第6話 転機
月曜日限定のセフレ。
礼隆と出会う前の自分が聞けば、まさかそんな肩書きが自分についたものだなんて思いもしなかっただろう。
似たような関係に甘んじる人物が周りにいたら、
けれども今、瞳子は自分自身が全て納得した上で礼隆との関係をそのように定義づけている。
「瞳子さんの仕事が火曜日定休なら、これからは月曜日の夜に会うことにしようか。俺もちょうど空いてるし」
初めて体を重ねた日、今後の “練習” の日程を調整しようと、彼からそう提案を受けた。
「もちろん、瞳子さんに好い人が現れればいつでも “練習” は打ち切りにしていいし、長くても俺らの関係は半年で終わる。お互いに後腐れのないように気楽にいこうよ」
「うん……。そうだね」
礼隆は半年後、大学卒業と同時に沖縄に引っ越すことが決まっているとのことだった。
本島にある有名リゾートホテルへの就職が内定しており、瞳子と初めて出会ったホテルが同じ系列であることから、研修を兼ねて週三日ほどアルバイトに通っているそうだ。
「沖縄で就職なんていいなあ……。温暖で綺麗な海が近くにあって、お休みの日も退屈しなさそうだね」
深く考えずに口に出した感想だったが、礼隆は曖昧に口元を緩めただけで瞳子の言葉に触れようとはしなかった。
セフレなのだからそこから先の領域には踏み込むべきではないと線を引かれたような気がして、瞳子もそれ以上言葉を繋げることを慎んだ。
相手の過去にも未来にも触れない。
お互いに都合がつく時にだけ、気が向いたときにだけ会って肌を重ね合わせる。
その行為によって瞳子は新しい恋に向けての準備を進め、礼隆は何の代償も必要としない快楽を得る。
“
英語圏では体だけの関係をこうも呼ぶと留学経験のある友人から聞いたことがあるが、自分と礼隆はまさにそのような関係なのだと考えた。
そして、そんな関係を結ぶことを不思議なほど自然に受け入れている自分に驚き、自分の新たな一面を見つけられたことに淡い感動すら覚えている。
こんな風に瞳子が現状をポジティブに捉えられるのは、ひとえに礼隆の態度によるものだろう。
彼は瞳子に会う度に、花びらを一枚ずつゆっくりと丁寧に開くように、少しずつ瞳子の心と体を解放していった。
彼から与えられる口づけや愛撫には誠意すら感じられて、瞳子は安心して体を預けることができた。
始まる前も、終わった後も、心を波立たせることのない会話を交わし、時には酒を酌み交わすなどもして、終電に間に合うように彼のアパートを出る。
恋愛という重い鎖で繋がれることのない、儚くも穏やかな関係。
ひんやりとした絆が肌に触れる秋の夜風と同じ温度で、今の瞳子には絶妙な心地良さだと思えた。
***
礼隆とのそんな関係が二ヶ月ほど続き、ハロウィンからクリスマスの装飾へと慌ただしく着替え終えた街がイルミネーションに紅葉を照らし出す頃。
「瞳子ちゃん。ちょっといい話があるんだけど」
職場の同僚である
大学卒業後に就職した大手通信会社を上司からのセクハラが原因で退社した後、瞳子はハローワークで見つけた小さな人材派遣会社に再就職した。
百貨店やショッピングモールなどの服飾売り場にいわゆるマネキンと呼ばれる店員を派遣することを生業としたその会社は、社長以下七名がすべて女性で、中でも美月は瞳子と二歳しか年が離れていないこともあり、毎日のようにランチを共にしている。
才色兼備であり既婚者である彼女は、瞳子の純朴で臆病な内面を知る貴重な同性だ。
以前の職場の同僚達に嫉妬や嫌悪の眼差しを向けられていた瞳子にとっては、社会人になってから出来た唯一の友人とも言える存在だった。
当然、純也との事の顛末も報告していたのだが、その彼女が “いい話” と言うからには恋愛がらみの話題なのだろう。
今はそれほど恋を渇望しているわけではないけれど、美月の好意に謝意を表すために瞳子も身を乗り出して話を聞く姿勢を見せた。
「いい話って?」
「うちの旦那が今営業を担当している取引先の大手電機メーカーに素敵な人がいるらしいのよ。この前飲みに行った時に、結婚を前提とした真剣な交際がしたいからいい人がいたら紹介してほしいって旦那が頼まれたらしくってね。誠実で仕事ができてお勧めできる人だから、私の知り合いで真剣な交際を求めている女性がいたらぜひ引き合わせたいって」
「へええ……。いい人なのに、彼女いないんですか?」
「旦那が聞いた話では、二年前に彼女と別れてからなかなか出会いに恵まれないってことみたい。三十二歳で、名前は越川圭介さん。写真見る?」
美月が携帯の画面を数回タッチして、夫から転送されたという写真を瞳子に見せる。
話にあった飲み会の時に撮影したのだろう。頬に赤みをのせて笑顔で写る人物は、決して整った顔立ちとは言えないけれど、瞳子から見て好もしいと思える顔貌だった。
「イケメンじゃないけれど、優しそうで穏やかな感じの人でしょう? あまり女性慣れはしていなさそうだけれど、それだけに恋人や奥さんを大切にしてくれそうよね」
美月のその評価とは対極にある礼隆の端正な顔が思い浮かび、瞳子は思わず苦笑した。
確かに、この写真の彼が自分に「セフレになろう」などと言い出すとは思えない。
礼隆との関係は心地良いけれど、それは次の恋でこれまでと同じ失敗をしないようにするための練習に過ぎない。
その練習を本物の恋で生かしてこそ、今の状況が快楽を貪るだけの無意味なものではないと証明できるのだ。
「じゃあ、とりあえず会ってみようかな。美月さんにセッティングをお願いしていいんですか?」
「もちろんよ。先方には瞳子ちゃんの生真面目な性格をきちんと伝えておくからね」
第一印象で派手な女だと誤解を受けないようにとの配慮を示す美月に感謝しつつも、微かな罪悪感がちくりと胸を刺す。
生真面目な自分に今セフレがいるなどと明かしたら、目の前の友人に嫌われてしまうだろうか。
もとより誰かに話すつもりなどなかったが、礼隆と出会う前の自分の価値観を省みても、彼との関係は決して周囲に知られてはならない。
テーブルに置かれたサラダを口に運びつつ、瞳子は戒めにも似た緊張を心に張り巡らせた。
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