第29話「先に好きになったのは」
優斗のことを最初に好きになったのは、多分私だ。
小さい頃、体の弱かった柚希と違い男子顔負けのアクティブさを見せていた私は、毎日のように隣の家の男の子──優斗と一緒に遊んでいた。
二人でおにごっこをしたり、かくれんぼをしたり、プールで泳いだり……小さい子が出来そうな遊びは、もしかすると全部こなしちゃったんじゃ無いかってくらい。
別に、特別な何かがあったわけじゃない。
ただ、私にとって優斗が隣にいるのは当たり前のことで。
それは、これから先もずっと変わらないことなんだと、そう思っていただけ。
──だから。
「私、優斗君と結婚したい」
小学生のある日、柚希がそんなことを口にした。
「結婚?」
「うん、結婚。小さい頃の約束を叶えるんだ」
「ふーん、優斗とねぇ……」
「それで、お姉ちゃんは」
「え?」
「お姉ちゃんは、優斗君のこと……どう思ってるの?」
「どうって、別に」
なんてことは無い、姉妹の雑談話程度にしか考えていなかった。
だから、いつものように。
「別に、今更どうこう思ってなんかないわよ」
そう答えると、今まで見たことの無いような笑顔を見せながら。
「本当っ? なら、私が優斗君と結婚しても良い?」
と、柚希が尋ねてきた。
……あれ?
「そ、そうね。けど、優斗と結婚したら大変よ?」
何でだろう。
「うーん、優斗君って朝起きるの苦手そうだよね……」
優斗の話を柚希がする度に。
「結婚するまでに、料理とかも練習しなきゃかな?」
何故だか、私の胸が苦しくなってきて。
「……お姉ちゃん? どうかした?」
「え?」
「だって、ずっと怖い顔してるから……」
自覚は無かった。
だけど、すぐ近くにある鏡を見ると、確かに顔が強張っていて。
「ち、ちょっと部屋に戻るわ」
急いで、柚希の部屋を後にする。
そうして部屋に戻って、自分が変だということに気が付いた。
今までも、柚希と優斗の話をする機会は沢山あったはずなのに。
どうして今日は、こんなにも胸が苦しくなるんだろうか。
「優斗なんて、別にただの幼馴染で……」
そう言葉を口にするが、先ほどからうるさいくらい心臓が鳴り続けている。
けど、これはドキドキしてるんじゃない。きっと、優斗を取られるのが怖いんだ。
隣にいることが当たり前で、それはこれからもずっと変わらなくて。
その時私は初めて、自分がずっと優斗に恋をしていたんだということに気がついた。
けど、それから私は自分の気持ちに嘘を吐き続けた。
優斗のことなんて好きじゃない。小さい頃の約束なんてどうでも良い。
柚希に聞かれる度、そう答えてきた。
だって、あんな柚希の嬉しそうな顔を見ちゃったら、今更私も優斗のことが好きだなんて言えるわけが無いじゃない。
だから、私は。
「柚希と優斗はお似合いだから、自分は身を退く」
だなんて、それっぽいことを自分に言い聞かせ続けてきた。
それが一番なんだって。みんな幸せになれるんだって。
◇
結局、花火会場へは戻れなかった。
これ以上二人の近くに居たら、本当に我慢が出来なくなってしまう気がしたから。
「私って、思ったよりメンタル弱いのね……」
そんな自分に嫌気がさし、うな垂れてしまう。
今頃柚希たちは楽しんでるかな、とか。
もしかしたら何か進展があったのかな、なんて考える度に、心臓がキュッと掴まれる気分になって。
「キツイ、なぁ……」
いっそ眠りについてしまおうか。
そんなことを考えながら、枕に顔を埋めていると。
"コンコンッ"
誰かが、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「──お姉ちゃん、入るよ?」
「え?」
ドアを開け、部屋へと入ってきたのは……花火大会へ向かったはずの、柚希だった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫って……柚希、あんた花火は?」
「ん? 優斗君に謝って、キャンセルしてもらっちゃった」
何を言ってるんだろう、この妹は。
「キャンセルって、何で……あんなに楽しみにしてたじゃない?」
「だって、お姉ちゃんが心配だったんだもん。あんな帰り方して、気にしない方がおかしいよ」
「言ったでしょ、財布を忘れただけだって。すぐに戻るから──」
「──それ、嘘でしょ?」
柚希の声が、部屋に響いた。
それは、いつに無く真剣な声色で。
「私ね、お姉ちゃんの考えてることが、何となく分かるんだ」
「……え?」
「お姉ちゃんはさ、本当は優斗君のことが好きなんだよね」
それは疑問などではなく。
柚希は、私が優斗のことを好きだと確信していた。
「な、何言ってるの? ずっと言ってるでしょ、私は別に優斗のことなんか……」
「姉妹なんだよ? お姉ちゃんの隠してることなんて、全部お見通しなんだから」
そう言いながら、柚希は言葉を続けた。
「ごめんね、お姉ちゃん。私ずっと嘘を吐いてた」
「……嘘?」
「うん、嘘。お姉ちゃんが優斗君のことを好きだって知ってたの、ずっと隠してた。だって、お姉ちゃんが本気になったら、優斗君なんてすぐに取られちゃうって分かってたから」
「何を言って……」
「だから、お姉ちゃんが優斗君なんて好きじゃないって言う度に安心してた。まだ本気を出す気は無いんだなって、私にもチャンスがあるんだって。……けど、それで一番辛かったのは、お姉ちゃんだったんだよね」
そう言いながら、ベッドに座る私に近づき。
「ごめんね、お姉ちゃん。ごめんね……」
泣きながら、ギュッと私を抱きしめたのだった。
「ゆ、柚希!? どうしたの急に……」
突然のことに慌ててしまうが、やがて柚希の涙を見て、何故だか私まで泣きそうになってしまって。
「……ゴメン柚希、私も嘘を吐いてた」
ついに、今まで隠していたことを、全て口にしてしまった。
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