第十二章 エイドス支城の錬金術師
次についた町は、ほとんど壊滅状態で目を背けたくなるような状態であった。家もほとんど破壊され、人もあまりいない。そんな町をいくつも回りながらマリア達は、何とかエイドス支城にたどり着いた。
「これは王子、よくぞ生きておられました」
エイドス支城の主であるアーロンが言って、マリア達を迎える。刹那、城の一部が爆撃音とともに煙を上げる。そのことにマリア達が驚いて敵襲かと身をかまえたがアーロンがいつものことですよ、と言ってマリア達を城の中へ通す。すると、爆発が起こった辺りから真っ黒にすす汚れた女性が出てきた。その事に驚いてマリア達は目を見開く。女性は、すす汚れてさえいなければ美しい女性だろうと思うほどにきれいな容姿をしていた。着ている服も女性らしく美しい絹の服。けれど、せっかくのきれいな絹のドレスもすす汚れていては意味がない。そんな女性を見てアーロンは、半ば呆れたように言った。
「またか、セシリー」
「えへへ、やっちゃいました」
「こんにちは、私はセシリー。これでも王宮錬金術師やってます」
マリアがますます驚いて目を見開く。そして、そんな人がいたのかと呟いた。
「そうですよー、これでも王宮お抱えの錬金術師なのです! 主にこの支城で研究室を借りて防衛のために必要なものを作っています」
マリアが感嘆にも似た息を吐き出した。
「今つくってたのは、爆薬です。けど、失敗しちゃって爆発しちゃいました」
あはは、と笑うセシリーにアーロンが肩を振るわせる。そして、大目玉を食らわせた。
「ええい、修繕費にどれほどかかると思っているんだ!」
「ひえー、すみません~!」
まったく、とアーロンが呟いているがその目は、どことなく優しい。セシリーに怒ってはいるが、根は優しい人なのかもしれない。セシリーは、やはりへらっと笑う。その笑顔をみていると確かに許せてしまいそうな気がする。思わずマリアがくすりと笑えば、アーロンがどうしたのかと問いかけた。
「いや、仲が良いのだなと思って」
すると、アーロンはごほんと咳払いする。そして、マリア達に食事を振る舞う。その食事を楽しんだ後、それぞれ部屋に案内される。部屋と言ってもマリアだけが個室で皆は二人部屋だ。レイヴァンとギル、レジーとヘルメスという部屋割りである。支城であるからかあまり部屋は無いらしかった。マリアは部屋につくと久しぶりのベッドに思わずダイブするかのような勢いでベッドの上へ寝ころんだ。そのまま眠ってしまってもよかったが、せっかく部屋があり明かりもある。こんな設備が揃っているのにおちおち寝ていられるものだろうか。寝ていられない、とマリアが意気込んでベッドから降りると椅子に座り錬金術の本を開いた。古びたその本からはやはり、つんと匂いが突き刺さる。その匂いを気にもとめず読みふける。元々、読むのは好きなのだ。アウトドア派だが本を読むことが好きという矛盾。マリア自身も変わっているなと思うけれど、好きな物は好きなのだ。
マリアの灯のともっている部屋に本のページをめくる音だけが響いていた。
レイヴァンとギルは、マリアの部屋の右隣だった。その部屋でギルは、ベッドの上に寝そべっている。
「なあ、レイヴァン」
「何だ」
「エイドリアンとかいう男、もうすでにここを出て次の支城へ向かっているそうだな」
「ああ、そうだな」
レイヴァンは何やら机に向かい、何かを書いている。けれど、ギルはそれにはお構いなしに話しかけていた。
「ここはまだ占領されていなかったが、どっかは……」
「そうだな、確実にどこかの支城は落とされている」
なんてこともないようにレイヴァンが言い切る。そこでふと滑らかに紙の上を滑っていたペンを止めた。そして、紙を筒状に巻くと鳥かごの中にいる伝書鳩の足に結びつけて窓から放す。この鳥を使って城や支城と連絡を取るのだ。
「何を書いていたんだ」
