第31話「柚希のため息」
「今週から試験週間に入る。各自、しっかり勉強してテストに臨むように」
そう言葉を残し、担任の白石先生が教室を後にする。
やがて、放課後を迎えたクラスメイトの表情は様々であった。
部活動が休みになって喜ぶ者、端から勉強を諦め遊びの計画を立てる者、ホームルームの時間から現在まで机に突っ伏したままの者……こうして見ると、ウチのクラスは不真面目な人間が多いな。
……まあ、俺も人のこと言えないんだけど。
「よ、優斗。放課後何して遊ぶよ?」
と、悪の誘いを持ちかけてきたのはクラスメイト兼、友人の波多野龍一。
「そうだな、今日はカラオケにでも……」
そして、その誘いにまんまと乗ってしまうのが俺、橘優斗だ。
……いや、一学期の中間試験は頑張ったんだよ?
ただ、どうも俺には勉学は不向きだった見たいで……期末試験からはご覧の有様。こうして悪友と共に放課後の時間を謳歌することに勤しみ、テスト勉強など「なにそれ美味しいの」状態である。
そんな訳で、二学期の中間試験も当然コイツと遊ぶことに専念しようと思っていたのだが……。
「優斗君、迎えに来たよ」
そうはさせてくれないのが、俺の幼馴染──花咲柚希なのであった。
「ゆ、柚希? もう逃げようとしないから、手を離して……」
「駄目、お姉ちゃん前もそう言って逃げ出したもん。家に着くまでは絶対離さないから」
よく見ると、柚希の姉──花咲美桜が、妹にギュッと手を握られ後をついてきていた。
いや、ついて来ていると言うよりは、連行されているといった様子だが。
「じゃ、優斗君も一緒に帰ろっか」
「いや……俺は今から龍と一緒にカラオケに──」
「ん?」
「えっと、だからカラオケ──」
「ん?」
「カラ──」
「帰ろう?」
「はい」
有無を言わせないスタイル。別に怒られているわけじゃないのに、何故か反論できず丸め込まれてしまう俺。
「……スマン龍、カラオケは」
「ああ、分かったよ畜生。良いさ、俺一人で行ってくればいいんだろ」
いや、俺が行けないなら帰ればいいのでは。
「クッソーーーー!! なんで優斗ばっかりーーーー!!」
そんな悲痛の叫びと共に、波多野龍一フェードアウト。
本当にすまない……いずれ何かの形で穴埋めするから。……まあ、アイツの場合カラオケを断った事実より、その理由に憤怒しているんだろうとは思うが。
「さてと、優斗君はこっちね」
何てことを考えていると、逃がさないと言わんばかりに柚希が俺の腕をバッと取る。そうして、俺と美桜を確保し満足そうな表情を浮かべた柚希は。
「じゃ、帰って勉強しよっか」
と、悪魔の宣告を突きつけるのであった。
◇
「ヤバイ……分からん…・・・」
「どこが分からないの?」
「どこが分からないのかが分からん……」
などとアホみたいな会話を繰り広げている俺たちだったが、決して冗談で言っているわけではないということを理解して欲しい。
本当に、どこが分からないのか分からないのだ。
自分で言ってて悲しくなるが、これが日頃勉強していない学生の実態である。まあ、特に苦手な数学をこなしてるってのもあるが。
「んー、優斗君は特に数学が苦手だもんね……」
「ああ、暗記科目は何とかなるんだが……数学だけはどうしても拒否反応が」
「まあ、一つ一つ覚えていくしかないよ。とりあえずここを──」
と、丁寧に教えてくれていると。
"ピリリッ"
「──あっ、ごめん。ちょっと電話が来たみたいだから外すね。……私が見てなくても、ちゃんと進めておいてね?」
鳴り響いたスマートフォンを手に、部屋を後にする柚希。
やがて、同じくウンウンと唸りながら隣で勉強を進めていた美桜と顔を見合わせ。
「「はぁ…………」」
と、大きなため息を互いに吐くのであった。
「た、助かったな……このままじゃ全教科終わるまで家に帰れないところだったぞ」
「そうね……この柚希の厳しさ、高校受験を思い出すわ」
「偶然だな、俺も全く同じことを考えてた」
脳裏に浮かぶのは、高校受験を控えた中学三年生の頃のこと。
三人同じ高校に……という柚希の希望のもと、毎日何時間も机に向かって勉強させられていた俺と美桜は、奇跡とも言うべきか、こうして三人揃って峰高校に進学することが出来たのである。
思えば、あの時学んだはずの教養はどこへ行ったのだろうか。詰め込んだ知識は、どの引き出しにしまったままなんだ・・・…。
「ちなみに美桜、一学期の期末はどうだったんだ?」
「私? えっと──番だったけど」
「何!? お前、俺よりも全然高いじゃねえか」
「ふふんっ、私はちゃんと勉強したもの。柚希の教えのおかげよ」
「……待て、勉強してその順位なのか?」
「うるさいわね! あの時は……ちょっと、実力を出し切れなかったというか……」
安心した。こいつは相変わらず俺と同レベルだ。
仲間を見つけてホッとするのはどうかと思うが、少なくとも心細さは薄れたな。
「──お待たせ」
なんてくだらない会話をしていると、ドアが開き柚希が戻ってきた。
ま、マズイ……! サボって雑談してたなんてバレたら──。
「……はぁ」
と、急いでノートに戻ろうとすると、肝心の柚希は心ここにあらずといった様子で、小さくため息を吐いていた。
「……ど、どうした柚希。もしかして俺たちがあまりにもアホ過ぎて呆れて……」
「あっ、ううん。そうじゃないの。ごめんね、心配かけて」
「ちょっと優斗、たちって何よ」
「ええいうるさい、お前が俺と同レベルってことはもうお見通しなんだ!」
──この時、俺はまだ気づいていなかった。
柚希が、俺たちの知らないところで、とんでもない出来事に巻き込まれているということに。
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