第34話「オムライスの味」

「ただいま」

 生徒会のお手伝いを終え、ようやく家に帰ってこられた。

 別に生徒会の仕事を手伝うこと自体は苦でもなんでも無いし、むしろ新鮮な出来事ばかりで楽しいって気持ちもあるにはあるんだけど……やっぱり、本当は。


「お帰り、柚希」


 そんなことを考えながら部屋のドアを開けると、お姉ちゃんの姿が飛び込んできた。

 ……あれ? 疲れてて、部屋間違えたかな。

「ふふん、柚希が何を考えてるか当ててあげましょうか。『あれ? 疲れてて、部屋間違えたかな』ってところでしょ」

「……すごいお姉ちゃん。一言一句あってるよ」

「ま、なんたって双子だしね。柚希の考えてることなんてお見通しよ」

 キメ顔でそう口にするお姉ちゃん。

 私もそうだけど、私たちはお互い顔を見れば相手の考えていることがなんとなく分かる。双子ならではってところだろうか。

「そっか、双子だもんね。そりゃ──」

「──だから」

 私の言葉に、口を挟む。


「柚希が今何を悩んでるのか。それも、ある程度は分かってるつもりよ」

「……悩み?」

「舞から何となく話は聞いたわ。アンタ、最近生徒会にスカウトされてるんですって?」

「それは……」

「最近浮かない顔してたのも、やけにため息が多かったのもそのせいね。全く、柚希は昔から何でも自分で抱え込もうとして……」


 そう語るお姉ちゃんを見て、やっぱり私たちは姉妹なんだなと再確認させられた。

 お互い、隠し事が出来ないというか。

 ──昔、私も似たようなことがあったなって。


「で、柚希はどうしたいの?」

「え?」

「だから、生徒会。柚希は入りたいのか、それとも入りたくないのか」

「…………」


 思わず言葉をつぐんでしまう。

 ここ最近、ずっと考えていた。私はどうしたいのかって。

 生徒会自体に興味が無いわけじゃない。こうして実力を見込んでくれてるのも嬉しいし、出来ることなら生徒会長さんの役に立ちたいとも思う。

 でも、やっぱり心の中では優斗君とお姉ちゃんの側にいたいって気持ちが強くて。


「……全く、しょうがないわね」

 私が黙っていると、お姉ちゃんはそんなことを言いながら携帯を取り出し。

「もしもし、優斗。アンタ明日暇? ……そ、分かった。じゃあ明日一時に駅前集合だから。遅れないように」

「……お姉ちゃん?」

「ほら、この前のお詫び……っていうと変な感じだけど。付き合ってるフリを見逃してくれたから、今度は柚希の番」

「え?」

「二倍、でしょ。……言っとくけど、それ以上は駄目だからね」

 そう言いながら、お姉ちゃんは部屋を出て行ってしまった。

 ……ちょっと待って、状況に流されっぱなしだったけど。

「もしかして、明日優斗君とデートするの?」



「──スマン! 遅れた! ……って、あれ?」

 大慌てで自宅を飛び出し、駅へとダッシュすること十五分。

 俺──橘優斗が駅へと到着すると、既に待ち合わせ相手の美桜──ではなく柚希が、集合場所で一人ジッと立っていた。

「あ、優斗君」

 こちらに気づき、小さく手を振る。

「美桜は? 昨日電話で呼び出されたから、てっきりここにいると思ったんだが……」

「あ、えっとそれはね……」

 と、その時。ポケットに入れていたスマートフォンから着信音が聞こえてきた。


『もしもし、優斗? もう待ち合わせ場所には着いた?』

「あ、ああ。さっき着いたけど……って、お前は来ないのか?」

『そうね、今日は柚希と二人で時間を潰して頂戴』

「時間を潰してって……言っとくけど、俺今日はノープランだからな」

『いいのよ、今の柚希にとって一番必要なのは、優斗と一緒に居ることだから』

「え?」

『──優斗、柚希のことお願いね』


 それだけ言うと、美桜は電話を切ってしまった。

 いや、お願いねと言われても……というか、何をお願いされたんだ俺は。

「えーっと、とりあえずどうする?」

 呼び出されたくらいだし、何か用事があるものだと思って何も考えず来てしまったからな…・・・。これからどうすればいいんだ。


「……ねえ、優斗君。一つお願いしてもいい?」

「お願い? 別に構わんが……」

「私ね、優斗君の家に行きたいな」