「ああ、おそらくまだ機能しているであろう支城にマリア様が存命であることと兵力を集めて欲しいという旨を書いた」
「なるほどね、だけど余所者である俺たちがこのまま一緒にいていいの?」
「お前達はいにしえの守人だろう? それを無下にはできないだろう」
けれど、とギルがレイヴァンに言った。
「それでも、俺たちは余所者に相違ない。それでも、温かく迎え入れてくれるというのかい」
レイヴァンが押し黙る。そして、ああと答えた。
「“余所者”なんかじゃないだろ。お前達は、神話の時代より主に仕えているようなものなんだから」
「そういう考え方しますか」
前にレジーに問いかけた質問をぶつける。もしや、この男ならば知っているかもしれないと思ったからだ。
「ギルは、自分が守る〈装飾具〉がどこにあるのか知っているのか」
ギルは「知らん」と即答する。レイヴァンは、たちまち驚いてしまう。何でも、知っていそうな顔をしている割にあっさりと言い切った。ならば、知らないのであろう。
「守人は、自分が守る〈装飾具〉がどこにあるのか知らないものなのか?」
「さあ、たまたま俺とレジーが知らないというだけかもしれないぞ。それにこのエイドスの街にも守人がいる」
レイヴァンが思わず、目を開いてギルを見つめた。ギルは、片眼をつぶってみせてニヤリと笑う。それから、その守人ならば、〈装飾具〉の在処を知っているかもしれないと紡いだ後に瞳にわずかだが孤独が揺れる。
「なあ、レイヴァン。知っているか、俺たち守人は自然の声を聞くことだけではなく、その力を使うことが出来ると言うこと」
レイヴァンが頷いて「ああ」と答えた。それを横目で見やりつつギルは口を開く。
「守人に選ばれた人間は、人間の体の中にあってはならない物が体中を流れているんだ」
「あっては、ならないもの?」
「この赤い血の中に普通の人間ならば死んでしまう物質、水銀だよ」
レイヴァンが目を見開いた。息を吐き出しつつ、ギルは言葉を紡ぐ。
「それを錬金術師の誰かが見つけてね。水銀は、神の水とたたえられ不死の薬と呼ばれてきた。けれど、普通の人間にとってはただの毒でしかない。この水銀で多くの権力者が命を落とした」
レイヴァンはただ静かに聞いている。そこで、ギルは小さく笑う。
「だからかな、守人は普通の人に比べれば短命だ。それに守人には使命がある。主に仕えることはもちろんだが、次に守人に選ばれた人間に伝えるという使命がな。伝え終えたら、その守人は亡くなって新しい守人にその力が宿る」
レイヴァンが僅かに目を伏せる。つまり、ギルに教えを説いた先代の守人も亡くなっているのであろう。少なくとも、今守人の力を持っている人間に教えを説いた先代の守人は皆、亡くなっているという事になる。今まで教えを説いてくれた人間が亡くなってしまうのはどんな気持ちなのだろうか。レイヴァンの師であるクリフォードはおそらく、生きているであろうしマリアに錬金術をすべて教えたとしてもヘルメスが死ぬわけでもない。レイヴァンが黙り込めば、ギルはおどけたように笑ってみせる。
「なあに、これは自然なこと。お前が気を落とすことはない。それに昔に比べればまだ
といっても、錬金術師のせいで守人狩りが流行ったが、とギルは付け加える。黙って聞いていたレイヴァンだったが口を開いた。
「そうだな。それに、俺はマリア様のお力になってくれるのならば神の力だろうと、その力をお貸し願いたい」
ギルが息を吐き出す。それから、神様はマリアかもしれませんよと呟いた。レイヴァンはギルの方を見る。
「確かに、レジーも同じようなことを言っていた」
「神様がマリアで俺たちは神様をお守りするために側にいるに過ぎないかもしれない。ま、本当のところは何もわかってはいないですけど」
