第1夜 6
経堂は三人に向かい、少しためらいながら続ける。
「あのさ……面倒かけついでで悪いんだけど──よかったら今夜、コイツを一緒に見ててくんねぇかな? 俺一人じゃ正直おっかねぇし自信ないんだ」
響希は問い掛けるように二人を振り返る。蓮と敦士は同時に頷いた。蓮が経堂に話しかける。
「構わないよ経堂。俺がアンタだったら間違いなく同じように思うもん」
経堂は頭を下げた。
「すまねぇ、何から何まで面倒かけちまって」
それに答えて響希が
「いや、経堂。こんな風になっちまった奴が夜中に暴れたり自殺しようとしたりな──そういう事態も実際あったんだよ。一人より四人、その方がいい。何かとケアしやすいしな。お互い様だろ?」
「すまねぇ、恩にきるよ」
「ところで響希?」
蓮の言葉に響希が振り返る。
「何だ、蓮?」
蓮はカイを見下ろしながら
「あのさ。カイって確か部屋を出る前にカメラを持って行ったよね? あれ、どこにやったんだろう?」
敦士が部屋を見回しながら
「そう言えば……! 近くには落ちてなかったよな?」
「もしかすると、あのカメラに何か写ってんじゃないかな?」
蓮の言葉に敦士が叫ぶ。
「あ、そっか! その可能性は高いよな」
「探そうよ。きっとその辺に落ちてるハズだよ」
三人が頷き、カイの転がり出てきたクローゼット近辺から捜索が開始された。そこにカメラはなく、天蓋の部屋を出て廊下を探索していた敦士が階段の隅に転がっていたカメラを見つけた。
「あ。あったあった。何でこんな所に放り出されてんだぁ?」
四人はカメラを囲んで座り込んだ。
「そこそこ録画されてんな。最初から見てみっか」
敦士がボタンを押す。
千鳥足のカイがフラフラと撮影していたため、画面はブレたり揺らいだりしている。
「オエ。ひっでぇ映像。酔っちまいそうだ」
敦士がこぼす。
一階をあちこち撮影しながら、時々カイの音声が混じる。
「あ~い、こちらがガガ……ん? 和室でガガ……~ん。……ガ……何か陰気臭……ガガガ……ね~」
「随分と雑音が混じってんなぁ? 風のせいか?」
響希が画面を凝視しながら
「……いや違う。ノイズだ。多分、霊障ってやつだな」
「霊障?」
蓮の問い掛けに響希は頷いて
「よくあるんだけどな。こういう場所だとやたらと電気系統のトラブルが起こるんだ。照明が消えたりカメラが作動しなくなったり、映像にその時には聞こえもしなかった妙な音や映像が入り込んでたり……。多分、これもその類なんだろう」
「うわ見ろよ、コレ!」
敦士の叫びに再び画面に目をやると、カイがカメラを向けた窓の隅に、はっきりと人の顔が写り込んでいる。
「……うわ……めちゃめちゃハッキリ写ってんぞコレ……ひぇー寒っ!」
両肩を抱え込んで敦士が腕をさする。
窓の右上に、睨むような表情で白い顔だけが浮かび上がりこちらを見ていた。
「すごい……これが心霊動画ってやつなんだ。こんなにはっきりと写ってんのに……カイには見えてないのかな?」
蓮の疑問に響希が答える。
「相当酔っ払ってて気付かなかったか──後で映像を改めて見たら写ってたってケースもあるって言うからな。しっかし……」
響希は眉をひそめながら
「……つまり、これがその被害者の子供の霊の一人──なんだよな?」
「大人なんだか子供なんだか……年齢不詳な感じだね。こっちを睨んで……怒ってるみたいだ」
「実際怒ってるんだろうよ」
響希が答える。
「残留した浮かばれない子供達の思念が、ここには間違いなく渦巻いてるんだとして……そこへいきなりやって来た騒々しい俺達に対して敵意を剥き出しにしてるんだろうな」
「静かにそっとしておいて欲しかった?」
響希は肩をすくめて
「さぁな。俺は霊能者じゃないから……。けど、騒々しくされるのを嫌うんだろうな。だから引き込もうとしたり、嚇かして警告したり、追い出そうとするんだろ?」
経堂が口を挟む。
「そうな。俺だって怒るもんな。自分のテリトリーにズカズカと侵入して来て勝手に騒がれたらさぁ」
ビデオは録画したり停止したりと切れ切れながら更に十分ほど延々と屋敷内を写し出す。時々カイの声が混じるが、それ以降はノイズが入る程度で特にこれといった映像もなく進んで行った。
「あの映像以外は何て事ねぇな」
敦士があくび混じりに呟く。
