第二十八章 愚鈍な恋
グレンは王城の地下牢を訪れて、正騎士長クリフォードに会いに行っていた。あいかわらずぐったりとしており、体中に刻まれた傷口が痛ましい。
時間の感覚もとうの昔に失って、今が昼か夜かも失っているらしかった。静寂ばかりがあたりに満ちていたが、グレンが口を開き破り捨てた。
「ひとつ、聞きたいことがある」
クリフォードはうつろな瞳でグレンを捕らえたが、すぐに興味が失ったのか。まぶたに閉ざされた。
「なぜ、孤児であるレイヴァンを拾ったのだ。お前は
すると今まで何の関心も示さなかったクリフォードが遠い目をして、乾いた唇からしゃがれた声で紡ぎ出した。
「お前なんぞにはわからんさ。レイヴァンは愛しい子だよ。たったひとりの愛おしい子だよ」
グレンが思わず首を傾げれば、クリフォードは白いヒゲを揺らして温かい笑顔を浮かべた。傷だらけで鎖につながれているにもかかわらず。
「今でも覚えている。レイヴァンが初めて立ったとき、レイヴァンが初めて言葉を発したとき。あやつ、なんて言ったと思う? “おじいちゃん”って、わしを呼んだぞ。そんな歳でもなかったのになあ」
クリフォードが我が子の自慢をするように語り出したのを見て、グレンは背を向けて歩き出そうとしたが次に発せられた言葉に足を止めた。
「あやつの“母親”もわしを最初に呼んだときは“おじさん”だったなあ」
グレンは振り返って、クリフォードを見つめた。目は信じられないと大きく見開かれ、誰も見たことがないほどに驚いていた。
「お前は、捨て子を拾ったわけではないのか!」
意味ありげにクリフォードがにやりと口角を上げて笑う。その笑みにグレンは少々、たじろいだ。
「まあ、どれもお主には関係ないことよ。下手に詮索しない方が御身のためだ」
いぶかしげに眉を潜めた後、グレンは地下牢を後にした。その先でヒデが待ちかまえていて声をかける。
「今日は何のようだったんだ」
「
「答えは?」
緩やかに首を横に振った後、「ただ」と呟いて少し悲しげに顔を伏せた。
「あの男レイヴァンは、どうやら“ただの捨て子”ではないらしい。レイヴァンの母とクリフォードは面識があったようなのだ」
ほう。ひとつ感嘆にも似た息をヒデが漏らせば、グレンはどこか悩ましそうに険しい表情を象っている。ヒデはそんなグレンを見てどこか可笑しそうにしていた。
「なにをそんなに悩ましげにしているんだ?」
「わからん。ただ少しだけ、愛されているレイヴァンが羨ましく思った」
淡々と述べながらも目はどこか寂しげだ。こんな感情をグレンが持っていることが珍しくてヒデは、嬉しくも思った。“感情がない”とグレンは言っていたが、それは立派な感情ではないか。
ヒデはグレンの肩をぽんぽんと叩いて微笑んで見せた。
「今は、そんなことよりも“真実”を探しにここまで来たんだろう? だったら、もっと探し回ればいい」
ヒデにグレンは少しだけ口角を上げて微笑んだ。
***
暖かな日だまりが柔らかく世界を包み込んでいた。こんな日は外へ出て駆け回るのが楽しいもの。けれども、それが許されないのは本人が誰よりもわかっていた。
「レイヴァン、剣の稽古だ」
がちゃがちゃとぶつかる音を響かせながら、男が古びた家に無遠慮に入ってくる。男の足音だけで家が傾いてしまいそうだ、とレイヴァンと呼ばれた“少年”は密かに思った。
「正騎士長様、わざわざ俺なんかのために教えなくても」
男は少年にがつんとげんこつを食らわした。少年は痛そうに頭を抱えて、うずくまってしまう。
「何を言うか! 正騎士長ではなく、せめて“おじさん”と呼びなさい。それから、お前は強くならなくてはならないのだ。技術を学びなさい。けれど、武器を簡単に取るようになってはならぬ」
いつも男は少年に言い聞かせていた。武器を簡単に手に取るような者は愚か者だと。武器は“剣や弓だけではない”男はいつも言っていた。
「知恵を以て戦いなさい。もしお前に守るべき者ができたとき、それがお前を助ける。武器を以てするのは二の次である」
