第四章 七つの眷属
「だけど」
マリアが自らの服を握りしめる。たちまち、マリアの上質な服にしわがよってしまう。それを気にとめることもなく
「レイヴァン、わたしはこのまま武器も使えないままなんて嫌だ! たとえ、父上や母上を傷つけてしまう選択だとしても、わたしはひけない!」
「……マリア様」
「わたしは、“生きるために”武器を持ちたい。レイヴァンの言いたいことも分かるんだ。だけど、レイヴァン。わたしはお前を失いたくはない」
レイヴァンがまたひとつ、息を吐き出した。けれど、今度のマリアは体を強ばらせることもなくまっすぐにレイヴァンを見つめている。
「俺は王の命令であなたに武器を教えることは出来ません。が、レジーはまったく関係ございませんから」
その言葉にマリアの頬に、少しばかり明るい色が浮かび上がる。
「ありがとう、レイヴァン」
「何のことですか? 俺はこのことに関しては、全く干渉しておりませんので」
レイヴァンに小さく微笑んで見せて、すぐさまレジーに頼み込む。
「レジー、わたしに武器の使い方を教えてほしい」
レジーはマリアに腰に下げていた
「オレは、この人のように剣はあまり使えないので弓しか教えられませんが」
「かまわない。それだけでも、十分だ」
少し遠くからその様子を見ていたレイヴァンだったが、ふと険しい表情を浮かべる。
「ところで、マリア。これから、どうするの?」
「これからって、それは弓の練習をしながらオブシディアン共和国に」
口にして気がついた。オブシディアン共和国に行くように道を示したのは、正騎士長クリフォードだ。そして、さっきマリアが刺した男がクリフォードはコーラル国の間者(スパイ)だと言った。
「だけど、あの男が嘘を言っている可能性だってある。正騎士長がそんな人ではないことをわたしやレイヴァンが一番よく知っているもの。ね、レイヴァン」
どこかを見つめていたレイヴァンは、はっとしてマリアの方を振り返る。
「ええ、そうですね。とりあえずは、オブシディアン共和国へ向かいましょう」
「うん、行こう。だけど、馬がもう一頭しかいないね」
どうしよう、と漏らすマリアにレイヴァンが微笑んで見せて馬に一むち打った。馬は一啼きするとイリスの家の方向へ戻ってゆく。
「ああっ、馬が」
「大丈夫です、ちゃんとイリスの元へ戻っています」
感嘆のような息を漏らすマリアにレイヴァンが答えてみせる。
「だけど、馬がいなければ」
「馬はいない方がいいでしょう。確かに、いたほうが楽だとは思いますが、馬が一緒だと目立ってしまうでしょうし。我々は、あまり目立つわけには参りませんので」
レイヴァンの言葉にマリアは、納得せざるを得ない。そして、頷いて見せた。
「じゃあ、歩いて行こう。レイヴァン、何から何まで甘えっぱなしですまない」
「いいえ、かまいません。俺はあなたの専属護衛ですから」
マリアは頷いてレジーに声をかける。
「そろそろ、出発しよう」
マリア達は、早々に立ち去ることを決めて歩き出した。レジーは、二人の少し後ろを歩きつつ辺りを警戒している。何かを感じ取っているのかもしれない。レイヴァンだけがそれに気づきつつマリアの隣で歩いていた。
人目の着かない場所で休憩することにすると、マリアはレジーに駆け寄る。
「レジー、弓の使い方を教えてくれないか」
「はい」
レジーは答えてマリアに弓の持ち方や弦の引き方を教える。マリアはそれにならって弓を構えた。そして、木を的にして射てみる。けれど、矢は木にあたるどころか、手前でひょろひょろと地面へ落ちた。
「最初はこんなものですよ、マリア」
「だ、大丈夫! 次は当てる」
力強く言ってまた弓を引くけれど、ひょろひょろと地面へ落ちた。それを見ていたレジーであったがレイヴァンが獲物を掴まえてきたのでそれを調理すべく場を離れた。変わりにレイヴァンが弓を引くマリアの監督をする。けれど、マリアの弓は力もなく弱々しく地面へ落ちてしまう。
顔を歪めてうつむくマリアに「降参ですか」と声をかければ「まだまだ」と意気込んで弓を引いた。けれど、やはり弱々しく地面へ落ちる。その矢をレイヴァンが拾った。
「情けないと思うか。自分から進んで武器を持つと言ったのに」
「いいえ、最初はそんなものです。毎日、弓を引いていればそのうち力も付いてきますから」
