第2話「約束と誓約書」

 突然だが皆に問いたい。

 もし君が、幼馴染の女の子二人から、同時に「結婚してください」と頼まれたら、答えはどうだろうか。

 ちなみに三人とも16歳の高校生。

 ……そんなの決まっている、答えは「ノー」だ。


 まずこの国では16歳の男子は結婚が出来ない。決して「この作品はフィクションであり、実在の人物団体とは……」なんてご都合主義が生じるわけも無い。

 次に、この国では一夫多妻制は認められていない。また、決して「この作品は(以下略)」なんて横暴も通じるはずが無い。

 よって、自分達の感情だけで物事の道理が通るほど、優しい世界ではないのだ。


「知ってるわよ、そのくらい」

 俺の説明を聞き、何を言っているんだと言わんばかりの表情を浮かべる美桜。


「別に私達はね、今すぐ結婚してって言ってるわけじゃないの」

「え?」

 すると、柚希と美桜が両手に持っていた紙を俺に渡しながら話を続けた。


「ここにあるのは、私と美桜ちゃんの書いた婚姻届。もちろん必要事項は全部記載済み」

 ……は?

 柚希と美桜から渡された二枚の紙をじっくりと見てみる。すると、そこにはデカデカと「婚姻届け」と書かれており、ご丁寧なことに「夫になる人 橘優斗」と、俺の欄までしっかりと記載済みであった。


「……ち、ちょっと待ってくれ。え、婚姻届? 何これ、頭の整理が追いつかないんだけど」

 突然こんなものを目の前に突き出されて、パニックにならない奴がいるか。


「詳しいことは後で説明してあげるから、とりあえず今は柚希の話を聞きなさい」

 と、あわてる俺を諭す美桜。なんでちょっと怒られてるの……。


「でもね、残念なことにこの国では、まだ一夫多妻制は認められていないの」

「……まるでそのうち認められるみたいな言い方だな」

 ポツリと呟く俺を無視し、説明は続く。

「だからね、優斗君には残りの高校生活の間に私とお姉ちゃん、どっちか一人を選んで欲しいの」

 ……ふむ。いよいよもって、頭の回転が追いつかなくなったな。



 彼女達の話を整理すると、つまりこういうことだ。

 ①私達、どちらか一人と結婚する。

 ②高校卒業と同時に、選んだ女性との婚姻届を提出。

 ③選ばれなかった女性に婚姻届を返す。

 ④タイムリミットは高校卒業までの二年半。

 ⑤選べない、もしくは他の女性に手を出すことは禁ず。



 ちなみに、拒否権は無いらしい。

 どうあっても俺は、美桜と柚希のどちらかと結婚する。これはもう決定事項のようだ。


「って、ちょっと待て!」

 いや、流石にこれは異を唱えさせてくれ。

「何? 文句あるの?」

「ありあり、大アリだ! まず俺に拒否権が無いこと、俺の将来が勝手に決まってること、言いたいことは山ほどあるんだが……そもそも二人は何で俺と結婚したがるんだ!?」 


 確かに、俺達は子供の時からずっと仲が良かった。お互いが中学生になってもその関係は特に変わることは無かったし、高校だって同じ学校を選びもした。だけど、それは単に幼馴染として仲が良いからという理由であって、決して男女の関係であったからというわけではない。少なくとも俺は、二人をそういう目で見たことも一切無くて……。


「何でって……あんた、本当に覚えてなかったのね……」

 いや、そんなに呆れないでくれ。

「やっぱりこれ持って来て正解だったわね……ほらこれ」

 すると美桜が、先ほどの婚姻届とはまた別の紙を渡してきた。そこに書かれていたのは「せいやくしょ」の文字。それも、まるで幼稚園児が書いたような乱筆のもの。


なんだこれ……、どれどれ。


『せいやくしょ


 ぼく、たちばなゆうとは、おおきくなったら

 みおとゆずき、どちらかとけっこんします。


 ほしぐみ たちばなゆうと』


 ほしぐみの橘優斗くんんんんんん!!!!!

 ちょっと何してんの!!!!!

 

「誓約書って言葉の意味、調べなくても分かるわよね?」

 いやいやいや、ちょっと待ってくれ! 幼稚園児の頃に書いた誓約書なんて、そんなのもう時効だろ!? というか、何だよこれ!? こんなの書いた記憶、一切ねえぞ!?


「懐かしいなぁ……。この頃の優斗君、いっつも私達に混じっておままごとしてたよねぇ……。あの頃の優斗君も可愛かったなぁ……」

 なにやら柚希が不穏な言葉を口にしている。

 やめろ、あの頃"も"とか言うな! それじゃまるで今でも可愛いみたいに聞こえるだろうが!


「ま、待て。話しをしよう」

「もしかして忘れてたのを良いことに、無かった事にしようとしてるの?」

「そ、そんな……。私達、この日をずっと楽しみに生きてきたのに……」

 怒る美桜と、今にも泣きそうな表情を浮かべる柚希。


「い、いや……無かった事にするというか……出来れば無かった事にして欲しいと言うか……」

 この誓約書がいかなる効力を発揮するのかは置いておいて、そもそもお互いの気持ちを無視して約束だけで行動するのは如何なものか。

「というかそもそも、二人の気持ちはどうなんだ!?」

「「気持ち?」」

「そう、今の話を聞く限りじゃ、二人は子供の時の約束があったからこうして結婚をしろって迫ってきてるだろ? でも、そんな、子供の時の約束だけでこんな……」

 と、二人に思いの丈を伝える。俺だって既に忘れていた約束なんだ、そこまで律儀に守る必要なんてどこにも無いだろう。


 ……なんて思っていたら、二人は心底呆れたというような顔つきを見せ。


「優斗、それ本気で言ってるの?」

「鈍感だとはずっと思ってたけど、ここまでとはね……まあ、そこが可愛いところでもあるんだけど……」

 え、なに、どういうこと。あと可愛いとか言うな。


「いい? 私たちは、確かに子供の時の約束を引き合いに出して、こうして結婚してくれって頼んでるけどね、でも別にそれが大切ってわけじゃないの」

「そうそう。つまりね、私達は」

「「優斗(君)のことが好きって、そう言ってるの」」

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