第39話「前途多難な生徒会」

「これは何の冗談だ? 優斗」

 掲示板に張り出された紙を見ながら、友人──波多野龍一が口を開く。

 それに対し、俺はただ、ありのままの事実を伝えることしか出来なかった。

「俺、生徒会に入るらしい」

 と。


『今年度生徒会役員


 生徒会長・葉隠椿

 副会長・花咲柚希

 書記・花咲美桜

 会計・皐月さつきあやめ

 庶務・橘優斗


 以上五名』


「というわけで、今日からこの五人で生徒会を運営していく。みんな、よろしく頼むぞ」


 放課後、生徒会室にて。

 俺、美桜、柚希、そしてもう一人のメンバーである皐月先輩の四人は、各々割り振られた役職の仕事内容を確認しながら、会長の話に耳を傾けていた。


「じゃあまず、軽い自己紹介からだな。君たち三人は元々の知り合いだが、あやめとは初対面だろう?」

「あ、私は一応お会いしたことが」

「そうですね。私も花咲さん──ここでは柚希さんとお呼びした方がいいですね。柚希さんとは、一緒に生徒会の仕事をこなしましたから」


 そう言うと、会長からあやめと呼ばれた女性がスッと立ち上がり、こちらへと視線を向ける。

 "清楚"という言葉が、これほど似合う人もいないだろう。皐月先輩を見て、素直にそう思ってしまった。

 容姿端麗、頭脳明晰。葉隠先輩と同じ二年生であり、この人もまた、一年生の頃から生徒会役員として活動をしていたらしい。

 ちなみに龍曰く、葉隠先輩と並んで二年生のトップ二と呼ばれているとかなんとか。


「皐月あやめと申します。実家の都合で、生徒会には顔を出せないことも多々あるかとは思いますが……どうぞ、よろしくお願い致します」


 お手本のような綺麗なお辞儀と共に、そう挨拶をする皐月先輩。

 高校生とは思えないその気品さはどこから来ているんだ……と疑問に思ったが、その疑問はすぐに晴れた。何でも父親が会社を経営しているとかで、超が付くほどのお嬢様らしい。

 それが故に、私生活はかなり多忙を極めているそう。

 実力、経験の二つを兼ね備えた皐月先輩こそ副会長に相応しいと考える人も多かったらしいが、実家の都合で断念せざるを得なくなったとのこと。

 本人は生徒会そのものを辞退しようと思っていたみたいだが、葉隠先輩からの要請を受け、空いた時間に出席するだけでも構わないという条件付で生徒会に残留することになったそうだ。


「(そこで白羽の矢が立ったのが、柚希というわけか……)」


 そうして、結果的に柚希は副会長を務めることとなった。

 皐月先輩以外で、自分の右腕に相応しい人物は柚希しかいない。葉隠先輩は、恐らくそう思って柚希をずっとスカウトし続けたのだろう。


「じゃあ次、一年生たちに挨拶をしてもらおうか。まずは柚希君から」

「あ、はい。えっと……花咲柚希です。といっても、私は葉隠会長とも皐月先輩とも生徒会活動で顔見知りでしたし、お姉ちゃんや優斗君とはずっと一緒だったから今更自己紹介する必要も無いかもしれませんが……」

「そんなことは無いさ。こういうのは、最初が肝心だからな。見知った相手だからといって適当に済ませるのは、私の流儀に反するところだ」

「わ、分かりました。ならしっかりと自己紹介させて頂きますね。花咲柚希、一年生です。副会長として生徒会役員の一員となりました。活動自体はちょっと前から参加していましたが、まだまだ不慣れな部分も多いと思います。なので、皆さんのお力を借りながら頑張っていければなと思っていますので……宜しくお願いします」


 柚希の挨拶を聞き、各々まばらに拍手を投げる。

 会長の言うとおりかもしれない。確かに俺たちは見知った間柄だけど、こうしてしっかりと自己紹介をすることで、目の前にいる幼馴染が"副会長の花咲柚希"なんだと認識させられる。


「よし、じゃあ次は美桜君」

「はい。この度書記に任命されました、花咲美桜です。一応柚希の姉ですが、双子なので大して変わりは無いですね。しっかりサポートできればと思います」


 対して美桜の自己紹介は、随分とシンプルにまとめられたものであった。なんとも美桜らしいというか。柚希が丁寧だった分、余計そう思ってしまう。


「さて、それじゃあ最後に橘優斗。君の番だ」


 どうでもいいが、どうして会長は俺を呼ぶとき必ずフルネームなのだろうか。

 同級生の皐月先輩のことは"あやめ"と呼び捨て。美桜と柚希は君付けをしつつも下の名前で呼んでいる。

 なのに、何故か俺だけ橘優斗と名前を全部呼ばれるから違和感だ。まあ、別に気にすることでもないのかもしれないけど。


「──橘優斗です。色々あって、庶務に就く事になりました。宜しくお願いします」

「それだけか?」

「え、駄目ですか?」


 美桜の簡単な挨拶に倣って自分も短くまとめたのだが、会長に突っ込まれた。


「橘優斗、君はそれよりも言うべきことがあるだろう?」

「言うべきこと……えっと、何でしょう」


 心当たりが全く無い。何だろう、決意表明でもすれば良いのか?

 そんな風に思考を巡らせていると、やれやれといった表情で会長が口を開き。


「あやめ。君は知らないだろうが、柚希君と美桜君は、この男に好意を寄せている」

「──なっ」

「あらあら、そうなんですか?」

「ああ、そうだろう二人とも」

「え、えっと……」

「……それは、まあ」


 急に会長から話題を振られた二人は、若干戸惑いつつも、頬を朱色に染めながら否定することなく会話を受け止めている。

 ……って、そうじゃなくて!


「葉隠先輩、急に何を言ってるんですか!」

「まあ落ち着け。遅かれ早かれ、あやめも知ることになるだろう。お前たちは、本当に分かりやすいからな」

「そ、それは……」


 自分ではそんなつもりは一切無いのだが、悲しいかなこの二人は別である。

 最近じゃクラスメイトたちに疑いの目を向けられたり、なんてこともあったし……確かに、会長の言うとおり時間の問題だとは思うが。


「それでも、自分の口からそんなこと言えるわけないじゃないですか!」

「くっくっ、それは確かにそうだ」


 いや、そんな笑われても。


「──さて、それじゃあ自己紹介も済んだところで、早速生徒会活動開始と行こうか。五人の新体制で、今年一年頑張っていこうじゃないか」


 ……俺は既に、前途多難なんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る