第18話「優斗の動揺」


「はー、流石に疲れたな……」

 部屋に戻り、いの一番に座布団の上へと腰掛ける。

 今日一日の疲れがどっと押し寄せてくるようだ。油断すると深い眠りについてしまいそう。

「ふふっ、今日はよく遊んだもんね」

 後を追うように柚希も同じように腰を下ろし、ゆっくりと伸びを一つ見せた。

 ……何でわざわざ隣に座るのか、って聞いたら怒られるんだろうな。

「そうね、流石に私もクタクタよ」

 そう言いながら、美桜もスッと隣へ座り始める。

 こんなに大きな机なのに、使っているのは一辺だけという状況。

 いや、別に良いんだけどさ……。

「とりあえず一休みしたら風呂に行くか」

「そうだね」

「じゃあ、ゆっくりしましょうか」

 そう提案すると、二人は更にリラックスするように──俺の肩へと、体重を預け始めた。


「……おい、流石にこれは」

「あら? 一休みしようって言ったのは優斗でしょ?」

「ちょっと照れちゃうけど、優斗君の温もりが伝わってきてすごく落ち着くなぁ……」

 両サイドから漂う、女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 首筋に当たる髪の毛が何だかくすぐったくて……それが余計に恥ずかしさを増すというかって、ええい!

「お前ら、告白したからって俺に何をしても良いと思ってるだろ!?」

 二人からの告白を受け、一週間以上が経過した。

 その間、やれ手を繋ぐだ添い寝するだと流されるままになっていたが……流石にこんなのが続いたら俺が落ち着けねえよ!

「でも、慌ててる優斗君も可愛いよ?」

 必死に告げる俺を眺め、平然とした顔で恐ろしいことを口にする柚希。

 違う、違うんだ……! いや、違わないけど俺が言いたいのはそうじゃなくて!

「あのな、俺だって男なんだ。いくら幼馴染とはいえ、こんな何度もくっ付かれたら……なあ?」

 ハッキリとは言わない。否、言えない。

 だから察してくれ……俺だって、男なんだ。

「ふーん、なるほどね……」

 すると、何かを悟ったような表情を美桜が見せると。

「それなら、もっと距離を縮める必要がありそうね」

「……え?」

「だって、もう少し押せば優斗は落ちるってことでしょ? それなら、卒業まで待たなくても早くにゴール出来そうだし」

「何でそうなるんだよおおおおおお!!」

 くそっ、俺の言いたいことを何も理解してくれちゃいない……!

「ま、それは冗談よ。だからこそ私たちは、お互いに約束をしてるわけだしね」

「うん、抜け駆けは禁止。破ったら二倍だから……この場合、二倍ってどうなるんだろう?」

 どうなるのかは分からないけど、きっとろくなもんじゃないぞ。

「……その割に、お互い結構距離が近い気がするんだが」

 そう、この二人お互いに抜け駆けがどうとか言ってるくせに、俺と二人っきりになった途端やたらとくっ付く頻度が多い。

「それは約束的にNGなんじゃないか? ほら、だから──」


「ま、その辺はね」

「お互い、暗黙の了解って言うか」


 何だよそれ、ルールの意味ねえじゃねえか!!


「もちろん度が過ぎたことは禁止だけど……ま、お互い見てないところでちょっとだけならってね」

「だから優斗君も、もしこれはアウトだって思うことをお姉ちゃんにされたら、すぐに連絡してね。二倍だから」

 待て、今までの行為は二人にとって度の過ぎてないセーフなことだって言うのか……!?

「……一つ言っておくが、二人とくっ付いたからって、それでどっちかを好きになるとかは無いと思うぞ。……いや、ハッキリとは断言出来ないのは申し訳ないが、それでもキチンと二人の気持ちには誠実に……」

「ああ、違うわよ」

「うん、優斗君は一つ勘違いしてるかな?」

「……勘違い?」


「そ、確かにアプローチって意味合いもあるけど、ね?」

「うん。……一番はね、私たちが優斗君とそうしたいって思ってるから、なんだよ?」


「────っ!」

 そんな二人の言葉を聞き、思わず顔を逸らしてしまう。

 どうしてかは分からない。だが、何故か二人の言葉を聞いて、これ以上会話を続けることは出来ないと思ってしまって。

「……優斗? どうしたの、顔真っ赤だけど──」

「もしかして風邪かな? 疲れてるみたいだし、もう少しゆっくり──」

「いや、何でもない。それよりそろそろ風呂行くか!」

 何かおかしい。

 今までだって、嫌ってほど二人から直接的なアプローチを受けてきた。

 確かにどれもこっ恥ずかしくて、多少の照れはあったが……何故だろう、そのどれよりも、今の言葉と二人の表情が強く印象に残ってしまって。

 このまま部屋にいるのは駄目だ。

 そう判断し、勢いよく立ち上がり着替えを手に部屋を後にする。


 そして────。


「……はぁ」

 誰もいない更衣室で、大きな溜息が零れる。

 いや、分かっているんだ。

 告白を受け、しっかり向き合おうと決めたあの日から、二人の気持ちが嘘偽りではないと分かっていて。

 だからさっきの言葉も、別に変な台詞じゃないはずなんだが……。

「……冷水で頭を冷やすか」

 自分でもよく分からないが、ひとまずこの動揺を落ち着かせたい。


 あー、一人になれる場所があって助かった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る