第14話「橘柚希、美桜」

 旅にトラブルはつきものとはよく言うが、果たしてこれはトラブルなのだろうか。

「えー、三名でご予約の橘様ですね。お待ちしておりました」

 いや、何となく予感はしていたんだ。

 親父たちの準備した旅行であることを考えれば、いわばそうなることは予想出来たというか。

「"ご兄妹"と伺っております。こちらにお名前をご記入ください」

 旅館へ到着し、受付を済ませるべくフロントへ行くと、従業員の方からそう告げられた。

 支払いやらその辺のややこしい手続きは全部済ませてくれているらしく、後はチェックインするだけだと聞かされていたが……またもや親父たちにしてやられた気分だ。

 そう。予約してある部屋は、一部屋のみ。

 俺たちは兄妹という体で、同じ部屋で一晩を明かさなくてはならないのだ。

「…………」

 ペンを持つ手が止まってしまう。

 今更空き部屋を手配してくれとも言いにくいし、かといって三人で過ごすのも……。

「……ほ、ほら。早く書きなさいよ」

 いつもはクールな美桜も、流石に動揺している様子。口ぶりからそれが見て取れる。

「……良いのか、三人同じ部屋で」

 従業員の方に聞こえないよう、小さな声で尋ねると。

「し、仕方ないよっ! だって、一部屋しか予約してないんだったら……」

 こちらもテンパり具合を隠し切れない柚希。

 ……はあ、こうなったらもう仕方ないか。

「──ほら、俺は書いたから二人も」

 覚悟を決め、用紙に名前を書く。

 告白からまだ数日、いきなり旅行に行くってだけでも急展開過ぎるのに、まさか同じ部屋で寝泊りすることになるとは……。

 というか、元々一部屋しか予約して無かったって、明らかな確信犯じゃねえか。

 なんてことを考えながら、ペンを渡し二人にも名前を書いてもらうよう促すと。

「「……」」

 なぜか二人の手も、先ほどの俺と同様に止まったままだった。

「ん? どうした?」

 そう問うと、二人は何とも強張った──というより、緊張したような面持ちを見せ。

「え、えっと……で、良いんだよね?」

「……そ、そうなんじゃない?」

 ひそひそと、俺に聞こえないよう何かやり取りを行っていた。

 はて、何か不都合でもあったか?

「……わっ、本当に書いちゃった」

「橘美桜……うん、良い響きね」

 相変わらず俺には聞こえないが、何やら随分と楽しそうに書きこんでいる。

 旅館に来れたのがそんなに嬉しかったのだろうか。



「んー、綺麗ね」

 紆余曲折の末、部屋へと案内された俺たちは、ようやく腰を下ろしてゆっくりすることが出来た。何だかんだでここまでかなり時間かかったなぁ……。

 ぐるっと部屋を見回す。

 高校生三人が泊まるにはあまりにも豪華というか、この窓から海が一望できる景色を含めても、かなり良い部屋だってのが分かる。

 初めは旅行に消極的だったが、こうして来てみると案外悪くないな。

「お父さんたちに感謝しないとね」

 と、柚希。

 まぁやり方はどうあれ、こうして旅行をプレゼントしてくれたことは事実だ。帰ったら一言お礼を言っておこう。その十倍、恨み言を述べてやるが。

「さて、とりあえずお昼の時間か。これからどうする?」

 まぁせっかく旅行に来たんだ。こうなったら目一杯楽しんで帰ってやろう。

「そうね、とりあえず泳ぎたいけど、その前にご飯ね」

「うん、お腹も空いたし」

「よし、分かった。適当にその辺ぶらついて、お昼を食べたら海に行くか」

 予定はひとまず決まった。

 休憩する暇も無くといった感じだが、ひとまず荷物を準備し、外へ出るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る