第25話「恋人関係(?)」


「七瀬……? スマン、全く心当たりが無いんだが」

 七瀬胡桃と名乗った少女──といっても一つ違いだが、彼女はどうも腹に据えかねているといった面持ちで、こちらをじっと見つめていた。

 小柄ながら、どこかしっかりとした雰囲気を見せている。女性でありながらも、男性に向かって全く物怖じしないその姿勢は──そう、まるで美桜を思い出させるようだった。

「まぁそうでしょうね。私と橘先輩は、多分今が初対面ですし」

「……そういえばお前、南中って言ってたな。ということは俺の後輩でもあるわけか」

「ええ、真に遺憾ながら」

 初めて言葉を交わした時から感じていたが、やはりこの七瀬という女の子は、どうにも俺に対して怒りの感情を持っているらしい。

 心当たりは全く無いんだが、いったい彼女は何をそんなに──。

「ちなみに美桜先輩とは、部活動の先輩後輩の仲です」

「部活動って……ああ、水泳部か」

 なるほど、そう言われると確かにどことなく運動部女子っぽい雰囲気だ。

「それで、美桜の後輩が俺に何の用事だ?」

「──率直に聞きます。美桜先輩とはどういう関係なんですか?」

「美桜?」

「はい、花咲美桜先輩です。昨日、一緒に帰っているのを"偶然"見かけましたが、随分と仲よさげでしたよね。……私ですら」

「ん?」

「おっと、何でもありません。それより、私の質問に答えてくれますか?」

 何か言いかけていたようだが、まあいいか。

 それより……なるほど、この七瀬という後輩は、美桜絡みで俺に突っかかってきていたのか。

 ここまでの会話を見る限り、恐らくこの七瀬という女性は美桜のファンか何かなのだろう。

 俺に対して嫌悪感をあらわにしているのを見る限り、若干こじらせているのも分かる。

 とすると、何て答えたものか……。


「あれ、優斗と……胡桃?」


 その時、聞きなれた声が聞こえてきた。

「み、美桜先輩……!」

 その声を聞き、対面に立っている七瀬の表情が一転する。

 先ほどまでの不機嫌そうな顔つきから、今度は随分と幸せそうな面持ちだ。

「お久しぶりです! 七瀬胡桃です!」

「ほんと久しぶりね。元気してた?」

「はいっ! それはもう元気でしたよ……!」

 気のせいか、声のトーンが若干上がった気がする。

 いや、明らかに気のせいではない。これは、相当こじらせているのでは……。

「そう、良かった。……それより、なんで優斗と胡桃が一緒にいるの? 二人って何か接点あったっけ?」


 おい! 当事者!

 今まさに、貴方のことについて絡まれていたところですよ!


「えっと、実は昨日美桜先輩と橘先輩が一緒に帰っているところを偶然見てたんですけど……そうだ、さっきの話です」

 そう言うと、七瀬はこちらを見つめながら。

「まだ私の質問に答えてもらっていませんでした。先輩、教えてくれますか?」

「なっ、この状況でか?」

「質問?」

「はい。橘先輩と話をしていたのは、私が聞きたいことがあったからなんです。先輩、答えてくれますか?」

 どうにも、ここで回答しなければ納得しないという顔つきでこちらを見ている。

 はぁ……仕方ないか。

「俺と美桜は、ただの幼馴染だよ。それ以上でも、それ以下でも──」


「「ただの幼馴染?」」


 ……し、しまった。七瀬はともかく、美桜の前で"ただの"なんて付けたら……!

「ただの幼馴染が、抱きついたりするんですか?」

 自らの失言に気づき、一旦美桜の方に向けていた目線を外すと、どうにも承服しかねるといった表情の七瀬がそう一言。

 どうも、昨日の様子を一部始終見ていたらしい。

「や、それは美桜が……」

「美桜先輩から抱きついたんですか!?」

 ああ! また俺は余計なことを!

 駄目だ、どうにも七瀬と喋っていると取り返しのつかないことを言ってしまうかもしれない。

 すると、俺の返答を聞いた七瀬は、何か考えるような仕草を見せながら。

「失礼ですが先輩、何かスポーツはされてますか?」

「いや、特には」

 ここからは余計なことは言わないぞ。

 何を聞かれても正直に……。

「じゃあ運動は得意ですか?」

「むしろ苦手だな」

「……じゃあ、何か特技は」

 正直に、正直に……。

「……ああ、目玉焼きを作るのは得意だ──」

「もういいです」

 俺の返答を最後まで聞くことなく、呆れた表情を浮かべる後輩女子。

 しまった、今度は正直に答えすぎたか!?

「……こんな人を、美桜先輩は」

 そうして、何かブツブツと喋りながらこちらをジッと見つめる。

 うっ……どうもこの七瀬という後輩、昨日の一件から『美桜が俺に好意を抱いている』と思っているようだ。

 今の質問も、恐らくは俺がどんな人間かをチェックしていたのだろう。

 ……そういえば、美桜静かだな。

 自分の失言以降、目を向けていなかった美桜の方へと視線を移してみる。

 すると──。


「……ふふっ」


 なにやらニコニコとした表情でこちらを見つめており、目が合うと更に笑みが大きくなった気がする。

 え、ええ……何だこれ、めっちゃ怖いんだけど。

「……あの、美桜先輩」

「ん?」

「美桜先輩と橘先輩は、本当にただの幼馴染なんですか? 橘先輩はこう言ってますけど……」

「んー、胡桃はどう思った?」

「……正直、半信半疑です。いえ、どちらかといえば疑いの方が」

 やはり七瀬は、俺の答えた『ただの幼馴染』という回答に疑問を持っていたようだ。

 すると、その言葉を聞いた美桜が──。

「じゃあ、正解を教えてあげる」

 と言いながら、俺の腕を取り。


「私たちね、恋人関係なの」


 と、七瀬に告げた。


 ……エ、ナニイッテルノ?

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