ああ、と答えてレイヴァンもベッドの上に横になる。そして、ランプの火を消した。バルコニーに隣の部屋から漏れ出した光がぼんやりと現れる。そのことに驚いて飛び起きるとレイヴァンは、部屋を出て隣の部屋の扉をノックする。けれど、中からは何も聞こえてこない。失礼します、と声をかけて中へ入ると中にはマリアが机の上に突っ伏していた。机上にはランプの明かりがともり、揺らめいている。眠るマリアのきれいな肌をランプが優しく照らしていた。そのマリアが敷いている物。錬金術の本である。こんな夜遅くまで、錬金術の本を読んでいたようだ。熱心だと言えば、聞こえは良いがレイヴァンはあまりマリアに夜遅くまで起きていては欲しくなかった。
レイヴァンは、マリアを抱き上げるとベッドの上へ寝かせて布団をかける。それから、ランプの火を消そうとしたとき。
「……レイヴァン」
言葉に驚いてマリアの方を振り返ったけれど、マリアの目は閉ざされたままだ。どうやら、寝言だったらしい。レイヴァンの心臓が少しばかり高鳴っている。だが、それには気づかないふりをしてマリアの方へ方向転換すると、ベッドに近寄り、そっと柔らかい絹のような頬に口づけを落とした。それから、小さな声で「お休みなさい」というとランプの火を消して部屋を出た。それから、胸の高鳴りもおさまらぬうちに部屋に戻るとベッドの中に潜り込んだ。ギルが不思議そうな顔をしてレイヴァンを見たが、特に何も言わず目を閉じた。
翌朝、マリアは朝食を終えるとアーロンに街を見たいと申し出て街を見て回ることにした。街は、たいへん賑わいを見せており平和だと思わざるを得なかった。けれど、街はどことなく暗い。ここも襲われるのではないかと懸念しているのだ。それを見ているとマリアの心も痛んだ。必ずこの国を再生させてみせる、と心に誓えば勇気がみなぎる。すると、「あー!」と間抜けな声が聞こえてきたと思ったらセシリーがこちらに向かってきた。彼女の手には、かごが下げられている。何か買い物でもしていたのだろうか。
「王子様! どうかしたんですか」
「この街をもっと見たいと思って」
「そうでしたか、いい所でしょう。私はここが好きです。王妃様にはとても感謝しています。教会に捨てられていた私を王妃様が面倒を見てくれて錬金術を学びました」
「母上から錬金術を学んだのか」
「ええ、バートという方から錬金術を学んだと申しておりました。それで、私が独り立ちできるようにと錬金術を教えてくださいました」
嬉しそうにセシリーは話す。それを嬉しく思いながら眺めているとヘルメスがそっとかごの中をのぞき込んだ。そして、爆薬でも作るのかと問いかける。
「あなたも錬金術師なのですか?」
「俺はバートから直接、錬金術を学んでいたがな。だが、他に錬金術師を見るのは初めてだ」
セシリーは、頬を紅潮させる。
「私も他に錬金術師を見たことがございませんでした。嬉しいです」
「これは、ここで売っている物なのか」
ヘルメスの問いかけにセシリーが首を横に振る。そして、「いいえ」と答えて街の外へ出て採ってくると言った。
「街の外へ行くのか」
マリアが驚いて、問いかけると
「この玉があるから平気です。もしものときは、この玉を地面にたたき付けて煙を起こしてその間に逃げますから」
嬉々としてセシリーが答える。マリアはその玉をまじまじと見つめる。
「調合してみますか」
「いいのか?」
「はい、錬金術師はあなたのように好奇心の塊ですから。研究という物はまず、これはどういうことなのだろうという疑問から始まります。その疑問から研究が始まり、材料や素材を集めては物を作る。そういう学問なんです」
マリアの目が一際輝く。すると、女性がセシリーに声をかけてきた。
「セシリー、なにやってるの?」
