16歳になった双子の幼馴染が、結婚しろとせがんでくる件について。

ミヤ

1章

小さい頃の約束。

第1話「逆プロポーズ」

 小さい頃の約束に時効なんてものが適用されるのであれば、この案件はとっくの昔に無効となるはずだ。

 子供の、それも文字すらろくに書けない小さな頃に交わした、子供同士の大きな約束。

 あの頃は深く考えもせず、ただ促されるままに彼女達のお願い事を聞いていたけど……まさか10年以上経った今、その効力が発揮されるとは誰が予想出来ようか。

 そう、思えばいつだって彼女達は突然で、不意に、こちらの都合もお構いなく、それでいて本人達は用意周到で。


「優斗、これにサインしなさい」

「優斗君……サ、サインしてくれると嬉しいな……」


 入念に準備が施された婚姻届を目の前に突きつけてくるのだった。



 カーテンの隙間から、夏のまぶしい日差しが差し込んでくる。

 8月21日、本日の天気、快晴。


 今日は俺と、そして二人の幼馴染が迎える、16回目の誕生日だ。

 流石にこの年にもなると、誕生日に対する高揚感みたいなものは薄れ始めているが、それでも一歩ずつ大人になっていく自覚のようなものが芽生える気がして、やはりどこか特別な一日だと感じさせられる。

「あー、まだこんな時間か」


 時計を見ると、時刻は7時丁度を指していた。

 ……眠い、とにかく眠い。

 いつもであれば、この時間におきてしまえば遅刻は必至だが、あいにく今日は日曜日、それも夏休みの日曜日。


「んー……、もう一眠りするかぁ」


 大人の自覚とは何だったのかと思わず自問したくなるだらけっぷりを見せてしまったが、朝寝坊も学生の本分。夏休みの学生にのみ許された特権、二度寝。

 誕生日だろうがなんだろうが、休みの日は山ほど眠る、これに限る。

「……zzzz」

 意識が遠のくのが分かる。

 あ、ダメだこれ、幸せすぎる。



「……きなさい」

 ん?

「……きて、優斗君」

 なんだ?

「ダメね、全く起きないわ」

「そうみたいだね……。それにしても、優斗君の寝顔、可愛いな」

「そう? バカ面を晒してるだけに見えるけど」

「そ、そんなことないよ! 見て、このだらけきった表情! ああ、普段のキリッっとした優斗君も素敵だけど、この緩みきった寝顔も良いなぁ……」

「キリッっとしたって……。何時そんな表情をこいつが見せたのよ。全く、柚希は昔から優斗に対しては盲目というか、変なフィルター掛かってるわよね」


 うすらぼんやりとだが、眠っているそばで誰かが会話を交わしている様子が伝わってきた。

 徐々に意識がハッキリしてくる、とはいえまだ眠いのも事実。

 どうせ彼女達だろう。二人には申し訳ないが、もうしばらくこのまま眠らせてくれ。


「これだけ騒いでも起きないなんて、一種の才能ね……」

「うーん。このまま優斗君の寝顔をずっと見ていたいんだけど、今日はそういうわけにもいかないもんね」

「そうよ! 今日は約束の日なんだから、起きてもらわないと困るわ!」

「じゃあ……?」

「せーのでいくわよ……せーの」

「「起きろーーーー!!!!!」」

「うおおおおおおおおお?!」


 部屋中に響き渡る二人の大声で、意識半分になっていた俺は思わず飛び起きてしまった。

 目を開くと、ベッドを挟んで女性が二人――大方の予想通り、彼女達が立っていた。


「あ、やっと起きた」

 右手に立つショートカットの女の子――美桜みおが、やれやれといった表情を浮かべこちらを見ている。


「良かった、起きてくれて」

 対して左手に立つロングヘアーの女の子――柚希ゆずきは、少し安堵したような表情でこちらを眺めていた。


「お前達なぁ……」

 こうなることは何となく予想済みではあったのだけど、それにしてもこんな強攻策に出てこられると流石の俺でも驚く。というか、驚かない奴なんていないだろう。


「だって優斗、全然起きないんだもの」

「ごめんね、優斗君。でも今日は大切な日だから……」

 美桜はフンッと、柚希はどこか申し訳なさそうな顔を浮かべながら言い訳を口にしていた。


「たかが誕生日だろ……? どうせ夜になったら母さん達が勝手にパーティ開くんだし、朝くらいゆっくりさせてくれても……」

 確かに大切な日ではあるが、とはいえただの誕生日と言ってしまえばそれまでのこと。


 両家合同の誕生祝賀会、どちらの親が言い出したのか、物心着く前から毎年恒例行事として執り行われている俺達三人を祝う会。毎年どちらかの親が会場と料理を提供して、ウチの両親と俺、そして花咲家の両親と二人娘の美桜と柚希の計七人で行われている。