「レイヴァン、やはりわたしはお前に助けられてばかりだな。いつだって、お前はわたしの側にいた。それに、今だって」
うつむくマリアにレイヴァンが、そっと声をかける。その声は、甘く優しい声であった。
「いいえ、俺は自らあなた様をお慕いしております。ゆえに俺はあなたをお守りします。あなたは、俺の主なのですから」
ゆるやかに跪く。そのいつも見慣れた景色であるはずなのに今は、とても尊く感じられた。だから、思わずマリアはレイヴァンに抱きついた。けれど、その抱きつき方は柔らかく優しい。
「本当に、お前が一緒で良かった。わたしは、ここまで言ってくれるお前を失いたくはない」
レイヴァンがマリアの言葉に目を細めた。そして、そっとマリアの背中に手を回した。
「俺だって、あなたを失うわけにはいかないんです。城にいたころからずっとあなたを誰よりも近くで守っていたのですから」
マリアの青い瞳から宝石のようにキラキラと輝く涙がこぼれ落ちる。その涙は、たちまちレイヴァンの服の中へ吸い込まれてゆく。
「レイヴァン……」
「どうかなさいましたか?」
「ううん、レイヴァンの体ってこんなに大きかったんだな。いままで全然、意識してなかった」
くすり、とレイヴァンが小さく笑う。
「それはそうですよ。俺は、男ですから。それに、あなた専属護衛なのですよ。あなたを守る男が貧弱な男でどうするんです?」
「ああ、そうだな。わたしのわがままを叶えてくれるような男はレイヴァンぐらいしかいないもんな」
レイヴァンの無骨な手がマリアのしなやかな腰を愛おしそうに撫でる。そのことにマリアの体がびくんとはねた。
「今更、そんなことに気づくなんて。遅いですよ、マリア様」
「れ、レイヴァン?」
レイヴァンはマリアをきつく抱きしめる。その手は、緩まない。それどころか、逃がさないようにマリアを抱きしめている。レイヴァンの腕の中でマリアは、頬を真っ赤に染めてレイヴァンの服をぎゅと握りしめた。
(レイヴァンに抱きしめられていると前は、あんなに落ち着いたのに今は全然、落ち着かない。それどころか、心臓が破裂してしまいそう)
そんな風にしているマリアを知ってか知らずかレイヴァンは、愛おしげに髪を撫でた。少しばかりマリアの体が震える。
(でも、ずっとこのまましていたいなんて思っている自分がいるなんて)
恥ずかしそうしているとレジーが、二人の空気を壊すように声をかけた。
「ごはんの支度、出来ましたよ」
マリアとレイヴァンは、体を離すとレジーの方へ向かう。すると、なんとも香ばしい香りがあたりを支配していた。
「いいにおい。やっぱり、レジーは料理が上手だね」
言ってマリアは食事を始める。レイヴァンとレジーも食事を始めた。
少したって食事を終えると十分ほどに小休憩をしてまた歩き始める。三人は、道無き森の道を進んでゆく。夜になると暗い森の奧に身を潜めて闇の中で食事を終えるとレイヴァンとレジーは、眠りに落ちた。マリアは、眠ったと見せかけてむくりと立ち上がると二人から少し離れて木を的にして弓を引く。
矢に鋭さが増すものの木に突き刺さらない。けれど、マリアの瞳が矢の切っ先のように鋭くさせる。そして、また弓を引いた。すると、矢が木の付け根に突き刺さる。少し喜んだもののすぐに表情を引き締めた。今は夜なのだ。この喜びを誰かに伝えたいものの、まだ木の根元に突き刺さっただけ。まっすぐ、木に届かなくては意味がない。そう切り替えると、また弓を引いた。
矢が下の方ではあるが木に突き刺さる。
(まだだ。もっと、真っ直ぐ突き刺さるようにしなければ。もっと、真っ直ぐ)
マリアの指に細かく小さな傷が出来ていた。矢を放つときに出来たものであろう。痛いはずであるが、それを気にした様子もなく矢を射る。ギリギリと弦が音を立てた。そのとき、頭上の木々がざわめく。その闇色に染め上げられた黒の木々は、まるで観客のようにマリアの矢を眺めているようであった。
ざわりざわり、とざわめくその様は歓声のようである。
少しばかり乾いた音がマリアの耳に届いた。そして、矢を放った木に近寄る。木には、確かに矢が突き刺さってはいるが真っ直ぐには突き刺さってはいなかった。まだ下の方に突き刺さっている。
(まだ、か。もっと上の方に突き刺さっていれば、少しは自信を持てるのだけれど)
