第16話「柚希と二人きり」
「ふぅ……一旦休憩するか」
泳ぎ始めて一時間ほど経っただろうか。流石にずっと海に入りっぱなしってのも辛いので、ここらで一度休みたいところ。
「ねえ優斗君、それなら海の家に行ってみない?」
「海の家?」
「うん、ちょっと歩いたところにあるらしいんだけど」
そういえば他の客がそんなことを言ってたような気もするな。
「よし、じゃあ行ってみるか。美桜はどうする?」
「あー、私はもうちょっと泳いでいたいから良いわ。何だか泳ぎ足りないのよね」
そう言いながら、スーッと沖のほうへ泳ぎ始める美桜。そういえば中学まではずっと水泳をやってたし、浅瀬でのんびり遊ぶのだけでは物足りなさを感じていたのだろうか。
「んじゃ、俺たちだけで行くか」
「うん、そうだね」
こうして一旦休憩組の俺たち二人は、海の家へと向かっていった。
やがて、少し歩いていると。
「──やっぱり、お姉ちゃんは凄いなぁ」
柚希が、ポツリとそんなことを呟いた。
「美桜が?」
「うん。だって、あれだけ遊んでもまだ元気だし。私も……」
運動が得意な美桜と違い、柚希は運動神経にも体力にも自信が無い。こうして三人で遊ぶ時も、気が付いたらどこかで休んでいる姿をよく見かけていた。
「ま、確かにな。美桜は運動部からも引っ張りだこだし」
本人曰く、一番得意なのは水泳だが、基本的に他の運動もそう大差ないらしい。バレーも、バスケも、ソフトボールも、テニスだって、美桜はどれもソツなくこなしてしまう。
だからか、柚希はたまにそんな姉と自分を比べて、落ち込んでしまう時があったりする。
多分今も──。
「……あのな、柚希。いつも言ってるけど、お前にはお前の良いところがあるんだから。姉妹だからって、何でも比べるのは間違ってると俺は思うぞ」
柚希が落ち込むたびに、こうして同じような言葉を並べているような気がする。
けど、それは紛れもない真実だ。
柚希は柚希、美桜は美桜。二人ともそれぞれ良いところがあって、悪いところがあるんだから。幼馴染の俺が、それを一番よく知っている。
だから、美桜が同じような悩みを持っていることも、俺は。
「それに、俺からすれば二人とも羨ましいんだからな。運動も勉強も、俺はどっちも大して得意じゃないし」
そう、柚希は運動が苦手な分、勉強でカバーできている。
逆に美桜は、得意の運動で、不得意な勉強をカバーするといった感じ。
最後に俺は……運動人並み、勉強並み以下。俺からすれば、二人ともが羨ましくて仕方ないわけだ。
「だから、気にするなとは言わないけど、あんまり考えすぎるなよ。そうやって落ち込まれると、一番俺が辛くなる」
「……うん、ありがとね。優斗君にそう言ってもらえると、不思議と元気が出てくるなぁ……」
にこっと、いつもの笑顔に戻る柚希。
いつか柚希が、自分でそのことに気が付いてくれると良いんだけどな。
「……優斗君は、どっちの方が」
「ん?」
「あ、何でもないよ。それよりほら、海の家もうすぐだって」
少しだけ慌てた様子を見せる柚希。何か呟いていたみたいだが……まあ、気にしない方が良いのかな。
◇
「美味しいねっ!」
かき氷を口に運んだ柚希が、とびっきりの笑みを見せる。
「ああ、海で食べるかき氷ってのは良いもんだな……」
だが、この時ばかりは俺も同じように笑顔を浮かべざるを得なかった。
暑さやら疲れやらが吹っ飛ぶほどの爽快感。かき氷なんて久しぶりだけど、こんなに美味しい食べ物だったのか……!
「優斗君のは抹茶だっけ?」
「ああ、すっごく美味しいぞ」
「……それじゃ、一口欲しいな?」
そう口にすると、柚希が顔を真っ赤に染めながら、目を閉じて口を開き始めた。
「……なあ、もしかして」
「…………」
俺の問いかけに、返事を返そうとしない柚希。
……何か、ついこの間も似たような出来事があったような気がするんだが。
「……ほら」
だが、以前と違うのは、俺が食べさせる側だということ。
確かにこれも中々恥ずかしいが……まだ食べさせられるよりはマシか。
「……うんっ、抹茶味も美味しい」
満足そうな表情の柚希。
若干周りからの視線が痛いが、まぁこれなら──。
「じゃ、今度は私のイチゴをあげるね」
……なんだ、結局両方やるんじゃないか。
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