第44話「聞き覚えのある声と台詞」

「──文化祭の日にさ、美桜ちゃんと柚希ちゃん、それぞれと少しだけで良いから時間をとってあげて欲しいの」


 北条から、情報提供の見返りとして要求されたのは、そんな簡単な内容であった。

 元々生徒会の仕事以外で予定も無かったし、それに約束しなくてもどうせ二人と回ることになるだろうなと思っていたので、大して困るようなものでもない。

 ただ、一つ分からないのは。


「ただし、三人一緒は駄目だからね。それぞれと二人きりで回ること。分かった?」

 と、要求してきたことであった。

「あ、ああ。それは別に構わんが……」

「けど、最後の花火は……まあ、これは良いか」

「ん? 花火なんてあるのか?」

「やっぱり知らなかったんだね、橘君。まぁ多分二人から説明があると思うから、それは任せるとしようかな。私に出来るお膳立てはこのくらいだし」

「お膳立て……? 何だ、何の話だ?」

「んーん、何でもないよ。とにかく、文化祭は頼んだからね!」


 時折よく分からないことも口にしていたが、要は美桜と柚希、それぞれと文化祭を回ればいいんだよな。

 そんなの、"簡単"なことじゃないか。



「……思ったより忙しいんだな、生徒会ってのは」


 美桜と柚希を誘った日から数日経ち、文化祭の準備も着々と進んできたある日のこと。

 庶務という何をするのかよく分からない役職のもと、やれ「ウチで使う垂れ幕を用意してくれ」だの「調理をしたいから許可をくれ」だの各クラスや部活動から寄せられる要望を一つ一つ裁いていると、ついそんな愚痴がこぼれてしまった。

 もちろん、会長たちが横でサボっているわけではない。

 それぞれに割り振られた仕事があり、それをこなして忙しいのは重々分かっている。分かっているが……なんだろう、この俺の「何でも屋」感は。

 本来であれば、こういうのは文化祭実行委員の仕事な気もするが、ウチの学校はやけに生徒会の権力が強い分、こういった仕事も引き受けなければならないとか。

 あれだな……もう一人二人くらい、人材が欲しい。


「このくらいで音を上げているようではこの先やっていけないぞ、橘優斗。何も生徒会の仕事は文化祭だけではないからな」


 と、そんな俺の独り言を耳にした会長が、にやりとした表情を浮かべ返事をしてくれた。


「文化祭が終わればマラソン大会に期末テスト。年が明ければ卒業式が待っている。春休みを挟んで入学式があり、クラスマッチに夏休み前の校内ゴミ拾い……」

「……先のことを考えると若干憂鬱になりそうなんで、俺は聞かなかったことにします」


 そうだな、この先もこの忙しさは続くだろうし、今のうちに慣れていたほうが良いかもしれない。


「まあ、君たちなら大丈夫だろう。なあ、あやめ」

「そうですね。橘君も花咲さんたちも、とても良く働いてくれてますから」


 会長の言葉に、皐月先輩も同意をしてくれる。


「そ、そうですか?」

「私たち、ちゃんと出来てますかね?」

「ああ、心配するな。三人ともしっかりやってくれている。なんといっても、私が選んだメンバーだからな」


 若干二人も心配だったのだろうか、会長と皐月先輩から褒められ、幾分か表情が柔らかくなったような気がする。

 そして、多分俺も。

 確かに仕事は多いし忙しいが、やりがいだってある。

 心配なのは俺が足を引っ張っていないか、それが一番大きかったんだが……とりあえず、今のところは大丈夫みたいだな。


「さてと、今日の仕事はこのくらいにして、残りは明日片付けるとするか」


 時刻は丁度十八時を回ったところ。

 各々がキリのいいところまで作業を進めていたのを確認し、会長の号令で今日の活動は終了を迎えた。


「それじゃあ、私と皐月は一旦職員室へ向かうから、三人は先に帰っててくれて良いぞ」

「え、良いんですか?」

「ええ、用事といってもそれほど時間のかかるものでもないですしね。それに私は迎えの車が来ていますし、椿ちゃんも一緒に帰ることになってますから……良かったら三人も乗っていきます?」

「い、いいえ! 俺たちは大丈夫ですから! な、二人とも」

「そうですね、私たちは大丈夫なので安心してください」


 コクコクと、隣の柚希も頷いて同調する。


「そうですか? なら、気をつけて帰ってくださいね」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 なんだか誘いを断るのも悪いがしたけど、流石に皐月先輩の車に乗って送迎してもらうなんて恐れ多いというか……。

 多分、緊張でガッチガチになるんだろうなと思うと、今はまだその誘いを受け入れる度胸は俺には無かった。


「それじゃ、帰ろうか?」

「ああ、そうだな」

「ねえ、帰りにちょっと寄りたいところがあるんだけど──」


 そうして会長たちと別れ、美桜の要望でスポーツ用品店に寄り道をして帰ろうと計画を立てていると……。


「おい、橘優斗」


 なんだか聞き覚えのある声と台詞が、背中の方から飛んできたのであった。

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