第4話


駅から数分歩くと、路地裏に小さな洋服屋さんがあった


彼は私の背中に回した手を離すことなく、

片手でポケットからジャラジャラと鍵を取り出して、入口のドアを開けた



薄暗い店内の奥に置いてあるソファに私を座らせると、慌てて2階に駆け上がり、すぐに、グラスに一杯の水を持って下りてきて、何も言わずに差し出した



「ありがとう」


冷たい水を喉に流し込むと、

さっきまで鉛のように重たかった身体が少し軽くなった


「ふぅー」


大きく息を吐いた私を見て、彼は優しく微笑んだ



「ここ、俺の店だから、ゆっくり休んでいっていいよ」


私の前にしゃがんだ彼に空のグラスを渡した



「ありがとう…ごちそうさま」


「んっ」



でも、彼はグラスを受け取ったまま、そこから動かない


口角を上げてまじまじと私を見上げてる




「…っで、何で泣かないの?」


突拍子もない問いに私は少し苛立ってしまい、キツい口調で答えた



「別に泣きたくなんかないしっ!」



「泣きそうな顔…してる。……ってか、もう泣いてんじゃん」



「どこ見てるの?涙出てないでしょ?」



「あー、もう、いいよ。

あっち、行ってっからさ、泣いていいよ」


離れていく彼の腕を焦って掴んだ



「行かないで!

ここにいて。お願い…1人に……しないで」



思わず出てしまった言葉


こんなこと、言うつもりなんて、なかった



「素直になれんじゃん」


そう言った彼がドスっと横に並んで座った


肩がピタリと触れる



その瞬間、涙がとめどなく溢れた


どうしていいかわからない程、止めようとしても、次から次へと。




彼は何も言わず、天井に目をやり、私が泣き止むまで、ずっと隣にいてくれた



何があったか?

さっきの男が誰なのか?


どうして

泣いているのか?


一言も聞かずに

ただ、側にいてくれた




ずっと、泣かなかった

……泣けなかった




あなたのさりげなく深い優しさが

私の凍りついていた心を少しずつ溶かしてくれるようだった




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