「って、勉強するのかよ!!」

 柚希から「俺の家に来たい」と言われ、来た道を戻ること数十分。一体俺の部屋で何をするのかと思いきや、着くや否や柚希は数学の教科書を開き。

「当然だよ! だって、週明けからはテストが始まるんだから!」

「いや、それは分かるんだが……というか、美桜は?」

「出来ればお姉ちゃんも一緒に教えたかったんだけど、さっき部屋覗いたら姿が無くて……」

 美桜のやつ、逃げたな。

「だから、せめて優斗君だけでもって。せっかくお姉ちゃんが時間を確保してくれたんだし、今日のうちに教えられる分だけでも……」

「……というか、それならわざわざ駅前に集合することなかったんじゃ」

「あはは、確かにね」

 そもそも家が隣同士なんだから、集合する必要も無かったしな。

「はーー、しょうがねえか。俺もどうせなら良い点取りたいしな。悪いけど柚希、今日一日勉強教えてくれるか?」

「うんっ、良いよ。そのためにここに来たんだしね!」

 こうして、柚希によるスパルタ──もとい、厳しい教えを受けることになった俺。

 多分だけど、一学期よりかなり良い点数取れる気がする。



「はー、疲れた……」

 そうこうしている内に、すっかり夕方になってしまった。

 時計を見ると、短針が6を指している。すげぇ、五時間近くも勉強してたのか……。

「お疲れ、優斗君」

「おお、柚希もありがとうな……」

 そう言いながら、思わず地面に倒れこんでしまう。

 こんなにみっちり勉強したのは受験以来かも。もう脳がパンクしそうだ。

「あー、腹減ったな……」

 大して動いてないのに、いっちょ前に腹だけは空きやがる。


「そういや今日は母さんたち遅いんだっけ……。しゃーない、ちょっくらコンビ二にでも──」

「そ、それなら私が作ってあげようか?」

「え? 柚希が?」

「うん、大したものは作れないけど……それでも良かったら」


 おお、それは助かる。

 正直コンビニで買い物するほど金に余裕があるわけじゃなかったし、そういうことなら。


「じゃあ、お願いできるか?」

「うん。けど、勝手に冷蔵庫のもの使ってもいいのかな?」

「別に良いだろ。母さんたちも、柚希なら特に何も言わないと思うぞ」

「んー、じゃあ台所行こっか。何があるかもチェックしないと……」


 ふむ、柚希の料理か。

 そういえば昔一度食べたような気がするけど……一体どんな料理を作ってくれるんだろうか。楽しみだな。



「お待たせっ」

 待つこと三十分ほど。

 机の上には、いい匂いをオムライスの皿が二つ並べられていた。

「本当はサラダとかも付け合わせで用意したかったんだけど……」

「いや、これで十分すぎる程だろ。正直、めちゃくちゃ美味そうだ」

 お世辞抜きで。

 柚希の用意してくれたオムライスは、いわゆる"ふわとろ"ってやつだ。ご飯くるっと巻いて作る王道のやつじゃなくて、ご飯の上に被せるタイプの。

 だが、俺は正直こっちの方が好きだったりする。


「ふふっ、優斗君はこっちのオムライスの方が好きだもんね」

「おお、よく覚えてたな。そうなんだよ、あの巻くタイプのやつもいいんだけど、やっぱオムライスといったらこれだよな~」

 昔、どこかで口にしたのかもしれない。

 そんなどうでもいいことを覚えててくれたのが、ちょっとだけ嬉しかったり。

「じゃ、食べよっか」

「ああ、いただきます」

 手を合わせ、早速一口。

「うん、美味い!」

 想像通り……いや、想像以上の味だった。

 ふわふわの卵が口の中でとろけるようで、一緒に口にしたチキンライスとの味のマッチ具合もたまらず……。


「……やっぱり好きだなぁ」


 俺の感想を聞くや、何か言葉を呟いた柚希。

「ん? 何か言ったか」

 オムライスの美味しさに気を取られ、何と言ったのか聞こえず聞き返してしまう。

 だが柚希は。

「ううん、何でもないよ」

「そうか?」

「うん、これは私の、個人的な話だから」

 そう言いながら、柚希は自分の作ったオムライスを口へと運び。


「うんっ、美味しく出来た」


 と、一言口にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る