第6話「デート -柚希②-」
「本当は映画見たいなって思ってたんだけど、二時間じゃ間に合わないしね」
バスに揺られること十五分、ひとまず柚希の希望でショッピングモールへとやってきた。
まぁ今夜は予定もあるし、それに二時間で交代なら軽いショッピングくらいがちょうど良いだろうと思ってたからこのチョイスに文句は無いんだけど……。
「あの、柚希さん……手を」
「ん? なあに?」
待ち合わせ場所からここに来るまで、全く離されることなく繋がれたままの手。
流石にバスに乗ってる時は……と思いきや、手を繋いだまま隣同士で席に座り、そのまま目的地まで到着するというバカップル顔負けのイベントが発生する始末で、結局バスを降りた後も引き続きそのままという状況である。
とはいえここは地元の学生が集まる場所。
俺はともかく、柚希はウチの学校でもかなり顔が知られている有名人だ。
そんな女の子が男と手を繋いで歩いている、なんて状況になれば、それを見た生徒がどう思うか。
……想像するだけで身震いしてしまう。
そう思い、手を離すことを提案したかったんだけど、俺が声を掛けると。
ギュッと、更に握る力が強くなってしまった。
そして極めつけは──。
「優斗君は、私と手を繋ぐの……嫌だった?」
上目遣いからの、心配そうな表情。
そんなの、そんなの……。
「いや、別に嫌ってわけじゃないんだけど……あはは」
断れる訳無いじゃないか──ッ!
◇
誰にも見つかりませんように。
そう願いながらぶらぶらしていると、隣を歩く柚希の足が不意に止まった。
ここは……本屋か。
「ちょっとだけ寄っても良いかな?」
「了解。それじゃ一旦手を……」
「ん?」
「いや、何でもないです」
駄目だ、やっぱり離してくれそうにない。
俺はもうこの状況を諦め、柚希に引っ張られるままに小説の置いてある棚へと向かう。
読書が趣味の柚希に連れられてここへ来たことは何度かあるけど、手を繋いだままってのは初めてだ。
そうして柚希が本を選んでいるのを隣で眺めていると、ある事に気が付いた。
なんか俺たち、注目を集めているような……。
そりゃ柚希の容姿は結構目を引くし、思わず見てしまうって人が多いだろうってのは分かるんだけど、どちらかと言うと見られているのは俺の方というか……。
ああ、そうか。
そりゃこんなに可愛い女の子と、どこにでもいる様ないかにも平々凡々の男が手を繋いでたら、そんなの見るに決まってるよなぁ。
今まで、隣を歩いているだけでも嫉妬の目を向けられてばかりだったのが、今回は恋人同士のような距離感でいるわけで。
もしここが学校だったら……うん、考えるのは止めとこう。
「……優斗君、大丈夫?」
嫌な想像をしてしまい、苦い顔を浮かべてしまっていた。
「ああ、大丈夫だ。それより買う本は……」
まぁここならそうそう知り合いに会うこともないだろうし、そんなに心配することも──
「──あれ、柚希ちゃんと……橘君?」
などという甘い考えは一瞬で無くなり、嫌な想像が現実のモノとなった。
聞き覚えのある女性の声。柚希を「柚希ちゃん」と呼び、俺を「橘君」と呼ぶその人物に、心当たりは一つしかない。
「二人とも、こんなところで偶然だね! ……って、え? え? ええっ!?」
……ああ、終わった。
後ろを振り向かなくても、どんな状況か一瞬で理解できる。
いま俺の後ろにいるのはクラスメイトの女子で、俺たちが手を繋いでるのを見て、それで……。
「わっ、舞ちゃん。偶然だね!」
固まった俺を置いて、くるっと振り返り声の主を向く柚希。
「ねぇねぇ柚希ちゃん、もしかしてなんだけどさ!」
舞、と呼ばれたその女性は、やけに楽しそうな声で柚希の言葉に反応している。
「二人って、付き合い始めたの!?」
……まあ、そう思いますよね。
「付き合うって……ええっ! 私と優斗君が!?」
「だって手を繋いで仲良さそうだし、もう間違いないでしょ~!」
きっとコイツは、今世界で一番嬉しそうな顔をしているんだろう。
何故なら舞──北条舞にとってこの状況は、これ以上無いほどのスクープ現場である訳で……。
「待て北条、これは違うんだ」
こうなったらマズイ、すぐにでも否定して誤解を解かなければ。
「違うって、何が?」
「そう、俺たちは別に付き合ってる訳じゃないんだ。今日一緒にいるのも偶然が重なっただけで……本当だ、信じてくれ!」
必要とあらば土下座も辞さない。そのくらい必死になるのにはワケがあった。
北条舞、新聞部所属。
学園内のありとあらゆるゴシップ記事を集めた「峰高新聞」なる校内新聞を発行している部員の一人。彼女たちの手にかかれば、どんな秘め事も一瞬で学生中の知るところとなってしまう。
そんな彼女たちの新聞で最も人気があるのは色恋沙汰の話題。
仮に、もし仮に。
今のこの状況が記事として新聞に載り、校内中に広まったとしたら……。
「えー、でも手だって繋いでるじゃん」
「これは……そう、幼馴染だからな! 色々とあるんだよ、幼馴染ってのは! ハハハッ」
苦しい、だがこの言い訳で通すしか……!
「だからな北条、俺たちはちっとも、これっぽっちも付き合うとかそういうのはあり得ないから! ホント、大丈夫だから!」
自分でも何を言ってるのか分からなくなってきたが、とにかく付き合ってるという誤解だけは何とかしないと……。
「うーん、怪しいなぁ……」
「頼む北条、俺を信じてくれ……!」
「……まぁ、そこまで否定するなら今日のところは見逃してあげよう。記事にするにも、決定的証拠が無いと信憑性に欠けるしね~」
あぶねええええええ! 危うく学校に通えなくなるところだった!
もし写真でも撮られようもんなら、柚希のファンに何されるか分からんからな……。
「じゃ、今日は急いでるから帰るけど……橘君、頑張ってね?」
「ああ、北条さんも気をつけて……って、頑張って?」
頑張る? 何を頑張れば……?
そう聞き返そうとするも、北条さんは嵐のように去って行き、そして──
「──ねえ、優斗君」
彼女の言っていた言葉の意味が分かったのはそれからわずか数秒後。隣から聞こえてくる、底冷えするような声を聞いた瞬間のことであった。
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