第1夜 4

「んじゃ、二階の探索と参りますかね」

 響希を先頭に、三人は足元に注意しながら階段を上がっていく。

 階段部分にはライトを設置するスペースがなく、そのため結構薄暗い。しかもステップ部分の木が腐食して脆くなっているため、慎重に歩を進めていく必要がありそうだった。


「踏み抜いちまいそうで別の意味で怖いよな、この階段。ライト設置する時にみんなで上がってるんだから大丈夫なんだろうけどさ」

 敦士が足元を見ながら言う。

 ギ、ギ……と階段のきしむ音が、暗闇に吸い込まれていった。


 二階に上がりきると出窓があった。ガラスは割れていて窓枠しか残っていない。響希が窓から顔を出して外を覗く。

「ここは玄関の反対側になるんだよな?ふぅん、隣の別荘が見えるぞ。朝になったら暇つぶしに探検してみっかな?」


 一階と比べると二階はシンプルな構造だった。廊下が一本、その片側に二つのドアがある。廊下の突き当たりにはまた窓があり、そちらの窓からは玄関が見下ろせるハズだ。


 一直線に続く廊下の、ドアのある側とは反対の壁沿いには等間隔で庭が臨める大きな窓が配置されている。ガラスは所々割れ、カーテンはボロボロで色あせてダラリと垂れ下がっている。

「まずはここからだな」

 響希が手前の部屋のドアノブに手をかける。


「すげぇ」

 三人は同時に同じ感想を漏らす。

 この部屋はどうやら寝室に使用されていたらしく、今までで一番状態がよさそうだった。


 部屋の中央には天涯つきの巨大なベッドがしつらえてある。

 ベッドを覆うカーテンは床に落ちて激しく劣化しているが、それでもかつての部屋の豪華さは充分に見て取れた。

 ベッドの上の布団は破れ、黄ばんだ羽毛が飛び散ってあちこちに塊となってこびりついている。

 部屋には色あせたペルシャ絨毯が敷かれていて、猫足の洒落た西洋風の家具で統一されている。

 メッキの禿げた細かい細工に縁取られた巨大な鏡は曇っていて、三人の姿をぼんやりとした影のように映し出していた。


「すげぇなこりゃ。なんつーんだっけ?て、てん、──テンガ付き?」

 「敦士、テンガ違う、天蓋てんがい

 蓮が噴き出す。

 「そうそう、それ。天蓋。俺、こんなの映画とかでしか見た事ないよ」

 敦士が感心しながらカメラを回す。

「ここなら余裕で寝泊まり出来そうだな。床に散らかってるもんを片付ければ結構快適そうじゃね?」

 響希がそう言いながら、ベッドの布団を指でつまみ上げ

「ま、せっかくのベットだけど、ここで寝るのは無理だよなぁ」


「ここは?クローゼットかな?」

 そう言いながら敦士が開き戸を開けると、そこは三畳ほどもあるクローゼットの空間になっていた。

 中には色褪せた男物のロングコート、スーツなどがそのまま掛かっている。

「これ……例の殺人鬼の服かな?なんか嫌だなぁ」

 敦士が呟きながら、ざっくりとクローゼット内を映していると

「お?すげえ!見ろよ、随分広いバルコニーだな」


 響希がボロボロのカーテンをめくる。ガラス越しにバルコニーが見えた。

 頑丈そうな造りで歩いても問題なさそうだ。手すりはこれまたアールデコ調の模様に彩られている。

「これだけ広いとバーベキューも余裕でできちゃうな」

 クローゼットを閉め、敦士もバルコニーにカメラを向ける。


「それにしても、カイ……どこにいったんだろう?残るはあと一部屋だけなのに」

 蓮はそう言いながら部屋を見回す。

「まさか外とか?ま、もう一部屋もサクッと探索してさ、まずは寝床を決めようぜ?多分ここで充分っぽいけど」

 敦士がそう言いながらドアに向かい、二人もそれに続いた。



 最後の一部屋に足を踏み入れる。

 こちらはシングルサイズのベッドが四つ置かれていて、それぞれにサイドボードが配置されている。 広さはかなりあるがビジネスホテルのような簡潔でシンプルなしつらえの部屋だった。

「傷みはすごいけど、ここが一番普通っぽい部屋なんだな。だけど何かこういう方が落ち着かね?」

 響希が笑いながら部屋を歩き回り、部屋にあるクローゼットを開ける。湿気と劣化で歪んだクローゼットの扉は軋みながらも簡単に開いた。中にはいくつかのハンガーがかかっているのみで、中はからっぽだ。

「客用寝室ってトコかね?しっかし本当にたいした豪邸だな、この屋敷。もったいねぇ話だよな実際」

 敦士はカメラを回す。


 その時どこからか物音が聞こえた。

「なんだろ今の音?下の宴会場からじゃないっぽいけど」

 蓮の言葉に響希も

「もっと近かったよな?同じ二階?だとしたらカイかな?」

 三人は廊下に出る。

「……誰もいないみたいだぞ?」

 懐中電灯がなくてもバッテリーライトで廊下はほぼ一望できる。しかしカイの姿は見えなかった。

「もしかしたら階段?気になるから行ってみっか」

 三人は階段に向かう。と


 ガタガタン。

 近くでまた物音が聞こえた。

「……なぁ、もしかして天蓋付きの部屋からじゃないか?」

「俺もそう思う。けど誰もいなかったろ?さっきは」

「………」

 三人は顔を見合わせる。

「……行ってみるか」

 一斉にそう言うと、三人は踵を返して天蓋の部屋に向かった。



 先陣切って響希が部屋のドアを開ける。

「……カイ?いるのか?」

 部屋を見回しても誰もいない。

「やっぱり誰もいない……よな?何だったんだ?さっきの音」

「ちょっと待って」

 蓮は例のウォークインクローゼットを指差す。

「もしかして、この中からなんじゃないかなって思ったんだけど」

 クローゼットに一番近い場所にいた敦士が歩み寄り、扉に手を伸ばしながら

「でも、さっき開けた時には誰も……うわわわ⁉︎」


 勢いよく扉が開き、中からカイが文字通り転がり出て来た。びっくりした敦士はそのまま尻餅をつく。

「ちょ──ちょっと!何だよ、お、脅かすなよ!びっくりすんだろ!」

 敦士が怒鳴る。が、

「……カイ?」

 蓮と響希も駆け寄るが、カイは床に顔を押し付けた土下座のような格好でうずくまったまま、ただブルブルと震えている。

「カイ?おい、大丈夫か?カイ?」

 響希がカイの肩に手をかけ、床から剥がすようにしてカイの身体を起こす。

 カイはなすがままに身体を起こされ、そのままぐったりと壁にもたれかかった。

 縛られていたはずの長髪は乱れ、バサバサと顔にかかっている。その髪の隙間から見えるポッカリと開いたカイの瞳は、誰が見ても焦点が合っていなかった。







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