セシリーは、笑みを浮かべて振り向き「クレア」と女性の名を呼んだ。女性ことクレアは、長い栗毛色の髪を三つ編みにして二つに分けている。肌は少し焼けていて田舎娘の風貌だ。何より、服がそもそもこの国で親しまれているディアンドルの衣装だ。この国に住む街の娘であれば、誰もが着ている服装である。何ら不思議なことはない。けれど、彼女の視線がまるで刃のように強いためであるからか、何だか不思議な感覚に襲われる。本人であるクレアは、特に気にした様子もなくセシリーに近寄る。その手にはかごが提げられている。彼女は買い物でもしていたようであった。
「この子は……」
クレアはつぶやいて、マリアを見つめる。威圧的に見据えられ思わず、マリアが体を強ばらせると「かわいい」と声を発してマリアに抱きついた。レイヴァン達も驚いて言葉を失ってしまう。
「きゃー、かわいい。こんな子がこの世に存在するのね。世界もまだまだ捨てた物じゃないわ」
そんなクレアを見つめ、レジーとギルは顔を見合わせる。何か言おうとギルが口を開いたけれどクレアは、まだ買い物の続きがあるからと皆に別れを告げて走り去る。空いたままの口を何とか閉じてギルは、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。それから、マリア達はセシリーに言われ、支城に戻り研究室に入る。そこは、簡素な部屋で研究の材料や器具が所狭しと入っている。周りをきょろきょろとマリアが見回している間にセシリーが素材と器具を机の上に並べる。出来ましたよ、とセシリーが声をかければマリアはセシリーの言われたとおりに調合していく。仕上げはセシリーが行って出来た玉をマリアに渡した。その玉をマリアは嬉しそうに手に取る。
「どうですか、はじめての調合は」
「楽しい! もっと錬金術について学びたい」
「では、この支城にいる間だけでも錬金術についてお教えします。それに、嬉しいです。王子が錬金術について学ぼうとしてくれること」
マリアもまた嬉しそうに微笑んでいた。そのずっと後ろの方にレイヴァン達もいた。ヘルメスは興味深そうにセシリーが書いた羊皮紙に目を通していた。それから、面白いと呟く。
「セシリー、この花の爆薬というのは何なんだ?」
ヘルメスの方を振り返り、セシリーはにこりと微笑んだ。
「それは、夜の空にお花を満開に咲かせるんです。爆弾で打ち上げてぱっと花を開かせます」
「一体、どうやって」
「それは秘密です」
いたずらに笑い人差し指を立てる。そして、今夜がお花が咲くから楽しみにしていてくださいというとにこりと微笑んで見せた。ギルは、ほうと感嘆にも似た息を漏らす。
それから、マリアはセシリーに錬金術を学びながら調合を続けていた。そのまま夜になってセシリーはどこかに行くとマリア達は夕食を食べる。食べ終えるとセシリーに言われたとおり街へ降りた。すると、爆発音と共に空へ何かが打ち上がる。それは光を放ちながら花の形を彩っていた。
「すごい」
マリアが思わず感嘆にも似た息を漏らす。すると、そんなマリアの元へクレアが近寄ってきた。
「すごいでしょう、これはセシリーが研究して作った物なんですよ」
「そうなのか、何だか面白そう」
言ったマリアにほほえみかける。そんなクレアの肩をギルが叩いた。
「よう」
「何よ」
「あんた、守人だろ」
マリアが驚いて顔を上げる。クレアは面倒くさそうに髪をかき上げるとギルを見た。それから、マリアの方に向き直り淑女のようにディアンドルのスカートの裾をつまみ上げてお辞儀をする。夜風がいたずらにクレアのスカートをもてあそんだ。すると、スカートがめくれて中にあった短剣があらわになった。
「はじめまして、『我らが王』よ。私は〈地の眷属〉の守人、クレア。以後、お見知りおきを」
「それは、わたし達と共に来てくれるということなのか」
「ええ、もちろんですとも。あなたのように可愛い方が主で良かったです」
「ああ、よろしく頼む」
あいまいにマリアが頷く。すると、マリアの後ろにいたレイヴァンがやれやれとため息を零した。
