第24話「怪しい影の正体は」

 翌朝。

 前日と同じく、双子姉妹と学校までの道のりを共にしていると──。

「……ん?」

 何やら視線を感じた……気がした。

 こちらをジーッと見ているような、そんな感じ。

「ん? 優斗どうしたの?」

「いや、別に……」

 もしかして、これが北条の言っていた美桜へのストーカー(?)なのではないか?

 チラッと後ろを振り返る。だが、そこには誰もおらず、人影も見当たらない。

 俺が考えすぎているだけなのか?

「──でさ」

 隣を歩く美桜も、特に気にしている様子は見受けられない。今もこうして、柚希と普段どおり会話を交わしている。

 うーむ、やっぱり気のせいか。



「じゃ、また後で」

「優斗君、ちゃんと勉強頑張ってね?」

「……お、おう」

 ……さて、ついにこの時が来たか。

 二人と分かれ、自分の教室へと向かう。幸いここまで声をかけられたりすることは無かったが、明らかに注目を集めている。

 見知らぬ生徒が俺へ視線を向けているのが分かる。恐らくは美桜と柚希のファンかその類の奴らだろう。

 あー……教室を開けるのが億劫だ。

 いっそ早退してやろうか。そんなことを考えつつも、もし本当に帰ったら柚希に怒られそうだなと気づき諦める。うん、柚希だけは怒らせたら駄目だ。

 そうして──。

「……ふう」

 ドアに手を掛け、ゆっくりとスライドさせる。

 教室に足を踏み入れ、自分の席へと向かい……って、こっちを見るんじゃない!


「「「…………」」」


 クラスメイトがみな、俺の方を見ている。

 唯一の救いは、この視線が妬みや恨み、嫉みをはらんでいないということか。どちらかといえば、『昨日のことについて詳しく聞きたい』といった興味心の表れのような、そんな雰囲気を感じる。

