第17話「美桜と二人きり」

「あら、遅かったわね」

 かき氷を食べ終わり、何だかんだで三十分ほどが経っていた。

 というのも──。

「すまん、柚希を部屋に送ってたら遅くなった」

「柚希? そういえば一緒じゃないけど、先に部屋に戻ったの?」

「ああ、ちょっと日差しが強くて立ちくらみしたみたいでな。体調は問題無さそうだけど、念のため部屋で休んでおくってさ」

「そう、大丈夫かしら……」

 まぁ美桜と違って柚希はインドア派だしな。旅行の疲れみたいなのもあるんだろう。

「ちょっと休んだらすぐ合流するって言ってたし、とりあえずこの辺で待っとくのが良いだろう。あんまり心配しすぎると、逆に柚希から怒られるしな」

「……そうね。柚希って、過保護な扱い受けるのあんまり好きじゃないから」

 小さい頃、体調を崩しがちだった柚希。

 そうなると当然俺たち二人は柚希の心配をし続けるわけだが……どうも当の本人は、そうやって心配されることが苦手らしい。

 何度も「大丈夫だから」と繰り返され、終いには「もうっ! あっち行ってて!」と怒鳴られた小学生時代が懐かしい。

「ま、そんな訳でしばらく二人っきりな訳だけど……どうする? まだ泳ぐか?」

「んー、もう十分泳いだし、今日は良いかな」

「んじゃその辺散歩してみるか。あの辺とか景色綺麗そうだし、行ってみようぜ」

 ということで、一旦二人でその辺りを散策することに。



「綺麗……」

 持ってきていたパーカーを羽織り、浜辺から少し離れた場所まで歩いてみると、海を一望できる公園のような場所へと続いていた。

 元々この辺りが観光スポットということもあってか、俺たちのように海を眺めに訪れている客も多い。

「ああ、これは良い景色だな」

 ポツリと呟いた美桜の言葉に同調する。

「けど、残念ね」

「残念?」

「携帯持ってくれば良かったわ。せっかくこんなに綺麗なんだもの、写真撮りたかったなって」

 そう言いながら、近くに置いてあったベンチへ腰掛ける美桜。

「そうだな、後で取りに戻ってもいいけど」

 つられて俺も隣へと座る。ひんやりしてて気持ち良いな。

「「……」」

 波の音に耳を傾けていると、自然とお互い無言になってしまった。

 だが居心地の悪さを感じるような空気ではなく、のんびりとした雰囲気が流れているような感じで。

「……ねえ、優斗」

 やがて、美桜が小さく口を開き──。


「優斗はさ、私みたいな女の子は、嫌い?」


 と、尋ねてきた。

「……は?」

 思わず言葉が漏れてしまう。

 何だ急に、どうしたんだ?

「時折ね、不安になるの。優斗に告白して、こうやって一緒にいるけど……いつか柚希のところに行っちゃうんじゃないかって」

「……それは」

「分かってる。そういう約束だってのも、それを承知で今こうしているのも」

 そう言いながら、更に言葉を続ける。

「だけど、それって結局優斗の気持ち次第じゃない? だから優斗がもし、私みたいながさつな女より、柚希みたいなお淑やかな女の子が好きだって言うんなら……」


 ……はぁ、この姉妹は全く。


「これだけは言っておくが、俺は別にがさつだろうとお淑やかだろうと、そんなことじゃ好き嫌いにはならないぞ」

 美桜は美桜で、こうして柚希を羨んでいる節があることは知っていた。

 正反対な双子。それが周りの、花咲姉妹への評価。

 本人たちもきっとそれを自覚しているのだろう。だからこそ、互いに無いものをねだり、自分に有るものの価値を見出せていない。

「というより美桜にはさ、ずっと変わらないでいて欲しいんだよな」

「……それは、いつまでもがさつでいろってこと?」

「違うって、そうじゃなくて……なんと言うか、美桜には美桜の良いところがあるっつーか……」

 上手く言葉に出来ない。

 こういう時、自分の語彙力の無さが情けない。

「美桜には、いつまでもカッコいいところを見せて欲しいんだよ。俺は観客席で見ることしか出来ないけどさ、美桜がスポーツで活躍してるところを見てると、すっげぇワクワクするっていうか」

 女性に対して『カッコいい』というワードが褒め言葉になるのかは分からない。

 だが、俺の美桜に対する気持ちには、嘘をつきたくない。

「……はぁ。全く、女の子に対して『カッコいい』ってのはどうかと思うわ」

「いや、それに関してはもっと上手い言葉が出ればとは思ったんだが……申し訳ない」

「ま、良いわ。優斗は私以上にがさつだし、そんな繊細さなんて求めてないから」

 そう言うと、スッと立ち上がり。

「けど、ありがと。おかげでちょっとだけ元気が出たわ」

 振り向きながら、笑顔を見せてくれた。

「それより、そろそろ戻りましょ?」

「あ、ああ。そういえば柚希がこっちに来てるかもしれないな」

 そう返事をし、立ち上がって浜辺へ向かおうとすると。

「……んっ」

 右手から、温かくて柔らかい感触が伝わってきた。

「……美桜、まさかこれで戻るのか?」

「何? 不満?」

「いや、不満っていうか……」

 結局繋がれた手を離すことは出来ず、そのまま元の場所へと歩いていくことに。

 浜辺で柚希と出会ったら、何て言われることやら……。

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