すると、クレアはレイヴァン達に気づいて軽く挨拶をした。そんな中でも夜空には花が満開に咲き誇っている。爆発音が止まってしばらく立つとセシリーがマリア達に駆け寄ってくる。
「どうでしたか」
「とっても、良かった! わたしもそんな錬金術を行いたいな」
マリアがそう答えればセシリーは、嬉しそうに微笑んだ。それから、へらりと笑う。無邪気な笑みは、やはり子どものようで可愛らしい。それから、クレアに目を向けた。
「いつの間に仲良くなったの?」
「えへへ、セシリー。私、この人たちと一緒にここを旅立つことにしたから」
「え!? そうなの、じゃあ珍しい植物とかあったら採ってきて!」
嬉々としてセシリーは言う。すると、クレアは困ったように微笑んだ。
「私、きっと当分の間は帰って来れないから。それは無理よ」
「そっかあ残念。だけど、元気にね」
「うん、私だもの。大丈夫よ」
セシリーは悲しそうであるけれど、笑顔をクレアに向けていた。そして、セシリーはふと何かを思いついたようでかばんを漁る。かばんから出てきた手には細長い管のような物が手に握られている。
「それは?」
と、マリアが問いかければセシリーはにっこりと微笑んで答える。
「これはちょっとした脅かし花火です。いいですか」
そう言ってセシリーが細い管の先に火を付けるとパチパチと音を立ててはじけ始めた。そのことに皆は驚いてしまう。
「これを足下に投げてやれば、相手の目線がそっちに向いてその間に逃げ出せるという優れものです」
「へえ! その調合、わたしでも出来るのか?」
「ええ、もちろん! これは先ほど作った爆薬よりも簡単なんですよ。明日、教えますね」
「ありがとう、セシリー」
マリアは満面の笑みで、答えてパチパチと燃える火花を見つめる。ふとギルが見上げた闇色に染め上げられた空は、何も映さずただ静寂を守っていた。
次の日、マリアは約束通りセシリーに脅かし花火の作り方を教わっていた。他にもその他諸々の爆発物や毒物についても教わっている。マリアが一生懸命に学ぼうとすれば、セシリーもまた教えがいがあるのか分の持っている知識を教えた。そんなセシリーのとなりでヘルメスも補足を加えながら説明する。
マリアは、とても知識を飲み込むのが早く二人を驚かせていた。レイヴァン達はというとその間、支城で何か異変が無いかどうかを探っていた。それほど長い間、ここにとどまっているわけでもないが一日でも長くとどまりすぎるとコーラル国が聞きつける危険性がある。それを考慮してのことだった。たたでさえ、こちらの行動を読んでいるかのように追っ手が来るのだ。ここにいることもばれている可能性が高い。
マリアもあまり長居してはいけないことをわかっていたため、早く錬金術が身につくようにと夜中も本を何度も読み返した。
さらに日が開けて、セシリーにある程度、錬金術について教えてもらうとエイドスを旅立った。お供にクレアを加えて。
「それで、姫様はこれからそうするつもりなの?」
クレアは、道中で問いかけた。マリアは次の支城へ向かうと告げる。エイドス支城では、そこにいる人達にレイヴァンからマリアの力になってもらえるよう頼んだ。皆は賛同しその日に備えて色々と準備してもらえるようだ。セシリーは爆薬づくりで大変そうだった。
「セシリーには迷惑をかけてしまったかな。忙しかったのにわたしが、錬金術を教えて欲しいなんて言ったから」
「そんなことないわよ。あの子、錬金術が大好きだから。錬金術を学ぼうとしている人がいるなら誰であろうと喜んで教えると思うわ」
良かった、とマリアが漏らす。すると、クレアのとなりにいたギルがあんな可愛い子が一緒なら良かったのにと呟いた。そんなギルにクレアが
「お前なぁ……」
「ふんだ。ねえ、レイヴァン。次はどこの支城へ向かうの?」
クレアはギルを放っておいて、レイヴァンに問いかける。すると、レイヴァンは「ああ」と息を漏らして答えた。
