあるのだが。

彼女とは、入学式の日に知り合ったのだったと思い出す。彼女と知り合ったのが『異能者』を知るきっかけでもあった。瞬助にとってはある意味、健全な華の高校生活を破壊した張本人ではあるのだが。そんな小夜の手には、巷で流行の恋愛小説が置かれている。ド純愛だとかなんとかって触れ回りで店頭に置かれていたのを先日見た事があった。

相変わらず少女趣味というか、通常時は一番健全な女子なんだがなぁ……と、ぼんやりと考える瞬助。


「にゃはー、サヨっち。

春休みは大変だったんじゃない? シュンに会えなくてさ」

「大丈夫だよ。春休み前にがっつり補給させてもらったから」

「ほほー? シュンも太っ腹だねー」


幸か不幸か、瞬助はこの小夜と『異能者』絡みで深い関係を築いている。女子二人の関係も決して悪くは無いのだが、如何せんどちらも瞬助と距離が近すぎるのだ。傍目には、美少女二人に言い寄られるイケメン生徒会長という図式となっており、周囲にからかわれるネタを提供し続けている。実際はもう少し事情が異なるのだが、それを周囲に説明できないジレンマに瞬助はいつも頭を抱えていた。


「ふふ、命の糧をがっつり与えられちゃったのかにゃ?」

「う、うん……ごめんね、瞬助。あたしのこの体質のせいで…」

「ま、まぁしょうがねぇだろ!ほら、過去よりも未来!

今日のことについて詰めるぜ!」


奈々と小夜のやり取りが不穏な流れになりそうなのを感じ取り、冷や汗を垂らしながら会話を一度断ち切る。そそくさと自分の定位置である会長席について、無理やりに議題を挙げた。


「予定じゃ9時頃に転校生が来る。

急な転校だったらしくて、まだ一度も学校見学とかしてないんだそうだ。

で、明日の始業式の前に一度学校内を案内することになった。

ただ、桧山がいないから、案内の行程が完全にノープランだ。

とりあえず雑談しながら、校内を見て回ることになると思う。OK?」

「なるほどね。じゃあ、案内ルートと話題だけはある程度用意しておかないと」


どちらかといえば学校に早く馴染んでもらうための案内だ。2年次ともなればすぐに授業も始まるし、そもそも周囲は既に学校に馴染んだ人ばかり。見学に来たこともない転校生がスムーズに入れるよう、大体の施設とざっくりとした校則、あとは学生間で囁かれる噂など、簡単な案内を今日のうちにしてしまおうということだ。3人はすぐに話し合い、おおよその案内ルートを決める。

書類整理があるので、最後には職員室に向かうというところまで決めたところで、奈々がおもむろに質問してきた。


「ねーシュン。さっきちらっと聞いたんだけど、

転校生が『超能力アイドル・ウサギ』なのってマジ?」

「えっ……!?」

小夜の方は知らなかったらしく、目を見開いている。

瞬助は耳の早い仲間に対してため息をつくと、すぐに真剣な表情になって答える。

「マジだよ。ついでに言うと、その超能力は本物らしい。

アイドルってだけでも騒ぎになりそうだが、本物となるとな」

「にゃるほどねー。おっけーおっけー、シュンがひやっちに呼び出されるわけだ」

「なんか最近、みんなして俺に押し付けとけばおっけーとか思ってない?」

「にゃはは、まーシュンなら大丈夫だっていう信頼だよ、コレは!」


からからと笑う奈々だが、その表情には瞬助に対する信頼があった。


「じゃあ、とりあえず今日のところは、『君は本物なの?』とか聞かない方向でってことだね」

「ま、そういうことだな。話が早くて助かる」

「いや~、それ絶対、明日以降に聞かれまくると思うよぉ?」

「そうだな。まぁそれはむしろ自然なことだろ。

わざわざホームページのプロフィールで特技:超能力って書いてるんだ。根掘り葉掘り聞かれるのは当然だし、むしろ実際にやってみせるのも想定されてるだろ」


アイドルという人種である以上、人が集まってくることには慣れてるだろうし、そういった類の質問をあしらうすべはあるに違いない。超能力に関しても、仮に実際にやってみせたところで、手品だと思われるのがせいぜいだろう。


人の常識は簡単には変わらない。『異能者』という存在を、人は簡単には信じない。

だから俺たちが考えるべきは……


「むしろ君らの任務として期待されてるのは、どうすればその転校生に、他の『異能者』について信じさせられるかってことかもしれないですね~」

「うおっ!?」

「わわっ!?」


突如、足元から声がした。

瞬助が慌てて机の下を覗くと、なぜかそこに理緒がいた。


「理緒てめぇ……」

「やっ、後ろはダメだと言われたので、足元から声かけてみたよ!

