第1夜 3

 第一夜 3



 座敷の先にはキッチンがあった。ここは壁の一部が壊れ、ひんやりした外気が入り込んでくる。

 壊れた壁から入り込んだツタが絡みつき、床のあちこちからは雑草が生えている。

「このくらい荒れ果てていると、ザ・廃墟って感じがするよなぁ」

 敦士がカメラを回す。

「特に変わった様子もない……か。んじゃ、次の部屋だな」


 キッチンの向かい、廊下の左側は書斎のような一室となっていた。

 綿のはみ出たボロボロのソファがコの字型に設置されていて、壁には書棚が据え付けられている。書棚のガラスは割れていて、黄ばんだ本が床に散乱していた。


 その書斎が玄関から続く長い廊下の突き当たりになっていて、書斎の手前にゆるやかな螺旋状に優雅なアーチを描いた二階へと続く階段がある。

 階段の手すりには細かい模様が細工されている。


「ここにもいないかぁ。一階の部屋は確かこれで全部──とすると……あとは二階だな」

 敦士が二階へと続く階段をのぼり始めたが

「待って敦士。まだ全部見てないよ」

 蓮が引き戸を指差し

「ほら、あそこの扉。あれ、多分トイレとお風呂なんじゃない?」

 なぜか敦士は浮かない顔だ。

「うーん……そんなトコにはいないと思うけどなぁ……」

 渋々といった様子だったが、敦士は一度は上りかけた階段を降りる。



 そこはバスルームとトイレに通じる扉だった。

 ガタガタ、と歪んで建てつけの悪くなった引き戸を開けると脱衣所と洗面所が現れた。かなりの広さだ。

 開けた扉の正面にある外に面したガラス戸が、懐中電灯の光を反射している。

 奥には風呂、その手間にある扉はトイレらしい。

 ここはなぜかライトが設置されていないため、敦士が懐中電灯の明かりで照らして中を確認する。


 開け放したままの扉から廊下のライトの光が入り込むので、脱衣所自体はさほど視界には困らない。が、風呂に続くガラス戸は乳白色の曇りガラスになっているため、風呂の中の様子までは見えなかった。


 洗面所に懐中電灯を向ける。

 水受けには錆色をした筋が幾重もあり、枯葉が落ちている。

 漆喰がむき出しになった壁には大きな亀裂が入っていた。


 響希が勢いよくトイレの扉を開け、中を覗き込む。懐中電灯の明かりでざっと中を確認し

「……いる訳ないか」


 二人と一緒に脱衣所に入った蓮だったが。なぜか入った瞬間からはっきりと悪寒に襲われていた。が、

「しっかりしろ。またさっきみたいに自分の想像に呑まれるつもりか?」

 心の中で自分にそう語りかける。

 しかし──さっきとは打って変った冷静な自分が、しきりとこれは思い込みではない、とも告げているような──



「──響希、敦士」

 蓮は、今まさに風呂場に向かおうとしていた二人に声をかけた。

「何だ、蓮?」

 蓮は一瞬ためらいながらも、意を決してしっかりと二人を見つめて

「あのね。こんな事を言うと、またかって思われるだろうけど……だけど、だけどさっきからすごく嫌なんだ。──あの中が」

 風呂場を指差す。

「この風呂場がか、蓮?」

 蓮は頷いて

「二人は何も感じない?俺は……さっきのこともあるし気のせいだって思われるだろうけど──自分からここを見ておこうって言ったくせにアレだけど──なんか……なんかすごく嫌なんだ、あそこが。他の部屋では感じなかった寒気がする」


 二人は蓮に向き直り

「俺もなんだよ、実は」

 同時に同じ台詞を口にした。

「何だよ、お前もか、響希?」

「敦士こそ」

 二人は顔を見合わせて小さく笑った。

「いや、だから早く二階に行っちゃおー、なんて思ってたんだよな、俺。実はさ」

 敦士は笑いながら

「だけどさ、ホラ。真夜中だし?ましてやこんな場所じゃ一瞬なにげなくふと頭によぎった事が、それっぽく思えちまうだろ?だから気のせい気のせいって心の中で否定してたんだけどさぁ。いや、正直、蓮がとめてくれて助かったよ。すっげぇ嫌だったんだ、この戸を開けるの」

「三人とも同じ感覚ってわけだからなぁ。間違いなくここは今はやめとくべきなんだな、きっと」


 三人は顔を見合わせる。

「じゃ……ここは後回しだな。探索なら昼間でも構わないんだから。わざわざ一番ヤバイ真夜中の時間帯に危険に近づく必要もないし。──これは肝試しじゃなくて、最後まで危険を回避して残った者の勝ちっていう、そういうゲームでもあるんだから」

 響希の言葉に敦士もうなずいた。

「俺もここは昼間に延期に賛成だ。ただの気のせいかもしれないが、俺は自分の本能を信じることにしている。あのとき響希と二人だけで最後まで残れたのだって、つまりは自分の本能の言葉に従ったからだしな。蓮、それでいいか?」

 蓮は頷いて

「もちろん。と言うか……ぶっちゃけ今は本当に中に入りたくないんだ。自分で行こうって言ったくせに、ごめん」

 敦士は笑って

「そうそう。それでいいんだよ蓮。せっかくの本能の警告を無視して、わざわざ危険に足を踏み入れるヤツがたくさんいるけどな?それは自殺行為でしかないと俺は思う。例えみんなに臆病者と笑われたとしても引くところは引く、それが一番だ」

「でも、ただの臆病者だともたないんだなぁ、コレが」

 響希の台詞に、三人は声をそろえて笑った。



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