第3話「柚希の感触」
とにかく今は、冷静になる時間が欲しかった。
目が覚めてすぐ、幼馴染二人から同時に愛の告白をされ、プロポーズまでされて……。
いや、正確にはプロポーズしたのは幼稚園の頃の俺な気もするが……って違う!
確かに俺はあの二人と結婚の約束をしたのかも知れないが、そんなのもう十年も前の話だぞ!?
いや、別にあの二人が嫌いって訳じゃない。むしろ好きだ、大好きといっても過言ではない。
だけど、それはあくまで幼馴染、友達としてで……言うならば「ライク」であり、「ラブ」ではない。
それに、こんなことを言うのは自虐っぽくてあんまり好きじゃないんだが……二人と俺、誰がどう見ても釣り合いの取れている男女には見えないのだ。
方や校内の二大美女、方や校内の平凡男。
美桜も柚希も、俺なんかとは比べ物にもならない人気者だ。
そんな二人と幼馴染の俺。言わなくても分かると思うが、そりゃあもう校内中から嫉妬羨望その他諸々の視線を向けられるのが日常茶飯事。
……ああ、頭が痛くなってきた。
俺が一方的に好意を寄せる、それすらも許されないような空気があるのに、今はその逆と来ている。
もし万が一、二人が俺に好意を寄せているのが事実で、その事を学園中の男子が知ったら……駄目だ、この案件は絶対に秘密にしなければならない。
と、そんなことを考えていると、
「──優斗君、起きてる?」
柚希の声だ。
一旦二人には帰ってもらって、一度一人で冷静になる時間をくれとさっき言ったんだけど……どうやら何か用事があるのか、柚希が部屋に戻ってきた。
「あー、入って良いよ」
忘れ物でもしたのだろうか。
というか、この誓約書(コピー)持って帰ってくれないかな……。
「お邪魔しまーす」
姉の美桜とは対照的に、腰の位置まで伸ばした長い髪をなびかせながら、ゆっくりと柚希が部屋へと入ってくる。
彼女の性格をそのまま表しているように、自然と浮かぶ柔らかい表情が印象的。姉の美桜がどちらかと言えば運動系で、柚希は文化系だ。
小説を書くのが趣味だとかで、勉強も俺たち三人の中で一番出来る。
みんなが同じ高校に入学できたのも、柚希の教えがあったからこそ……と、俺は思っている。
そんな頭の良さと、優しい性格が彼女の人気を大きく支えており、校内二大美女の一人として、一年生ながらその名を学園中に轟かせている。
……ただ、怒ると怖い。あと、時折見たこともない表情を見せる時もある。
「柚希、どうかした?」
部屋に入ってすぐ、何かを気にしているのか、キョロキョロと辺りを見渡し始めた柚希。
だが、俺の言葉に反応することはなく……やがて何かを確認したかのように、
「……よし」
と、小さく呟いた。
何が良しなんだ……と、柚希の様子を伺っていると──
「──えいっ」
ベッドに腰掛けていた俺に向かって、勢い良く飛びついて来た。
……って!
「ちょ、柚希!?」
姉の美桜に比べ、随分と育ったたわわな感触が伝わってくる。そのまま勢いに負け、二人ともベッドに倒れこんでしまい……。
抱きつくような形で、並んで寝転んだ状態になってしまった。
「えへへ、ゴメンね。大丈夫?」
「大丈夫って……ちょ、これはマズいんじゃないですか!?」
柚希とは生まれてから十六年の付き合いになるが、こんなに近い距離で一緒に寝転がるなんて、それこそ年端もいかない赤ちゃんの時くらいなものだろう。
それが今、互いに十六歳の誕生日を迎えたこの日に……。
これはヤバい。何がヤバいって、柚希からふんわりと漂う甘い香りとか、腕から伝わってくる柔らかい二つの感触とか、なんかその他諸々色んなものが一斉に襲ってきて……。
「だって、せっかく告白したのに優斗君全然嬉しそうじゃなかったもん。それに……」
幸せそうな表情を浮かべ、ほっぺたをすりすりとしてくる柚希。
駄目だ、腕から伝わる感触をシャットアウトしなければ。
「それに、やっとこうしてアプローチ出来るようになったんだもん。今まで我慢してた分……ね?」
いや、「ね?」と言われても!
「いやいや、だからと言ってこれは……!」
「……迷惑だった?」
慌てる俺を見て、途端に心配そうな面持ちになった柚希。
ぐっ……! そんな悲しそうな表情で俺を見ないでくれ……!
「い、いや……別に迷惑じゃないんだけど……」
「ふーん、迷惑じゃないんだ」
と、その時。
「柚希に抱きつかれて、迷惑してないんだ」
ドアの方から、随分と底冷えのする美桜の声が聞こえてきた。
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