猫衣さんも小夜さんも久しぶり。2人とも、またセクスィになったんじゃない?

まぁ、小夜さんの方はもう少し冒険してもいいと思うんですけどね」

「……!!」


小夜はすぐさま机から飛びのき、自分のスカートを押さえた。

さっきまで足元にいたということは、つまりそういうところも見えるということである。


「……変態っ!」

「ふふ、油断してはいけませんよ。女の子はいつも狙われるものですからね」

「にゃー、相変わらずひくわー」

「なんで奈々は平気なのよ……」

「いやぁ、こいつには何やっても無意味じゃん?

ウチは別に見られるくらいじゃなんとも思わないしさー」

「お前はもう少し恥じらいを覚えてほしいよ……幼馴染として」


顔を赤らめたままの小夜、大きなリアクションもない奈々、ため息をつく瞬助。

三者三様の反応を楽しんでから、理緒はするりと机から抜け出す。


「それより瞬助。

昨日、桧山先生が言ってましたけど、その転校生は自分が超能力者でありながら、『異能者』がどういうものかを知らないんですよね?

その転校生に『異能者』について教える算段はあるんですか?」

「あ? 別にいらないだろ?」


理緒の疑問に対し、瞬助はあっさりと返す。


「必要なら説明はするけど、わざわざ『異能者』について今日教えなきゃいけないってわけじゃないだろう。

俺たち生徒会が引き受けたのは、あくまでも学校案内だ。

超能力者であろうとなかろうと、新しい学校で新しい生活を始めなきゃいけないんだ。

その不安を少しでも和らげるのが、俺たちの仕事だ」


瞬助はまったく言いよどむことなく続ける。


「俺たちが考えるべきは、どうしたらそいつと仲良く楽しく学校生活を送れるか、だ」


ニッと笑ったまま、そう言い切った。


石猿 瞬助にとっての生徒会の役目とはまさにこれである。

『異能者』だろうとなかろうと、楽しい学校生活を送れること。

そのために力を尽くし、自身も楽しんで生きていくこと。

それが彼の生き甲斐であり、生徒会長を引き受けた絶対条件であるのだから。


「やれやれ、相変わらずですね」

「まー、だからこその会長だもんねぇ~」

「あたしたちも、瞬助のそういうところに賛同してるからね」


3人もそれぞれ態度は違えど、彼の考えに同調して生徒会に協力している。

少々『訳アリ』な人間が多いこの学校において、この思想を持っているからこそ、瞬助は2年生にして生徒会長として認められているのである。


「つーわけで理緒。転校生をビビらす可能性の高いお前は、当分接触禁止な」

「そりゃ残念!……まぁ、言われなくてもそのつもりですけど。

空里さんと一緒に、裏方に回ってますよ。

でも、先ほどの『異能者』について知らないって話は、頭の片隅に置いておいた方がよいかと」

「あぁ、了解だ」


瞬助の返事を聞いて満足したのか、理緒はその場からすっと消えていった。


「うぅ……理緒のあの『異能』は反則だよ。どうにかならないかな、あれ」


天敵である変態が部屋からいなくなったのを確認した小夜は、力なくうなだれる。

ああいった悪戯は初めてではないのだが、対抗手段がなく、これまでもいいようにやられてる。要するに高確率で覗かれている。彼の『異能』は常人には対抗できない代物だ。


「まー、『異能』をどうにかすることは出来ないけどよ。

その気になればあいつを黙らせる方法はあるよ。

あんまりやりすぎるようなら実行に移すさ」


瞬助は、昔馴染みの『異能者』である理緒に対しての対抗手段は持っている。

もっとも、暫定処置ではあるのだが。

そうこうするうちに時計の針は8時40分を指そうとしている。

転校生が予定時間より早く来る可能性もあるので、そろそろ出迎え場所に向かうべきだろう。


「…そろそろ時間だな。

校門前に向かう!超能力アイドルさんを迎えに行くぞ!」


気合を入れて、意気揚々と生徒会室を出る。

新しい仲間を出迎えるために。








……瞬助達が出ていき、誰もいなくなった生徒会室。

そこへまた、すっと理緒が現れた。

「……さて、瞬助は片桐さんをアイドルとして捉えてますが、

僕の知る限り片桐 兎という人物は……

それに、このタイミングで桧山先生の急用となると……

うーん、転校生には悪いですけど、少々ハプニングが起きてくれた方がいいんですけどねぇ」



まるで誰かに語るかのようにつぶやいてから、理緒はまたすっと消えていく。

今度こそ人がいなくなった生徒会室は静寂に包まれていった。

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