第19話

「美桜、正月はどうするの?」


「うーん、特に…」


「それならさ、うちの実家に来ない?」


「でも…お正月だし、ご両親もいらっしゃるでしょ?」


「両親は年末から旅行でばあちゃんだけなんだ。美桜のことちゃんと話しておきたくて。俺達、ばあちゃんがいなかったら出会ってなかったしな」


「そうだね。私も会いたい」




年が明けて、元旦

俺達はばあちゃんに会いに行った



店から二人で手を繋いで歩いた


去年、桜色のワンピースを着た美桜がすっげぇ綺麗で繋いだ手を離したくなかったんだよなぁ

そんなことを思い出しながら…



「ねぇ、拓?拓ってさぁ、フフフ」


「何だよ、はっきり言えよ」


「こんな風に手を繋ぐの好き?」


「べっつにぃー」


すぐに手を離して、先を歩く


「あっ、待ってよ」


少し焦って、追いかけてくる美桜が俺の小指を握った


「私は好きよー。拓のあったかい手」


「ふーん」


何、可愛いこと言ってんだよ


俺はそっぽむいて美桜のちっちゃな手を取ってポケットに入れた


「あんなぁ、俺は誰とでもこんなことしねぇの」


「うん、わかってる」


俯いて恥ずかしそうにしてる


自分で聞いといて、何、真っ赤になってんだよ



「美桜!」


「ん?」


見上げた瞬間、唇に触れるだけのキスをする


「もっ」


腕に顔をすり寄せる彼女


「ハハ、まだまだだなぁ。俺には勝てねぇよ」


「何よ!拓になんか負けないんだから」


「バカか、お前、なに挑んでんだよ。

さっ、早く行こう。ばあちゃん待ってるよ」


「うん」




ほんとは……

俺はもう、とっくに美桜に負けてるよ

負けっぱなしだよ


最初っから、美桜の圧勝だ


一生…勝ったふりしてるけどね





「ばあちゃん、来たぞぉー」


「たっくん、何ですか、新年のご挨拶は…、美桜…さん?」


「明けましておめでとうございます」


ニヤニヤしながら、自慢気にお婆様の顔を見てる拓



「美桜さん!おめでとうございます。

やっぱりねぇ、薄々はわかってましたけど。

ねっ、たっくん」


「な、なんだよ」


「最近ね、お茶菓子を取りに行こうとしたら、いつも、たっくんが行ってくれるって言うし、おかしいなぁと思ってたの」


「そうなんですかぁ」


「ばあちゃん、余計なこと言うなよ」


「どうぞ、あがってください」


「失礼します」




茶室へ続く長い廊下をお婆様に後ろについて進み出すと、お婆様は急に振り返って手を叩いた


「そうだわ!美桜さん、お正月だし、お着物着ない?私の若い頃のがあるのよ」


「高価なものじゃないですか?…私が着てもいいんですか?」


「いいのよー。是非、着ていただきたいわ。

娘がいなくて、孫も男の子ばかり。

女の子がいたら、着せたかったのよ」


「ありがとうございます」


「じゃ、こちらへ」


当然のようについてる拓


「たっくは待ってて。着付けをするんだから」


「別にいいじゃん」


「たっくんはダメ、フフフ」


「はぁ、何だよ、美桜まで」


拓はブツブツ言いながら渋々リビングへ行った



「あの子ったら、美桜さんのこと好きで仕方ないのね」


「いえ、そんな…」




「うーん、そうねぇ、美桜さんにはこの柄が似合うと思うの、どうかしら?」


お婆様が手に取ったお着物は淡いグリーンで肩と裾に桜の花が散りばめられたものだった


「すごく、綺麗です」


「良かった。気に入っていただけたなら…さっ着替えましょ」




着付けをしながら、お婆様は私の顔を見上げて優しく微笑んだ



「美桜さん、初めてお会いした時と別人のようね」


「そうですか?でも…そうだとしたら、それは拓海さんのお陰です」


「たっくんのねぇ。

………このこと話しちゃうと、たっくんに怒られそうなんだけどね、

去年の秋、あの子、思い詰めた顔で茶室に来たの。

きっと、美桜さんのことで悩んでたんだと思うの」


「私のこと…ですか?」


「そうよ。でも今日、美桜さんのお顔を見て

、たっくんも少しは男になったのかな?と思ったわ。良かった」




初めてお会いした時に感じたまま、穏やかな声は私の心をほぐしてくれた


少しイタズラっぽく笑ってお婆様が聞かれた



「たっくんのこと、好き?」


「はい、大好きです」


「フフフ、いいー笑顔だこと!

はいっ、出来たわよ。

美桜さん、とても美しいわぁ。

たっくん、声も出ないんじゃないかしら。リビングにいるから呼んで来て下さる?

お茶にしましょ」


「はい」




「たくぅ~」


リビングを覗くとソファで横になってうとうとしてる


近寄って身体を揺すった



「拓、着付け終わったよ」


バチっと目を開け私を見て、一瞬固まったと思ったら、勢いよく立ち上がるので、私のおでこにゴツン


「いったぁーい」


「ごめん、ごめん」


慌てておでこを擦る彼



「美桜…じゃないみたい」


「どういう意味よー。それ喜んでいいの?」


「んー、わかんないけど…まっいいじゃん」


「何よそれ、綺麗だよ…とか言えないかなぁ」



「すっげぇ、綺麗だよ」



耳打ちするように言うと顔も見ないで行ってしまう



「もう~ちゃんと言ってよ」


さっさと茶室に向かう拓のシャツを摘まんだ

それでも振り向かない彼




目の前に拓の大きな背中


広くて、逞しくて…安心する



拓と一緒なら

きっと、大丈夫

ずっと…頑張れる



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