第1夜 5
「カイ、おい、しっかりしろよカイ!」
響希の怒鳴り声にもカイは無反応だ。
地面に転がる捨てられたマネキンのようにダラリと手足を投げだしたまま、首を傾げて放心した様子で床に座り込んでいる。
「どうしたんだ、何を見たんだよカイ!」
響希が勢いよくカイの頬を平手で打つ。
一瞬カイの目の焦点が合い──ゆっくりと、自分の前にのしかかるようにひざまずく響希を見上げた。
「カイ、大丈夫か? どうしたんだ一体? 何があった? 何を見たんだ?」
続けざまの響希の問い掛けに、カイは何かを言おうと口を開きかける──が。
「あ……あぁ……」
急に何かを思い出したかのように目を見開き、激しく体を震わせ始めた。
「あああああ……」
「カイ!?」
ガクガクと四肢を震わせ、嫌々をする子供のように首を左右に振って弱々しく叫びながら、やがてカイはガックリと首を垂れて動かなくなった。
「カイ!?」
「うわ、ちょっと!」
響希の隣にいた敦士が慌ててカイから飛びのく。
開かれたカイの股間から溢れ出した液体が床に染みを作っていく。
「……失禁しやがったか」
響希が床に目を落として呟き、再びカイに目を向ける。半開きになったカイの瞼をこじ開けるも
「……ダメだ。目がイッちまってる」
だらしなく開いた口から幾筋ものヨダレを垂れ流し、同じくポッカリと開いたカイのその瞳は、既に何も映し出してはいなかった──
「一体……何があったってんだ?」
蓮が呟き、響希に向かって問い掛けるような眼差しを送る。響希は首を振って
「さぁな。とにかく見たんだろうな、何かを。毎回必ずこうなっちまう奴は出るんだけど……早くても一晩過ごした後──大体は二、三日してからだよな。緊張とストレスで精神状態がギリギリになった頃に、この手の状態になっちまう奴は必ず一人や二人は出るんだ。だけど……」
響希は首を振りながら
「始まってからまだほんの数時間だぜ? 一体何を見たってんだ、カイは……」
敦士も立ち上がり、カイを見下ろして言う。
「とにかくコイツをどこかの部屋に連れて行かないとな。この様子じゃ暴れる心配はなさそうだけど、念のため手足は縛っておくに越した事はないかも。明日になってスタッフが来たら下山させてやんないと」
敦士の言葉に響希は頷きながら
「そうな。まぁ……リタイヤしたところで──その後コイツが人として復帰出来るかは謎だけどな……」
とりあえずの処置としてカイを二階の天蓋の寝室に横たえ、三人は引き続き宴会が繰り広げられている広間に戻った。
「おい。確かアンタ、カイの知り合いだったよな?」
半分泥酔状態の男を揺り起こし、響希が声をかける。
「……んあ? 何らって? カイがろうしたって?」
起き上がって充血した目をこすり、男は呂律の回らない口調で答えた。
「悪いけど一緒に来てくんねえかな、アンタ。カイが見つかったんだが──ちょっとここに連れて来れる状態じゃないんだよ」
「あ? カイ? ……何れ? 俺が行くよりもカイをここへ連れて来ればいいじゃんかよぅ」
「そうもいかねぇから頼んでんだよ。いいから来てくれ」
引きずるようにして男を立ち上がらせると、男は不機嫌そうに響希を睨んだ。
「……何らってんらよ、……ったく」
渋々ながらも、響希にせき立てられ、男は二階へと千鳥足で足を運ぶ。
部屋に入り、壊れた人形のように転がるカイを見た男は、カイが泥酔しているだけだと思ったのだろう。気軽に声をかける。
「おーいカイ、何やってんらよ? 潰れっちまったのかぁ?」
男がカイを仰向けにした瞬間に
「……? カイ?」
ぽっかりと虚ろに見開いたカイの瞳を覗き込み、男はようやく異変に気付いたようだ。
「お、おい、ろうしたんらカイ!?」
男は三人に向き直り
「お、お前ら、カ 、カイに何したんらよ!?」
響希が肩をすくめる。
「俺らは何も。カイは多分……。一人で二階を探索してる時に『何か』を見ちまったんだろ? 俺達が見つけた時にはもうこの状態だったんだ」
「何かって──な、何なんらよ!?」
「さぁね。とにかく『何か』だろ。カイの精神状態をおかしくしちまうほどの……この屋敷にいる『何か』なんだろ、きっと」
男は酔いも醒めた様子でカイを揺すっている。
「嘘だろカイ? 一体どうしちまったんだよ、お前みたいに肝の座った男が? おい、カイ?」
必死にカイを揺さぶる男の肩にやんわりと手を置き、響希が首を振る。
「……無駄だと思うよ、アンタ。俺は何度もこうなった状態の奴を見て来てるけど……。悪いけど多分カイはもうダメだ。明日スタッフと一緒に下山させるしかないな。悪いが、それまでカイの面倒を見ておいてくれるよな?」
男は呆然とした表情でカイを見ながら
「……信じらんねぇ。何でコイツがこんな事になっちまってんだ? 嘘だろう? 一体、何を見たってんだ?」
響希がタバコに火をつけながら
「それは俺も知りたいね。──いや、どっちかっつうと知りたくなんてないか。とにかくこの屋敷、噂通りに半端ないって訳だな。お前さんもさ、酒に逃げてないで現実に目を向けた方がいいぞ。じゃないと取り込まれるからな」
男は響希を見上げ、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。こんなカイを見たんじゃな。信じない訳にはいかねぇや」
男は呆然とした様子で呟く。
「コイツな、俺達の仲間内でも昔から一番無茶やってる奴でさ……誰よりも胆の座った奴なんだよ。それがこんな簡単に? 信じらんねぇよ……ったく」
そこで男は3人に向き直り
「……悪かったなアンタら。随分と手間かけちまって。あ、俺は経堂って言うんだ。ええと?」
経堂に差し出された手を軽く握り、響希が答える。
「俺は響希。それから蓮、あっちが敦士」
「アンタらは、この企画はもう何度か?」
響希が頷きながら
「まぁ、俺はね。敦士は二度目だ。蓮は初めてなんだが……実はさっき、もって行かれそうになったんだよ、この蓮も」
響希はタバコを深々と吸い込みながら
「つまり、どうやら半端ねぇって事か、この屋敷は。みんな酒に溺れて気付かないかもしれないが。いや……あの状態が既にもうヤバイってサインなんだろうよ」
経堂はブルッと体を震わせた。
「……うう、寒っ。どうって事ない廃墟だとタカをくくってたんだけどな、俺」
響希は笑って
「俺達もそう思ってたさ」
カイに目を落とし
「コイツのこんな状態を目の当たりにするまではな……」
ポツリと呟いた。
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