第27話「祭りは甘いもの」

 日曜日。今日の天候、快晴。

 まさに絶好のデート日和と言えよう。行く先が花火大会というのも、今日の天気であれば丁度良かったのかもしれない。

 ──ただ。

「じーっ……」

 すぐ近くの物陰から、物凄い視線を感じるんだが……。

「……はぁ」

 確認するまでも無く、あれは七瀬で間違いないだろう。

 集合時間より二十分も早く到着したというのに、着いた瞬間からこの視線を感じているということは……七瀬のやつ、一体いつからここに来てたんだ。

「じーーーーーっ」

 ……美桜、早く来てくれ。


「──ゴメン、お待たせ」


 何てことを考えていると、聞きなれた声が耳に……って。

「その格好……」

 声のする方へ視線を向けると、そこには浴衣姿の美桜が立っていた。


「はい、感想は?」

「え?」

「何よ、せっかく浴衣着てきたんだから感想の一つくらい欲しいじゃない」

「あ、ああ……」


 すらっとした美桜によく似合っている。元々モデル体形というか、基本的にどんな服装をしても着こなしてしまう彼女ではあるが……何だろう、この色っぽさというか。

「……うなじが」

「え?」

「ああ! いや、何でも無いぞ。うん、凄く似合ってると思う」

 危うく本音が出るところだった。

 今日の美桜からはどこか大人っぽさを感じてしまう。浴衣ってすげぇ……。

「さてと……胡桃も来てるみたいね」

 俺からの言葉に満足したのか、話題は後輩へ。

 物陰の方を確認し、七瀬が来ていることをチェックする。

「そういえば七瀬は一緒に行動しないのか?」

「ああ、あの子は遠くから観察してるんだって。全く、別に気にしないのに」

 むしろこうして遠目から観察される方が気にするんだが。

「じゃあ行きましょうか」

「そうだな……って」

 促されるまま歩き始めようとすると、隣の美桜がスッと左手を差し出してきた。

「良い? 今日の私たちは"恋人"なんだから。優斗も……その、ちゃんと彼氏っぽく振舞ってくれないと困るっていうか」

 何でそこで急に照れる。今までだってそれっぽいこと沢山してきただろうが!

「……嘘とはいえ、彼氏だって意識すると急に恥ずかしくなってくるわね」

「え?」

「何でもない。良いから、ほらっ」

 そう言いながら、右手をバッと掴み歩き始める。

 ……なんと言うか、今日の美桜はどこか新鮮さを感じて……変だな、俺までなんだか緊張してきたぞ。


「「……」」


 互いに無言の時間が続く。

 お、おかしいな……手を繋ぐなんて、ついこの間もしたはずなんだが。

「恋人同士ってのは……」

「な、何かしら」

「い、いや恋人同士ってのはこんなので良いのかなと思って」

「……い、良いんじゃない?」

 いかん、二人とも圧倒的に経験不足過ぎてどうしたら良いのか分かっていないぞ。

「あー……」

「……んー」

 そのまま特に恋人らしい会話をすることなく、会場へと歩いていくことに。

 七瀬は一体どんな気持ちでこの光景を見ているんだろうな……。



「凄い人ね……」

 既に駅からそれっぽい人たちでいっぱいだったが、実際会場へ来て気づいた。

 とにかく人だかりが凄い。花火までまだ二時間近くあるというのに、川原なんかはレジャーシートを敷いて座っている人でいっぱいだ。

「どうする? 花火まで時間あるけど」

 段々と普段通りの会話に戻りつつある俺たち。

 ようやく謎の緊張も解けてきたし、一安心といったところか。

「そうだな、とりあえず出店回ってみるか」

 ズラッと並んだ屋台の数々。

 一通り見て回るだけでも十分楽しめそうだ。

 ただ、どうしても気になるのが──。

「七瀬は相変わらずか……」

「そうね、さっきからずっと後ろを付けて歩いてるみたい」

 この人ごみでも俺たちを見失うことなく、ずっと後ろを着いてきている七瀬。

「なあ、良いのか本当に」

「そりゃあ私だって気になるけど……本人が言うんだから仕方ないじゃない」

 まぁそれはそうだが。

「それより、ほら行きましょ」

「あ、ああ……」

 ま、特に何する訳でも無さそうだし好きにしておくか。



「美桜って、見かけによらず甘いもの好きだよな」

 美味しそうにりんご飴を頬張る美桜を見ながら、ふとそんな感想が口から零れた。

「……何、私が甘い物好きなのがそんなに変なの?」

「いや、そういう訳じゃなくてだな。何というか、イメージと違うっていうか」

「それ、友達にも言われるわ。そんなに私が甘い物食べてるのが珍しいのかしら……」

 俺は子供の時からの付き合いだから知ってるが、とにかく美桜は甘い物に目が無い。

 小さい頃、うっかり美桜の分のシュークリームを食べてしまった日の恐怖ときたら……おお、今でも思い出すと身震いが。

 ただ、普段の美桜しか知らない人間には、そんな感想を抱くのは仕方ないかもしれない。


「ま、俺は甘い物食べてる時の美桜、結構好きだけどな」


 甘い物を目の前にした時の美桜ときたら、そりゃあもうとびっきりの笑顔を見せてくれる。

 普段の強気な美桜も嫌いじゃないが、たまにはこんな風に女の子らしい一面を出してくれるのも悪くないなと、常日頃から思っていた訳で。

 だから、俺としては何気ない一言のつもりで呟いたんだけど。

「……んんっ!? げほっげほっ」

 何故か急に顔を真っ赤にし、咳込み始めた。

「お、おい大丈夫か? 喉に詰まったり……」

「いいえ、何でもないわ……うん、何でもないから……」

 顔を隠すように、目線を外す美桜。


「……ったく、たまに天然発言するっていうか」


「ん?」

「……何でもないわよ。それよりほら、次行くから」

「お、おう……」

 こうして手を引かれるままに、俺たちは次の屋台へと向かうことに。

 ……って、次はチョコバナナか。どんだけ甘い物続くんだ。

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