地面に落ちている矢を拾い集めて突き刺さっている矢を引き抜いた。そして、
(わたしは、強くならなくてはならない。わたしのためにも、レイヴァンのためにも。失うわけにはいかない、何も。わたしはレイヴァンの想いを踏みにじりたくはないのだから)
マリアの手から離れた矢は、空を切り木に突き刺さる。また木がざわめいた。
「ふう」
大きく息を吐き出して、空を見上げた。墨を流したような空には、ぽっかりと大きな弓張り月だけが浮かんでいる。それを見上げた。けれど、また弓をかまえて矢を放つ。
今度は先ほどより上に矢が突き刺さった。少し喜びはしたものの、また矢をつがえて放つ。それをずっと繰り返す。それを見ている黒い影が一つ。レイヴァンであった。レイヴァンは、ずっとマリアが練習している様子を見ていたのだ。マリアには眠っているように見せかけていたが、狸寝入りをしていたのだった。
(マリア様がここまでなさるとは。一体、何があなた様をそこまで動かすのですか。マリア様)
マリアの弓を引く音を聞きながら、レイヴァンが心の中で思う。けれど、それに答える声は無かった。結局、マリアが眠ったのは陽が昇ってからだった。
四時間ほど眠るとマリアは起きて、何でもないように二人にけろっと言ってみせる。
「すまない、寝過ぎたみたいだな」
そんなマリアにレイヴァンは素知らぬふりをして返事を返す。
「いいえ、お疲れでしょうし。かまいませんよ」
返事を聞いてマリアは、もう一度「すまない」と謝るとレジーが作ってくれていた朝食を口にした。レイヴァンとレジーは、とっくに食べ終わっているらしく何やら辺りを警戒するように見回していた。それを眺めつつマリアの青い瞳が悲しげに伏せられる。
(わたしは、守られてばかりだな、いつだって)
自分の無力さを嘆いているとレイヴァンが、こちらの様子に気づいたようでマリアの方を見つめる。けれど、本人は気づいていないようで思い詰めたような顔をしていた。レイヴァンは、マリアにそっと跪く。
「何か気になることでも?」
「いいや、特には。どうして?」
「あなた様があまりに憂いを帯びた表情をなさっておられたので」
マリアの青い瞳がこれでもか、というほどに見開かれる。宝石のようにきれいな青い瞳が、くりくりとレイヴァンを映し込む。そして、困ったように細められた。
「そんな顔、していただろうか」
(なんだか、レイヴァンにすべて見透かされているような気分。この人には、わかってしまうのだろうか。けれど、彼に甘えてはいけない。わたしは、常に毅然としていなくてはならないのだから)
レイヴァンの瞳が、すうと柔らかくマリアを見つめる。その視線だけでも、マリアの心はほぐれてしまいそうだった。彼に全てを預けて生きることほど楽な生き方はないだろう。けれど、それはやはり人として恥ずべき生き方だ。そう自分を戒めるとマリアは、顔を上げた。
「お前には色々心配ばかりかけてしまうな。けど、レイヴァン。お前だって、わたしばかりに気をかける必要はない。お前をこれ以上、わたしのせいで縛りたくはないんだ」
「俺はあなたに縛られているなどと思ったことはございませんよ」
「お前は優しいから、そういうことを言うだろう? 今だってわたしはお前を縛っているというのに。お前が優しいとわたしは、お前に甘えたくなる。優しさに全てを委ねたくなるんだ」
目を伏せたマリアにレイヴァンの指がマリアの薄い金の髪を絡め取る。その仕草にマリアの鼓動が大きく波打つ。
「なら、委ねてください。あなたの全てを俺は受け入れますから。だから、臆病になんかならなくていいんですよ」
マリアがレイヴァンを見上げる。すると、そこには朝の日差しのように柔らかな微笑みを浮かべるレイヴァンがそこにはいた。
「お前はやっぱり、優しすぎるよ」
マリアが呟けばレイヴァンの無骨な指が、ガラス細工でも扱うようにマリアの薄紅色の唇をなぞる。血色の良い唇がレイヴァンの指で少しばかり白くなる。その指先を全身で感じているかのようにマリアの鼓動が早くなった。どくどくと全身が心臓のようになった感覚にマリアは、頬を紅潮させてレイヴァンの視線から逃れるように視線を外す。
「マリア様、どうか俺をお側においてください。俺はあなたがいるから戦えます。あなたの側にずっといさせてください」