映像で判断するに二階に通じる階段を登りきったあたり。どうやらカイは座り込んだらしく、ゴトンと音がしてカメラは床に置かれたままの視点になった。
カメラが床から廊下の先を映し出したまま数分経ち、映像には見えないが軽いイビキの音を音声が拾い始めた。そのまま泥酔してしまったらしい。
「この状況で呑気に寝てるとか。本当に危機感のない奴だな、オイ」
敦士が呆れたような感想を漏らす。
「この状態で寝ちまったなら、しばらく映像はこのままってことか? ちょっと早送りしてみるか」
敦士がカメラのボタンに手を伸ばしかけたその時。
「ん、なんだ? なんか動いてないか? ほらアレ」
経堂が画面を指差す。
「ほら、あの廊下の床。なんだかぼんやりとした……分かる?」
ビデオはずっと静止画の状態で廊下を映し出していたが、その廊下の向こうから何か歪んだような映像の乱れがカイに向かう形で少しずつ近づいて来ていた。
「なんだろう? 空気の塊……みたいな感じ?」
透明なような、どす黒いような……なんとも形容しがたいモヤモヤとした空気のような形を成さない何かが、廊下すれすれに漂うようにゆっくりとカイに向かって来ているようだ。
蓮の肌が泡立った。何かが危険だ、そう感じたのだ。
「ダメだカイ。あれはヤバいやつだ」
響希も呟く。が、もちろん録画の中のカイが目覚めるわけもなく。
やがてその物体は画面いっぱいに近づいてカイを包み込むように覆い被さった。泥酔していたカイが異変に気付き目を覚ます。
「!? わっ? もが、……がっ?……な……助……ッ!?」
カメラの映像がガタガタと揺れ、時々映像が振り回されるカイの手足を映し出す。かなり暴れて何かに抵抗しいる様子なのが分かる。
四人はなす術もなくそれを見ていることしかできなかった。
時間にして三十秒ほど。どうやらカイの動きが止まったようだ。映像もまた廊下を映し出す静止画の状態に戻り、何の音声も聞こえない。
「カイ……どうなったんだ?」
経堂が不安げに呟く。と、その時。
ガリ……ズル……ズルリ……
重いものを引きずるような音がして、静止画の画面にカイの足が現れた。
ぐったりと脱力した状態のカイの身体が、廊下をズルズルと引きずられていく様子が映し出される。
「これは……一体……」
経堂が青ざめた顔で呟く。
仰向けになったカイの身体が、見えない何かに足を掴まれているような格好でゆっくり引きずられていく。
画面にはまず引きずられていくカイの足が映り、次に胴体、最後にカイの顔が映し出された。
気を失っているのか、カイの目は焦点を失って半目になっている。
四人が画面を食い入るように見つめる中、カイは更にズルズルと引きずられて行き……
「! あれは何⁉︎」
蓮が掠れた声で叫ぶ。
引きずられていくカイの体の周りを、ぼうっとした白い煙のようなものがいくつも取り囲み始めた。
煙はだんだんと形をはっきりさせ、
「……子供?」
白いぼんやりとした状態ではあったが、確かにそれは子供のように見えた。何人もの子供らしき白い人影がカイを取り囲み、踊るようにユラユラと揺れ動く。
……エレ……レ……
「あ、この声」
蓮は思い出した。
画面から聴こえてくる声が、館に向かう途中の夢の中で聴いていたものと同じだと。
声──と言うよりは何かの響きのような囁きだが、それは今やはっきりと言葉となって現れていた。
クルナ……ナ……ルナ……クルナ……
……エレ……カエレ……レ……カエレ……
カイを取り囲み、囃し立てるように白い影達は揺れ動き──やがて頭が割れるような大合唱となった。
クルナクルナクルナクルナクルナ
カエレカエレカエレカエレカエレ
カイが引きずられた先の、天蓋ベッドの部屋のドアがひとりでに開き、カイはそこへ引きずり込まれて行った。
ドアが閉まる。
白い影達は今度は廊下を散り散りに浮遊し始め、そのうちの一つがふいに画面に接近し、画面いっぱいに顔のようなものが映し出された。
「うわ!」
経堂が尻もちをつく。
画面いっぱいの顔の、ポッカリと開いた目は何も映してはいない空洞だったが、明らかにこちらを見ているのが分かった。
クルナクルナクルナ
カエレカエレカエレ
クルナクルナクルナ
カエレカエレカエレ
画面の顔はニヤリと笑い
「カエレ」
次の瞬間、カメラの映像は途切れた。
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