第43話「情報収集と、見返り」

「ああ、橘君は知らなかったんだ」


 会長の弟、葉隠洋介に謎の因縁をつけられた翌日。

 別に興味があったわけではないが、それでもどこか心に引っかかりを覚えていた俺は、とりあえずこいつに聞けば何となくの事情は掴めるだろうと、自称校内一の情報通である北条舞の元へと足を運び、彼についての情報をそれとなく尋ねてみた。

「ああ、知らなかったな。そんな話一つも聞いた覚えが無い」

 あの会長の身内が同じ学校にいるんだ、噂の一つでも耳にしてもおかしくないとは思うんだが……。

 まあ、俺が興味が無いだけなのかもしれないが。

 実際、この学園の生徒会の選考方法も知らなければ、生徒会長に関しても顔を何となく覚えている程度の認識だったしな……。


「ま、それも仕方ないと思うよ」

「そうなのか?」

「うん。実際、彼──葉隠洋介君が"あの"会長の弟だってことを知ってるのは、多分一部の人たちくらいだろうからね」


 それはそれで変な話だな。

 会長の弟ともなれば、それなりに話題に上がりそうな気もするが。


「何か事情でもあるのか? 会長の弟なんて、格好のネタになりそうな気もするが」

「君、新聞部を何だと思ってるの……まあいいや。そうだねぇ、確かに普通だったら注目されてもおかしくない人材ではあるんだけど」

「けど?」

「彼はね、その……普通なんだよね」


 普通?


「ほら、会長って凄いじゃない? 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能でオマケに人当たりも完璧。この学園の誰もが羨む、まさに生徒会長にふさわしい人物っていうかさ」

「まあ言わんとすることは分かる。確かに会長が全校生徒から慕われてるのも、あのスペックあってのことだろうしな」


 身近にいるようになって気づいたことは、会長のあまりのスペックの高さであった。

 今北条が言ったことはどれ一つとして誇張は無く、むしろ欠点を探すほうが難しいほどである。


「で、対する弟君はね、普通なんだよ。別に頭が悪いってわけでも、スポーツが苦手ってわけでもない。顔だってそれなりに整ってる方だと思うし、人当たりだって決して悪くは無い」


 そうだろうか。

 昨日のあの態度を見ている俺からすると、最後の言葉には若干の疑問が浮かぶが。


「けどね、それは全部『人並み』レベルなんだよ。苦手じゃないけど、得意でもない。それって、普通に考えたら凄いことなんだけど……」

「なるほどな。あの会長の弟に求められるレベルってのは、想像以上に高いってことか」

「そうそう。だからあんまり話題にも上がらないし、さほど注目もされてないってわけ」


 ふーむ、なるほど。

 だから昨日、あれほど俺に突っかかって来たのか。

 自分と同じ立場でありながら、姉に認められた俺の存在が気に食わなかったのだろう。


「私が伝えられることはこのくらいだけど……大丈夫?」

「ああ、助かった。お陰で何とか上手くやっていけそうだ」

「そかそか、それならよかったよ」


 さて、それじゃあ早速──。


「おっと、どこへ行こうというのかな?」

「ん? いや、生徒会室に……」

「私がこんなにも貴重な情報を提供してあげたというのに、お礼の一つも無しに??」

「お、お礼か……ええっと、助かった。ありがとう」

「それだけ?」

「え?」

「情報の見返りが、感謝の言葉一つだけなの?」 


 ええ……。


「いや、それは……分かった、何をすればいいんだ俺は」

「うんうん、それでこそ橘君だよ」


 いや、完全に言わせただろう。お前が。


「それじゃあ、私からのお願いが一つ。あのね──」


「──なんだ、そんなことでいいのか?」


「うん、宜しく頼んだよ」



 そうして、北条との会話を終え生徒会室へと向かうと。


「──あれ? 美桜と柚希だけか?」


 部屋の中には、美桜と柚希の二人しかいなかった。

 会長と皐月先輩の姿が見当たらないが……どこか行ったのか?


「あ、優斗やっと来たわね」

「うん、今は私とお姉ちゃんの二人だけだよ。先輩たちは、文化祭実行委員の会議に出席するとかで席を外すんだって」

「それ、俺たちは行かなくてよかったのか?」

「うん、今日はまだ挨拶だけだから良いって。次からは本格的に会議をするから、隣で見学してもらうことになるかもとは言ってたけど」


 そうか。ならしばらくは会長たちも戻ってこないのか。

 それは丁度いい。このタイミングで、北条から頼まれた件を片付けてしまおう。


「なあ。美桜、柚希」


「ん?」

「どうかした?」


「文化祭さ、二人とも少しだけ俺に時間をくれないか?」


「「……えっ!?」」

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