「お前が望んでくれるのなら、わたしはそれ以上に嬉しいことはない。けど、レイヴァン。それでいいのか? 本当にわたしの側にずっといてくれるのか」
マリアが問いかければ、「何を今更」と言いたげにマリアに答える。
「ええ、あなたを誰よりもお側で守るのは俺の本望なのですから」
しばらく呆然としていたマリアであったが、食事をさっさと済ませると立ち上がりレイヴァンとレジーに告げた。
「そろそろ、向かおう。レイヴァン、ありがとう。わたしは、あまりにも周りに恵まれすぎている気がするな」
マリアの言葉はレイヴァンの耳に届いたが、それに返す言葉はなかった。あまりに頼りない自分よりもずいぶんと小さな背中が今にも泣き出しそうで消えてしまいそうで、返す言葉すらも忘れてその背中を眺めていた。
荷物をまとめて歩き出してレイヴァンが地図を広げた。地図には、ベスビアナイト国と国境付近の国が描かれていた。それをマリアはのぞき込む。
「マリア様、少し遠回りをすることになりますがいいですか?」
「それはかまわないよ。それに、自分が今どういう状況なのか自分は分かっているつもりだ」
「そうですね、マリア様が聡明で助かります。では、山沿いを参りましょう。シトリン帝国の国境沿いになってしまいますが、ここがまだ安全です」
「わかった」
と、マリアが頷けば三人の道順が決まる。こうして、三人はまたオブシディアン共和国に向かって歩き出した。
***
ちゃらり、と鎖が音を立てた。少し手を動かせばこんな調子であるからすぐに看守の耳に入る。目の前にある鉄格子は、さび付いていて閉じこめている人間の鼻を鉄のニオイがくすぐる。けれど、そのニオイにすら慣れてしまうほどにここに長い間、閉じこめられているものだから鼻の感覚がおかしくなっている。吹き抜ける風は冷たいが寒いという感想すらも持たないほどに肌の感覚も鈍っている。
看守は時折、こちらを見てはまるで汚れ物でも見るように眺めている。それを“彼”は薄いまぶたの隙間から眺めた。けれど、何の感想も持たずただじっとしていた。手には手枷、足には足枷がついている状態だ。無理に動かせば、手首と足首が青くアザになることだろう。けれど、彼はそんなことは気にはしていないらしい。いつでも出ることは出来る、という余裕を彼からは感じられる。だが、時を待っているかのようであった。すると、彼の前にたいまつを持った男が現れる。
「いまわしい錬金術師、ヘルメス。お前も父親、バートのように処される。せいぜい、神に祈りでも捧げるのだな」
すると彼ことヘルメスは、にやあと不気味に笑みを浮かべた。男は少しばかりたじろぐ。
「と、とにかく、お前も近いうちに処されるのだ! 妙な術を使う妖しげな者達を放っておく訳にはいかぬ!」
捨て台詞を吐くと男は去ってゆく。ヘルメスの様子は変わりなく、不気味な笑みを浮かべていた。看守はたじろぐものの仕事だからかヘルメスを見張る。静かな牢獄がまた静かな静寂に包まれた。
***
マリア達一行は山を登っていた。慣れていないものだから、マリアの足取りは重い。また汗が体中を伝っていた。けれど、イリスからもらった顔を隠すためのフードが着いた外套を取るわけにもいかず、だらだらと汗が体中を伝っていた。そんなマリアをレイヴァンは、気遣う余裕すらある。レジーもまた然り。二人は山道には慣れているらしい。マリアだけは二人から少し後れを取っていた。
「はあ」
思わずため息にも似た息を吐き出せば、レイヴァンがマリアを気遣う。けれど、マリアは「何でもない」と答えてはまた足を動かす。あまりもたもたもしていられないのだ。その感情がマリアを突き動かす。
休憩したい衝動を押し殺してマリアは、少しずつでも足を動かした。けれど、マリアの足が悲鳴を上げ始める。何とかこらえて歩くものの、レイヴァンにはお見通しらしい。レイヴァンは、マリアを抱き上げると歩き出した。
「大丈夫だから、降ろしてくれ」
「いいえ、足が痛いのでしょう? あまり無理をされてはいけませんから。まだまだこれからも、歩きますし」
「ごめんなさい」
子どものように甘えかかるような声。それから、砕けたものの言い方。マリアの仮面が外れた瞬間だった。その子どもらしい声と言葉にレイヴァンは、ほっとしたような言葉を紡ぎ出す。
「それでいいのですよ、マリア様」
「え?」