少年にはわからなかった。大人は皆、すぐに武器を取り戦う。けれども、男は少年に言って聞かせた。それから、木の棒を少年に持たせて自らも木の棒を持ち、剣の持ち方から振り方を男から習った。男は、また言って聞かせた。
「ここに誰が来ても決してここから、出てはならぬ」
男は小屋を去っていった。少年は小さな家で、男からもらった木の棒を一日中もてあそんでいた。辺りが暗くなって男がまた少年の居る小屋を訪れる。今度は少年に本を渡した。
「知識を蓄積しなさい」
少年は言うとおりに本を読んだ。それを何度も読み返すうちに朝が来て男は小屋を出ていった。
そんな日々が繰り返されていた。小屋は知らない間に、知識がつまった本に埋め尽くされていった。少年はその本達を何度も何度も読み返した。そんなある日、知らない男がやってきた。その男は無遠慮にも小屋の中へ土足で上がり込んできた。
「見つけたぞ」
少年は何故かその時、身の危険を感じて小屋を飛び出した。ひとつ、言いつけを破ってしまった。男は少年をいとも容易く掴んで地面に押しつける。少年には男に抗うだけの力は持っていなかった。
無力な少年に向かって男は言った。
「お前は罪だ! お前なんて産まれてこなければ」
男は少年にナイフを振り下ろした。けれども女性が割り込んで、少年のかわりにナイフを突き立てられた。それはかつて少年を育ててくれていた労働階級の夫婦の妻だった。
ナイフを抜き、男はまた襲おうとする。今度は矢に打ち抜かれて男が斃れた。矢を放ったのは、正騎士長の男だった。
今まで感情をあまり表に出さなかった少年は、今までにないほどに大きな声で泣いた。男は少年を抱きしめて何度も何度も頭を撫でてくれた。
「大丈夫、大丈夫。お前はわしが守るよ。お前は愛されて産まれてきたのだから、幸せになるべきなんだよ」
少年は散々泣いたあと、男に手を引かれてまた隠されて育てられた。
☆
昔の夢を見るなんてどうかしている。レイヴァンは
今はすでに深夜で辺りはすっかり暗くなっている。アレシアのことで頭をもたげているというのに、正騎士長クリフォードを夢で見るとは思わなかった。
レイヴァンはそっと外へ出ると、夜の風に当たった。その冷たい風がどこか心地よく、気持ちが良い。そう思うのは、夢を見て汗をぐっしょりとかいたせいなのだろうか。だが、それ以上に懐かしい夢を見たせいで謎がまた深まっている気がした。
『お前は罪だ! お前なんて産まれてこなければ』
あの時の男の声が頭の中で響いた。レイヴァンは自分の出自を知らない。クリフォードも決して口には出したことがない。それもあって自分が一体、誰の子かすらも気にしたことがなかった。七つになったあの日に男に襲われ、新しい隠れ家に行った後、クリフォードに一度だけ自分の親について尋ねたことがある。すると、クリフォードはこう答えた。
『愛しているよ、お前のことを遠くにいても愛しているよ。今はただ、側にいられないだけでお前のことを愛しているよ』
それだけ、答えてくれた。その時のクリフォードがあまりに悲しげに笑っているものだから、それ以上は何一つ聞くことが出来なかった。
そこまで思い出して小さく息を吐き出した。今まで気にしていなかったのによくもまあ思い出させてくれたな、と己を呪う。そんな風にしているとクライドが
「どうかしたのか」
静かにレイヴァンは問いかけて振り返ると、クライドの瞳からぽろぽろと涙が溢れているではないか。ぎょっとしてレイヴァンが尋ねるとクライドは涙を手で拭きながら答える。
「レイヴァン殿の夢を見ていた」
そういえばクライドは〈闇の眷属〉の守人で、人の心にあるものが見えてしまうとギルから聞いた。
泣いているクライドに、レイヴァンは笑みを浮かべた。
「昔の話だ」
クライドは泣きやむと、レイヴァンを真っ直ぐに見つめる。
「お前こそ、つらくはないか。そうやって、人の過去が見えてしまうのは」
ふるふるとクライドは首を横に振り、何事もなかったように無表情を作り上げた。その瞳の奧にはどこか悲しみがたゆたっている。
「これもやつがれに与えられた宿命。それはあるじを守るために与えられた力。つらいなど、思うはずがない」
「強いな」
小さな声でレイヴァンが呟いた。けれどクライドは首を横に振り、凛とした瞳をレイヴァンに向けて見せた。
