第7話「デート -柚希③-」
「あのー、柚希さん……」
怒っている。間違いなく怒っている。
「…………」
先ほど北条と分かれてから、柚希はひたすらに無の表情を浮かべ続けていた。
この顔は──本気の顔だ。
柚希が怒る時、二パターンあることを俺は知っている。
一つは『それほど本気で怒っている訳じゃない』というパターンで、もう一つは『本気で怒っている』パターン。
見分け方は簡単で、顔を見れば一目瞭然。
前者の場合、感情がそのまま顔に出るため、すぐに分かる。柚希が怒る時ってのは大体こっちのパターンが多いので、逆に「そこまで本気じゃないんだ」と安心できるくらい。普段優しい柚希は、怒るという行為に慣れておらず、精々「もう!」くらいにしか怒りの感情を表せないのだ。
だが、逆に。
今のような無の表情──目のハイライトが消え、声色が若干低くなると、柚希が本気で怒っている合図だ。本人が自覚しているのかは分からないが、この状態の柚希は、本気で怖い。
過去に何度か柚希をこの状態にしてしまったことがあるが、一度死を覚悟したことがあるほどだ。
「ゴメン柚希、北条にはああ言うしか無かったんだ……!」
先ほどの発言が原因だというのは、流石の俺でも分かる。
でも付き合ってないのは事実だし、そりゃ告白はされたけど……けど、そう言うしか無いだろ! 俺の命のためにも!
「……そうだよね。優斗君にとって、私と付き合うことはこれっぽっちもあり得ないことなんだもんね」
「ち、違う……! いや、付き合うとかそういうのは置いといて、北条は新聞部だし……」
「いいんだよ、そんな否定しなくても。もう分かったから」
分かった、と言いつつその表情は依然変わらないまま。
ああくそ、どうすれば……。
「……そ、そうだ柚希! 誕生日プレゼントをまだ渡して無かったよな!」
「……プレゼントは毎年交換しないって約束じゃなかった?」
ぐっ……そういえば中学生の頃そんな約束をしていたような。
「ほ、ほら! それは中学生の頃の話だろ? 今はもう高校生だし、解禁だよ解禁!」
中学生の頃、俺たちは互いにプレゼント交換することを止めた。
というのも、俺が二人分のプレゼントを買えるほどの経済的余裕が無く、それを案じた二人がそう提案してくれたのだ。
なので今年もすっかり用意するのを忘れていたのだが、高校生になった今、事情は少し変わってきている。
俺もアルバイトを始めてある程度お金に余裕はあるし、二人分のプレゼントを買うくらいなんてことは無い。
「実は柚希にプレゼントしたいなと思ってるものがあって!」
「……ふーん、何だろう楽しみだなぁ」
相変わらず声が冷たい。全く楽しみじゃなさそうだ。
……ど、どうする俺。
適当に「プレゼントしたいものがある」なんて口走ったけど、何も考えていないぞ……!
何か柚希が喜んでくれそうなものは……何か。
──と、その時。
とあるお店のショーケースが目に入った。
こ、これだ!
「実は、柚希には腕時計をプレゼントしようと思ってたんだよ! ほら、高校生にもなったしそういうの付けるってのも……な?」
完全に勢いだけだが、もう仕方ない。
柚希がどんな反応を見せるかは分からないが、このまま押し切るしか──
「腕……時計?」
お、意外と好感触っぽいぞ? 先ほどと違って、目にハイライトも戻ってきている。
これで攻めるしかない!
「せっかく一緒に出かけてるんだし、好きなのを選んで良いぞ! まぁ、あんまり高いのは買えないけど」
「腕時計……時計……」
だが、柚希にとって『時計』というワードが気になっているようで、俺の言葉がそれ以降届いていない様子。
「柚希?」
「はっ! ううん、大丈夫」
何が大丈夫なのかは分からないけど、どうやら機嫌は少しよくなったみたいだ。
「……優斗君はさ、私に『時計』をプレゼントしたいんだよね?」
「そ、そうだけど……何か不都合でもあったか?」
「ううん、別に無いよ! それより、早く見に行こっ!」
先ほどまでの怒りはどこへやら、すっかり上機嫌になった柚希。
うーむ、女の子の考えてることってのはよく分からないな。
「時計を送る意味、分かってないんだろうなぁ……」
柚希が何かをボソリと呟いた。
「ん? なにか言ったか?」
「ううん、ただ優斗君は可愛いなーって言っただけ」
「可愛いって……お前」
頼むから、男に可愛いって言うの止めてくれ……。
その後、やけに上機嫌になった柚希に腕時計をプレゼントし、交代の時間がやってきた。
それにしても、リーズナブルな値段のお店で助かった……。
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