第28話「美桜と、過去」
「ね、覚えてる?」
花火が上がる三十分前。一通り屋台を見て回った俺たちは、ひとまず落ち着ける場所を探そうと会場から少しだけ離れた小さな公園へと歩いてきた。
「一年前もさ、こうやって一緒に花火見たよね。あの時は柚希も一緒だったけど」
「そうだったな、あの時は川原で一緒に……って、俺はそれよりも」
美桜の問いかけに答えつつ、俺は一年前のことを思い出していた。
確かに花火を一緒に見たことは覚えている。三人で、場所は会場近くの川原。
だけど、俺はそれよりももっと──。
「──あの頃のことを考えると、まさかこうして美桜と二人で花火を見に来ることになるとはなぁ……」
そう、今の美桜との関係にすっかり慣れてしまって忘れかけていたけど。
あの頃の俺たちは。
「……まあ、そうね。あの頃の私たちは」
こんなにも、仲良くなんて無かったからな。
*
「花火大会? 私はいいから、柚希たちで行きなさいよ」
中学生最後の夏休みが終わった。
それは同時に私──花咲美桜の部活動引退を意味していた。
「でも、優斗君と二人なんて……」
二学期も始まり、これからは受験勉強に力を入れなければいけない。
そんなある日、双子の妹である柚希から、花火大会の誘いを受けた。
聞けば、私の幼馴染である橘優斗を誘って、三人で花火を見に行きたいとのこと。
「はぁ……。柚希ねぇ、そんなこと言ってたらいつまでたっても進展しないわよ?」
「それは分かってるんだけど……でも、約束の件もあるし」
そう言いながら、どうにも煮え切らない態度を見せる柚希。
「約束って、子供のときの?」
「うん、来年の誕生日までは気持ちを伝えないようにって。けど、二人っきりで花火なんて誘ったら好きだってバレバレな気がして……」
「柚希も律儀ねぇ。そんな約束、私の方は特に気にしてないんだし好きにすればいいのに」
「そうはいかないよ! だって、優斗君にも選ぶ権利があるわけだし……」
どうにも自身無さげな様子を見せる妹。
うーん、正直こんなに可愛い女の子から好かれて喜ばない男なんていないと思うけど。
「……というかお姉ちゃん、本当に良いの?」
「何が?」
「何がって、優斗君のことだよ。来年には約束してた十六歳になるんだし……」
「ああ、優斗のことね。別に構わないわ……というか、この歳になってまだ小さい頃の約束を覚えてる柚希の方が凄いと思うけど」
「それは……だって、小さい頃からずっと優斗君のことが好きだから」
知ってる。
柚希が優斗のことを、心の底から愛していることを。
小さい頃に交わした約束を、今も律儀に守り続けていることを。
そして柚希の夢が、優斗のお嫁さんになることだってのも。
「ま、私は優斗のことなんてこれっぽちも思っちゃいないから。そりゃ、十年も経てば気持ちも変わるっていうか……まあとにかく、私のことは気にしなくていいから。柚希は、自分の好きなようにやればいいのよ」
「……お姉ちゃんが良いならいいけど」
私の幼馴染、橘優斗はどこにでもいる普通のヤツだ。
特別勉強が出来るわけでも、運動が出来るわけでもない。
顔だってビックリするほど整ってるわけでもないし、これといった特技を持っているなんてことも無い。
そんな相手を、だ。
いくら小さい頃に結婚の約束をしているからといって、十何年も好きでい続けられる訳が無い。
周りからは幼馴染ってだけでからかわれたりするけど、ハッキリ言って迷惑だ。
──そう、迷惑……なんだ。
「でもやっぱり、今日の花火は一緒に来て欲しいな」
「……柚希、そんなに二人っきりが嫌なの?」
「ううん! 嫌ってわけじゃないの。ただ……」
「ただ?」
「優斗君と二人っきりになると、抑えてた気持ちが溢れそうになっちゃうの」
赤面しながら、そんなことを口にする柚希。
我が妹ながら、何て可愛いんだろうと思わず嫉妬してしまうほどに。
「……はぁ」
出来れば、あまり優斗には会いたくなかった。
ここ最近はほとんど会話も交わしてないし、たまに学校ですれ違う程度。
柚希はたまに勉強を教えたりしてるみたいだけど……。
「しょうがないわね。一緒に行ってあげるから、さっさと優斗を誘ってきなさいな」
「ほんとっ!? ありがとう、お姉ちゃん!」
先ほどの表情から一転、明るい笑顔で部屋を後にする。
「……ほんと、柚希は優斗が好きなのね」
誰もいない部屋で一人、ポツリと呟いた。
◇
「……お、おう。久しぶり」
「……ん」
こうして面と向かって会話するのはいつぶりだろうか。
特にお互い、確執があった訳ではない。
だけど、自然と気まずい空気が流れて……。
「ほらっ、二人とも行こう?」
もしこの場に柚希がいなかったら、私たちはどんな会話をするんだろうか。
「──でね」
「──そうなのか?」
前を歩く二人を、一歩退いた位置から見つめる。
ふふっ、幸せそうな顔してるわね、柚希。これだけでも、来てあげた甲斐があったからしら。
「──はは、マジかよ」
そして、楽しそうに笑う優斗の姿が目に入った。
恐らく優斗は、柚希が自分のことを好きだなんて思ってもみないだろう。
ただ幼馴染から誘われて花火に来た、そんな風だ。
「あー……そういえば、美桜」
何てことを考えていると、ふと優斗がこちらを振り返り、私に話しかけてきた。
「……何?」
まさか、私に声を掛けるとなんて。
思ってもみない出来事に、思わず動揺してしまう。
「部活、お疲れ様。こないだ最後の大会だったんだろ、だから」
「──え?」
「結局泳いでるところは一回も見たことないけどな。ま、これからは受験勉強頑張ろうぜ」
「……覚えてて」
「ん?」
「……何でもない。ありがと」
「おう」
短くそう返すと、優斗はまた隣を歩く柚希へと視線を移す。
「受験かぁ……嫌だなぁ」
「また勉強教えてあげるから、一緒に頑張ろう?」
……だから、優斗には会いたくなかったんだ。
「というか、まずは二学期の試験だよな。俺、全然自信ないんだけど」
「優斗君、一学期も同じようなこと言ってたけど……」
だって、こうして会って話をしてしまえば。
「ま、なるようになるか。受験も、適当に受かったところ行けば……」
「だ、駄目だよっ! 高校選びはちゃんとしなきゃ!」
「お、おう……!?」
──優斗を好きだって気持ちが、抑えられなくなっちゃうから。
「……ん、お姉ちゃん? どうかした?」
足取りを止めた私を見て、心配そうに声を掛けてくれる柚希。
──けど、ゴメン。
「う、ううん。それより家に財布忘れちゃったみたいだから先に行ってて、すぐに追いかけるから」
「え? お姉ちゃん!?」
思わずその場を走り去ってしまった。
不自然だっただろうか。いくらなんでも、急にその場を離れるなんて。
「……こんなんじゃ、駄目だ」
私は身を引く、そう決めたはずなのに。
柚希と優斗が、仲良さそうにしているのを見て、嫌な気持ちを持ってしまうなんて。
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