「お主の方がお強い」
「武器が使えても、俺は」
「そうではない。お主はあるじを誰よりも思っている。あるじのためならば、誰であろうと切り捨てることが出来るだろう」
クライドにレイヴァンも小さく笑って頷いた。そうだなと呟いて空を見上げる。闇に塗りつぶされた夜空には雲が浮かび、きれいな月が隠されていた。
「ああ、切り捨てる。たとえ神であろうとも」
「おぬしが『我らが王』の側にいる理由がなんだか納得する」
レイヴァンはクライドの方へ視線を向ければ、クライドは無邪気に微笑んだ。
「おぬしはきっと、我らと同じように導かれて『我らが王』に仕えていると感じる」
「そんな運命の下に俺はいるつもりないんだがな」
そのとき、ギルまでもが起き出してレイヴァンとクライドの元へ来た。
「なんだ、こんな真夜中に起きていたのか」
「お前までどうしたんだ」
さあ、とギルは首を横に振る。それから誰かに呼ばれた気がしてと言葉を紡いだ。
「水の声ではないのか?」
「さあね。ただとても悲しげな声だった」
レイヴァンにギルは返すと、空を見上げた。雲の隙間から淡い月の光が柔らかく地面を照らしている。
「我らが王はおっしゃった『神は私と愛しいあの人を引き裂こうとする。けれど、私は望まずにはいられないのだ。また逢えることを。幾千幾億の時が流れても神が愛しいあの人と引き裂こうとするならば私は神を欺いて運命を切り開こう』」
ギルをレイヴァンが見つめた。
「水の声なのか」
「ああ。『我らが王』には好きな人がいたようだ。だが、結ばれることはなかった。もしかすると、その『好きな人』も姫様と同じように生まれ変わっているかもしれないな」
レイヴァンが複雑な表情をした。それを汲んでギルは小さく笑うと、優しい言葉をかける。
「なあに、昔のことさ。今はレイヴァンとお似合いに見えるよ」
ギルにレイヴァンは少しだけ頬を綻ばせると、苦笑いを浮かべて雲の向こうの月を見上げた。その月はすでに傾いて地平線の彼方から太陽が昇り始めていた。もう寝付くことも出来なくて、レイヴァン達はそのまま太陽を迎えた。
うとうと、していた兵達も起き出してパタパタと準備を始める。その頃にマリア達も起き出すと兵達は
アレシアも起きてきょろきょろと辺りを見回す。ヘルメスを捜しているようだ。レイヴァン達がヘルメスには会わせないようにしているため、まだ会えてはいなかった。ヘルメスにもアレシアが来ていることを知らせていない。
その様子をマリアとクレアが遠目で眺めていた。
「どうします、王子。あのままというわけにはいきませんし」
「そうだね。せめて何をしようとしているかぐらいは聞き出したい」
クレアは何か思い立ったのかアレシアに駆け寄り声をかけた。
「ねえ、お嬢様はヘルメスと会ってどうしたいのですか?」
アレシアが黙り込む。どうやら、人には言えぬらしい。何でも相談してくださいとクレアが手を握ったが、アレシアはあいまいに微笑んでその場を離れる。
「だめか」
マリアが胸の中だけで溜息をつけば、レジーが近寄ってくる。
「レジー、少しお願いしたいことがあるのだけれど」
「はい」
マリアがレジーに何やら耳打ちしたとき、兵がやってきて準備が整ったことを告げた。アレシアのことが気になりつつも、自分の馬が居るであろう陣の真ん中へ向かう。そこにはエリスとクライドが準備をして待っていた。鞍にまたがると、兵達に声をかけて馬を走らせた。
しばらく駆けて昼頃に川の近くで休憩する運びとなった。兵達は馬に川の水を飲ませてまた自身もくつろぎ始める。
マリアはそれを眺めてから、食事を簡単に済ませた。離れた木陰に腰を下ろし、懐から文庫本を取りだして読み始めた。暖かな太陽の日差しがマリアの眠気を誘っていく。
「すー」
ほどなくしてマリアは、ことんと夢の世界へと誘われた。暖かな日差しといえど、まだまだ気候は寒い。こんな中で眠ってしまっては体に悪いだろう。そんなマリアにそっと近づく影があった。レイヴァン、その人である。
マリアの姿を探していたレイヴァンはマリアを見つけると、眠っているマリアの肩に上着を掛けてそっと隣に腰を下ろした。
