第8話「デート -美桜①-」
「……遅い!」
柚希と別れ、次の目的地へと向かうと……随分と機嫌の悪そうな美桜が待ち構えていた。
「す、スマン! 途中で道に迷ったというか……」
言い訳をするわけじゃないが、本当に道に迷って遅れたのだ。
柚希をバス停まで見送ったあと、美桜の指定したお店──このパンケーキの店まで地図を頼りに向かったのだが、思ったより入り組んだ場所に店を構えていたのに着いてから気づき、結局十分近く遅れてしまった、というわけで。
「はぁ……」
必死の謝罪、弁明を聞き溜息をつく美桜。
俺がこうして彼女に謝る光景を、果たして人生で何度繰り返してきたことか。
「……早くしないと、時間なくなっちゃうじゃない」
「ん? 何か言っ──」
「早くしないと店が閉まっちゃうって言ったの! ほら、急いで!」
「は、はいっ!」
許して貰えたのかは定かでないが、美桜にせっつかれ入り口へと急ぐのであった。
◇
「──んー、美味しいっ!」
注文して数十分、運ばれてきたパンケーキを口にした美桜は、先ほどの不機嫌っぷりとは打って変わり、随分と上機嫌な笑顔を浮かべていた。
そういえば美桜は、甘い物が好きだったな。
前もこうして一緒にスイ○ラだか何だかってお店に連れて行かれたのを思い出す。
「ここのパンケーキ、前から一度食べてみたいと思ってたのよねー」
幸せそうな表情で口へと運ぶ。
普段からこんな具合なら、もうちょっと平和に過ごせるのになぁ……と思わなくも無いが、そんな美桜は逆に違和感しか覚えないだろう。
こうやって笑顔を見せる美桜も、普段の強気な姿も、今となってはこれが普通だ。
と、そんなことを考えていると。
「美味しいね、お母さん!」
「ふふっ、喜んでくれてよかった」
近くの席で、美桜と同じように満面の笑みでパンケーキを食べる女の子が目に入った。
五歳くらいだろうか、お母さんと一緒に美味しそうに口へ運んでいる。
「……何よ、変な笑み浮かべてこっち見て」
おっと、顔に出ていたか。
「いや、可愛いなと思って」
「……んなっ!?」
そう口にすると、急に咽せ始めた。
「だ、大丈夫か?」
「ごほっごほっ……。何言ってるのよ! 急に……可愛いとか、その」
「いや、あそこの子供がさ」
何故か慌て始めた美桜に、親子の座る席を指差す。
何だかんだ美桜も子供好きだし、きっと同じ感想を持つだろうと思ったんだが……。
「…………」
何故かまた不機嫌な顔を浮かべ、こちらを睨み始めた。
「どうした?」
「何でもないわよ。そうよね、優斗が急にそんなこと言うはず無いもの。分かってたわよ、全部」
ぶつぶつ言いながら食事を再開する美桜。
え、ええ……どうして機嫌が悪くなったんだ……。
◇
若干の気まずさを残したまま、コーヒーのおかわりを注文する。
「ごゆっくりどうぞ」
さっきから会話が全く無い状態が続いていたので、せめて飲み物でも飲んでごまかさなければ……。
そんな思いで、机に置かれたコーヒーに口をつけていると。
「……ねえ、優斗はさ」
黙ったままの美桜が、口を開いた。
「注文しなくて良かったの?」
「注文? コーヒーは頼んだけど……」
「そうじゃなくて、パンケーキよパンケーキ。ここ何のお店か知ってるでしょ?」
「ああ、そういうことか。うーん、あんまりお腹空いてないんだよなぁ」
甘いものは嫌いじゃないけど、実際そこまで空腹って訳じゃないから、正直コーヒー二杯目も悩むくらいだ。
ただ──。
「まあでも、美桜のを見てたらちょっとだけ食べたくなったな。次に来ることがあったら頼んでみよう」
実際、美味しそうだなと思ったのは事実。
次に来ることが果たしてあるのかは疑問だが、いずれまた機会があれば食べてみたいなと思う。
「……ほら」
と、そう返すと。
顔を真っ赤にさせた美桜が、パンケーキを刺したフォークをこちらへ突き出してきた。
「は、早く食べなさいよっ! その、恥ずかしいんだから……」
お、おう……。まさかとは思ったけど、これは。
「その、良いのか?」
「良くなかったらこんなことしてないからっ!」
よほど恥ずかしいのか、そっぽ向いたままの美桜。
これは、食べるしかないか。
「あーん……うん、美味しい」
「……そ」
味は確かに美味しい。だが、何だろうこのむずがゆい感じは……。
先ほどとはまた違った気まずさがテーブルを包み、その後も互いに特に言葉を口にすることも無く食事を終えたのであった。
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