そうだ、旅行へ行こう。

第13話「旅行は、三人で」

『ゴメンね~。私たちは別に予定が出来たから、旅行は三人で行ってちょうだいな』


 机の上に置かれた一枚の紙切れには、母からのメッセージがハートマーク付きで書かれていた。

「…………」

 土曜日の朝を迎えた。

 今日から双子一家と共に、海の見える温泉旅館一泊二日の旅行に行くことになっている。夏休みとはいえ両親は共に仕事。そのため、数少ない休みであるこの土日を利用して計画していたはずだったんだが……。

「二人とも、図りやがったな……」

 この手紙に目を通してすぐに気が付いた。どうも四人は、元から俺と双子の三人で旅立たせるつもりだったみたいだ。

 この手紙のふざけ具合で、それがヒシヒシと伝わってくる。

 いや、おかしいと思っていたんだ。

 誕生日の夜、いきなり「今週旅行へ行くぞ」なんて言いだすし、やけに昨日辺りからニヤニヤした目でこっちを見てくるし……。

「……はぁ」

 旅行へ行く、それ自体は全然構わない。

 家族で旅行へ行くなんて随分と久しぶりだし、何だかんだ双子両親とも良好な関係を築けてるから、最終的には楽しい旅になるんだろうなとも思っていた。

 けど、流石にこのパターンは予想していなかったというか。


"ピンポーン"


 両親からの置手紙に目を通していると、玄関のチャイムが聞こえてきた。

 恐らくは──。

「優斗!」

「優斗君!」

 予想通り、双子の登場。

「朝起きたらこんな置き手紙が……って、それ」

 慌てた様子でリビングへと足を踏み入れる二人。手には、俺と同じように紙切れを持っている。

 内容は……まあ、聞くまでもないだろう。

「ああ、言いたいことは分かってる……。俺たち、完全に騙されてたんだ」

 手紙の最後の文字。


『ま、三人への誕生日プレゼントってことで、ありがたく受け取りなさいな』


 ……確信犯とはまさにこのことか。


「……結局、来ちまったなぁ」

 新幹線のホームに立つと、急に実感が沸いてくる。

 俺たち三人、本当に今から……。

「あはは……ま、まあせっかくのプレゼントなんだし、ね?」

 苦笑いを浮かべる柚希。プレゼントなんて体の良い言い訳で、単に親父たちが面白がって計画しただけだろと言いたいところだが、互いに口にせずともそれは分かっていそうなので、あえて言葉にしないことにした。

「ま、こうなったら楽しむしかないわよね。この三人で旅行なんて初めてだし、ワクワクしてきたわ!」

 一方、意外と乗り気な様子の美桜。

 アクティブな性格が影響しているのか、はたまた吹っ切れただけなのか。

「……楽しむって言ってもなぁ」

 ポツリと言葉が漏れる。

 ただの旅行であれば、俺だって全力で楽しむ準備をしたことだろう。今の状況だって、何だかんだ美桜と同じようにワクワク出来たはずだ。

 だが、今回は普通の旅行とは訳が違う。

 幼馴染とはいえ、女の子二人と、しかも泊りがけの旅だ。

 加えて、その二人は……その、俺に好意を持ってくれてる訳で。

 なんだか自分でそういうことを考えるのはむず痒い感じもするが、二人の気持ちにはしっかり答えると決めた以上今更そこを気にしてもって話なんだが……それにしたって、もう少し順序ってもんがあるだろうと。

 この二人がこの状況をどれだけ意識しているのかは分からないが、少なくとも俺は未だにどう立ち向かえば良いのか分かっていない。

 ……駄目だ、これ以上考えると余計行きたくなくなってしまう。とにかく疚しい心は一切封じて、何事もなく帰ることだけを考えねば。

「何よ優斗、こっちをジロジロ見て」

「……あー、いや。お前らはよくこの状況に対応出来るなぁと感心してたんだよ」

「まあ私たちも今朝は驚いたけど……今はどっちかと言うと、嬉しい気持ちの方が強いから。だからこの状況も、何だかんだで楽しめてるんだと思うよ?」

「嬉しい?」

「うん。お姉ちゃんも言ってたけど、こうやって三人で旅行なんて始めてだから。それに、大好きな優斗君と一緒にお泊りってのも……その」

「……わ、分かった。それ以上は俺が恥ずかしいから胸のうちに秘めててくれると助かる」

 少し照れながらも、笑顔を見せる柚希。そんな彼女の表情に、思わずこちらまで照れが移ってしまいそうだ。

 ……って、こんなの無理だろ! 二人のことを考えず、なんてどう考えたって無理だ!!

 くそっ、告白される前だったらこんなにも意識することなんて無かったんだが……こうなった以上、一刻も早くこの状況に慣れるしかないのか。

「──ほら、行くわよ」

 なんて甘酸っぱい空間を柚希との間に醸し出していると、隣で見ていた美桜に引っ張られ、知らない内にホームに到着していた新幹線の車内へと誘われる。

「……ったく、ちょっと目を離すとすぐこれなんだから」

 ぶつぶつと何かを呟きながら、俺の腕を離すことなく歩く美桜。

 あの、引っ張られてる腕が痛いんですけど……そんなに力入れなくても……あの……。



 指定された三列シートへ向かうと、ある一つの問題が浮かんできた。

 そう、席順である。

 窓際、真ん中、通路側。この三つのシートに誰がどう座るか、それを決めなければならない。

 ……はずだったんだけど

「で、やっぱり俺は真ん中に座らなきゃ駄目なのか?」


「そりゃあもう」

「当然、だよね?」


 この双子、あらかじめ決めていたのかと尋ねたくなるほどの手際のよさで、互いに窓際と通路側の席を確保し、間に挟まれた真ん中のシートを空席としたのである。

 それはつまり、『ここへ座れ』という二人からの意思表示であり、無言の主張でもあった。

「ちなみに聞くが、拒否権は」


「「は?」」


「すみません何でもありません」

 弱い。何とも立場の弱いことか。

 結局二人に逆らうことは出来ず、楽しい旅は幕を開けたのであった。


 ……これ、楽しめるのか?

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