「王子のように振る舞うのは疲れるでしょう? 俺の前ぐらいは“お姫様”でもいいんですよ」
マリアのきれいな瞳が少し大きく開かれる。けれど、レイヴァンは前を見据えて歩いていた。マリアは、気づかれないようにそっとレイヴァンの服を握りしめる。その事に気づいたものの何も言わずに黙って歩いていた。
夜になるとマリアは、疲れたのか早々に眠ってしまう。レジーは薪の火をぼんやりと眺めていた。レイヴァンもまた寝付けないのか火を眺めている。
辺りは闇に包まれて起きているのは夜行性の動物たちと彼らだけのように感じるほどに周りは木々に閉ざされている。時折、鳥と獣の声が響いていた。そんな中、レイヴァンは声をかける。
「レジー、お前は〈風の眷属〉の守人だと言ったな」
「ああ。オレ達、〈風の眷属〉の守人は代々、風の声を聞く力を授かる」
「風がマリア様をお助けせよと?」
「ああ、風が言っていた」
「今まで、こんなことはあったのか?」
レイヴァンがそう問いかければレジーは、緩やかに首を横に振る。どうやら、こんなことは初めてらしい。
「風は確かにどこで何があったなどオレ達に伝えてくれるが、こんなことは初めてだ。誰かをお助けしろ、なんて」
レイヴァンが黙り込み、しばし考え込む。
「マリア様に何かあるのだろうか」
呟くとレジーが少しばかり興味深そうにレイヴァンを見つめた。そして、口を開く。
「あるかもしれない。七つの神器の話をお前は知っているのか?」
「ああ、女神が身につけていた七つの装飾品だろう?」
レイヴァンが頷けばレジーは、マリアの寝顔をそっと盗み見る。
「もしマリアがその女神の生まれ変わりだとするならば、あり得るかもしれない」
「マリア様が女神の?」
「ああ。あの神話に出てくる女神の話には民間に伝わっていない話があるんだ。〈眷属〉を守る物だけに伝えられている話が」
「何だ?」
レイヴァンもまたレジーと同様にマリアの寝顔を盗み見る。そこには、寝にくそうではあるがぐっすりと眠る少女がそこにはいた。
「民間に伝わっている物は、女神が国を盛り立てたところで話が終わっているだろう? あの話には続きがあってな。女神が世界を救ったときに身につけていた神器がなぜ〈眷属〉というか知っているか?」
「確か、それぞれ七つの絶対なる力から生み出された神器であるから〈眷属〉と呼ぶのがふさわしいじゃなかったか?」
うなづいてレジーは、水・火・地・風・木・金・闇の七つで地方によっては火は光になっている場所もあると説明する。七つの眷属が女神の消えた日に我々、守人に夢で『この地に災いふりかかりしとき、乙女が現れてこの地を救うであろう』とお告げが下ったと言辞がつづかれた。
「つまり、マリア様がそうだと?」
「可能性が無いわけではないだろう」
レジーの言葉にレイヴァンの瞳は、険しい。そして、「もしそうだとしたら」と言葉を紡いだ。
「この地に災いが起こるというのか?」
「さあ、オレには何とも。オレはただ風が示すままに旅をしているだけだ」
「そういえば、お前が守っている〈風の眷属〉はどこにあるんだ?」
なんとなく問えば、レジーは「さあ」と答えた。レイヴァンは思わず顔を歪める。
「知らないのか? お前は〈風の眷属〉の守人だと言っただろう」
「ああ、オレは確かに〈風の眷属〉の守人だ。だが、どこにあるのか知っている先代の守人がどこにあるのか告げずに亡くなったためにオレは知らないんだ」
「そうか、すまない」
「なぜ?」
「いや、嫌なことを思い出させてしまった」
レジーは気にしていないのか、ぼんやりとレイヴァンを見る。
「気にしていない。それよりも、これからどうするかが大切なんじゃないのか。マリアは城を追われて命からがら逃げてきたと言っていた。その途中でお前と会ったとも」
「ああ」
「これから、どうするんだ? 手紙にあった男がもしいなかったら」
レイヴァンはマリアの方を見る。マリアの薄紅色の唇が薄く開いてレイヴァンの名を呼んだ。寝言のようだ。
「俺たちには戦力が必要だ。その人間を捜すことがこの旅の最重要事項。旅をしながら、仲間を集めるさ」
「そうだったな。果たして、何人の人間が、この方にお仕えするのか」
レジーが呟くと、マリアの体が寝返りを打った。
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