第33話「花咲柚希の憂鬱」

 あれは確か、一週間前。

「君が花咲柚希君だね」

 そう私に声をかけてきたのは、生徒会長の葉隠椿先輩だった。

「は、はい。そうですけど……」

 一目見て、美しい人だなと思った。

 その立ち振る舞いからはどこか凛々しさを感じて、品格というか……上手く言えないんだけど、まるで自分とは別世界の人のような。

 前から噂は聞いていたけど、実際に相対するとこんなにも緊張しちゃうんだな。

「すまない、ちょっと時間をくれるか?」

「それは構いませんけど……」

「ありがとう。じゃあ──」

「あ、その前にちょっと友人に連絡をとってもいいですか? 一緒に帰る約束をしていたので……」

「ああ、それは構わないよ」

 友人──といっても優斗君とお姉ちゃんだけど。

 ひとまず二人にメッセージを送る。

『生徒会長さんに呼ばれちゃって、遅くなると思うから先に帰ってて! ゴメンね』


「じゃあ、行こうか」



 そうして葉隠先輩に連れられて、生徒会室へとやってきた。

 ここに来るのはもちろん初めて。というより、自分には一生縁の無い場所だと思ってたから、なんだか不思議な気分だ。

「お茶をどうぞ」

「あ、すみません」

 用意されたお茶に口をつける。

 ……あ、美味しい。

「さて、お茶でも飲みながらゆっくりと喋ろうじゃないか」

「……あの、葉隠先輩」

「ん?」

「えっと、私が呼ばれた理由ってもしかして……」

「なんだ、気づいていたか」

 その口ぶりからして、私の予想はどうやら当たっていたみたいだ。

 この時期に生徒会室へ呼ばれる……前に舞ちゃんから話は聞いてたけど、まさか私が指名されるとは思っていなかった。


「なら話は早いな。そうだ、今回君を呼んだのは他でもない。次期生徒会役員に君をスカウトしたい」


 やっぱりそうだったみたいだ。

 この学校は、代々生徒会長が次の役員をスカウトしてメンバーを構成していくらしい。そして、次の生徒会役員を決めるのが丁度今の時期だから……呼ばれた時点で、何となく察しは付いていた。

「……あの、どうして私なんですか?」

「ふむ、自分では理由が分からないと」

 首を一つ縦に振る。

「なるほど……どうやら君は、自己評価が随分と低いみたいだね」

「自己評価、ですか?」

「ああそうさ。言っておくが、私は誰でも良かったから君を呼んだわけじゃない。花咲柚希君、君なら生徒会役員に相応しい……いや、もっと言えば副会長として私を支えてくれると思ったから、声をかけたんだよ」

「副会長って……わ、私がですか!?」

 生徒会役員に誘われるだけでも青天の霹靂だったのに、まさか副会長になってくれと頼まれるなんて思っても見なかった。


「聞いたよ。君は一学期の試験、どちらとも一位の成績だったそうじゃないか」

「そ、それはそうなんですけど……あれはただ、運がよかったというか」

「運、ね。それで一位が取れるなら、逆に大したものだよ。それに運も実力のうちという言葉もある。加えて、君は学生からの信頼も厚い」

「そう……なんですか?」

「ああ、学園で君のことを知らない生徒はそう居ないだろう。ちなみに、他にも君をスカウトした理由はいくつかあるが……聞きたいか?」

「い、いえ。これ以上聞いちゃうと恥ずかしくて……」


 うう……まさかこんなにも褒め殺しに合うなんて。

 けど、葉隠先輩が私のことを買ってくれているんだなってことは十分なくらい伝わってきた。

「そうか、残念だ。……さて、改めて聞くが花咲柚希君。君は、私の誘いを受けてくれるかい?」

 先輩の表情が真剣なものに変わった。

 それだけこの勧誘が、大切なものなんだと知らされる。

 ……けど、私の答えは決まってて。

「すみません、せっかくのお誘いなんですが……」

 この誘いに対する答えは、もちろんノーだ。

 それは、前にお姉ちゃんと交わした『後悔だけはしないように』という約束を守るため。

 私は、この短い高校生活三年間、できればずっと優斗君の隣にいたいと思っている。部活動に入らなかったのも、それが理由だ。多分お姉ちゃんも同じなんだと思う。

 生徒会に誘ってもらったこと、それ自体は嬉しい。

 だけど、そのせいで優斗君と一緒に時間が少なくなったらと思うと、やっぱり優先順位は下がってしまう。

 だからこそ、ここでしっかり断ろうと思ったんだけど……。

「ああ、返事は今日じゃなくても良いんだ。今誘っても色よい返事は貰えないだろうしね」

「け、けど……」

「そうだ、しばらく生徒会の手伝いをしてみないか? 実際に活動に参加すれば、考えも変わるかもしれない」

「え?」

「期末試験前だが、花咲君の成績なら問題は無いだろう。丁度次の役員への引継ぎ作業なんかをしているんだが、どうだろうか?」

「えっと……」

「どうかお願いだ。少しだけ、君の時間を私に預けてくれないか」

 ……駄目だ、そんな風にお願いされたら。

「……わ、わかりました。少しだけなら……」

「本当か! それじゃあ期末試験が終わるまで、宜しく頼むよ。副会長の件はまた答えを聞かせてくれると嬉しい」

「……はい」

 こうして、しばらくの間葉隠会長の下で生徒会役員のお手伝いをすることとなった。


 ……けど、これじゃ優斗君とお姉ちゃんに勉強教える時間が少なくなりそうだな。



 そうして、学校の授業が終わると生徒会室へ足を運ぶようになった。

 優斗君たちと一緒に帰れないのは残念だけど、約束してしまった以上はしっかりと責任を果たさないといけない。

 ただ……。


「やはり君の実力は本物だ。ぜひ生徒会に入って、本格的に力を貸して欲しい」


 今日もまた、会長はそんなことを口にしていた。

 ここ数日、ずっとこの調子だ。

「それは……えっと」

 多分、私がハッキリと拒絶しないのが悪いんだと思う。こうやって曖昧なまま、生徒会のお手伝いをしているから。

 けど、何故だか葉隠会長を前にすると強く出られないんだよね……。

「はぁ……優斗君と一緒に帰りたかったな」

 生徒会室にいる先輩たちに聞こえないよう、小さく呟く。

 そうして頭に浮かんだのは、昨日二人から聞かされた『付き合っているフリをする』という話だ。

 あの時は「二倍返しで」なんて強がった返事をしてみたけど、もしかしたらこのまま本当に付き合っちゃうんじゃないか……とか、ひょっとするともう付き合ってるんじゃ……なんて悪い想像ばかりが頭をよぎって、余計憂鬱な気分になる。

 分かってる。お姉ちゃんがそんなことをするはずが無いって。


 だけど、今日も二人は仲良く一緒に帰ってるのかな……と思うと、やっぱり気分は落ち込んでしまう。

 

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