 去年は確かウチの両親が用意してたので、今年は恐らく花咲家主催のはずだ。

 とはいえ、パーティー自体は夕方から行われる。

 そんなわけで毎年、誕生日といっても日が昇っている間はお互い特に何かするわけでもなく、いつものように過ごして、夜のパーティまで時間を潰す。


……はず、なんだけど。


「「たかが誕生日?」」

 二人の声色が見事にハモっていた。さすが双子、息ピッタリ。

 なんて冗談言ってる場合じゃないぞ!? え、なんでこの二人こんなに声に覇気が無いの? え、なんでこんなに怒ってるの?


「あれ? もしかして何か約束でもしてたっけ? ……ああ分かった、今日は三人で朝から溜まりに溜まった夏休みの宿題を――」

 ギロッ。

 二人の目がこちらへ向く。殺意だ、あの目にはお互い殺意が込められている。

「じゃなかったなぁ! えーっと、そうだ! 今日は二人の買い物に付き合うって――」

 ギロッ。

「でも無かったなぁ!」

 危なかった、危うく本気で殺される所だった。

 迂闊な発言は死を招く、慎重に言葉を選ばなければまずは腕から持っていかれそうだ。


「あー……ははは」

 もはや笑うしか無かった。

 なんだ、この二人は一体俺の口からなんて言葉が出るのを待っているんだ? 分からない、全く分からないぞ!

 俺が忘れているだけで、何か重大な約束でも取り付けていたか? しかし、思い当たる節が全く無いのは何故だ。いくら俺でも、二人がこれほどの威圧感を見せてくるような大切な約束を取り付けていれば、それはもう忘れるわけが無いはずだ。


 だって、この二人、怒ると死ぬほど怖いんだもの……。


 だが、どんなに思い出そうと必至に寝起きの頭をフル回転させても、一向に思い出せない。

 何故だ、一体どうなっているんだ……!?


「その様子だと、本気で忘れてるみたいね……はぁ」

「まあ優斗君ならそうなんじゃないかと思ってたけど、本当に忘れられてるなんてちょっとショックかも……はぁ」

 必至に思い出そうと苦悩する俺を見て、二人が同時に溜息をつく。さすが双子(以下略)。

「あ、あの……すみません。ちょっと僕のミジンコにも満たない小さな小さな脳みそは、二人と交わしたであろう大切な? 約束とやらがどうも記憶できていなかったみたいで……。もしよろしければ、約束の内容を教えてはいただけませんでしょうか?」

 ダメだ、これ以上嘘を重ねることは無理だ。

 ここは正直に、出来るだけ二人の怒りに触れないよう慎重に、そして深々と土下座をしながら二人に話すことにしよう。


「あんたねぇ……土下座って」

「あ、頭を上げて! いいの、これから思い出してくれればそれで!」

 柚希が土下座する俺の頭を上げようとする。

 いいんだ! 俺の命が守られるのなら、土下座の一つくらい安いもんさ! 離してくれ!


「もういいわよ、どうせアンタがはっきり覚えてるなんて期待してなかったから。……とりあえず説明を始めるから頭を上げなさい」

 美桜と柚希から頭を上げるよう告げられ、どうやら俺の罪は許されたようだ。果たして土下座の効果は如何なものだったのか分からないが、それでも命だけは救われた。


「そ、それでお二人はこんな朝早くから一体何を……?」

 とはいえ、敬語は抜け切らなかった。

「んんっ! ……コホン」

「あー、えっと……」

 本題に入ろうとする俺に、どうにも煮え切らない態度を見せる二人。

 え? 何? 何が行われるの?

 なんで二人とも、こんなにも不自然なの? 怖いんだけど!?

「じゃあ柚希」

「うん、お姉ちゃん」

 三度息を揃えるべく、二人はアイコンタクトを取りながら、お互い両手に何かが書かれた紙切れを広げこちらへ向けて声を揃えてこう告げた。


「優斗、約束通り16歳になったから、私と結婚しなさい」

「優斗君、約束通り16歳になったので、私と結婚してください」


 ……何を言っているのか、俺には全く分からなかった。

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