「まったく、こんな無防備でいたら悪い男にでも食べられてしまいそうだ」
悪い男というものに自分も入るのかな、と嘲笑する。その表情もすぐに引き締められて、辺りは寂寞に包まれる。少し遠くからは兵達の話す声や笑い声が聞こえてきたけれど、レイヴァンは二人だけで世界が閉ざされているような感覚に襲われる。
ふとマリアの体が傾いて肩にもたれかかれば、レイヴァンの欲望が渦を巻いて爆ぜた。レイヴァンが顔を近づけた刹那。
「あの」
突然、声をかけられレイヴァンは驚きつつも平静を装って声の主の方を振り返った。そこには、こちらを覗き込むような体勢のアレシアがおり、瞬きを何度も繰り返していた。
レイヴァンはマリアを転げないように体を倒すと、立ち上がる。
「どうかなされましたか」
「いえ、ヘルメスは」
「ヘルメスはよい方ですね」
アレシアがレイヴァンを凝視する。何を言い出すのかとかまえているアレシアに、柔らかな微笑みを浮かべた。
「我々のためによく尽くしてくださいました。ケガをすれば手当をしてくれますし、面倒も見てくれます。あなたは本当によい人を見つけましたね」
アレシアはどこか困ったような嬉しいような表情を浮かべていた。とても小さな声で「そう」と呟くと、レイヴァンに背を向けてその場を離れていった。
その時、マリアが吐息を漏らして体を起こして寝ぼけなまこでレイヴァンを見つめた。
「お目覚めですか」
「ああ。今、アレシアの声が聞こえた気がしたのだが」
「ええ、先ほどまでいらっしゃいましたよ」
「何か言っていたか?」
「いいえ、特には」
マリアは立ち上がれば凛とした瞳でどこかを見つめる。その瞳の先に何があるのか。レイヴァンにはわからなかった。
レイヴァンと別れたアレシアは、うろうろと彷徨っていた。すると、前を見ていなかったせいで誰かにぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
そう言って差し出された手をアレシアは取る。その手の持ち主は、特出して書き出す点もない少年であった。栗毛色の髪に同色の瞳。どこかきれいなその瞳に目を奪われた。
「ありがとう」
立ち上がれば、少年は自らエリスと名乗った。アレシアも簡単に自己紹介をして問いかけた。
「ヘルメスという者を知らない?」
名を聞いてエリスがぱっと表情を和らげた。その表情の変化にアレシアは思わず驚いてしまう。
「ああ、ヘルメスですか。彼はとても素晴らしい方ですね。けがの手当を魔法のようにしてしまうし、魔法のような道具で我々を驚かせてくれます」
エリスは前にけがしたこと、支城へ侵入してきた男が居たこと、その時に腕に深手を負ったことを話した。
「そのとき、ヘルメスは何も言わずに僕の腕の手当をしてくれました。そんなこと、なかなかしてくれる人はいませんよ」
にっこりと無邪気な笑顔を浮かべたエリスを、アレシアはじっと黙って見つめていた。エリスは何かまずかったのだろうかと、弁解しようと口を開く。
「申し訳ございません。僕ばかりがしゃべってしまって!」
「いえ、ありがとう」
アレシアは呟いて、エリスに背を向けてまた歩き出す。きょろきょろとヘルメスを捜していたアレシアであったが、出発する合図が聞こえ仕方なくあきらめてエリアスの元へ向かう。
「また探されていたのですか」
「ええ」
「なぜそんな男にこだわるのです?」
「初めて私を一人の人間として見てくれたから」
エリアスは溜息にも似た息を吐き出した。アレシアはどこか上の空で、エリアスの吐息は聞こえていなかった。
「ただ、それだけではないですか」
ぼそりと呟いた声も宙に溶けた。
*
辺りが闇に包まれて夜になれば兵達は野営の準備を始める。アレシアもエリアスが立てたテントの中で休んでいた。けれど、外気に当たりたくなり
「アレシア、疲れていない? さすがに疲れたのではないか」
「いいえ、大丈夫よ」
アレシアはそう言って見せたけれど、彼女の顔には疲労が浮かんでいる。そんなアレシアにマリアは柔らかい笑みを浮かべた。
「無理しなくても良いよ。