「ここより、少し遠いがシプリンにある支城へ向かおうと思う」
了解とクレアは言って、敬礼してみせる。とても楽しそうな顔をしていた。そんなクレアに、外へ出るのは初めてなのかとレイヴァンが問いかける。
「初めてではないけれど、あまり出たことがなかったから。だから、すっごく楽しみなの!」
わくわくという表現がぴたりと当てはまる、そんな様子であった。足下もなんだかスキップし出しそうな勢いだ。クレアにレイヴァンが苦笑いを浮かべる。
「あまり街はいけないぞ。遠回りしながら行っているからな」
「わかってる、わかってる。だけど、楽しいんだもの。姫様はかわいいし!」
そんな二人の様子をマリアが後ろから眺めていた。青い瞳は、どことなく悲しそうにも見える。どうかしましたか、と復活したギルが問いかければ少し目を細めた。
「いや、少し寂しいなと思って」
ああとギルは前を行く二人を見て呟いた。それから、にやりと口角を上げたと思ったらマリアの肩に手を回して抱き寄せる。顔が近づき、お互いの息をすぐ近くで感じる。
「ねえ~、姫様。あの二人のことは放っておいて二人で仲良くしましょうよ」
わざとらしく言えば、前を行く二人が同時に
「姫様を離しなさい!」
クレアが言ってもギルは手を離さない。それどころか、離さないように手をきつくしている。たちまち、マリアの頬が赤く染め上げられた。そのことにさらに、レイヴァンの機嫌が悪くなっていく。ギルとクレアはレイヴァンの様子に気づいていたが、マリアはまったく気づいてはいなかった。それよりも、ギルに抱き寄せられているという事実に逆上せてしまって、それどころではなかったのだ。
とうとう我慢ならなかったのか、レイヴァンが強引にマリアを引き寄せた。
「ギル、あまりそういうことをするな」
「何でですか、あなたがとられるのが嫌なだけ何じゃないですか」
瞬間にレイヴァンの眉がぴくりと動き、そんなわけがないだろと答えた。マリアはというと、今度はレイヴァンの腕の中でときめきっぱなしである。
「マリア様、大丈夫ですか」
腕の中にいるマリアに問いかけると、ちいさな肩がびくんとはねた。小動物のような動きにレイヴァンは、思わず頬を少し染めた。むろん、マリアは気づかない。そんなレイヴァンをギルがにやにやと見つめるものだから、汗をうかべつつ「何だ」と問いかけるとほくそ笑んで「別に」と答えが返ってきた。それから、さっさと前を進んでゆく。後ろからクレアが駆け寄って、何やら話し掛けていた。
少ししてマリアがようやく落ち着きを取り戻すと、騎士の名を呼んだ。
「どうかなさいましたか」
「そろそろ、離してもらえるか」
マリアに言われ、肩を抱いていた事に気づく。慌てて離せばマリアもほっとした表情に変わった。それから、「ギル相手にそこまで警戒しなくてもいいのに」と言った。レイヴァンが少し顔を歪める。マリアの言葉にレイヴァンは、我知らずうちに「何もわかってない」と呟いた。マリアが首を傾げたけれど、歩き出したレイヴァンにならって歩き出した。後方にはレジーとヘルメスがいる。
「あのお姫様は、皆から好かれているのに気づいていないのか?」
ぼそっとヘルメスが言えばレジーは、自分がそういう目で見られているなんて思いもしていないのだろうと答える。その答えにヘルメスは、頷いた。きっと、そうなのだろう。ヘルメスは偶然、マリアと出会い助け出されたが彼女は実に魅力的な女性であることには違いない。差し伸べられたあの手をヘルメスはまだ昨日のことのように思い出せる。そして、あの小さな手に救われたのだと思わざるを得ないのだ。
ヘルメスが思わず足を止めて空を見上げればレジーもまた立ち止まる。どこまでも続く青い空には、雲の欠片すら浮かんでおらず薄い青の光で満ちあふれていた。
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