 現に、やたらとソワソワしてる奴らばっかりだし。

 ……ただ一人、こいつを除けばだが。


「──おい優斗! どうなってるんだよ!」


 互いに『行く? どうする?』と顔を見合わせている中、そんな空気もお構いなしといった勢いで俺の元へやってきたのは、やはり友人の龍だった。

 というか、お前昨日も似たようなリアクション取ってた気がするが。

「龍、落ち着け。お前の言いたいことは良く分かる」

「落ち着いていられるかよ……! おまっ、花咲さんたちに抱きついたりして……!」

 違う、あれは抱きついたんじゃない。抱きつかれたんだ。

 ……なんて反論したら、更に面倒くさそうだから黙っておくが。

「お前たち、幼馴染じゃなかったのか!?」

 そういえば、昨日そうやって説得したんだっけ。

 ……さて、どうするか。

「龍、お前の言うとおり。俺とゆず──花咲たちは幼馴染だ」

「けど昨日は……」

「いいか、幼馴染ってのはな、子供のときから一緒だからパーソナルスペースが狭いんだ」

「……?」

「つまりだな、子供の時から一緒だから、あの程度はただのスキンシップだってことだよ」

「なっ……! そうなのか!」

「そうだ。お前は俺たちが特別な関係なんじゃないかと疑っているようだが、それは違う。俺たちは単に、互いの距離感が近いだけのどこにでもいる幼馴染同士ってだけなんだ」

「そ、そうだったのか……。俺、お前たちが幼馴染って聞いて、てっきり子供の時に結婚の約束をしてるみたいな、そんな展開があるのかと思ってたぞ……」


 ……あぶねえええええええ。


 何だコイツ、単純なのか鋭いのかどっちなんだ。

「そ、そんな訳無いだろ……。ははっ」

 冷や汗たらり。妙に勘の良い推理にドキッとさせられたが、どうにかコイツをごまかすことは出来たようだ。

 ただ──。

『そんな訳無いだろ!』

 教室中から、そんな突っ込みを受けている……ような気がした。

 流石にこんな言い訳でごまかせるのは、龍一人のようですね……。



「ふっふっふっ、みんなが牽制しあってるから私が代表でやってきたよ」

 やがて、北条が俺の元へとやってきた。

 今のところ奇跡的に誰からも声を掛けられておらず、どうにかこのまま一日が過ぎてくれれば……という俺の思いを、一瞬で打ち砕くように。

「……どうした北条、面白い話は出来ないぞ」

「いやぁ、面白い話をしてくれる必要ないよぉ。……そ・の・か・わ・り」

「……とりあえず、一旦場所を移そう」

「んー、しょうがないなぁ」

 コイツには嘘なんか通用しない。どれだけ上手な嘘を吐こうとも、全て見透かしてしまう奴だ。

 下手すると余計なことまで言ってしまう可能性を考慮し、俺は北条を連れ、人気の無い場所へと向かった。


「なるほどねぇ……小さい頃の約束、と」

 結果、全てを白状する羽目になった。

 ただし、このことは絶対に他言無用という約束付きで。

「はぁ……結局全部喋っちまった」

「まあまあ、どうせいずれ柚希ちゃんか美桜ちゃんからそれとなく聞こうと思ってたから、遅かれ早かれって話だと思うよ?」

「それが分かってたから、先に釘を刺しておいたんだ……。いいか、絶対に誰にも言うなよ? それから、柚希と美桜にも余計なこと吹き込んだり──」

「分かってる分かってるって、それにしても……"柚希"と"美桜"か。うんうん、仲良きことはいい事だよ」

 やめろ、ニマニマと笑うんじゃない。

「ま、これからも三人の動向はそれとなくチェックさせてもらうけどね~。こんな面白い──じゃなくて、親友の恋模様はしっかり見届けなきゃ」

「頼むから、変なことだけはしないでくれよ……」

「はいはい。……そういえば橘君、昨日のことだけど」

 やがて話題は、昨日の美桜に関することに移った。

「どう? あれから一日しか経ってないけど、何か分かった?」

「いや、特には。……今朝、少しだけ視線を感じた気もするが、もしかすると俺に向けたものかも知れないしな。学校でもやけに注目されてたし」

「なるほど。確かに橘君は、いまやこの学校の歩くトレンドみたいな存在だからね」

 変な二つ名を付けないで欲しい。

「ま、しばらくは適当に様子を見てみるよ。また何か分かったら」

「うん、こっちも引き続き調べてみるねー」

 


「……やっと一日が終わった」

 北条が話しかけてきたことで、クラスの空気が変わったのか。

 今朝から様子を伺い続けていたクラスメイトが、昼休みを迎えるや否や一斉に俺の元へと押し寄せ、質問攻めを食らう羽目になった。


「三人はどんな関係なの!?」

「今日も一緒に帰るの!?」

「もしかして付き合ってたり……!?」


 その一つ一つに「幼馴染だ」「一緒に帰るかもしれないし、帰らないかもしれない」「付き合っては無い」と、嘘偽り無く返答する。


 うん、嘘は吐いてないよ?


 どうにも納得してくれているのかは定かではないが、ひとまず「付き合ってはいない幼馴染同士」という認識で落ち着きはした……はず。

 いや、正直納得していないという面々も多く見受けられた。

 そりゃそうだ。俺が逆の立場なら、もっと詳しく話をしろと言いたくなる。

 ただ、そこへ救いの神が現れたのだ。

「三人の話を詳しく聞いたけど、本当に特別な関係じゃないみたいだよ」

 なんと、北条がフォローをしてくれたのである。

 これを受け、俺の説明に納得していなかったクラスメイトも「北条が言うなら……」と、渋々引っ込んでくれたのだ。

 そんなこんなで一旦この話は終了。後は新展開待ちという状況で、ようやく落ち着きを取り戻したのである。

 ……ただ、結果的に北条に借りを作ったような気がして、若干怖いんだけど。

「さて、帰るか……」

 相変わらずチラチラとこちらを見てくるクラスメイトの間をすり抜け、教室を出る。

 恐らくは美桜と柚希と一緒に帰ることになるだろうから、せめて学校ではなく外で待ち合わせをして──。


"ブーブー"


 と、その時スマホに連絡が入った。

『ゴメン、部活の助っ人で今日は一緒に帰れなさそう』

『生徒会長さんに呼ばれちゃって、遅くなると思うから先に帰ってて! ゴメンね』

 それは、美桜と柚希からだった。

 どうも二人とも用事が入り、一緒に帰れないそう。

「……逆に良かったかもな」

 とりあえず、今日はゆっくり帰れそうだ。

 昨日の今日だし、あまり目立つのもどうかと思っていたから助かったな。

 さて、そうと分かったら先に学校を出るか。



 やがて、駅の近くまで一人で歩いていた時、事件は起こった。

「……ん?」

 こちらへと向かってくる一人の姿が目に入る。

 その相手の視線は、間違いなく俺の方を向いていた。横を通り過ぎることも無く、俺の前に止まり、こちらを睨んでいる。

「橘、優斗さんですね?」

「……誰だ?」

 その視線からは、明確な敵意を感じた。

 口ぶりもかなり冷たい。明らかに俺のことを敵だと認識していることが伝わってくる。


 ただ──。


「その制服、南中の生徒か?」

 それでも俺が『怖い』と感じなかったのは、対峙している相手が……中学生の女の子だからだろう。


「そうです。美桜先輩と同じ中学校、南中三年の七瀬胡桃ななせくるみと申します。以後お見知りおきを……って、貴方なんかに見知りおいて欲しくなんか無いですけどね」

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