「あなたは平気なの?」
マリアは苦笑いを浮かべて明るい夜空を見上げた。アレシアもつられて空を見上げる。
「レイヴァンと旅を始めたとき
アレシアは何も言えなくなりうつむいてしまう。そんなアレシアにマリアが笑いかけた。
「けど、旅の中で仲間が出来てわたしは不自由なんてひとつも無かったよ。それどころか贅沢だ。屈強な騎士に策士にそれぞれ、技術を持った人がわたしの側にいるのだから」
夜空を見上げ凛とした姿勢のまま呟く、マリアの言葉が夜空に響き渡る。それがどこか勇ましく凛々しかった。
「ヘルメスは――」
アレシアが呟いて黙り込めば、そんな彼女にマリアが微笑んで、ただマリアから見た事実だけを告げた。
「ヘルメスはね、仲間のケガを何度も治してくれた。わたしにとっても仲間にとっても大切な存在なんだ」
それから、マリアはヘルメスを師とし処置の仕方を学んでいること錬金術を学んでいると告げた。すると、驚いて目を見開く。
「あなたは王族なのでしょう? なぜ、そのようなことを」
マリアは小さく微笑んで自らの意志をしっかりと伝えた。
「処置は皆を守るため。錬金術は、知りもしないのに迫害などしたくはないから。アレシア、ヘルメスは本当にすごいよ。ヘルメスに愛されているあなたが羨ましいくらい」
「そんなこと言われたのは初めて」
「それでね、アレシア。ヘルメスの望みを聞いてはくれないか」
「望み?」
アレシアが不思議そうにマリアを見つめる。その視線を受けつつもマリアは口を開いた。
「錬金術を世に広め、認知させて危ないものではないと教える。もしそれが出来たなら、アレシア殿、君を迎えに行くと言っていたよ」
刹那、アレシアの目が大きく見開かれ瞳に涙が浮かんだ。それから、マリアに問いかける。
「ねえ、ヘルメスがどこにいるのか教えてくださらないかしら?」
マリアが救護班のいる天幕を教えた。それから、アレシアは慌てて駆けだし救護班のいる天幕を目指して少し早足で駆ける。すると、前をきちんと見ていなかったせいでアレシアは誰かにぶつかってしまう。
「ごめんなさい」
「いえ」
またやってしまったと思いつつ顔を見上げると、ヘルメスがいた。感情がどっとこみ上げて、アレシアはヘルメスに泣きついた。二人の様子をレイヴァンとソロモンが少し遠くから眺めている。
「どうやら、うまくいったようだな」
「ああ」
実はマリアが言葉を交わしているうちに、アレシアが“何か”を誤解をしていると気づいたらしい。そこでレジーに頼んでアレシアがヘルメスのことについて何か聞こうとすれば、良いところをいうようにマリアがお願いしていたのだ。
「及第点といったところだな」
おどけた調子のソロモンにレイヴァンは呆れた様子で口を開く。国王が聞いたら、すぐ処刑されそうだと心の中だけで呟きながら。
「いつから採点してるんだよ」
「姫様の行動は全て採点対照だからな」
「そんなんじゃあ、マリア様が気を抜けないではないか」
冗談だよ、とソロモンはおどけて言って見せた。それから、ふと不敵な笑みを口元に浮かべた。
「さあて、そろそろ戦の話をしましょうか」
そんなソロモンを横目に眺めて、レイヴァンはあきれ顔を消すと真剣なまなざしへと変わった。
「オブシディアン共和国が援軍を寄越してくるのは、分かり切っていたことだったんだろう」
「ああ、まあな。オブシディアン共和国はこの国と同盟を結んでいるからな。こちらが動き出したのをかぎつけてこちらに使者を寄越してきたんだろうな」
ソロモンは、オブシディアン共和国もシトリン帝国に国土を狙われているからあまり戦力をこちらに渡したくはないだろう。だがもしもの時、助けてくれなくては困るのでそれなりの戦力をこちらに寄越すだろうと話した。
「だといいんだがな」
「戦争とは、まったく政治の道具である。オブシディアン共和国も阿呆ではないさ」
ソロモンは小さく笑った。レイヴァンは息を吐き出して、今まさに幸せ絶頂な二人を見つめる。さすがにこれ以上見るのは、野暮だと悟って背を向けた。
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